学位論文要旨



No 118175
著者(漢字) 西山,誕生
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ノブオ
標題(和) 木質構造接合部のせん断性能に関する幾何学的非線形解析
標題(洋)
報告番号 118175
報告番号 甲18175
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2564号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 有馬,孝礼
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

木質構造接合部のせん断性能に関する幾何学的非線形解析

 木質構造において、面材張り釘接合部は建物が地震力や風力による水平力に抵抗するための重要な接合形式である。面材張り釘接合による構造用合板等の面材張り耐力壁は、ツーバイフォー工法で多用されるばかりでなく、1995年の阪神淡路大震災以来、その性能が評価され日本の伝統工法である在来軸組工法にも取入れられ広く普及されている。面材張り釘接合は、地震等により耐力壁に入力されるエネルギーの殆どをその靭性により吸収し、それら耐力壁の強度を決定する最も重要な要因であり、木質構造におけるその役割も大きくなってきた。

 面材張り釘接合等の木質機械的接合部に関する理論的研究は、1960年代に始まり、1970年代から1990年代に数多く発表された。現在では、接合具の径及び長さ,木材の樹種及び厚さからその接合部の剛性及び耐力を予測可能で、法的にも構造設計指針として整備され、この分野に関する理論的研究は既に確立された感がある。

 しかし、実際に接合部のせん断試験を行うと、既往の理論式と一致しないことが多い。構造設計では剛性と終局耐力の評価が重要となる訳であるが、それらを既往の理論式により算出すると、その理論値は実際のせん断性能を過小評価してしまう。面材張り釘接合では剛性を3割、耐力を5割程度に評価してしまう。

 このような過小評価は、構造安全性については一見安全側の評価となり問題は無いように思われがちであるが、構造物全体のバランスを考えると靭性を発揮する釘接合での破壊に先行して脆性的な破壊を起こす可能性もあり、必ずしも安全とは言えない。また、結果的に過剰な性能を要求することになり、経済性も悪く、プランニングが不自由になり建物の耐用年数を短くするといった問題がある。

 そこで、木造住宅の構造安全性の為、面材張り釘接合部のせん断性能の正確な評価を目的とし、有限要素法の幾何学的非線形解析によるせん断性能評価を試みた。

 前述のように既往の理論式が実際の性能を過小評価してしまう原因は、既往の理論式が1次元且つ微小変形理論を基にした解析であることにある。具体的にはつぎの3点が挙げられる。

1.ボルト接合や釘接合では、せん断力によるスリップが進行すると座金ナットあるいは釘頭が側材へのめり込みに抵抗し、接合具の軸部に引張力が発生する。その引張力により接合部軸部は曲がり難くなり、その結果、接合部のせん断剛性及び耐力は上昇する。既往の研究の基となる1次元解析では加力方向のみを対象としており、加力方向に直行する座金ナット又は釘頭の側材へのめり込みや接合具軸部に発生する引張力を考慮することは出来ず、特に細く長い接合具では接合部軸部の軸力の影響が大きく、理論値と実験値とが大きく異なる。

2.釘接合部について考えると、長さ5cmの釘に対し最大荷重時のスリップ変位は2cmであり、局所的には0.4radを大きく超える傾きが発生することになる。既往の研究ではこのような大変形挙動を微小変形理論により解析したところに無理があり、そのことが理論値と実験値と一致しないことの一因でもある。

3.また、既往の方法では、主材と側材の摩擦力を予測することがでない為に、理論式による剛性は過小評価される。

 上記の解析上の問題点を解決する為に、釘接合部のせん断性能を、有限要素法の幾何学非線形解析を適用し、荷重増分法により解析した。有限要素法は1950年代に提案された構造解析手法で、行列計算による解法が一般的であり、計算機の発達とともに実用化された。計算の簡略化、計算時間の短縮のために微小変形理論を基にした解法が用いられることが一般的である。幾何学的非線形解析は、大変形を対象とした解析手法であり、従来、ケーブルや細い部材からなる構造体の構造解析に用いられてきた。計算が複雑になり、計算時間も長くなる。

 微小変形理論と幾何学的非線形解析の根本的なちがいは、力の釣り合いの導入方法にあり、前者は変形前の座標位置での釣り合いを解くのに対し、後者は変形後の座標位置での力の釣り合いを解く。

 このため、微小変形理論では算出できない接合具の軸力を幾何学的非線形解析では算出でき、更に、その軸力から主材と側材の摩擦力を算出することができる。よって、幾何学的非線形解析による解析値は実験値によく一致する。この現象は、著者らにより別の報告書で、座金ナットを有するボルト接合とそれを有しないドリフトピン接合のせん断試験と解析により確認されている。

 本報で筆者らは、面材張り釘接合部の一面せん断性能評価への幾何学的非線形解析の有用性を証明するために、実験と解析を行った。比較のため、既往の評価方法と微小変形理論を基にした解析も行った。

 試験体には、主材にスプルース204材、側材には耐力壁用中質繊維板(MDF)、釘CN50を用いた。一面せん断試験は、釘の初期軸力の影響をみる為、釘頭を面位置まで打ち込んだものと打ち込まないものについて行った。釘頭を面位置まで打ち込んだものは打ち込まないものに比べ、釘の初期軸力及び主材と側材の摩擦力が大きく、その結果、一面せん断の初期剛性が大きい。

 解析モデルには、バネ-梁モデルを用いた。釘を材端回転バネ梁要素で、釘軸部及び釘頭の木材へのめり込みを軸バネ要素でモデル化した。釘の曲げに関する非線形性は、材端の回転バネによって表現するという手法をとった。

 解析に用いたインプットデータは、釘の3点曲げ試験,釘側面抵抗試験,釘頭貫通試験,釘引き抜き試験から定めた。釘頭貫通試験結果から釘軸部の初期軸力を読み取り、釘頭の打ち込み深さのちがいを考慮した。

 その結果、既往の評価方法と微小変形理論による剛性及び耐力が実験値の5割程度であったのに対し、幾何学的非線形解析ではよく一致した。既往の評価方法及び微小変形理論による解析では釘の曲げ降伏により終局を迎えるという解析結果を得たが、幾何学的非線形解析では、釘軸部に引張力が発生する為に釘の曲げが起こりに難くなり、側材のめり込み降伏によって終局を迎えるという結果を得た。

 釘軸部の初期軸力を考慮したことで、釘頭の打ち込み深さによる初期剛性のちがいも解析的に表現された。更に、摩擦力を考慮した場合は解析値と実験値が極めてよく一致した。

 2次元有限要素法の幾何学的非線形解析を適用し、面材張り釘接合部のせん断特性を正確に予測することに成功した。

 本報で提案した面材張り釘接合部のせん断耐力の評価方法は、将来的に精度の高い構造設計の実現に用いるだけでなく、接合部のせん断耐力の発現機構を極めてよく説明でき、構造用面材の開発・改良にも利用できるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 木質構造において建物が地震力や風力による水平力に抵抗するための重要な接合形式であるボルト接合、ドリフトピン接合及び面材張釘接合のせん断性能について、有限要素法の幾何学的非線形解析を用い予測した。

 構造用合板等の面材張耐力壁は、枠組壁工法で多用されるばかりでなく、1995年の阪神淡路大震災以来、その性能が評価され在来軸組工法にも取入れられ広く普及されている。また、1993年の建築基準法改正以降広がりをみせている大断面集成材構造において用いられる接合部としてはボルト接合やドリフトピン接合が一般的であり、その広がりとともに木質構造におけるそれらの役割も大きくなってきた。木質構造建物の破壊の殆どが接合部から発生することを考えると、それら接合部の性能を正確に予測が建物の構造安全性を確保する上で重要であると考えられる。

 木質機械的接合部に関する理論的研究は数多く、現在では法的にも構造設計指針として整備され、この分野に関する理論的研究は既に確立された感があるが、実際にはその理論値は実際のせん断性能を過小評価してしまうという問題がある。特にロープ効果を含むボルト接合や面材張釘接合でその傾向は顕著である。

 このように既往の理論式が実際の性能を過小評価してしまう原因は、既往の理論式が1次元且つ微小変形理論を基にした解析であることにある。既往の研究では加力方向のみを対象としており、加力方向に直行する座金ナット又は釘頭の側材へのめり込みや接合具軸部に発生する引張力を考慮することは出来ない。細く長い接合具では接合部軸部の軸力の影響が特に大きく、理論値と実験値とが大きく異なる。また、既往の方法では、主材と側材の摩擦力を予測することがでない為に、理論式による剛性は過小評価される。

 上記の解析上の問題点を解決する為に、接合部のせん断性能を、大変形挙動の解析に適した有限要素法の幾何学非線形解析を適用し、荷重増分法により解析した。これにより、微小変形理論では算出できない接合具の軸力を幾何学的非線形解析では算出でき、更に、その軸力から主材と側材の摩擦力を算出することができる。よって、幾何学的非線形解析による解析値は実験値によく一致することになる。

 本研究では、面材張釘接合部及びボルト接合の一面せん断性能評価への幾何学的非線形解析の有用性を証明するために、実験と解析を行った。比較のため、既往の評価方法と微小変形理論を基にした解析も行った。

 解析モデルには、バネ-梁モデルを用い、接合具を材端回転バネ梁要素で、接合具の木材へのめり込みを軸バネ要素でモデル化した。釘の曲げに関する非線形性は、材端の回転バネによって表現するという手法をとった。解析に用いたインプットデータは各種単体試験の結果から定めた。

 その結果、既往の評価方法と微小変形理論による剛性及び耐力が実験値の5割程度であったのに対し、幾何学的非線形解析ではよく一致した。既往の評価方法及び微小変形理論による解析では接合具の曲げ降伏により終局を迎えるという解析結果を得たが、幾何学的非線形解析では、接合具の軸部に引張力が発生する為に接合具の曲げが起こりに難くなり、側材のめり込み降伏によって終局を迎えるという結果を得た。更に、主材と側材の間の摩擦力を考慮した場合は解析値と実験値が極めてよく一致した。

 面材張釘接合の初期挙動においては特に摩擦力の影響が大きいため、摩擦力を正確に評価する必要がある。摩擦力の評価において静止摩擦から動摩擦に移行する過程を考慮することで、一面せん断の初期挙動を極めて高い精度で予測することができた。

 また、釘側面の主材あるいは側材へのめり込み特性を取得する試験方法として既に提案されている面圧試験などの幾つかの試験方法及び評価方法について検討を行い、釘側面抵抗試験が一面せん断性能予測に最も適した試験法であることがわかった。

 2次元有限要素法の幾何学的非線形解析を適用し、面材張り釘接合部のせん断特性を正確に予測できることが確認された。

 本論文は、面材張り釘接合部のせん断耐力の新しい評価方法を提案したものであり、精度の高い構造設計の実現化に用いるだけでなく、接合部のせん断耐力の発現機構を極めてよく説明でき、構造用面材の開発・改良にも利用できるものであることを明らかにした。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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