学位論文要旨



No 118185
著者(漢字) アスリ ペニ ウランダリ
著者(英字) Asri Peni Wulandari
著者(カナ) アスリ ペニ ウランダリ
標題(和) Thermus thermophilus HB27のリジン生合成における鍵酵素、ホモクエン酸合成酵素の構造と機能に関する研究
標題(洋) Studies on the structure and function of homocitrate synthase, a key enzyme in lysine biosynthesis of Thermus thermophilus HB27
報告番号 118185
報告番号 甲18185
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2574号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 西山,真
内容要旨 要旨を表示する

 Thermus thermophilus HB27株は70℃付近で最適に生育する高度好熱性細菌である。殆どの細菌においてリジンはアスパラギン酸からジアミノピメリン酸経路によって合成されると考えられてきた。しかし、T.thermophilusにおいては、カビや酵母にみられるリジン生合成経路の前駆体である、α-アミノアジピン酸を経てリジンが合成されることが最近になって発見された。[1][2]その生合成は2-oxoglutarateとAcety1・CoAからホモイソクエン酸の合成で開始し、α-アミノアジピン酸までの合成は、ロイシン生合成やTCAサイクルの一部と類似した経路で進行する。それぞれの生合成、代謝系で対応する酵素の間でアミノ酸配列の相同性が見出されることから、Thermusのリジン生合成に関連する酵素とロイシン生合成やアルギニン生合成に加え、TCAサイクルの一部に関連する酵素の間に進化的な関連性があることが示唆されている。[3]これらの事実は、Thermusのリジン生合成はアミノ酸生合成や関連した代謝系の進化を解明するための鍵となり得ることを意味していると考えられる。一方、アミノ酸の生合成は、過剰量の経路最終産物による酵素活性の阻害、feedback-inhibitionによって流量調節されることが知られているが、そのターゲットとなるのが多くの場合、経路の初発酵素である。下等真核生物のリジン生合成においては、その第一段階の反応である2-oxoglutarateとacetyl-CoAからホモクエン酸の合成を触媒するhomocitrate synthase(HCS)がリジンによって制御される事が知られている。上述した通り、Thermusのリジン生合成の前半部分は下等真核生物のリジン生合成と、後半部分はアルギニン生合成の一部とそれぞれ類似している。従って、ThermusのHCSがどのような調節を受けるのかは大変興味深い。本研究で、私はT.thermophilusにおけるα-アミノアジピン酸を経るリジン生合成の調節機構の情報を得るために、ホモクエン酸の合成を触媒するHCSの特性解析を行った。

1.リジン生合成に関連するホモクエン酸の特性解析

 組換えE.coliで生産されたThermus HCSを、Ni-NTA resin等を用いて精製した。この精製サンプルを用いて、HCSの酵素学的な性質を解析した。種々の温度における酵素活性を測定することで、活性と温度の相関を決定した結果、60℃周辺に至適温度を有するbe11-shape型のprofileが得られた。反応温度が上昇するにつれて化学反応はより速い速度で進行することを考慮すると、70℃以上での活性の減少はHCSの変性によるものであると考えられる。耐熱性を調べたところ、HCSは70℃以上では失活していた。より詳細にThermus HCSの特性解析を行うために、酵素の動力学的解析を行った。その結果、2-oxoglutarate及びacety1-CoAに対するKm値はそれぞれ44μM、32μMであった。

 アミノ酸生合成において殆どの場合、生合成経路の第一段階において制御を受けることから、リジン及び関連化合物をHCS反応溶液に添加し、活性に対する影響を観察した。その結果、HCSはリジンによって顕著に阻害されることが明らかになった。その阻害様式を調べたところ、リジンによる阻害は2-oxoglutarateと拮抗的であり、Ki値は9.5μMと算出された。次にHCS活性に対する影響を他の構造類似化合物7種類について調べた結果、その内の2種類、アルギニンと2-aminoethylcysteineがリジンを用いた際と比較すると、弱いながらもHCS阻害効果を示した。HCSのアミノ酸配列を用いて相同性解析したところ、唯一LeuAが相同性を示すものとして検索された。LeuAはロイシン生合成酵素の1つであり、2-oxoisovalerateとacety1-CoAから2-isopropylmalateの合成を触媒するロイシン生合成経路の初発酵素である。アミノ酸配列の相同性にも関わらず、HCSは2-oxoisovalerateに対する活性を全く示さなかった。[Table1]一方、クエン酸合成酵素はTCAサイクルに属する酵素であり、oxaloacetateとacetyl-CoAからクエン酸を合成する。興味深いことに、基質の構造同様にその反応機構においても類似性が予想されるにも関わらず、クエン酸合成酵素はHCSやLeuAとの間でアミノ酸配列における類似性を示さない。HCS反応液に2-oxoglutarateの代わりにoxaloacetateを用いて反応を行った場合、KC1非存在下では活性が検出されなかったが、KC1存在下では明らかな活性が検出された。Oxaloacetate及びacetyl-CoAに対するKm値はそれぞれ255μM、28μM,Kcat値は115μMであった。

2.ThermusHCSの部位特異的変異

 HCSの基質認識を明らかにするため、種々のHCS間に高く保存されているHis67,His105,Pro156,Arg160,Gly161のアミノ酸残基に部位特異的変異を導入した。基質として2-oxoglutarate(2OG)、oxaloacetate(OAA)、2-oxoisovalerate(2OIV)を用い、基質特異性を解析した。前述したとおり、Thermus HCSは2OIVを基質とした反応を行うことは出来ないが、R160T変異体は2OG,OAAに対して触媒活性の減少を示すものの、2OIVに対する明らかな活性を示すことが明らかとなった。このアルギニン残基は全てのHCSにおいて保存される一方で、LeuA(2-isopropylmalate synthase)においては対応する部位にはスレオニンが位置している。これらの結果は、R160が基質特異性を決定する重要な残基であり、おそらくは20Gの5位カルボン酸を認識する役割を担っていることが示唆された。また、他の変異体では全ての基質に対してKm値、Kcat値において様々な変化が観察された。これらのアミノ酸残基もまた基質認識、触媒活性に関わる残基であるものと予想され、その詳細について解析を行っているところである。

3.Thermus HCS結晶化の試み

 Thermus HCSの構造機能相関を理解するためには、立体構造の情報が必要である。HCSの立体構造を決定するために、HCSの結晶化を試みている。野生型HCS及びR160T改変酵素を対象として、20℃、沈殿剤polyethylene glycol 6000存在下、ハンギングドロップ蒸気拡散法によって、小さいながらにも形が整ったoctagonal(bi-pyramida1)な結晶が得られた。得られた結晶はまだX線結晶構造解析を行うことが出来る程のものではなかったが、結晶化条件の最適化を行うことで、X線結晶構造解析に適した結晶が近い将来得られるものと期待している。

References:

[1]Kosuge,T.and Hoshino,T.(1998)FEMS Microbiol Lett.169,361-367.

[2]Vogel,H.J.(1964)Am.Nat.98,446455.

[3]Nishida,H.Nishiyama,M.,Kobashi,N.,Kosuge,T.,Hoshino,T.andYamane,H.(1999)Genome

Res.9,1175-1183.

[4]Miyazaki,J.,Kobashi,N、,Nishiyama,M.and Yamane,H.(2002)FEBSLett.512,269-274.

[5]Wulandari,A.P.;Miyazaki,J.,Kobashi,N.,Nishiyama,M.,Hoshino,T.,Yamane,H.(2002)FBBS

lett.522.35-40.

審査要旨 要旨を表示する

 これまで、全ての細菌においてリジンはアスパラギン酸からジアミノピメリン酸経路によって合成されると考えられてきたが、高度好熱性細菌Thermus thermophilus HB27は、α-アミノアジピン酸を経て合成されることが明らかになってきている。その生合成は、2-オキソグルタル酸とアセチルCoAからホモクエン酸の合成で開始し、α-アミノアジピン酸までの合成は、ロイシン生合成やTCAサイクルの一部と類似した経路で、その後はアルギニン生合成と類似した経路で進行する。また、異なる生合成(代謝)系に属するものの、これらの対応する反応を担う酵素間でアミノ酸配列の類似性がみられることから、これらの生合成(代謝)経路の間に進化的な関連性が示唆されている。アミノ酸生合成は、過剰量の最終産物によりフィードバック阻害を受け、経路全体の流量調節が行われることが知られているが、そのターゲットとなるのが多くの場合、経路の初発酵素である。本論文は、こうした背景の下、T.thermophilus HB27のリジン生合成の初発酵素ホモクエン酸合成酵素について、そのフィードバック阻害をはじめとする酵素学的諸性質の解析、タンパク質工学的手法によって作製した改変体の種々の基質を用いた特性解析、およびX線結晶構造解析を目指したタンパク質結晶化の試みについて述べたもので、5章より構成される。

 第一章では、T.thermophilus HB27における新規なリジン生合成の全体像について簡単に解説した後、論文の概略について述べてある。

 第二章では、同菌のホモクエン酸合成酵素を大腸菌の発現系を用いて大量生産・精製し、その酵素学的諸性質を解析した結果について述べている。同酵素の至適温度は60℃付近に存在し、70℃以上では失活が認められた。フィードバック阻害について調べるため、生合成系の最終産物であるリジンと構造的に類縁の幾つかの化合物を反応液に添加して、酵素活性への影響を調べた結果、予想通りリジンによる阻害が観察され、その阻害定数Kiは9.4μMと決定された。その他、リジンより炭素鎖が1つ短い構造アナログであり、アルギニンの生合成中間体であるオルニチンは全く阻害を示さなかったが、アルギニンに弱いながらも阻害活性が認められた。このことから同菌のリジン生合成がアルギニン生合成と進化的な関連があることを示すと同時に、機能的にも依然として関連があるものと考えられた。ホモクエン酸合成酵素は、ロイシン生合成の初発酵素である2-イソプロピルリンゴ酸合成酵素とアミノ酸配列の類似性を示すが、TCAサイクルのクエン酸合成酵素とは類似性を全く示さない。そこで、基質特異性を調べたところ、2-イソプロピルリンゴ酸の合成活性は認められなかったが、顕著なクエン酸合成活性が見いだされ、その活性発現にはK+の添加が必要であった。このことから、ホモクエン酸合成酵素がクエン酸合成酵素の機能を代替する、または補助する可能性が示された。

 第三章では、部位特異的変異法により作製した改変型ホモクエン酸合成酵素の酵素機能の解析について述べられている。ホモインクエン酸合成酵素と2-イソプロピルリンゴ酸合成酵素の間でアミノ酸配列の相同性がみられることから、両者の間で特異的に異なるアミノ酸残基に注目し、そのアミノ酸残基が2-イソプロピルリンゴ酸合成酵素型に置換されたホモクエン酸合成酵素改変体を作製している。その結果、ホモクエン酸合成酵素で保存されているR160とHlO5のそれぞれT、Lへの置換によって、2-オキソ酸を添加しなくてもアセチルCoAの加水分解を起こすことが見いだされた。クエン酸合成酵素では、オキザロ酢酸、アセチルCoAの順に基質が結合し反応が行われ、オキザロ酢酸の結合によって酵素のコンフォメーションが変化し、アセチルCoAが結合できる構造をとると考えられている。ホモクエン酸合成酵素においても、同様な順番で基質が結合すると仮定すると、2種のアミノ酸置換体は2-オキソ酸を結合した構造に類似した構造をとっているものと想像された。H67、P156、G162の改変により、Km及びkcatの両パラメータがともに低下していることが明らかになった。これらの事実から、これらの改変残基は、基質結合部位、活性中心近傍に位置するものと予想された。

 第四章では、野生型酵素、およびR160Tを用いたX線結晶構造解析を目指したタンパク質結晶化の試みについて述べられている。種々の条件検討の結果、結晶がまだ小さくX線解析を行うには至っていないが、20℃、ポリエチレングリコール6000の存在下、ハンギングドロップ蒸気拡散法により、bi-pyramidalな結晶が得られている。

 第五章では、研究のまとめと将来の展望について述べられている。

 以上、本論文は、T. thermophilus HB27のホモクエン酸合成酵素の構造と機能の解析について述べたもので、アミノ酸生合成系などの生命システムの進化の解明、および新しいリジン生産システムの構築のための重要な知見を与えるものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク