学位論文要旨



No 118174
著者(漢字) 中川,貴文
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,タカフミ
標題(和) 動的負荷を受ける木質構造物の破壊・倒壊過程シミュレーション
標題(洋)
報告番号 118174
報告番号 甲18174
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2563号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

 木造建築の分野では様々な実験や解析手法で住宅の耐震性能を明らかにする試みがなされてきている。しかしその大部分が静的加力試験によるもので、実際の地震に応用できるかは疑問である。また動的解析を試みた研究でもその大部分は振動モードや最大応答変位を算出することを目的としたもので、破壊挙動まで動的にシミュレーションした研究例は木造建築の分野ではほとんど見られない。現実の住宅を用いた大規模な振動台実験で実際の地震をシミュレーションする研究が最近行われるようになってきたが、非常に多くのコストと時間がかかるため、すべての家屋を調査することは不可能に近い。阪神淡路大震災の被害報告や、地域による地盤の加速度の大きさの分布を見ると、家屋の被害と加速度の大きさと家屋の構造になんらかの関係があるように考えられるが、それを定量化することは非常に困難である。なぜなら、地震波はさまざまな周波数が複合された3次元的な地盤の変形で構成されるため、家屋の倒壊原因をある一法則で特定するのは不可能だからである。

 本研究は、任意の部材から構成される木造建築物が地震を受けた際にいかに破壊し、倒壊に至るかを計算機上で再現することを目的とした。計算機シミュレーションはコストの面からも非常に有意義な方法と言える。本研究ではこれまで木質構造の研究で解析手法として使われてきた、有限要素法や串団子モデルのような連続体解析法は用いず、土木やコンクリート建築の分野で破壊解析に用いられている個別要素法を基にした解析手法を用いた。

 本論文で得られた知見を以下にまとめる。

 改良個別要素法によって簡単な1階建て、2階建て軸組構造躯体の模型の破壊シミュレーションを行った。1階建てモデルのシミュレーション結果から筋違いのある壁の剪断変形は比較的小さいという現実と同様の結果が得られた。2階建てモデルでは、筋違いの存在位置によって、予測されうるシミュレーション結果が得られた。また滑走試験体によってシミュレーションと同様の動的負荷を、粘着テープで接合部の剛性が再現された1/10軸組模型にあたえ、その様子を高速度カメラによって観察することにより、シミュレーション結果の正当性を検討した。実験の破壊過程は定性的にはシミュレーションによって再現された。

 定量的な結果を得るために簡単な物性試験のシミュレーションを行い、EDEMのバネ要素のパラメータの決定法を定義した。また現実の住宅レベルの解析を行うために計算の便宜上、モデル化手法の簡素化をおこなった。EDEMのパラメータの決定方法の正確さを検討するために合板釘打ち軸組構法耐力壁のせん断試験を行った。また同様の条件のEDEMシミュレーションも行った。その結果、合板釘打ち軸組耐力壁のシミュレーションの荷重変位曲線は実験結果とよく一致した。破壊の順番の傾向は実験結果と定性的に一致するものであった。したがって、新たに開発したEDEMのモデル化手法とパラメータの決定方法は木質構造体に適用可能であることが分かった。

 現実の住宅レベルの要素が必要とされるシミュレーションモデルを用いてEDEMのシミュレーションを行った。解析には3階建ての4×4Pの箱型の構造躯体と2階建ての一般的な住宅を想定したシミュレーションモデルを用いた。耐力壁の配置の違いによって何種類かのバリエーションを構築した。シミュレーションの結果、耐力壁の配置の違いや地盤の揺れの違いによって破壊過程は著しく異なった。またその破壊過程は現実の地震の被害状況と一致するものであった。したがって現実の住宅レベルでもEDEMによって計算機上で地震時の破壊過程をシミュレーション可能であることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、木造住宅の地震による倒壊過程を計算機でシミュレートすることを可能にするための研究を行ったもので、6章からなる。

 木造建築の分野では様々な実験や解析手法で住宅の耐震性能を明らかにする試みがなされてきている。しかしその大部分が静的加力試験によるもので、これらでは動的負荷である実際の地震を受けたときの挙動を完全に予測することはむずかしい。また動的解析を試みた研究でもその大部分は振動モードや最大応答変位を算出することを目的としたもので、破壊挙動まで含めて、動的にシミュレーションした研究例は、木造建築の分野ではほとんど見られない。最近では、現実の住宅を使用して、大規模な振動台実験によって、実際の地震負荷に対する強度性能を評価する研究が行われるようになってきたが、非常に多くのコストと時間がかかるため、すべての家屋をこの方法で調査することは不可能に近い。

 本研究は、木造建築物が地震力を受けた際に、どこから破壊が開始し、倒壊に至るかを計算機上で再現することを目的としたものであり、この方法が完成すれば、さまざまなプランや仕様を持つ構造物を、計算機によって何度でもシミュレートすることが可能であるので、コストの面からも非常に有意義な方法と言える。

 第1章の緒言において本研究の背景と意義について概説した後、第2章では、既往の研究についてまとめている。

 第3章では、改良個別要素法という、従来本研究分野では使用されたことのない新しい手法を採用し、木造住宅の耐震解析に使用可能なようにするためのプログラム開発を行っている。このプログラムにより、簡単な1階建て、2階建て軸組構造躯体の模型の破壊シミュレーションを行った。1階建てモデルのシミュレーション結果から筋違いのある壁の剪断変形は比較的小さいという現実と同様の結果が得られた。2階建てモデルでは、筋違いの存在位置によって、予測されうるシミュレーション結果が得られた。また滑走試験体によってシミュレーションと同様の動的負荷を、接合部の剛性を再現するために特殊な接合部を持った1/10軸組模型にあたえ、その様子を高速度カメラによって観察することにより、シミュレーション結果の正当性を検討した。実験の破壊過程は定性的にシミュレーションによって再現されることが判明した。

 第4章では、改良個別要素法のプログラムで定量的な計算結果が得られるようにするために、いくつかの物性試験のシミュレーションを行い、バネ要素のパラメータの決定法を検討している。また、実大サイズ住宅レベルの解析を行うためには計算時間やメモリを節約する必要があるので、モデル化手法の簡素化を試みている。この簡素化モデルをもとに、合板釘打ち軸組構法耐力壁のせん断試験のシミュレーションを行い、同時に、対応する実大壁試験を実施した。これにより、改良個別要素法パラメータの決定方法の正確さを確認することができた。その結果、合板釘打ち軸組耐力壁のシミュレーションの荷重変位曲線は実験結果とよく一致し、さらに、破壊の進行過程も実験結果と合致するものであった。これらのことから、新たに開発した改良個別要素法のモデル化手法とパラメータの決定方法を木質構造体に適用することにより、実大サイズの構造体の定量的評価が可能であることが明らかになった。

 第5章では、現実の住宅レベルの要素数が必要とされるシミュレーションモデルを用いて、改良個別要素法によるシミュレーションを行った。解析には3階建ての4×4Pの箱型構造躯体と2階建ての一般的な住宅を想定したシミュレーションモデルを用いた。耐力壁の配置の違いを持つ、何種類かのバリエーションを構築した。シミュレーションの結果、破壊過程は耐力壁の配置の違いや地盤の揺れの違いによって著しく異なった。またその破壊過程は報告書等にみられる、現実の地震の被害状況と、かなり良く一致するものであった。したがって現実の住宅レベルでも本研究で開発したプログラムにより、計算機上で地震時の破壊過程をシミュレーション可能であることが明らかになった。

 第6章は総括である。

 以上本論文は、現在緊急の課題である、木造住宅の耐震性能の評価を、莫大な経費と時間を要する実大住宅振動台試験をせずに、計算機によるシミュレーションによって、実現できることを具体的に示したもので、学術上、応用上貢献するところ非常に大きい。よって審査員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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