学位論文要旨



No 118195
著者(漢字) 角田,徹
著者(英字)
著者(カナ) スミタ,トオル
標題(和) 酵母Yarrowia lipolyticaのn-アルカン誘導型チトクロームP450及びn-アルカンの細胞内への輸送に関する研究
標題(洋)
報告番号 118195
報告番号 甲18195
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2584号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 大西,康夫
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 チトクロームP450(以下P450)は、高等真核生物から酵母、バクテリア、古細菌に至るまで生物界に幅広く分布するモノオキシゲナーゼ(一酸素添加酵素)であり、還元状態で一酸化炭素と結合することにより450nm付近に極大を持つ特徴的な差スペクトルを示すヘムタンパク質として見出された。アルカン資化性酵母がn-アルカン類を資化して生育する際には、このP450の反応が関与している。すなわち、細胞内へ取り込まれたアルカンは、まずアルカン誘導型チトクロームP450(P450ALK)によって末端酸化反応を受けてアルカノールヘと変換される。その後順次酸化反応を受けて脂肪酸やジカルボン酸へと変換される。一部の脂肪酸はacy1-CoAを経て、菌体内の脂質として取り込まれるか、あるいはペルオキシソームでβ酸化を受けて代謝される。

 本研究で扱ったyarrowia lipolyticaもアルカン資化性酵母の一種である。現在までに本酵母よりP450ALKをコードする遺伝子が8種類(YIALK1〜YIALK8)単離されており、多重遺伝子群を形成していると考えられている。しかし、これら8種類の遺伝子のうちでアルカンによる誘導発現が認められるのは一部であり、これらの遺伝子産物がアルカン代謝において実際にどのように関与しているのか、不明な点が数多く残されている。また、これらの遺伝子の発現は転写段階における制御を受けていると考えられているが、転写因子を含め、発現機構は未だ解明されていない。

 そこで、本研究ではY.lipolyticaにおけるP450ALKをコードする遺伝子の転写制御機構、その遺伝子産物の基質特異性、細胞内へのアルカン輸送機構に関して研究を行い、アルカン代謝機構の全容を解明することを目的とした。

1.YIALK1遺伝子の転写制御に関する解析

 YIALK1は8種類のYIALK遺伝子の中で最もアルカンによる発現レベルが高く、8種類の中で最も主要な役割を担うP450ALKをコードすると考えられている。その転写制御機構を解明するため、プロモーター解析を行った。YIALK1プロモーター全長および上流から段階的に欠失させていったプロモーターを、大腸菌由来の1acZ遺伝子と融合させ、β-ガラクトシダーゼ活性を指標に転写活性を測定した。その結果、開始コドンATGのAを+1とすると-400〜-304の領域がアルカン応答に関与していることが判明した。そこでこの領域をARR1(alkane responsive region)と命名した。ARR1をさらに細かく上流から欠失させることにより2段階に活性値が減少することが見出され、ARRl内で転写制御を受けている領域が少なくとも2カ所あることが示唆された。

 次に、ARR1内の様々な領域をプローブとし、アルカン培養菌体から調製した細胞抽出液を用い、ゲルシフト解析を行った。その結果、-394〜-371の領域と-325〜-305の領域をプローブとした場合に、シフトバンドが観察された。前者の領域にはE-box(CANNTG)様の配列が2カ所存在しており、2カ所ともにシフトバンドの生成における末端のTGの重要性が示された。以上の結果より、これらの小領域をそれぞれARE1(alkane responsive e1ement)、ARE2と命名した。また、これらの配列に結合するタンパク質因子は互いに異なることも示された。

2.Y.lipolytica由来新規遺伝子YIPEX10の解析

 YIPEX10はYIALK1の転写活性化因子を取得するスクリーニングによって取得された遺伝子である。PEX10は動物細胞や他の酵母でも取得されており、その遺伝子産物はペルオキシソーム膜に局在し、ペルオキシソーム生合成に関与する。しかし、YIPEX10破壊株ではn-デカンによるYIALK1の転写レベルが著しく低下したことから、転写因子として機能している可能性が示唆されていたため、解析を行った。

 アルカン培地で生育させたYIPEX10破壊株を電子顕微鏡で観察すると、ぺルオキシソームが細胞内に認められず、YIPEX10も他のPEX10同様ペルオキシソーム生合成に関与していることが示唆された。次にYIPEX10の局在を観察したところ、ペルオキシソームに局在していることが示された。さらに、YIPEX10中の核移行シグナル様配列に変異を導入しても影響がなかったことから、転写因子としての機能はほぼ否定された。

 そこで、一般にペルオキシソーム生合成に支障が生じるとYIALK1の転写レベルが低下する機構が存在することを予想し、YIPEX5破壊株とYIPEX6破壊株を作製した。これらの株におけるYIALK1のmRNAレベルを測定した結果、YIPEX10破壊株と同様にmRNAレベルの低下が認められた。ペルオキシソームが細胞内に存在しない場合、アルカンの中間代謝産物が細胞内に蓄積することが考えられるため、n-ドデカンおよびその中間代謝産物を用いて、これらの物質がYIALK1の転写に及ぼす影響について調べた。その結果、n-ドデカンと同時に中間代謝産物を添加すると、その濃度が高いほどYIALK1の転写レベルが低下することが分かった。この結果は、前述の機構の存在を裏付ける結果である。すなわち、n-アルカンの酸化後さらにペルオキシソームで代謝されない場合、初発の酸化を抑制することで無駄なエネルギーを消費しないように、また細胞毒性のあるアルカン酸化物を蓄積させないようにするための制御機構が存在すると思われる。

3.P450ALKの基質特異性の解析

 P450ALKの基質特異性についてはC.maltosaについて詳細に解析されているが、Y.lipolyticaについてはP450ALK1が短鎖アルカンを基質とすることが予想されている以外、ほとんど何も分かっていない。そこで、8種類のP450ALKおよびP450レダクターゼを発現させ、無細胞で基質と反応させる系を確立することを試みた。

 まず、P450ALKを持たないSaccharomyces cerevisiaeや大腸菌でのP450ALK1の発現が困難であったため、Y.lipolyticaで発現させることを前提にした。構成的で強力なTEF1プロモーターの直下流にHisタグが付く発現ベクター(pSUHT)を構築した。このプロモーターはグリセロール培地における顕著な発現が認められているため、グリセロールによるカタボライト抑制を受けるゲノム上のYIALKの発現を抑制し、導入するYIALK1を選択的に発現させるのに有効である。しかし、P450ALK1をグリセロール存在下で発現させてもP450の存在を示すスペクトルは認められなかった。一方、n-デカン存在下では高発現が認められた。この結果から、Y.lipolyticaでは、機能あるP450ALKが合成されるまでの過程がアルカンで制御されており、その過程が正常に働かない限り機能あるP450ALKが生産されないことが示唆された。そこで、目的のP450ALKを選択的に発現させるために、アルカン培地で強く発現するYIALK1とyTIALK2を破壊して、CXUD12株を作製した。この株はn-デカン培養によってもP450の存在を示すスペクトルを与えないので、目的のP450ALKの高生産が期待される。

 また、8種類のYIALK遺伝子について、単独(8種類)および二重破壊株(28種類)を作製し、アルカン、アルコール、脂肪酸など様々な培地での生育を野生株と比較した。その結果、YIALK1とYIALK2、3、4、6の二重破壊株が1-ドデカナールを炭素原とする培地、YIALK2とYIALK5、8の二重破壊株がn-ドデカノールを炭素原とする培地、YIALK1とYIALK4の二重破壊株がラウリン酸やステアリン酸などの飽和脂肪酸を炭素原とする培地での生育の悪化が認められた。すなわち、P450ALK1とP450ALK2がアルカンとその酸化物の代謝に主要な役割を担っていることが改めて示されたと共に、その他のP450ALKの基質特異性が初めて示唆された。

4.n-ヘキサデカンの細胞内への輸送に関する解析

 アルカン資化性酵母におけるアルカンの細胞内への輸送については、現在のところエネルギー依存的なアルカントランスポーターの可能性が示唆されているだけで、その輸送機構は不明である。そこで、n-[1-14C]ヘキサデカン用いて、細胞内へのアルカン輸送に関する解析を行った。

 まず、野生株を用いてn-[1-14C]ヘキサデカンが取り込まれる速さを経時的に測定する条件等を検討した。次に、24株のアルカン資化能欠損変異株の中からアルカンの取り込み能が低下している株を選択した。しかし、アルカンの取り込みには影響がないと考えられたYIPEX10破壊株を用いてアルカンの取り込み速度を調べたところ、YIPEX10破壊株でも取り込みが著しく抑制されることが分かった。この現象はYIPEX5、YIPEX6破壊株でも確認された。この結果は、ペルオキシソーム生合成に異常が生じると、アルカンの細胞内への輸送も抑制されることを示唆している。すなわち、ペルオキシソームの異常によって引き起こされる、アルカン代謝に関与する遺伝子の発現の抑制と、アルカンの細胞内への取り込みの抑制とは、共通の機構によるものではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 アルカン資化性酵母はアルカン誘導型チトクロームP450(P450ALK)によってアルカンの末端を酸化してアルカノールヘと変換する。その後さらなる酸化反応によって、脂肪酸へと変換し、生じた脂肪酸をacy1-CoAを経て、一部を菌体内の脂質として取り込むほか、大部分をペルオキシソームでβ酸化によってさらに代謝する。酵母Yarrowia lipoiyticaよりP450ALKをコードする遺伝子が8種類(YIALK1〜YIALK8)単離されている。これら8種類の遺伝子でアルカンによる誘導発現が認められるのは一部であり、これらの遺伝子の産物のアルカン代謝への関与には不明な点が多い。また、これらの遺伝子の発現調節機構は、転写因子を含め未だ解明されていない。

 本研究は、このような背景の下に、Y.lipoiyticaにおけるP450ALKをコードする遺伝子の転写制御機構、その遺伝子産物の基質特異性、細胞内へのアルカン輸送機構等を解明すべく研究を行ったものである。

 第1章ではYIALK1遺伝子のプロモーター構造の解析を行っている。YIALK1はYIALK遺伝子の中で最も発現レベルが高く、主要な役割を担うP450ALKをコードすると考えられていた。YIALK1プロモーター全長および上流から段階的に欠失させていったプロモーターを、大腸菌由来のlacZ遺伝子と融合させ、β-galactosidase活性を指標に測定した。その結果、開始コドンATGのAを+1とすると-400〜-304の領域がアルカン応答に関与していることを示し、この領域をARR1(alkane responsive region)と命名した。さらにARR1内の転写制御に関わる領域として2カ所あることを示唆した。次に、ARR1内の様々な領域をプローブとし、アルカン培養菌体から調製した細胞抽出液を用い、ゲルシフト解析を行った。その結果、-394〜-371の領域と-325〜-305の領域に異なる蛋白質の結合があることを示し、これらの配列をそれぞれARE1(alkane responsive element)、ARE2と命名した。

 第2章ではY.lipoiyticaのペルオキシソームの合成に関わる新規遺伝子YIPEX10の解析を行っている。YIPEX10はYIALK1の転写能の低下する突然変異を相補する遺伝子として単離されたものである。そこでYIPEX5破壊株とYIPEX6破壊株を作製したところ、やはりYIALK1のmRNAレベルの低下を認めた。n-ドデカンおよびその中間代謝産物の存在下ではYIALK1の転写レベルが抑制されることを示した。これらの結果により、n-アルカンの酸化後さらにペルオキシソームで代謝されない場合、初発の酸化を抑制する制御機構が存在することを示した。

 第3章ではP450ALKの基質特異性の解析系を作成している。P450ALKを持たないSaccharomyces cerevisiaeや大腸菌でのP450ALK1の生産が困難であったため、Y.lipoiyticaでの選択的生産のため、構成的で強力なTEF1プロモーターの直下流にHisタグが付く発現ベクター(pSUHT)を構築した。このプロモーターはグリセロール培地における顕著な発現が認められている。しかし、グリセロール存在下で機能あるP450ALK1の生産は認められず、一方、n-デカン存在下では高発現が認められた。この結果から、Y.lipoiyticaでは、機能あるP450ALKの合成過程がグリセロール存在下では抑制されることを示した。そこで、申請者はアルカン培地で強く発現する主要P450ALKコードするYIALK1とYIALK2の二重破壊株によって目的のP450ALKの高生産を行うこととした。また、8種類のYIALK遺伝子について、単独(8種類)および二重破壊株(28種類)を作製し、様々な培地での生育を野生株と比較して、P450ALK1とP450ALK2がアルカンの代謝に主要な役割を担っていることを示した。

 第4章ではn-ヘキサデカンの細胞内への輸送に関する解析の結果を述べている。まず、野生株を用いてn-[1-14C]ヘキサデカンが取り込まれる速さを経時的に測定する条件等を検討した。TIPEX10破壊株を用いてアルカンの取り込み速度を調べたところ、YIPEX10破壊株あるいはYIPEX5、YIPEX6破壊株でも取り込みが著しく抑制された。すなわち、ペルオキシソームの異常によってアルカン代謝に関与する遺伝子の発現の抑制と、アルカンの細胞内への取り込みの抑制とは、共通の機構によるであろうことを示唆した。

 以上本論文は、アルカンを資化して生育する酵母の、アルカン利用に関わる酵素系の調節に関して特に遺伝子のレベルにおいて解析し、いくつかの有用な新知見を得たものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク