学位論文要旨



No 118191
著者(漢字) 遠藤,隆主
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,タカユキ
標題(和) Pseudomonas putida DS1株のジメチルスルフィド代謝系に関する研究
標題(洋)
報告番号 118191
報告番号 甲18191
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2580号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
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第一章 序論

 "磯のにおい"の主成分として知られるジメチルスルフィド(DMS)は、主に海洋の植物プランクトンや藻類が生産するジメチルスルホニオプロピオン酸の微生物分解によって生じ、大気中へ放出される年間の全硫黄量の50〜60%を占めると報告されている。大気中で生じたDMS酸化物は,雲の形成核の前駆体となるため,DMSは地球の熱放射バランス、天候の変化、そして地球規模での硫黄循環に重大な影響を及ぼしていると考えられている。一方、自然環境中に生息する多様な微生物が、DMSやDMS酸化物を唯一の炭素源,エネルギー源、または硫黄源として利用することが報告されており、これら微生物による硫黄化合物の変換は、地球規模での硫黄循環に寄与していると考えられる。

 我々の研究室では,DMSを唯一の硫黄源として利用するRhodococcus属細菌SY1株、Acinetobacter属細菌20B株を単離し,微生物によるDMSの代謝メカニズムを解析してきた。しかしながら、SY1株,20B株は共にDMSをジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルスルホン(DMSO2)へ順次酸化する経路で脱硫すると推定されたが、DMS資化に直接関与する遺伝子の同定には至らなかった。

 そこで本研究では、DMS資化性細菌によるDMS変換メカニズムを遺伝子レベルで解明するために、新たにPseudomonas putida DS1株を単離し、DMS資化能欠損変異株を取得、解析することでDMS代謝に関与する遺伝子を同定し、その機能を明らかにした。

第二章 DMS資化菌P.putida DS1の単離とDMS資化能欠損株の取得[1]

 東京大学圃場より収集した土壌サンプルから、集積培養によってDMS、DMSOを唯一の硫黄源として生育するDS1株を単離した。DS1株は運動性を有する桿菌であり、培地中に黄緑色の蛍光色素を分泌した。DS1株の16SrDNA塩基配列は、P.putidaのそれと99〜100%一致したことから、DS1株をP.putidaと同定した。DS1株は,DMSを唯一の硫黄源として生育したときDMSOとDMSO2を培地中に蓄積し、DMSO2も唯一の硫黄源として生育できるためDMSを酸化的脱硫経路で資化すると推測された。一方、DMSと硫酸イオンを含む培地でDS1株を培養すると、DMS酸化物の蓄積は顕著に抑制された。このことから,DS1株のDMS代謝能の発現は硫酸飢餓応答(sulfate starvation response,SSR)と呼ばれるストレス応答であり、DMSの酸化には硫酸飢餓誘導性(sulfate starvation-induced,SSI)の酵素の関与が示唆された。

 次に、トランスポゾン5(Tn5)変異導入法によって、DMS資化能欠損変異株を5株取得した(Table 1)。それぞれの変異株からTn5の挿入周辺領域をクローニングし、塩基配列を決定した結果、Dfi175とDfi4BのTn5周辺領域は、P.putida S-313株においてスルホン酸、硫酸エステルの資化に関与すると報告されたSSI ssuEADCBF operonのssuAとssuCの一部とそれぞれ相同性を示した。Dfi74J及びDfi20DのTn5周辺領域は、転写制御因子をコードすると推定されるP.aeruginosa PAO1株のpa2354の一部と相同性を示した。Dfi71LのTn5周辺領域は,cysteineおよびS-sulfocysteineの生合成に関与するEscherichia coliのcysMの一部と相同性を示した。

第三章 ssuEADCBF operonのDMS代謝における役割[1]

 Dfi175とDfi4Bはそれぞれ同じssu operon上のssuA及びssuCの変異株である事が予想されたが,DMSOとDMSO2に対する資化能は互いに異なっていた(Table 1)。これは,DS1株のssu遺伝子群が,DMS代謝に重要な複数の要因を含んでいるためであると考えられた。そこでDSl株のssu遺伝子群をクローニングしDMS代謝における役割の解明を試みた。

 DS1株ゲノムのコスミドライブラリーからssu遺伝子群を含むDNA断片をクローニングし、塩基配列を決定した.DS1株のssuEADCBF遺伝子群は、ABC-transporterを構成するperiplasmic sulfonates-binding protein(SsuA)、ATP-binding component(SsuB)、membrane permease component(SsuC)、two-component monooxygenase systemを構成するNADPH-dependent FMN reductase(SsuE)、FMNH2-dependent monooxygenase(SsuD)、そして機能未知のSsuFをコードすると推測され、これらはS-313株のssu遺伝子産物と92%以上の相同性を示した。酸化酵素をコードするssuDの機能を明らかにするため、ssuDに非極性カナマイシンカセットを挿入し、ssuD破壊株を作成した。ssuD破壊株は、DMS、DMSO、DMSO2、メタンスルホン酸(MSA)に対する資化能を欠失した。また、SsuDをE.coliで過剰発現させた細胞抽出粗酵素は、MSAの脱スルホン活性を有することが確認された。これらのことから、DS1株は、DMSをDMSO→DMSO2→MSAへ順次酸化し、SsuDによるMSAの脱スルホン化で生じた亜硫酸を利用して生育することが示唆された。一方、先の方法で作成したssuC破壊株は、DMSとMSAに対する資化能を欠失し、ssuF破壊株はDMSに対する資化能を欠失することも示された。このことはssu遺伝子群がMSAの資化だけでなくDMSの代謝にも重要な役割を担っていることを示している。

第四章 sfnECR operonにコードされる新規転写制御因子SfnRの解析とその標的遺伝子の取得[2]

 Dfi74Jは,DMS,DMSO,DMSO2を硫黄源として利用できないが,硫酸飢餓条件下でDMSをDMSO2へ酸化したことから,Dfi74JはDMSO2→MSAの変換経路の欠損株であると考えられた。DS1株ゲノムのコスミドライブラリーからDfi74JのTn5挿入周辺領域を含むDNA断片クローニングし塩基配列を決定した。この領域には3つの遺伝子で構成されるoperon(sfnECRと命名)が存在し、Dfi74JはsfnRの欠損株であることが明らかになった。sfnECRはそれぞれ、NADH-dependent FMN reductase(SfnE)、FMNH2-dependent monooxygenase(SfnC)、σ54-association domainとDNA-binding domainを有する転写制御因子(SfnR)をコードすると推測された。sfnRを発現するプラスミドでDfi74Jを相補すると、DMS、DMSO、DMSO2の資化能が回復したことから,sfnRがDMSO2の代謝に必須の因子であることが明らかになった。σ54因子欠損株を作成したところ、この欠損株はMSAを資化したがDMS、DMSO、DMSO2を硫黄源として利用できなかった。このことからもSfnRはσ54-RNA polymeraseと協調してDMSO2の代謝に関与する遺伝子の発現を正に調節することが示唆された。一方、Northern hybridizationおよびreporter gene assayの結果から、sfnECR operonはSSI遺伝子群であることが示され、またその転写はcysteine生合成遺伝子の発現を統率するLysRファミリー転写調節因子CysBに依存することも明らかになった。

 一方、SfnRの標的遺伝子を同定するために、Tn5内部にPseudomonas属細菌で構成的に発現するP BADプロモーターを外向きに繋いだプラスミドを構築し、sfnR破壊株に導入することでDMSO2の資化能を獲得した変異株を取得した。この株のTn5はFMNH2-dependent monooxygenaseをコードすると推測される遺伝子の直上流に位置し、この遺伝子の直上流に、σ54依存性のプロモーター配列が確認された。現在、この遺伝子の機能について解析中である。

まとめ

 以上、本研究により、P.putida DS1株のDMS代謝に関与する遺伝子を同定することに成功した。DS1株はDMSをMSAへと酸化しSSI ssuEADCBF operonにコードされる酸化酵素SsuDによってMSAを脱スルホン化することを明らかにした。また,SSI sfnECR operonにコードされるσ54依存性の転写制御因子SfnRがDMSO2の代謝に関与する遺伝子の発現を制御することを明らかにした。また、これまで窒素代謝に関わる遺伝子の発現制御に重要であると考えられていたσ54因子が、硫黄代謝にも関与することを発見した初めての知見であり、細菌が有する有機硫黄代謝メカニズムの解明に寄与するものと期待される。

[1]Endoh,T.,Kasuga,K.,Horinouchi,M.,Yoshida,T.,Habe,H.,Nojiri,H.,&Omori,T.Characterization and identification of genes essential for dimethyl sulfide utilization in Pseudomonas putida strain DS1.Appl.Microbiol.Biotechnol.(in press).

[2]Endoh,T.,Habe,H.,Yoshida,T.,Nojiri,H.,&Omori,T.A CysB-regulated and σ54-dependent transcriptional regulator,SfnR,is essential for dimethyl sulfone metabolism of Pseudomonas putida strain DS1.(submitted).

Table 1. Growth phenotype of DMS-utilization-defective mutants.

Each strain was grown with sulfur-free medium containing 1 mM or 0.5%(68 mM DMS)of sulfur source at 30℃ for 48 hours.Growth characteristics of the strains is defined as follows;-,OD550<0.2;±,0.2≦OD550<0.5;+,0.5≦OD550<1.0;++,1.0≦OD550<1.5;+++,1.5≦OD550.

審査要旨 要旨を表示する

 地球規模での硫黄循環に中心的な役割を果たしていると考えられているジメチルスルフィド(DMS)を炭素源、エネルギー源、または硫黄源として利用する多様な細菌種が報告されているが、それらのDMS代謝メカニズムはこれまでに明らかにされていない。申請者は、DMS資化菌のDMS代謝メカニズムを遺伝子レベルで明らかにすることを目的として博士論文研究を行い、DMS資化菌Pseudomonas putida DS1株を単離し、そのDMS代謝経路、DMS代謝に関与する遺伝子、そしてその転写制御メカニズムについて明らかにしたものである。

 申請者は、土壌サンプルからDMSを唯一の硫黄源として利用するDS1株を単離し、細菌学的諸性質や16S DNA部分塩基配列の結果から、DS1株をP.putidaと同定した。DS1株はDMSをジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルスルホン(DMSO2)へ酸化することを示し、また、この酸化が硫酸イオンの存在下で抑制されることを見出した。この結果から、DS1株がDMSを酸化的脱硫経路で資化し、DMS代謝に硫酸飢餓条件下で誘導されるDMS酸化酵素が関与することを明らかにしている。また、トランスポゾン変異導入法によってDMSの資化能を欠失した変異株5株を単離し、DMS代謝に関与する遺伝子としてssuEADCBF遺伝子群、sfnECR遺伝子群、cysMを同定することに成功している。

 申請者は、さらに分子遺伝学的、生化学的手法によってssu遺伝子群のDMS代謝における役割を明らかにしている。還元型FMN依存性の酸化酵素をコードするssuDの破壊株を作製し、ssuDがDMS、DMSO、DMSO2そしてメタンスルホン酸(MSA)の資化に必須であること、SsuDがMSAの脱スルホン化活性を示し、ssuD遺伝子産物がDMS代謝中間体として生じたMSAの脱スルホン化に必須の酵素であることを明らかにした。この結果から、DS1株においてDMSはDMS→DMSO→DMSO2→MSA→亜硫酸イオンの順に代謝されることを示した。また、ABC-type transporterの膜コンポーネントをコードするssuCおよび機能未知のタンパク質をコードするssuFの破壊株がDMSを利用できないことを示し、これら遺伝子産物がDMS代謝に重要な役割を果たしていることも明らかにした。

 sfnR遺伝子産物は、既知のNtrC-typeのσ54因子依存性の転写制御因子と構造的類似性を示すが、N末端のphospho-reciever domainを欠いた新規な転写制御因子であることを見出した。sfnRの相補実験やσ54因子の破壊株の表現型から、sfnR遺伝子がDMSO2の資化に必須な遺伝子の転写を正に調節することを示した。これはσ54因子およびσ54因子依存性の転写制御因子が硫黄代謝に関与することを示した世界で初めての報告例である。また、sfnECR遺伝子群の転写が硫酸飢餓条件でLysR-typeの転写制御因子CysBによって正に調節されることを示し、DMSO2代謝酵素遺伝子の発現制御モデルを提案している。

 以上、申請者の博士論文は、DMS資化菌P.putida DS1株のDMS代謝経路を決定し、DMSとMSAの代謝にssuEADCBF遺伝子群が関与すること、DMSO2の代謝に新規なσ54因子依存性の転写制御因子SfnRが関与すること、DMSO2代謝酵素遺伝子の発現制御モデルを提案するなど、DMS代謝だけでなく微生物の有機硫黄代謝に関して新たな知見を与えたものとして学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、申請者の論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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