学位論文要旨



No 118196
著者(漢字) 竹澤,慎一郎
著者(英字)
著者(カナ) タケザワ,シンイチロウ
標題(和) 核内レセプター新規転写共役因子に関する機能解析
標題(洋)
報告番号 118196
報告番号 甲18196
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2585号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 助教授 後藤,由季子
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第一章 序論

1-1 はじめに

 視細胞特異的核内レセプター(Photoreceptor Nuclear Receptor;PNR)は網膜視細胞層にのみ特異的に発現する核内レセプターである。マウスにおいてPNRは胚発生のE18前後に網膜視細胞層の細胞核がある領域(Outer NuclearLayer;ONL)に発現が見い出され、成体に至るまで発現している。本遺伝子の不活性化はヒトではEnhanced S-Cone Syndrome(ESCS)として視覚障害が生じ、マウスにおいても同様に変異が知られている。より詳細な解析から、視細胞発生の段階でPNRは神経網膜前駆細胞(Retinal Progenitor Cells;RPCs)の増殖を負に制御しており、かつ特定細胞(青色錐体細胞)の分化抑制機能を示された。さらに成体においては視細胞の正常な機能維持に必要であることから、PNRは視細胞の発生・分化・恒常性の維持にとって必須の視細胞制御因子であると考えられる。

 核内レセプター群は、脂溶性低分子やステロイドホルモンをリガンドとしたリガンド依存的転写制御因子である。一方PNRを始めとして、リガンドを持たない核内オーファンレセプター群の中には構成的な転写抑制能により標的遺伝子の発現を制御するレセプターが知られている。このような構成的転写抑制型核内レセプターは、NCoRやSMRTといったコリプレッサーがそのCoRNRmotifを介して直接核内レセプターに結合することで転写抑制される。この転写抑制は、NcoR/SMRTが会合するヒストン脱アセチル化酵素HDACの活性により発揮される。即ちNcoR/SMRTは細胞内の生理条件によりSin3A、HDAC1/2、HDAC3、TBL1などの構成因子群が様々な組み合わせにより複合体を形成する。

1-2 本研究の目的

 このようにPNRの視細胞増殖制御能も標的遺伝子の転写抑制を介して発揮されていると考えられるが、PNRの標的遺伝子群は未知であり、更に転写抑制機構も不明であった。一方NCoRもしくはSMRTによるPNRの制御も推定はできるものの、NcoR/SMRT欠損マウスや培養細胞の解析において視細胞の増殖・分化やそれらの機能必須性は観察されなかった。そのため、視細胞においてはPNRの転写制御能を担う未知コリプレッサーの存在が予想された。そこで、PNRの転写抑制能を担うコリプレッサーを探索する目的でYeast two-hybridscreeningを行い、新規コリプレッサーの同定に成功した。更にその複合体を精製により同定し、機能について解析した。

第二章 新規転写共役因子Dev-CoRの同定

2-1 Dev-CoRの同定・構造・発現

 Yeast two-hybrid screeningの結果、新規のPNR相互作用因子を単離した。この因子は1194アミノ酸から構成され、C末端側にファミリー間で保存されたDevh-box motifを持つことから、Dev-CoRと名付けた。Dev-CoRのN末端側にはCoRNR motifが存在した。実際、Dev-CoRのPNRに対する結合も、このCoRNR motifが必要であった。Dev-CoRの発現は、RT-PCR法により様々な組織に見い出されたが、網膜組織における発現では、in-situRT-PCR法により、ONLに特異的であった。また、胚発生における眼球でのDev-CoRの発現はE12から成体にかけて発現していることが明らかとなった。これはPNRの発現部位、時期と一致しており、Dev-CoRの発現はPNRと空間的、時間的に共存することが示唆された。

2-2 Dev-CoRの転写抑制制御能

 PNRに対するDev-CoRのコリプレッサーとしての機能を、Dev-CoR自身の転写制御能についてレポーターアッセイにより調べた。その結果、Dev-CoRはPNRの転写を協調的に抑制しており、一方CoRNR motif欠失変異体はPNRの転写抑制に影響しないことから、CoRNR motifを介して転写抑制能を発揮していることが示された。また、Dev-CoRのN末端側に強い転写抑制能があり、核抽出液からこの領域にリクルートされる因子群を免疫沈降し、HDACアッセイをしたところ、HDAC活性が見い出された。以上より、Dev-CoRはPNRのコリプレッサーであり、HDACを含んだ複合体を形成することが示唆された。

第三章 Dev-CoR複合体の同定

 PNRのDev-CoR複合体機能の解明を目的に、Dev-CoR高発現293F細胞株を樹立し、その核抽出液からDev-CoRを含む複合体を精製した。グリセロール密度勾配遠心法により分画したところ、約1MDaの巨大複合体の存在が見い出され、この複合体にはDev-CoRを含め15種のタンパク質から構成されていた。MALDI-TOF-MSもしくはウェスタンブロッティングにより同定したところ、新規コリプレッサー複合体であることが明らかとなった。この複合体は、HDAC1/2やHDAC3、NcoR/SMRT、Sin3A、RbAp46/48、TBL3といった核内レセプターに関連した既知コリプレッサーに加え、p107やRBBP2、RAP140、ING1、CDK9、Myb-binding protein1Aといった細胞周期関連因子ならびに約200KDaの未同定タンパク質を含む新規複合体であることが判明した。

第四章 Dev-CoRの細胞増殖制御の解析

 PNRのコリプレッサーであるDev-CoRの複合体中に細胞周期関連因子であるP107などを同定し、PNRがRPCsの増殖抑制を誘導することから、Dev-CoR複合体はPNRの転写制御を介した細胞増殖抑制制御能を担うことが予想された。そこで、Dev-CoR自体の生理学的機能を解明するために、以下の実験を行なった。まず、colony formation assayによりDev-CoRの細胞増殖能につき検討したところ、細胞増殖を抑制する因子であることが示唆された。次にFACS解析から、Dev-CoR高発現細胞はGO/G1期に停止している細胞の率が高まることが示唆された。M期同調培養後のGl/S移行期のマーカーであるCyclinEの発現もDev-CoR高発現細胞で遅延することが明らかとなった。また、Dev-CoRタンパク質の発現自体もG1前期にピークがあり、G1前期の増殖制御因子であることが強く示された。これらの結果から、PNRの転写制御を介したRPCsの増殖抑制の制御においても、Rb/P107/HDAC及びMyb関連因子を含んだDev-CoR複合体が寄与していることが示唆された。

第五章 総合討論

 本研究では、PNRの転写抑制機構を解明することを目的にコリプレッサーを探索し、新規コリプレッサーDev-CoRを同定、単離した。更にDev-CoR複合体の精製により、Dev-CoR複合体にはHDACやSMRTといった既知コリプレッサー群に加え、細胞周期制御因子群を含む抑制複合体であることを明らかにした。また、実際G1期の制御にDev-CoRが関連していること示した。そこで、本項ではPNRが担う視細胞増殖制御能における、Dev-CoR複合体及びその構成因子群による制御機構に関し議論する。

5-1 Dev-CoR複合体によるRb/IO7経路の制御

 Dev-CoR複合体の構成因子であることが明らかとなったp107は、Rbファミリータンパク質の一つである。Rb/P107はG1前期に転写因子E2Fに結合し、HDAC複合体を形成して標的遺伝子である関連因子の転写を抑制することが知られている。実際RbヘテロP107ホモ欠損マウスでは網膜に損傷の顕在化が観察されており、RPCsの増殖抑制の消失によると考えられる。また、E2F1の網膜におけるトランスジェニックマウスもRPCsの過剰増殖が観察されている。これらマウスの表現型はすべてPNR欠損マウスの神経網膜におけるRPCsの過剰増殖による表現型と酷似していた。これらの事実はPNRとRb/P107が遺伝的相互作用があることを意味しており、本研究第3章においてDev-CoRコリプレッサー複合体中にP107およびRb関連因子であるRBBP2、RAP140が存在することを支持するものである。ゆえにPNRはRPCsの増殖制御において、Dev-CoR複合体を介し、E2Fと協調してGl/S期関連標的遺伝子の転写を抑制制御することが考えられた。

5-2 Dev-CoR複合体によるMyb経路の制御

 本研究第3章においてDev-CoR複合体構成因子として見い出したNcoR/SMRT、CDK9、Myb-binding Protein1Aは転写因子Mybのコリプレッサーとして機能することが知られている。Mybは原癌遺伝子であり、未分化細胞で高発現するが分化の進行に伴い活性が消失することが知られている。発生期の神経網膜においてもMybは発現することから、RPCsの増殖に関連すると考えられる。ゆえにPNRはRPCsの増殖制御において、Dev-CoR複合体を介してE2F同様にMybに対しても協調して標的遺伝子の転写を抑制制御することが示唆された。

5-3 総括と今後の展望

 以上のように、Dev-CoRはG1期制御因子群と複合体を形成することに加え、本研究第4章より、Dev・CoRがG1前期にのみタンパク質として存在することが示唆された。ゆえに、Dev-CoRはG1前期特異的なPNRのコリプレッサーであると考えられる。核内レセプターの細胞周期依存性転写共役因子は、Dev-CoRが初めての例である。また、PNRとDev-CoR複合体が制御する標的遺伝子は、前記のようにE2FやMybによっても制御されており、かつ視細胞増殖制御に関連すると示唆される。ゆえに候補因子としてCyclinD1、CyclinT1、E2F1などが挙げられ、今後これらのプロモーター解析によりその発現制御が明らかになると期待される。一方PNRの視細胞増殖制御におけるDev-CoRの必須性は、Dev-CoRの遺伝子欠損マウスの作成及び解析により将来明らかになると考えられる。このように、PNRはRPCsが増殖能を失う時期に発現し、その際Dev-CoR複合体を介してRPCsをG1期に停止させ分化を促すモデルが想定され、神経網膜発生の分子制御機構の一端を本研究は示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は核内レセプター転写共役因子の機能解析に関するもので、三章よりなる。視細胞特異的核内レセプター(Photoreceptor Nuclear Receptor;PNR)は網膜視細胞層にのみ特異的に発現する核内レセプターである。マウスにおいてPNRは胚発生のE18前後に網膜視細胞層の細胞核がある領域(Outer Nuclear Layer;ONL)に発現が見い出され、成体に至るまで発現している。本遺伝子の不活性化はヒトではEnhanced S-Cone Syndrome(ESCS)として視覚障害が生じ、マウスにおいても同様に変異が知られている。より詳細な解析から、視細胞発生の段階でPNRは神経網膜前駆細胞(Retinal Progenitor Cells;RPCs)の増殖を負に制御しており、かつ特定細胞(青色錐体細胞)の分化抑制機能を示された。さらに成体においては視細胞の正常な機能維持に必要であることから、PNRは視細胞の発生・分化・恒常性の維持にとって必須の視細胞制御因子であると考えられる。

 核内レセプター群は、脂溶性低分子やステロイドホルモンをリガンドとしたリガンド依存的転写制御因子である。一方PNRを始めとして、リガンドを持たない核内オーファンレセプタ一群の中には構成的な転写抑制能により標的遺伝子の発現を制御するレセプターが知られている。このような構成的転写抑制型核内レセプターは、NCoRやSMRTといったコリプレッサーがそのCoRNR motifを介して直接核内レセプターに結合することで転写抑制される。この転写抑制は、NcoR/SMRTが会合するヒストン脱アセチル化酵素HDACの活性により発揮される。即ちNcoR/SMRTは細胞内の生理条件によりSin3A、HDAC1/2、HDAC3、TBL1などの構成因子群が様々な組み合わせにより複合体を形成する。

 このようにPNRの視細胞増殖制御能も標的遺伝子の転写抑制を介して発揮されていると考えられるが、PNRの標的遺伝子群は未知であり、更に転写抑制機構も不明であった。一方NCoRもしくはSMRTによるPNRの制御も推定はできるものの、NcoR/SMRT欠損マウスや培養細胞の解析において視細胞の増殖・分化やそれらの機能必須性は観察されなかった。そのため、視細胞においてはPNRの転写制御能を担う未知コリプレッサーの存在が予想された。そこで、PNRの転写抑制能を担うコリプレッサーを探索する目的でYeast two-hybrid screeningを行い、新規コリプレッサーの同定に成功した。更にその複合体を精製により同定し、機能について解析した。

 まず第一章では、Yeast two-hybrid screeningの結果、新規のPNR相互作用因子を単離した。この因子は1194アミノ酸から構成され、C末端側にファミリー間で保存されたDevh-box motifを持つことから、Dev-CoRと名付けた。Dev-CoRのN末端側にはCoRNR motifが存在した。実際、Dev-CoRのPNRに対する結合も、このCoRNR motifが必要であった。Dev-CoRの発現は、RT-PCR法により様々な組織に見い出されたが、網膜組織における発現では、in-situRT-PCR法により、ONLに特異的であった。また、胚発生における眼球でのDev-CoRの発現はE12から成体にかけて発現していることが明らかとなった。これはPNRの発現部位、時期と一致しており、Dev-CoRの発現はPNRと空間的、時間的に共存することが示唆された。

 次にPNRに対するDev-CoRのコリプレッサーとしての機能を、Dev-CoR自身の転写制御能についてレポーターアッセイにより調べた。その結果、Dev-CoRはPNRの転写を協調的に抑制しており、一方CoRNR motif欠失変異体はPNRの転写抑制に影響しないことから、CoRNR motifを介して転写抑制能を発揮していることが示された。また、Dev-CoRのN末端側に強い転写抑制能があり、核抽出液からこの領域にリクルートされる因子群を免疫沈降し、HDACアッセイをしたところ、HDAC活性が見い出された。以上より、Dev-CoRはPNRのコリプレッサーであり、HDACを含んだ複合体を形成することが示唆された。

 第二章では、PNRのDev-CoR複合体機能の解明を目的に、Dev-CoR高発現293F細胞株を樹立し、その核抽出液からDev-CoRを含む複合体を精製した。グリセロール密度勾配遠心法により分画したところ、約1MDaの巨大複合体の存在が見い出され、この複合体にはDev-CoRを含め15種のタンパク質から構成されていた。MALDI-TOF-MSもしくはウェスタンブロッティングにより同定したところ、新規コリプレッサー複合体であることが明らかとなった。この複合体は、HDAC1/2やHDAC3、NCoR/SMRT、Sin3A、RbAp46/48、TBL3といった核内レセプターに関連した既知コリプレッサーに加え、P107やRBBP2、RAP140、ING1、CDK9、Myb-binding protein1Aといった細胞周期関連因子ならびに約200KDaの未同定タンパク質を含む新規複合体であることが判明した。

 PNRのコリプレッサーであるDev-CoRの複合体中に細胞周期関連因子であるP107などを同定し、PNRがRPCsの増殖抑制を誘導することから、Dev-CoR複合体はPNRの転写制御を介した細胞増殖抑制制御能を担うことが予想された。そこで第三章では、Dev-CoR自体の生理学的機能を解明するために、以下の実験を行なった。まず、colony formation assayによりDev-CoRの細胞増殖能につき検討したところ、細胞増殖を抑制する因子であることが示唆された。次にFACS解析から、Dev-CoR高発現細胞はGO/G1期に停止している細胞の率が高まることが示唆された。M期同調培養後のG1/S移行期のマーカーであるCyclinEの発現もDev-CoR高発現細胞で遅延することが明らかとなった。また、Dev-CoRタンパク質の発現自体もG1前期にピークがあり、G1前期の増殖制御因子であることが強く示された。これらの結果から、PNRの転写制御を介したRPCsの増殖抑制の制御においても、Rb/p107/HDAC及びMyb関連因子を含んだDev-CoR複合体が寄与していることが示唆された。

 以上、本論文は核内レセプターPNRの新規コリプレッサー及び複合体を単離、同定し、機能を解明しており、転写制御学、分子発生学いずれの分野においても発展性が期待され、学問上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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