学位論文要旨



No 118184
著者(漢字) 夏目,亮
著者(英字)
著者(カナ) ナツメ,リョウ
標題(和) 放線菌の自己調節因子レセプターのX線結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 118184
報告番号 甲18184
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2573号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 放線菌Streptomyces griseusは、原核生物でありながらも形態分化し、それに同調して抗生物質等を生産する。これらの現象は、細胞内/細胞間情報伝達物質である自己調節因子A一ファクターによって引き起こされる。A-ファクターは、γ-ブチロラクトン環を有する低分子性の微生物ホルモンであり、特異的な受容体に結合し、抗生物質等の二次代謝産物の生産や気中菌糸形成、胞子形成などの形態分化を誘導する。A-ファクターの受容体であるArpA(A-factor receptor protein)は、リプレッサーとして機能するDNA結合蛋白質である。ArpAはA-ファクターと結合することによって標的遺伝子のオペレーター領域から解離し、その結果A-ファクターカスケード系の遺伝子群の転写が次々と誘導され、二次代謝や形態分化が引き起こされる。同様の自己調節因子一受容体系は広く放線菌から見つかっており、二次代謝に関わる遺伝子群の転写を制御する放線菌に共通した機構と考えられる。様々な放線菌から単離されている自己調節因子は、いずれもγ-ブチロラクトン環を有する非常に類似した低分子性化合物であるが、対応する受容体はこれら化合物を極めて特異的に認識する。

 放線菌のモデル菌として研究されているS.coelicolor A3(2)には、ArpAと相同なCprBが存在する。当研究室の以前の研究で、CprBはDNA結合能を持ち、ArpA同様にリプレッサーとしての機能を持つことが示されている。

 当研究室の大きな目標は、ArpAの結晶構造およびA-ファクター、DNAとの複合体の構造を決定することによりその分子機構を明らかにすることであるが、本研究では結晶化の可能なCprBの立体構造を解明することとした。放線菌の自己調節因子受容体の立体構造は、これまで一例も明らかになっていないため、CprBの立体構造から自己調節因子一受容体系の転写調節機構を明らかにしょうとするものである。

1.CprBの結晶化およびX線結晶構造解析

 大腸菌によりCprBを大量発現させ、精製および結晶化を行い、ハンギングドロップ蒸気拡散法により結晶を得た。PEG6000を沈殿剤として用いた同一の結晶化条件において、3種の異なる結晶が成長した。それぞれの結晶を以下、Form A(セレノメチオニン置換CprB、晶系;斜方晶、空間群;P212121、格子定数;a=38.15Å,b=68.07Å,c=145.42Å)、Form B(wild typeCprB、晶系;斜方晶、空間群;P212121、格子定数;a=37.79Å,b=69.56Å,c=148.93Å)、Form C(セレノメチオニン置換CprB、晶系;正方晶、空間群;P41212、格子定数;a=b=111.95Å,c=43.44Å)とする。CprBの結晶は同一の形状、晶系の結晶においても結晶の格子定数が異なり、明らかに同型性が低いものだったため、Form Aの結晶を用いて多波長異常分散法により初期位相を求めた。プログラムRESOLVEによって改良して得られた電子密度図からモデルを構築し、Form Aの結晶構造を2.4Å分解能で決定した。次に、Form Bの結晶を用い、Form Aの立体構造を初期モデルとして分子置換法により解析し、2.3Å分解能で結晶構造を決定した。また、Form Cの結晶についてもForm Aの立体構造を初期モデルとして分子置換法で解析し、3.0Å分解能で結晶構造を決定した。

2.CprBの構造

 CprBは二量体を形成しており、サブユニット会合面において両サブユニットのCys159間でS-S結合を形成していた。各サブユニットは10本のα一ヘリックスで構成され、N末端側のドメイン(Ala2-Phe50)とC末端側のドメイン(Ser81-Ala215)の2つのドメインからなることが明らかになった。2つのドメインは、N末端側から4番目の非常に長いヘリックス(Helix-4;Lys53-Asp74)によりつながっていた。

 N末端側のドメインは3本のα-ヘリックスからなり、典型的なヘリックスーターンーヘリックスDNA結合構造モチーフを持っていたため、DNA結合ドメインとして機能していることが示唆された。一方、C末端側のドメインは6本のα-ヘリックスからなり、自己調節因子との結合に必須であることが推測されるTrp127を含む。さらに、Trp127周辺では自己調節因子受容体間で保存性の高い疎水性の残基からなる疎水ポケットが形成されていたことから、C末端側のドメインは自己調節因子が結合する調節ドメインとして機能していることが示唆された。

 これらのことは、以前のArpAへの部位特異的変異導入の結果に合致している。自己調節因子レセプターのアミノ酸配列の相同性から、今回決定した構造は、ArpAをはじめとする自己調節因子レセプターの構造と基本的に共通であると考えられる。

3.各Formの構造比較

 それぞれのFormは、サブユニット間の対称性が異なる。Form Cは、結晶の非対称単位中に一つのサブユニットが含まれており、結晶学的2回軸により2つのサブユニットが関係づけられている。したがって、2つのサブユニットは完全な2回対称軸で関係づけられている。しかし、Form A、Form Bは結晶の非対称単位中に一つの二量体が含まれており、各サブユニットは2回対称性を持つものの、2回対称軸で関係づけられていない。すなわち、C末側の調節ドメインに関しては、疑似の2回軸で関係付けられているが、N末側のDNA結合ドメインは、2回対称からの有意なずれが観察された。そのため、Form AからCの構造を調節ドメインで重ねあわせて比較すると、DNA結合ドメインの相対位置は各Formで異なっていることが分かった。このことから、DNA結合ドメインは自由度の高いドメインであり、その位置は環境によって容易に変わりうることが明らかになった。このDNA結合ドメインの位置の変化は、主にN末端側から4番目のヘリックス(Helix-4)の調節ドメインに対する相対位置が異なることに起因する。

4.自己調節因子受容体の転写調節機構

 CprBの構造は、Escherichia coliのTetRおよびStaphylococcus aureusのQacRと共通性を持つものであった。TetR、QacR両蛋白質は薬剤耐性遺伝子群の転写を抑制しているリプレッサーであるが、薬剤と結合することによってDNAから解離する。両蛋白質ともα-ヘリックスのみからなる構造を持ち、3本のα-ヘリックスからなるN末端側DNA結合ドメイン、C末端側の薬剤が結合する調節ドメイン、および両ドメインをつなぐN末端側から4番目の長いα-ヘリックス(Helix-4)で構成される。薬剤と結合することにより、Helix-4が分子の外側に開くのに伴いN末端DNA結合ドメインも分子の外側に開き、DNAとの結合能を失う。

 CprBがTetR/QacRと基本的に同じフォールドを持っていること、Helix-4よりN末端側の構造の自由度が高いことを考えると、CprBの転写調節機構は、TetRやQacRと基本的に同一であることが示唆された。DNA結合ドメインと調節ドメインの間には水素結合がほとんど観察されないのも、DNA結合ドメインが構造変化を起こしやすくするための機構であると考えられる。また、リガンド結合に直接関与すると考えられるTrp127は、構造変化の鍵となるHeltx-4の近傍にあり、リガンド結合によりHelix-4が構造変化を起こしやすい配置になっていた。

 全ての自己調節因子受容体で保存されておりDNA結合能に関わるPro123は、調節ドメインの下方、DNA結合ドメインの近傍に位置していた。この部位のプロリンに変異が導入された変異型ArpAは、DNA結合能を持たない。これは、プロリンが他のアミノ酸に変異することでDNA結合ドメインと接触しているPro101からPro123の領域の自由度が上がり、これが結果的にDNA結合ドメインの運動性を上昇させて、変異型ArpAはDNA結合能を失ったと考えることができる。自己調節因子が結合することによって、リプレッサーがDNAから解離して転写の抑制を解除するためには、DNA結合ドメインの自由度が、構造上必要なのであろう。

 CprBの構造は、自己調節因子受容体蛋白質群のモデル構造であると考えられ、本構造から得られた上記の知見は、他の自己調節因子受容体にも当てはめることができると考えられる。従って、ArpAを含む放線菌の自己調節因子受容体は、TetRファミリーと同様な転写調節機構を有することが示唆された。

5.まとめ

 本研究によって、初めて放線菌の自己調節因子受容体ファミリーの立体構造が決定された。自己調節因子受容体ファミリーの転写調節機構は次のように考えられる。自己調節因子がC末端側の調節ドメインに結合することによって、N末端側DNA結合ドメインが分子の外側に開いてDNA結合能を失い、制御を受けている遺伝子の転写が誘導されるというものである。

Form Aの立体構造(Front View)

自己調節因子との結合に必須なTrp127,DNA結合能に関与するPro123,サブユニットを連結しているCys159の側鎖をそれぞれ示してある。

Form A(上),Form B(下)の立体構造(Bottom View)

DNA結合ドメインをリボンモデルで、Helix-4の主鎖の色を黒で、それぞれ示してある。

自己調節因子レセプターの転写調節機構モデル図

Helix-4を=で、自己調節因子を▽でそれぞれ示してある。

審査要旨 要旨を表示する

 放線菌Streptomyces griseusの二次代謝および形態分化は、自己調節因子A-ファクターにより調節されている。A-ファクターは、γ-ブチロラクトン環を有する低分子性の微生物ホルモンであり、特異的な受容体ArpAに結合する。AlpAはリプレッサーとして機能するDNA結合蛋白質であり、A一ファクターと結合することによって標的遺伝子のオペレーター領域から解離し、その結果A一ファクターカスケード系の遺伝子群の転写が次々と誘導される。同様の自己調節因子-レセプター系は、二次代謝に関わる遺伝子群の転写を制御するための放線菌に共通した機構と考えられている。本論文は、自己調節因子レセプターの結晶構造解析により、自己調節因子-レセプター系の転写調節の分子機構を原子レベルで明らかにしたものである。

 自己調節因子レセプターの結晶化にあたり、まずArpAの結晶化を試みたが、ArpAは溶液中で非常に不安定な性質を持つため結晶の取得には至らなかった。そこでDNA結合能を持ち、ArpA同様にリプレッサーとしての機能を持つ、S.coelicolor A3(2)ArpAの相同蛋白CprBの結晶化および構造解析を行った。PEG6000を沈殿剤として用いた同一の結晶化条件において、Form A、BおよびCの3種類のCprBの結晶が得られた。重原子としてセレン元素を含むForm Aの結晶構造を多波長異常分散法により2.4Å分解能で決定した。続いてForm B、Cの結晶構造をForm Aの立体構造を初期モデルとして分子置換法により解析し、Form Bは2.3Å分解能で、Form Cは3.OÅ分解能でそれぞれの結晶構造を決定した。

 CprBは二量体を形成しており、各サブユニットは10本のα-ヘリックスで構成され、N末端側のDNA結合ドメインメインとC末端側の自己調節因子が結合する調節ドメインからなっていた。2つのドメインは、N末端側から4番目の非常に長いヘリックス(Helix-4)によりつながっていた。調節ドメインのリガンド結合に直接関与すると考えられるTrp127周辺では、自己調節因子レセプター間で保存性の高い疎水性アミノ酸残基によるポケット構造が形成されており、このポケットは自己調節因子結合部位であると考えられた。また、3種類の結晶構造は、特にHelix-4よりもN末端側の領域の構造が異なっており、DNA結合ドメインの位置は環境によって容易に変わりうることが明らかになった。Helix-4はリガンド結合ポケットの近傍に位置するため、リガンドが結合するとHelix-4の領域に構造変化が起き、その結果DNA結合ドメインの位置も変化すると考えられた。CprBの構造は自己調節因子レセプターのモデル構造であり、本構造から得られた知見は、他の自己調節因子レセプターにも当てはめることができると考えられる。さらに、CprBの構造的な特徴は分子機構の詳細な研究が行われている大腸菌のTetRと共通性を持っていたことから、自己調節因子レセプターの転写調節の分子機構は次のように考えられる。自己調節因子がC末端側の調節ドメインに結合することによってHelix-4が分子の外側に開く。それに伴いDNA結合ドメインも分子の外側に開いて、自己調節因子レセプターはDNA結合能を失ったコンフォメーションに変化する。その結果、制御を受けている遺伝子の転写が開始されるというものである。

 本研究により、放線菌の自己調節因子レセプターの立体構造が初めて明らかにされた。また、CprBの結晶構造から自己調節因子レセプターの転写調節の分子機構も推定された。本研究は、放線菌の自己調節因子一レセプター系の制御機構に関して、構造生物学的に全く新規な知見をもたらした先駆的な研究である。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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