学位論文要旨



No 118187
著者(漢字) 池谷,鉄兵
著者(英字)
著者(カナ) イケヤ,テッペイ
標題(和) NMRによるコリシンE6-RNase活性ドメインおよびそのインヒビター複合体の立体構造解析とNOEシグナル帰属法に関する研究
標題(洋)
報告番号 118187
報告番号 甲18187
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2576号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,謙多郎
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 中村,周吾
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 タンパク質が別のタンパク質を特異的に認識し、機能する過程は、生体内で見られる最も基本的な現象の一つである。このような過程で見られる分子間相互作用の高い特異性は、細胞内シグナル伝達タンパク質、膜受容体、酵素など多くのタンパク質で見ることができる。一般に、タンパク質間の相互作用は、複雑な高次構造と物理・化学的特性によって規定されると言われている。しかしながら、その特異性を立体化学的側面から厳密に解析できた例は少なく、十分に理解されていないのが現状である。

 本研究では、RNase型コリシンを対象として、このような特異的な分子認識機構の解析を試みた。RNase型コリシンの活性ドメインとそのインヒビターは、その特性、安定性、大きさなどの点から、分子認識機構解明のための非常によいモデルであると考えられる。

 コリシンとは、Colプラスミドにより生産され、このプラスミドを持たない大腸菌を殺すタンパク質性毒素である。十数種存在するコリシンの中で、E3、E4、E6は、16S-rRNAを特異的に切断するRNase活性を持つ。また、Co1プラスミドは、コリシンと同時にインヒビター(Imm)も発現させており、宿主大腸菌の自殺を防いでいる。E3、E4、E6の活性ドメイン(CRD)とそれぞれに対応するImmは、互いに高い相同性を持っているが、CRD-Immによる阻害特異性の機構は非常に厳密で、わずか1-2残基の相違アミノ酸がこれに関与するということが、これまでの解析から示されている。したがって、この特異性の機構を明らかにすることは、一般的なタンパク質間相互作用の解析に何らかの示唆を与えられるものと期待される。

 本研究では、このコリシンタンパク質の阻害特異性が、立体構造上どのように決められているか明らかにするため、NMRにより、コリシンE6の活性ドメイン(E6-CRD)とE6CRD-ImmE6複合体の構造解析を行った。

 NMRでの構造解析において、コリシン複合体のような異種タンパク質の複合体解析では、タンパク質間で現れるNOEシグナルの帰属が常に問題となってくる。それは、すべての原子が共有結合でつながっている分子内のシグナル帰属に比べて、その自由度の大きさから、候補シグナルを絞り切れないことによる。通常、このような複合体の系の場合、タンパク質間領域の同定には、それぞれのタンパク質で異なった安定同位体ラベルサンプルを調製し、12C/13Cおよび14N/15Nを組み合わせたフィルター測定を行うのが一般的である。しかしながら、このアプローチは、以下のような問題点を抱えており、期待される解析結果が得られるとは限らない。(1)安定同位体フィルター測定では、新たなパルスを追加するため、感度が大幅に減少する。(2)完全なフィルター測定を行うことはできない。(3)完全な安定同位体ラベルサンプルの調製は不可能なため、分子間NOEの区別には不明瞭さが残る。(4)安定同位体サンプルを新たに調製し、追加測定を行わなければならないため、その分時間と費用がかかる。

 実際、東京大学分子育種学研究室の大野らは、このタンパク質に関して、12C/13Cおよび14N/15Nを組み合わせたフィルター測定を行ったが、分子間のNOEシグナルを特定することはできなかった。

 そこで本研究では、相互作用にともなう化学シフト変化の解析や、単量体時の三次元構造情報等を組み合わせることにより、安定同位体フィルター測定に頼らずに結合面を区別する半自動的な手法を開発し、コリシンE6CRD-ImmE6複合体の構造解析に応用した。また、近年報告されている構造最適化の手法を本研究でも応用することで、より最適な構造を得ることができた。

2.安定同位体タンパク質の調製と異核種多次元NMRの測定

 測定に用いるE6CRDサンプルは、15NH4C1を含むM9培地と13C-Glucoseと15NH4C1を含むM9培地それぞれで大腸菌を培養し、15N、および13C/15N二重標識した安定同位体ラベルサンプルをそれぞれ調製した。

 E6CRD/ImmE6複合体は、分子量2万程度の大きさであっため、E6CRDのシグナルに比べて、緩和時間が顕著に短くなり、測定感度の低下が著しかった。したがって、複合体のサンプルは、上記の安定同位体標識に加えて、50%重水下での培養により重水素の50%ランダム標識サンプルを調製し、これを解析に用いることとした。

 解析には、主鎖1HN,13C,15N核シグナルの帰属のためにHNCACBとCBCA(CO)NNHの測定を、側鎖のプロトン核及び13C核シグナルの帰属のためには、H(CCCO)NNH、HCCH-TOCSY、CC(CO)NNH測定を行い、原子間の距離情報を得るために3D15N-NOESY-HSQCと3D13C-NOESY-HSQCの測定を行った。またデータ処理には、AZARAプログラムを、スペクトルの解析にはANSIGプログラムをそれぞれ用い、構造計算にはCNSを用いた。

3.NOEの帰属と構造計算

 E6CRD/ImmE6複合体の構造決定に関しては、前述したように12C/13C、14N/15Nを組み合わせたフィルター測定からは分子間のNOEを特定することはできなかった。そこで本研究では、コンピューターを用いて、分子間のNOEとしてありうる候補を絞り込み、これらの候補に独自の重み因子を適用して構造計算を行うといった方法を採用した。候補の絞込みの手順は以下の通りである。

1.分子内NOEシグナルの帰属を行う。2.帰属できなかったシグナルに関して、ambiguousNOEの帰属候補を選択する。3.単量体の構造情報から、ありえない帰属候補を取り除く。4.化学シフトデータ、経験的pair potentia1、および各分子の3次元構造を考慮することで帰属候補を絞り込む。5.構造計算は、ポテンシャル関数の中で分子間距離拘束を分子内拘束より低い重み因子に設定し実行する。6.得られた構造をもとに、4、5の過程を繰り返し実行し、収束構造を得る。

 さらに、近年自動帰属に向けて提案されている以下の手法を多少改良し、本研究における構造の最適化に適用した。(1)明確な帰属の不可能なambiguous NOEを構造計算に取り込む。(2)構造をもとにして距離拘束を再計算する。(3)2原子間の距離拘束の信頼度を第3の原子とのNetworkを考慮することで決定する(Network Anchoring法)。

 このようにして得られた構造は、その後X線結晶構造解析よって明らかになったコリシンE3複合体の構造および変異体実験の結果と非常によく一致していることから、分子間NOEの帰属法としての有効性が示された。

 また、最適化計算に関しては、E6CRD、および板倉らによってすでに構造決定されているImmE6、ImmW47Cに関しても適用した。ImmE6とImmW47Cの再計算は、以前に決定された構造と帰属テーブルをもとに実行した。再計算の結果、ランダムに出力した50構造のうち、エネルギー最小上位10構造の比較で、ImmE6、ImmW47Cのいずれもr.m.s.dで0.2Å程度収束のよい構造が得られた。また、以前に決定されたImmW47Cには、ImmE3、ImmE6とわずかに異なる領域が見られ、この部分の信頼性に疑問が持たれていたが、再計算の結果、ImmE3、ImmE6とほぼ同様の構造を得ることができ、今回の計算手法によって、構造の正確さ、精密さの両面において向上が得られることが実証された。

4.コリシンタンパク質の構造解析

 構造解析の結果から、E6CRD-ImmE6複合体の構造は、X線結晶構造解析によって明らかにされたE3CRD-ImmE3の構造とほぼ同様な構造であった。Immとの結合面は、変異体実験によって予想されている活性部位とは、離れた位置に位置していることが分かった。E6CRD側の1-13番目のアミノ酸領域は、残基間のNOEシグナルがほとんど観測されなかったため、フレキシブルな構造をとっていることが想定された。E6CRDの構造は、複合体形成時の構造と比較すると、Immと結合する領域で、比較的大きな構造変化が見られたが、予想活性部位ではほとんど構造の変化は見られなかった。E6CRD単量体の構造は、複合体の構造と比較して、Immとの結合面において収束が悪くなっている。このことから、E6CRDの結合面は、ダイナミクスが大きいことが予想される。特に14-23番目残基の領域は、複合体では安定な構造をとっているにもかかわらず、単量体では残基間のNOEシグナルがほとんど見られなかったため、収束構造は得られなかった。したがって、この領域はImmと結合することによって、安定な構造をとるものと思われる。

 変異体実験により阻害特異性に最も重要と考えられているTrp47は、結合面の中心に位置していた。CRD側のこれに対応する残基はAla55であり、その周辺はTrp残基が入り込めるような広いポケットが形成されていた。一方、E3CRDでは、Ala55にあたる残基にLysが位置しており、E6のような大きなポケットは存在していなかった。したがって、このような構造的な差異が分子の特異性に大きく関与しているものと推定される。

5.まとめ

 本研究では、コリシンE6CRD、E6CRD-ImmE6複合体の構造決定とImmE6、ImmW47Cの構造最適化を行い、コリシンとImmとの特異性における構造生物学的考察を行った。また、複合体の構造決定の過程で、分子間のNOEシグナルの帰属手法を開発し、構造最適化の過程を提案した。本研究で開発した手法は、今後、NMRにおいてもますます増えていくと予想される複合体タンパク質の構造解析に有効な手段であり、より汎用的な手法の開発への第一歩となると考えている。また、本研究で解析を行ったコリシンタンパク質は、タンパク質間相互作用を考える上で、非常に良いモデルであり、このタンパク質をさらに詳細に解析することで、タンパク質間相互作用の特異性に関する新たな示唆を得ることができるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 タンパク質が別のタンパク質を特異的に認識し、機能する過程は、生体内で見られる最も基本的な現象の一つである。このような過程で見られる分子間相互作用の高い特異性は、細胞内シグナル伝達タンパク質、膜受容体、酵素など多くのタンパク質で見ることができる。一般に、タンパク質間の相互作用は、複雑な高次構造と物理・化学的特性によって規定されると言われている。しかしながら、その特異性を立体化学的側面から厳密に解析できた例は少なく、十分に理解されていないのが現状である。申請者は、RNase型コリシンを対象として、このような特異的な分子認識機構の解析を試みた。さらにNMRでの異種タンパク質の複合体解析で常に問題となるタンパク質間のNOEシグナルの帰属手法を開発し、これらの結果を8章にまとめた。

 第一章では、核磁気共鳴スペクトル法(NMR法)について概説し、RNase型コリシンの役割、および分子認識についてこれまでの知見をまとめ、本研究の意義について記している。

 第二章では、コリシンタンパク質の精製手法、および材料について記している。

 第三章では、NMRでの構造解析において、コリシン複合体のような異種タンパク質で常に問題となるタンパク質間で現れるNOEシグナルの帰属法について述べている。分子間のNOEの帰属は、すべての原子が共有結合でつながっている分子内のシグナル帰属に比べて、自由度が大きく候補シグナルを絞り切れないため、一般に難解とされている。通常、このような複合体の系の場合、タンパク質間領域の同定に12C/13Cおよび14N/15Nを組み合わせたフィルター測定を行うが、この方法では感度が大幅に減少してしまい、必ずしも帰属には至らない。そこで、本研究では、相互作用にともなう化学シフト変化の解析や、単量体時の三次元構造情報等を組み合わせることにより、安定同位体フィルター測定に頼らずに結合面を区別する半自動的な手法を開発し、コリシンE6CRD・lmmE6複合体の構造解析に応用した。また、近年報告されている構造最適化の手法を応用して、すでに決定されているImmE6、ImmE6W47Cに適用し、構造の正確さ、精密さの両面において向上が得られることを実証している。

 第四章では、構造決定したE6-CRDの構造について詳細に述べている。E6-CRDは、6本のβシートを主体とした構造であり、シートの一方の側には、短いαヘリックスを含むター域がみられた。E6-CRDのβシートは、逆平行βシ-トの形をとっているものの、ImmE6と比べてかなりねじれた形のシートを形成していた。変異体実験から示されている予想活性位の側鎖は、いずれもβシートの一方の側を向いており、シ-ト中央のストランドに位置していた。これらの活性部位は、分子表面モデルで見ると、他の部分と比べて、幾分くぼんだ領域に位置していた。これまで知られているRNaseではそのほとんどが、中心に位置するβシートとシートの一方の側にそれを支えるようなαヘリックスが存在するフォールしていることが分かっており、コリシンE6の構造も一般的なRNaseと同様のフォ-ルドをとっていることが分かった。Immとの結合部位は、他の領域と比べて相対的にダイナミクスが大きいことが構造計算の結果から想定された。

 第五章では、ImmE6とImmE6W47Cの構造とX線結晶構造解析より明らかにされていているImmE3、およびモデリングしたImmE4の構造を比較している。ImmE3、ImmE4、ImmE6W47Cの中心は、大きなポケットが形成されていたが、ImmE6は、逆に凸状に盛り上がっているように形をしていた。ポケットの中心部には、2〜3残基の変異残基があり、この付近の残基が、Immの特異性に何らかの影響を与えている可能性があると考えられた。

 第六章では、構造決定したE6CRD-lmmE6複合体の構造について詳細に述べている。E6CRD-lmmE6複合体の構造は、E6-CRD、ImmE6それぞれ単体の構造とほぼ同様な構造であり、大部分の領域はほとんど変化が見られなかった。変化の大きかった領域は、CRDのN末端ら14-23番目の領域で、単量体の構造では、この領域は安定な構造はほとんどとっていないと考えられたが、複合体の構造ではImmE6と結合した形で非常に安定な構造をとっていた。また、βシ-トの最末端のストランドにおいても、単体のE6-CRDでは、その他の領域と比べて収束が悪く、運動性は相対的に大きいと予想されたが、複合体の構造では収束の良い構造が得られた。この2つの領域はいずれもImmE6の結合面の一部であり、ImmE6との結合によって、構造が安定化しているものと考えられた。CRDの予想活性部位の側鎖の位置を、複合体と単体の構造で比較すると、これらの構造はほとんど変化が見られなかった。

 第七章では、3種類のRNase型コリシンの構造から、結合面のモデルを作成し、分子認識機構について述べている。CRDとImmの結合は、2つの結合領域からなっており、一方の結合面は、円状の結合をしていた。また、結合面に位置する変異アミノ酸は、円状の結合の半分の側に集中していた。そこで、分子認識機構を理解するために、この部位を中心とした結合面のモデルを提案した。このモデルでは、結合の安定性に対して正に働くアミノ酸の組み合わせを+1、安定性に負に働く組み合わせを-1、距離が離れているなどの理由から、正にも負にも働かないと予想される組み合わせを0とし、その合計を計算している。E4CRD-ImmE4Q74Fの組み合せを除くと、Immによる阻害活性が表れる組み合わせは、このモデルでの合計点が+1点以上であることが分かる。したがって、阻害活性と結合面Bの3領域の組み合わせとの関係は、明らかであり、RNase型コリシンの分子認識は、主にこの3つの領域の組み合わせによって決定されていると考えることができる。

 第八章では、コリシンE6CRD、E6CRD・ImmE6複合体の構造決定とImmE6、ImmW47Cの構造最適化を行い、コリシンとImmとの特異性における構造生物学的考察ついてまとめている。また、複合体の構造決定の過程で、分子間のNOEシグナルの帰属手法を開発し、構造最適化の過程を提案したことについて概説し、今後の展望ついて述べている。

 以上、本論文はコリシンE6-CRD、ImmE6、およびその複合体の構造解析を行い、NMRによる構造解析で常に問題となる分子間のNOEの帰属法の開発を行ったものであり、特にRNase型コリシンの分子認識機構と分子間NOEの帰属法に関する新たな知見が得られた。これらの知見は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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