学位論文要旨



No 118178
著者(漢字) 張,玉蒼
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ギョクソウ
標題(和) フェノール中でのセルロースの液化挙動と液化物中の結合フェノールの解析
標題(洋) Analysis of Liquefaction Behavior of Cellulose in Phenol and Bound Phenol in Liquefied Product
報告番号 118178
報告番号 甲18178
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2567号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 森林総合研究所 主任研究官 山田,竜彦
内容要旨 要旨を表示する

 人類が化石資源に依存するあまりに生じた地球環境の変化(特に炭酸ガスによる温暖化)の防止を目指してカーボンニュートラル資源であるバイオマスの有効利用が叫ばれている。この目的を果たすものとして、現在バイオマスのエネルギー化が特に推進されている。しかし、いかにカーボンニュートラルとはいえ、植物体が長期にわたって蓄積してきた炭素源をすぐさまエネルギーに変換し炭酸ガスを放出すれば、将来的には収支が合わなくなることは明白である。持続的な生産物をそのサイクルにあわせて長期的に使用し、最終的にエネルギー化することがバイオマス利用の本質と考えられる。

 本研究は上記の視点に立ち、最も持続的に生産可能な木質材料を建材、紙などに利用した後物性的に劣化した木質廃棄物をエネルギー化する前に、更に化学原料に変換するという段階を加えて、長期的に木質材料を人間社会で炭素保管する技術を開発することに関連する。

 本論文は、木質材料を化学原料化するために開発された技術(以下液化法)について長期的使用が可能と考えられる木質建材用接着剤などへの応用の観点から、その液化条件と生成物の化学的基本特性との関連を検討し実用化への資料蓄積を目指したものであり、5章から構成される。

 第1章では、先ず、本論文で検討した当研究室開発の液化法に関連した歴史的類縁技術を概説するとともに比較対照し、本液化法の特徴、得失を論じた。本液化法は、反応性溶媒、例えばフェノール類、多価アルコール類、中で木質材料を酸蝕媒により液化するもので、従来法に比べ特殊容器を用いることなく常圧で反応可能で、最も簡便な液化法であるものの、酸触媒を使用するため化学原料とするには中和処理を施すことが大きな欠点であることなどを概説した。しかし、得られる液化物を利用して、フェノール系接着剤、成型物、発泡体、フィルムなどへの変換が容易であるとともに、他材料への変換の可能性も多大であることを述べた。

 第2章では、本液化法の一つであるフェノール液化を選択し、液化対象物としてセルロースを選び、核磁気共鳴法、赤外吸光分析法、排除クロマトグラフィー法などを用いて、生成物中の化学種の同定などを行い、その結果から、本液化法の本質、液化におけるセルロースの分解機構などについて論じた。

 木材を液化し、経時的に液化生成物および残査を分析することにより木材液化の機構を検討した。その結果、液化はリグニン、ヘミセルロースそして最後にセルロースの順に起きること、これら木材成分は酸触媒により分解され、その分解物は反応性溶媒と反応して液化物となることなどを明らかにした。そして、この液化の本質は木質材料の加溶媒分解であり、従来の加溶媒パルプ化法を過激にしたものであることを提起した。この提起を証明するため、セルロースを液化して生成物の同定を試みた結果、生成物は40種以上の化学種を含む混合物であることが判明した。これらを分離精製して、反応中間体であるグルコシドおよび最終生成物であるトリフェノール類を同定し、セルロースの液化分解はセルロースの分解によるグルコースヘの変換、グルコースとフェノールによるグルコシドの生成、グルコシドの分解によるフェノール化合物への変換という機構を提唱した。

 第2章の結果から3種以上の主成分を含む木質材料の液化物は非常に複雑で多種の分子種を生成することが判明した。木質材料は、採取部位、樹種などによりその成分分布が異なるため、再現性ある液化物を生成することが難しい。一方、セルロースはグルコース単位からなる化学的に単純な物質であり、より化学的に単純な液化物が得られると考えた。また、市場でも古紙などとして入手しやすい。そこで第3章ではセルロースのフェノール液化について検討した。

 第3章では、液化物を高分子原料とするために重要な分子設計因子である液生成物の分子量、結合フェノール量、結合フェノールの置換様式、残査の生成量などの変化について、フェノールのセルロースに対する配合量および液化温度、時間を変数として、排除クロマトグラフィー、赤外吸光分析法を中心に検討した。

 その結果、どの配合系においても生成物は未反応フェノールと液化物を含むことが確認された。そして、フェノール配合比の低いものでは液化後期に残査が再形成されること、この再形成残差は時間とともに液化物がフェノール基を介して縮合生成するものであることを明らかにした。また、フェノール配合量が少ない系では、概して高分子量で結合フェノールの少ない液化物が生成され、時間とともに結合フェノール量はあまり変化しないものの分子量が上昇るという結果を得た。さらに、どの配合系においても液化温度を高くする程、残差を低く抑えることができるものの再形成残査の生成が早くなること、結合フェノールはオルト置換体が多くなることを見いだした。この結果から、高い反応温度を用いた方が高分子原料として反応性の高い液化物を得られること、分子量、結合フェノール量は主に配合フェノール量で制御できるという結論を得た。加えて、従来定義されている結合フェノール量の計算式では、残差が再形成される場合には大きな誤差を与えることなどを指摘した。

 第3章で指摘したように、従来の結合フェノール量の定義では全ての条件での液化物を記述するものではない。また、従来法では結合フェノール量は、配合セルロース重量あたりの結合フェノール重量として与えられる。そして、結合フェノール量決定に際し、未反応フェノール量測定し、配合フェノール量から未反応フェノール量を差し引いて結合フェノール量を算出する間接法である。このため、少なくとも配合フェノール量および配合セルロース量を知っておくとともに厳密な配合管理と未反応フェノールを失わない合成工程および保管が必要となる。この定義および算出法は、既に製造された液化物を他者が工業原料として移用する場合に不便であり、既存液化物の結合フェノール量を簡便な方法で知ることが品質管理上重要である。そのため、第4章では以上の要求を踏まえた新しい結合フェノール量の直接定量法を提案し従来法との比較検討を行った。

 新規な結合フェノールの定義を液化物重量あたりの結合フェノール重量もしくはモルと変更し、核磁気共鳴あるいは核磁気共鳴/排除クロマトグラフィーの組合せで検討した。液化物をアセチル化し核磁気共鳴でのフェノール性水酸基のシグナルの強度比から結合フェノールモル量を算出した。定量に当たり、シグナルが重ならないものとしてジクロロメタンを溶媒に、既知量のN-Nジメチルホルムアミドを試料に加え内部標準として用いた。新規定量法での測定値を従来法に変換し比較検討したところ、従来法はかなり高い結合フェノール量を与えることが判明した。これは従来法が定量の過程で未反応フェノールを消失したことを示していた。また、残査が再形成される場合に、従来法では異常に高い結合フェノール量を示すのに対し、新規法では妥当な値を示すことも証明された。

 第5章は以上の総括である。得られた基礎的な結果から、液化機構の提案、数種のセルロース液化物の同定、液化物特性の液化条件依存性の解明を行った。また、この実験を通して得られた従来結合フェノール定量法の矛盾を解消するため、異なる定義の簡便で定量精度の高い結合フェノール定量法を開発した。セルロースのフェノール液化物中に存在するフェノール残基を利用して高分子材料へと変換するためには、さらに化学修飾が必要である。この時、液化物の特性(結合フェノールの置換様式など)は反応性に大きくかかわり、目指すべき高分子材料の特性を左右するであろうことを指摘した。さらに、液化物を高分子材料として開発する際の実験指針を与えた。

審査要旨 要旨を表示する

 人類が化石資源に依存するあまりに生じた地球環境の変化(特に炭酸ガスによる温暖化)の防止を目指してカーボンニュートラル資源であるバイオマスの有効利用が叫ばれている。この目的を果たすものとして、現在バイオマスのエネルギー化が特に推進されている。しかし、いかにカーボンニュートラルとはいえ、植物体が長期にわたって蓄積してきた炭素源をすぐさまエネルギーに変換し炭酸ガスを放出すれば、将来的には収支が合わなくなることは明白である。持続的な生産物をそのサイクルにあわせて長期的に使用し、最終的にエネルギー化することがバイオマス利用の本質と考えられる。

 本研究は上記の視点に立ち、最も持続的に生産可能な木質材料を建材、紙などに利用した後、物性的に劣化した木質廃棄物をエネルギー化する前に、更に化学原料に変換するという段階を加えて、長期的に木質材料を人間社会で炭素保管する技術を開発することに関連する。

 本論文は、木質材料を化学原料化するために開発された技術(以下液化法)について長期的使用が可能と考えられる木質建材用接着剤などへの応用の観点から、その液化条件と生成物の化学的基本特性との関連を検討し実用化への資料蓄積を目指したものであり、5章から構成される。

 第1章では、先ず、本論文で検討した当研究室開発の液化法に関連した歴史的類縁技術を概説するとともに比較対照し、本液化法の特徴、得失を論じた。本液化法は、反応性溶媒、例えばフェノール類、多価アルコール類などの中で木質材料を酸触媒により液化するもので、従来法に比べ特殊容器を用いることなく常圧で反応可能で、最も簡便な液化法であるものの、酸触媒を使用するため化学原料とするには中和処理を施すことが大きな欠点であることなどを概説している。しかし、得られる液化物を利用して、フェノール系接着剤、成型物、発泡体、フィルムなどへの変換が容易であるとともに、他材料への変換の可能性も多大であることも指摘している。

 第2章では、本液化法の一つであるフェノール液化を選択し、液化対象物としてセルロースを選び、核磁気共鳴法、赤外吸光分析法、排除クロマトグラフィー法などを用いて、生成物中の化学種の同定などを行い、その結果から、本液化法の本質、液化におけるセルロースの分解機構などについて論じている。

 木材を液化し、経時的に液化生成物および残査を分析することにより木材液化の機構を検討した。その結果、液化はリグニン、ヘミセルロースそして最後にセルロースの順に起きること、これら木材成分は酸触媒により分解され、その分解物は反応性溶媒と反応して液化物となることなどを明らかにした。そして、この液化の本質は木質材料の加溶媒分解であり、従来の加溶媒パルプ化法を過激にしたものであることを提起している。この提起を証明するため、セルロースを液化して生成物の同定を試みた結果、生成物は40種以上の化学種を含む混合物であることが判明した。これらを分離精製して、反応中間体であるグルコシドおよび最終生成物であるトリフェノール類を同定し、セルロースの液化分解はセルロースの分解によるグルコースヘの変換、グルコースとフェノールによるグルコシドの生成、グルコシドの分解によるフェノール化合物への変換という機構を提唱している。

 第2章の結果から3種以上の主成分を含む木質材料の液化物は非常に複雑で多種の分子種を生成することが判明した。木質材料は、採取部位、樹種などによりその成分分布が異なるため、再現性ある液化物を生成することが難しい。一方、セルロースはグルコース単位からなる化学的に単純な物質であり、より化学的に単純な液化物が得られると考えた。また、市場でも古紙などとして入手しやすい。そこで第3章ではセルロースのフェノール液化について検討している。

 第3章では、液化物を高分子原料とするために重要な分子設計因子である液生成物の分子量、結合フェノール量、結合フェノールの置換様式、残査の生成量などの変化について、フェノールのセルロースに対する配合量および液化温度、時間を変数として、排除クロマトグラフィー、赤外吸光分析法を中心に検討している。

 その結果、どの配合系においても生成物は未反応フェノールと液化物を含むことが確認された。そして、フェノール配合比の低いものでは液化後期に残査が再形成されること、この再形成残差は時間とともに液化物がフェノール基を介して縮合生成するものであることを明らかにした。また、フェノール配合量が少ない系では、概して高分子量で結合フェノールの少ない液化物が生成され、時間とともに結合フェノール量はあまり変化しないものの、分子量が上昇するという結果を得た。さらに、どの配合系においても液化温度を高くする程、残差を低く抑えることができるものの、再形成残査の生成が早くなること、結合フェノールはオルト置換体が多くなることを見いだした。この結果から、高い反応温度を用いた方が付加反応に適する高分子原料として反応性の高い液化物を得られること、分子量、結合フェノール量は主に配合フェノール量で制御できるという結論を得ている。加えて、従来定義されている結合フェノール量の計算式では、残差が再形成される場合には大きな誤差を与えることなどを指摘している。

 第3章で指摘したように、従来の結合フェノール量の定義では全ての条件での液化物を記述するものではない。また、従来法では結合フェノール量は、配合セルロース重量あたりの結合フェノール重量として与えられる。そして、結合フェノール量決定に際し、未反応フェノール量測定し、配合フェノール量から未反応フェノール量を差し引いて結合フェノール量を算出する間接法である。このため、少なくとも配合フェノール量および配合セルロース量を知っておくとともに厳密な配合管理と未反応フェノールを失わない合成工程および保管が必要となる。この定義および算出法は、既に製造された液化物を他者が工業原料として適用する場合に不便であり、既存液化物の結合フェノール量を簡便な方法で知ることが品質管理上重要である。そのため、第4章では以上の要求を踏まえた新しい結合フェノール量の直接定量法を提案し従来法との比較検討を行っている。

 新規な結合フェノールの定義を液化物重量あたりの結合フェノール重量もしくはモルと変更し、核磁気共鳴あるいは核磁気共鳴/排除クロマトグラフィーの組合せで検討した。液化物をアセチル化し核磁気共鳴でのフェノール性水酸基のシグナルの強度比から結合フェノールモル量を算出した。定量に当たり、シグナルが重ならないものとしてジクロロメタンを溶媒に、既知量のN-Nジメチルホルムアミドを試料に加え内部標準として用いた。新規定量法での測定値を従来法に変換し比較検討したところ、従来法はかなり高い結合フェノール量を与えることが判明した。これは従来法が定量の過程で未反応フェノールを消失したことを示していた。また、残査が再形成される場合に、従来法では以上に高い結合フェノール量を示すのに対し、新規法では妥当な値を示すことも証明している。

 第5章は以上の総括である。得られた基礎的な結果から、液化機構の提案、数種のセルロース液化物の同定、液化物特性の液化条件依存性の解明を行った。また、この実験を通して得られた従来結合フェノール定量法の矛盾を解消するため、異なる定義の簡便で精度の高い結合フェノール定量法を開発した。セルロースのフェノール液化物中に存在するフェノール残基を利用して高分子材料へと変換するためには、さらに化学修飾が必要である。この時、液化物の特性(結合フェノールの置換様式など)は反応性に大きくかかわり、目指すべき高分子材料の特性を左右するであろうことを指摘している。さらに、液化物を高分子材料として利用する開発指針を与えている。

 以上の様に本研究の結果は、セルロース系廃棄物を化学原料として使用し、長期的に製品として利用することにより炭酸ガスの放出を制限しようとする試みにおいて、材料設計に対する化学的側面から設計指針を与えることに大きく貢献することが明らかである。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク