学位論文要旨



No 118176
著者(漢字) 濱田,仁美
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,ヒトミ
標題(和) 塗工層形成過程における塗工紙特性の発現とその制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 118176
報告番号 甲18176
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2565号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 松本,雄二
内容要旨 要旨を表示する

[第1章]緒言

 紙表面に機能性材料を塗布することで、各種の機能を付与する紙塗工は、効率的で効果の大きい紙の機能化法のひとつである。塗工により、紙自身の白さや艶などの美的商品価値の付与、印刷効果の向上など現代のニーズにあった紙の機能化が行える。近年の塗工紙に要求される条件としては、光学特性、印刷適性の向上はもちろん、環境に優しい材料の使用などが求められている。

 本研究は、塗工紙に近年要求されるようになった各種の機能の付与を目的としており、まず第2章では、生分解性を有する生物材料由来の水溶性高分子の、塗工層形成過程における機能発現機構を検討し、印刷ムラの発生要因の一つとされている塗料中の成分の不均一な分布の制御方法を検討した。第3章では、塗工紙の軽量化と光学特性の向上を目的とし、粒子内部に空孔を有する中空粒子の粒子特性とその塗工紙の光学特性を評価し、印刷物の色彩科学的因子への影響を調べた。第4章では、新しい塗料の分散方法による顔料分散性の違いが、塗工紙特性および印刷適性に及ぼす影響について検討を行った。第5章では、新しい印刷適性の評価法として蛍光X線元素分析による紙面インキ量の定量方法を確立し、その手法を用いて印刷ムラの解析を行った。

[第2章]水溶性高分子が塗工層形成挙動に及ぼす影響

 塗工紙の機能化の材料として、生分解性を有する生物材料由来の水溶性高分子に注目した。

 カルボキシメチルセルロース(CMC)やセルロース誘導体であるセロウロン酸を配合した塗料粘度は、一定せん断速度下において時間とともに上昇していく現象を示し、これらのセルロース系高分子の作用により塗料中の顔料が凝集構造を形成していることが示唆された。これらの顔料の凝集構造は、撹拌を停止しても壊されることなく維持され、乾燥後の塗工層の空隙率を向上させた。空隙率の向上により塗工層の比散乱係数も向上し、塗工紙の光学特性が向上することが確認された。

 印刷ムラの発生要因の一つとして、乾燥時にバインダーが塗工層表面に移動する現象(バインダーマイグレーション)および面内でのバインダーの不均一な分布が指摘されている。赤外線分光分析・全反射吸収測定法(ATR-FTIR法)により、塗工層の表面バインダーラテックス濃度を評価し、走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(SEM・EDX)により、塗工層断面のバインダーラテックスの分布状態を分析した。これらの結果より、CMCおよびセロウロン酸を配合した塗工層では、バインダーラテックスが塗工層の厚さ方向に均一に分布していることが確認され、これらのセルロース系高分子はバインダーマイグレーションを抑制する効果があることが明らかとなった。非イオン性のセルロース系高分子もバインダーマイグレーションを抑制し、反対にアニオン性の酸化デンプンは抑制しないことから、アニオン性である水溶性高分子と同様にアニオン性のバインダーラテックスとの反発がバインダーマイグレーションを抑制する因子ではないことが確認された。荷電に関係なく直鎖状の多糖類の添加によりバインダーマイグレーションが抑制されることから、セルロース系高分子の立体構造がバインダーマイグレーションの抑制に関与していることが確認された。

 CMCやセロウロン酸などのセルロース系高分子は、バインダーマイグレーションを抑制でき、塗工層の空隙率、光学特性の向上に寄与することから、印刷適性を向上させる助剤としての使用も期待できる。また、生分解性を有するセロウロン酸は現在の環境問題にも対応し、環境にやさしい助剤として塗工紙への応用が可能であると考える。

[第3章]中空粒子による塗工紙特性の発現とその制御

 塗工紙の軽量化と光学特性の向上を目的として、比重の小さいポリスチレンからなり、粒子内部に空孔を有する中空粒子を用いて、塗工紙特性の発現およびその制御機構を検討した。

 粒子径およびゼータ電位の測定、走査型電子顕微鏡による観察、比表面積、細孔径分布の測定を行い、中空粒子のコロイド的特徴、形態的特徴を明らかにした。特に、水銀圧入法による細孔径分布の測定結果から、加圧下における中空粒子の特徴的な変形挙動を詳細に検討した。また、中空粒子の水分散液が絶乾重量になるまでの乾燥速度を測定し、粒子間の水が蒸発した後、粒子内の中空内部の水がポリマー壁をゆっくりと拡散し蒸発するという中空粒子の脱水機構を解明した。

 中空粒子による塗工紙の光学特性への影響を検討した。特に、これまで測定法が確立されていなかった塗工層のみの白色度を算出する式を導き出し、塗工層のみの光学特性の測定法を確立した。また、集束イオンビームにより作製した塗工層断面の観察から、塗工層内部の中空粒子の空孔は完全にはつぶれることなく維持されているが、表面の粒子は軽くつぶされ、表面は平滑になっていることが確認された。中空粒子のポリマー層と内部の空気層との界面での光散乱により、比散乱係数が向上し、塗工紙の白色度を向上させ、表面平滑度も向上させることが証明された。

 さらに、中空粒子が印刷物の色に及ぼす影響を探った。中空粒子を配合した場合には、下地の塗工紙の平滑度向上によるインキ転移量の減少と、下地の白色度向上との相乗効果により印刷物の明度が上昇した。印刷物の明度は下地の塗工紙の明度と平滑によって決定されることが示された。

[第4章]顔料分散性が塗工紙特性に及ぼす影響

 塗料の新しい分散方法として、自転力と公転力を利用した遠心分散法を応用した。塗料の分散性を、顔料凝集物の粒度分布および平均粒子径を測定して評価した。顔料の粒子特性の違いにより、分散性と塗工紙物性に違いが見られた。クレーは短時間の撹拌で小さい平均粒子径を示し、その六角平板状の粒子形状のために密な塗工層を形成した。塗料の分散状態が完全でない場合には、乾燥過程において粒子が完全には平行に堆積せず、ポーラスな構造となるが、より塗料の分散状態が良くなることで粒子が配向した密な構造となり、撹拌時間とともに空隙率は減少する傾向を示した。炭酸カルシウムの場合には、撹拌時間を長くするにつれ平均粒子径が小さくなり、ポーラスな塗工層が形成された。撹拌時間が短く良好な分散状態ではない段階では、顔料粒子径が不均一であり、小粒子径顔料が大粒子径顔料間の隙間に入ることにより、密な塗工層を形成し小さい空隙率を示したと考えられる。遠心分散法により調製した塗工層の物性は、従来の分散手段により調製した試料の物性とほとんど変わらず、遠心分散法は従来の塗料の分散方法の代替法として十分活用できることがわかった。

 顔料分散性の悪い塗工紙へ印刷した場合には、多数の凝集物の存在により塗工層強度が下がり、塗工層表面がインキに引っ張られ、むしり取られてしまう現象が発生した。顔料分散性の違いによるバインダーマイグレーションの程度に違いはなく、塗工層での顔料の凝集状態はバインダーマイグレーションに影響を及ぼさないことが確認された。

[第5章]蛍光X線元素分析による塗工層構造および印刷適性の評価

 新しい印刷適性の評価法の一つとして蛍光X線元素分析による紙面インキ量の定量法を確立した。インキ転移量を測定する方法は、印刷試験機を用いて印刷前後のインキロールの重量差を測定する方法が一般的であり、重量測定を行わなかった場合には、印刷濃度を測定してこれをインキ転移量の目安としている。しかし、インキ転移量の多い印刷物では印刷濃度とインキ転移量は比例関係を示さないことや下地の紙の白色度が印刷濃度に影響を及ぼすことが確認されている。

 藍インキに銅が含まれていることに着目し、蛍光X線元素分析装置を用いて藍インキ内の銅の特性X線強度を測定することで、インキ転移量を定量する方法を確立した。この方法の確立により、インキ転移量未知の印刷後のサンプルや、印刷濃度では正確に測定できないようなインキ量の多い印刷物についても紙面の藍インキ量を測定できるようになった。また、下地の紙の種類や特性は銅の特性X線強度に影響を与えず、印刷に使用される紙についてはこの定量法が適用可能であることを確認した。

 さらに、走査型の微小部蛍光X線元素分析装置およびSEM・EDXを用いて、印刷ムラのある印刷物のマッピング分析を行い、印刷物の印刷ムラの解析にもこの手法を応用した。印刷不良品では、塗工層中の顔料が凝集し、表面近傍のクレーの濃度が高いことが確認された。これより、顔料の不均一な分布や凝集が、印刷ムラを発生させる要因の一つであることが確認された。この方法は、藍インキばかりでなく他の無機元素を含むインキについても応用可能であると考えられ、塗工表面の変化がインキ転移の変化に反映されることから、印刷適性の試験法などへの応用も期待できる。

[第6章]総括

 以上、塗工紙へのセルロース系高分子や中空粒子などの機能性材料の添加や、塗料の分散性が塗工紙特性に及ぼす影響を検討し、その発現機構の解析と制御方法の検討を行い、様々な実験的事実が得られた。

 セルロース系高分子はその立体構造の効果で、バインダーマイグレーションを抑制することができ、塗工層の光学特性を向上させることが明らかとなった。塗工層内で中空粒子の空孔はつぶれることなく維持され、塗工紙の白色度を向上させ、印刷物の明度にも影響を及ぼすことが確認された。また、塗工層のみの光学特性の測定法を確立した。さらに、遠心分散法による顔料分散性が、塗工層構造および印刷適性に及ぼす影響を明らかにし、新しい印刷適性の評価法として、蛍光X線元素分析による紙面インキ量の定量方法を確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 紙は天然高分子であるセルロースを主成分とするが、セルロースは生物材料である木材の主要な構成要素である。紙は長い歴史をもち日常的に広く使われている材料であるが、セルロースのみから成る加工を施さない紙では機能と用途に限界がある。そこで時代の状況や市場からの要求、用途に対応した機能の付与が必要となり、それらの機能を付与することにより新たな用途展開が可能となる。

 そこで本研究では機能性材料の塗工による機能付与という方法を採り上げ、主に印刷適性の向上を目指した顔料塗工における問題点を塗工層形成過程の解析および塗工層形成による塗工紙特性の発現、さらにその制御法に関して多様な観点から究明することを目的とした。

 本論文は6章より成る。第1章は緒言であり顔料塗工に関する従来の研究の概要を記述し、本研究の開始に至った経緯と本論文の主題の問題提起を行い、本研究の目的を総括している。第2章から第5章までが論文の本題である。

 第2章は<水溶性高分子が塗工層形成挙動に及ぼす影響>を扱い、製紙産業における環境問題の視点から、生分解性を有する生物材料由来の水溶性高分子であるセルロース系の誘導体の塗工層形成に及ぼす影響を検討した。これらの誘導体は顔料の凝集を促進し、塗工層の空隙率を増大させることにより比散乱係数を向上させ、塗工紙の光学特性を全般的に向上させることが明らかになった。さらに塗工紙の厚さ方向にラテックスを均一に分布させる効果があることから、ラテックスの移動、すなわちバインダマイグレーションを防止する効果をもつことが明らかとなった。

 第3章は<中空粒子による塗工紙特性の発現とその制御>を扱い、塗工紙の軽量化と光学特性の向上をねらって開発されたポリスチレンからなる中空粒子の挙動をコロイド科学的および形態的特性から解析し、塗工紙特性とのかかわりおよびその制御条件に関して検討を行った。特に中空粒子の乾燥における脱水過程を明らかにし、さらに中空粒子の色彩科学的因子への影響を考察し、中空粒子の塗工における効果を多面的に解析した。また表面特性の変化からインキ転移への影響を考察し、印刷適性とのかかわりを明らかにし、高品位印刷における微細な印刷適性の制御への応用可能性を示唆した。

 第4章は<顔料分散性が塗工紙特性に及ぼす影響>を扱い、自転と公転を組合わせた新しい遠心分散法による顔料凝集物の分散性をプロペラ型ミキサーを用いた従来型の方法と比較し、塗工紙特性に及ぼす影響を検討した。特に顔料の粒度分布と平均粒子径の測定データから塗工層の空隙構造と塗工紙の光学特性との関係を明らかにした。新しい分散方法は分散性の優れた均一な分散系を形成する能力があり、従来の方法を代替する能力をもつことが明らかとなった。また顔料分散性はバインダマイグレーションに影響を及ぼさないことが示唆された。

 第5章は<蛍光X線元素分析による塗工層構造および印刷適性の評価>を扱い、新しい印刷適性の評価法の一つとして蛍光X線元素分析による紙面インキ量の定量法を確立した。本方法はシアンインキ量とシアンインキに含まれる銅の量との線形関係を応用した測定法であり、印刷表面の特性に依存せずに線形関係が維持されるという原理に基いている。さらにシアンインキの印刷パターンが塗工紙の表面特性を反映しているので、逆に印刷パターンから塗工表面の特性を推定することが可能なことが明らかとなった。すなわち印刷ムラの検出など、本手法が新たな印刷適性試験となりうることが示唆された。

 第6章は全体の総括であり、本論文が顔料としての中空粒子、添加剤としての生分解性の水溶性高分子を扱い、それらを構成成分とする塗工分散系の分散性と塗工紙特性、印刷適性との関係などを詳細に解析し、多くの新たな知見を得た。

 以上、本論文は塗工紙の製造において塗工紙特性を決める基礎的な因子とその因子間の相互関係を体系的に考察し、次世代の塗工紙の設計のための新たな概念を確立し、提案していると評価できる。

 よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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