学位論文要旨



No 118197
著者(漢字) 竹若,剛志
著者(英字)
著者(カナ) タケワカ,ツヨシ
標題(和) 酵母における小胞体膜タンパク質過剰生産による小胞体の増殖とそれに伴う細胞応答に関する研究
標題(洋)
報告番号 118197
報告番号 甲18197
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2586号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 アルカン資化性酵母Candida maltosaはn-アルカンを唯一の炭素源とした培地で生育することが知られている。この際、アルカンの初発酸化に関与する小胞体膜タンパク質チトクロームP450(以下P450ALKs)の発現量が増大し、同時にチューブ状の小胞体様膜構造体が増殖することが確認されている。このP450ALKsのうち、C.maltosaがアルカン資化時に最も多量に生産することが知られているP450ALK1をSaccharomyces cerevisiaeにおいて人為的に高生産させると、アルカン資化時の。C. maltosa同様チューブ状の小胞体様膜構造体が増殖する。同様の現象は同じく小胞体膜タンパク質であるHMG-CoAレダクターゼやチトクロームb5の高生産においても認められている。このような膜タンパク質に高生産による膜構造体の増殖は酵母だけでなく、フェノバルビタール等の薬剤処理を施した動物肝細胞等や、さらには内膜系を持たないはずの大腸菌においても認められている。このように広く認められる現象にもかかわらず、この様な膜構造体の発達するしくみに関する知見は極めて乏しいのが現状である。そこで、この現象に関与する細胞内因子を同定、解析することでこの現象の分子機構を明らかにすることを目指して研究を行った。

1.Irelpの関与

 S.cerevisiaeにおいてGAL1プロモーターを用いてP450ALK1を人為的に高生産させると小胞体様膜構造体が増殖することは、リン脂質リン量の増加、小胞体を染色する蛍光物質DiOC6の蛍光強度の上昇、抗Pdilp抗体を用いた間接蛍光抗体法及び電子顕微鏡写よる形態学的観察によって確認した。抗Pdi1P抗体を用いた間接蛍光抗体法による観察の結果より、P450ALK1高生産に伴って小胞体内腔シャペロンタンパク質であるPdiIPが増加することが考えられたことから、PD11について同じく小胞体内腔シャペロンタンパク質遺伝子であるKAR2とともにノーザン解析を行ったところ、これらのmRNA量が上昇することが確認された。これらの遺伝子の発現は小胞体膜タンパク質であるIrelpによって制御されていることが知られていることから、IRE1遺伝子を破壊した株を作成し、P450ALK1の生産量を検討した。その結果、このIRE1破壊株においてはP450ALK1生産量が野生株と比較して大幅に低下することが認められた。しかしながらこの遺伝子の関与は使用した株に特異的であり、EUROSCARFにより作成された遺伝は背景の異なるIRE1破壊株ではP450ALK1生産への関与は認められなかった。四分子解析の結果より、このIre1P依存性には複数の遺伝子が関与しているが示唆された。

2.Ca2+イオンの影響

 動物細胞においてウイルスタンパク質が小胞体膜に蓄積することで引き起こされるERオーバーロードといわれる現象においてはCa2+イオンが重要な働きをすることが知られていることから、P450高生産へのCa2+イオンの関与を検討した。この為、最終的に通常1.7mMのCa2+イオン濃度が0.8μMまで低下し、等モル分のMg2+イオンを添加しているため、二価のカチオン濃度は通常の培地と同様な培地を作成した。このCa2+微量培地におけるP450ALK1生産量はCa2+通常培地における生産量の約20%にまで低下することが認められた。Ca2+通常培地にカルモジュリンアンタゴニストとして知られているクロルプロマジンを添加しても同様にP450ALK1生産量が溶媒添加株の約30%にまで低下することから、Ca2+イオンは直接作用しているわけではなく、カルモジュリンと結合してその作用を発揮していると考えられる。

 カルモジュリンが結合することが知られているタンパク質のうち、転写因子であるHAP複合体の構成タンパク質遺伝子であるHAP5破壊株では野生株の約30%に、カルモジュリンと結合するSap4Pと結合することで間接的にカルモジュリンの影響を受けると考えられるタンパク質脱リン酸化酵素遺伝子であるSIT4破壊株では野生株の約20%にP450ALK1生産量が低下した。HAP複合体はヘム合成に関わる酵素の遺伝子の転写にも関与することから、これらの破壊株ではヘム合成系に影響を及ぼすことで間接的に機能的なP450ALK1の生産が低下している可能性が考えられた。ヘム前駆体である5-アミノレブリン酸を添加すると、この物質の合成以降の段階でヘム合成に関与するHAP5の破壊株におけるおけるP450ALK1生産量は回復しなかったものの、ヘム合成系への関与が現在のところ知られていないSIT4の破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株の70%にまで回復することが認められた。Ca2+微量培地におけるP450ALK1生産量の低下はHAP5破壊株の場合と同様 5-アミノレブリン酸添加により回復しなかった。このことから、Ca2+微量培地におけるP450ALK1生産量の低下はHAP複合体の機能が低下していることが一因であると考えられる。

3.シャペロンタンパク質の関与

 P450ALK1高生産に伴い局在の異なるタンパク質や発現量の異なる遺伝子が存在すれば、それらの解析を通じてP450ALK1高生産に伴う小胞体様構造体の発達という現象を解明する糸口が得られるものと期待できる。そこで、まず、二次元電気泳動によりタンパク質を分離することで、P450ALK1生産に伴い局在が変化する或いは量が変化するタンパク質を取得することにした。細胞抽出液を100,000×gの上清とペレットとに分画し、各々を二次元電気泳動にて解析した結果、上清画分にP450ALK1高生産の場合は消失するタンパク質が存在し、N末のアミノ酸を解読したところ、HSP90ファミリーに属するシャペロンタンパク質Hsc82pであることが判明した。しかしながら、HSC82 及びこれと高い相同性を有するHSP82遺伝子破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株と比較して差は認められず、P450発現に直接関与していないと考えられる。

 次に、cDNAサブトラクション法によりP450ALK1生産に伴い発現量に差が生じる遺伝子を取得した結果、P450高発現により発現量が上昇する遺伝子の一つとして、HSP70ファミリーに属するシャペロンタンパク質遺伝子SSE1が取得された。SSE1破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株の約40%に低下した。Sselpはカルモジュリンとタンパク質キナーゼのPKAのシャペロンとして機能することが知られており、カルモジュリンのP450ALK1生産への関与は既に検討したので、PKAの関与について解析した。PKAの触媒サブユニットをコードする遺伝子TPK1、TPK2、TPK3、及び活性化シグナル物質であるcAMPを分解する酵素Pde2pをコードする遺伝子PDE2についての各破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株との差が認められなかったことから、PKAはP450ALK1の生産に関与していないのではないかと考えられた。SSE1破壊株でノーザン解析を行いP450ALK1遺伝子のmRNA量を検討したところ、野生株の5%にまで減少していた。このことから、SselpはP450遺伝子の発現あるいはそのmRNAの安定性に関与していると考えられる。

4.小胞体膜タンパク質の関与

 小胞体膜タンパク質であるP450ALKlが増加している、という情報は同じく小胞体膜に局在しているタンパク質に伝わる可能性が高いと考えられる。そこで、機能不明な小胞体膜タンパク質のP450ALK1高生産への関与を検討することにした。まず、Ca2+イオンが必要であったとの結果をふまえ、カルシウム結合性シャペロンタンパク質であるカルネキシンと相同性が認められるが酵母においては機能が解析されていないCne1Pをコードする遺伝子の破壊株におけるP450ALK1生産量を検討した。その結果、野生株との間に差は認められなかった。次に、動物細胞において分泌タンパク質の品質管理に関与しているとされるBAP29と相同性が認められるが機能不明なタンパク質をコードするYET1遺伝子の破壊株におけるP450ALK1生産量を検討した。その結果、野生株の約50%にまで低下した。YET1にはYMRO40WとYDLO72Cの二つのホモログが存在し、YMRO40W破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株の約80%に低下し、YDLO72C破壊株では野生株と同程度であった。YET1とYMRO40Wの二重破壊株におけるP450ALK1生産量は野生株の約40%とYET1破壊株より若干ではあるがさらに低下した。しかしながら、YET1とYDLO72Cの二重破壊株ではさらなるP450ALK1の生産の低下は認められなかったことから、P450ALK1高生産には、YdlO72Cpは関わっていないと考えられる。YET1とYMRO40Wの二重破壊株ではミクロソーム画分に含まれるリン脂質リン量が増加しないこと及びDiOC6染色による蛍光強度が上昇しないことから、小胞体様膜構造体の発達もないと考えられた。この現象はリン脂質前駆体であるイノシトール、コリン及びエタノールアミンの添加により完全に相補されることから、この破壊株においてはP450ALK1高生産に対応する膜リン脂質の供給に欠陥があるものと考えられる。

まとめ

 本研究において、小胞体膜タンパク質P450ALK1高生産に伴う小胞体様膜構造体の発達に必要となる幾つかの因子を見い出した。機能未知なYet1Pがリン脂質合成と関連している可能性が高いことから、このタンパク質をさらに解析していくことで上記現象の分子機構が明らかとなることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞内構造体である小胞体は細胞の分化、薬物処理あるいは小胞体膜蛋白質の過剰生産により量が増加することが知られている。この現象に関わる分子機構を解析することで、小胞体の維持或いは発達に関する全く新規の知見が得られるものと期待される。本論文はCandida maltosa由来のアルカン資化に関わる小胞体膜タンパク質チトクロームP450(P450ALK1)をSaccharomyces cerevisiaeにおいて高生産させた際に小胞体様膜構造体が発達することを確認し、この現象に関わる因子の取得を試みたものである。

 第1章ではP450ALK1生産に伴い小胞体様膜構造体が発達することを電子顕微鏡観察、小胞体を染色する蛍光色素DiOC6で細胞を染色した際の蛍光強度が上昇すること、菌体あたりのリン脂質リン量が増加することで示した。また、P450ALK1生産時に小胞体内腔シャペロンタンパク質をコードする遺伝子のmRNA量が増加することに着目し、これらの転写を制御することが知られる小胞体膜タンパク質Irelpをコードする遺伝子の破壊株が作製されている。この遺伝子の破壊株では小胞体様膜構造体の発達が認められないが、異なる遺伝的背景を有する酵母でのこの遺伝子の破壊株では小胞体様膜構造体の発達が認められることから、Ire1Pは遺伝的背景によっては小胞体様膜構造体の発達に関与することを明らかにした。また、Ire1p依存性、非依存性には複数の因子が関与していることが示唆された。

 第2章では、動物細胞における小胞体オーバーロードとの類似性に着目し、この際に重要な役割を果たすCa2+の必要性を検討している。Ca2+濃度が0.8μMの培地を作製し、小胞他様膜構造体の発達を検討し、これにはCa2+が必要であることを明らかにした。また、Ca2+結合タンパク質であるカルモジュリンに対するCa2+アンタゴニストとして機能するクロルプロマジンを用いることで、小胞体様膜構造体の発達にはCa2+と結合したカルモジュリンが必要であること考えられることが分かった。カルモジュリン結合タンパク質をコードする遺伝子の破壊株を検討したところ、カルモジュリンの必要性は転写因子HAP複合体構成因子であるHap5pを経由してのものであると考えられることが分かった。

 第3章では、局在の変化するタンパク質、mRNA量の変化する遺伝子を解析することで糸口がつかめる可能性を考え、二次元電気移動、cDNAサブトラクションにより候補の検索を行っている。S100画分を用いた二次元電気泳動よりHSP90ファミリーに属するシャペンロンタンパク質Hsc82pがP450ALK1生産に伴い局在が変化すること、cDNAサブトラクションよりHSP70ファミリーに属するシャペロンタンパク質Hselpをコードする遺伝子のmRNA量がP450ALK1生産により増加することを明らかにした。Ssc82pをコードする遺伝子の破壊株では小胞体様膜構造体の発達が認められると考えられることから、Hsc82pは直接P450ALK1生産に関与する可能性が低いことが分かった。Sselpをコードする遺伝子の破壊株ではP450ALK1 mRNA量が減少することから、P450ALK1 mRNA量に影響を及ぼしていると考えられることが分かった。

 第4章では、小胞体膜タンパク質が増加したという情報は小胞体膜タンパク質により感知される可能性を考え、機能未知の小胞体膜タンパク質をコードする遺伝子の破壊株での小胞体様膜構造体の発達を検討している。機能未知の小胞体膜タンパク質Yetlpが小胞体様膜構造体の発達に関与することを明らかにした。Yetlpのホモログのうち、YmrO40wpは小胞体様膜構造体の発達に関与すること、Yd1072cは関与しないことを明らかにした。また、YET1破壊株はコリン感受性になることを明らかにした。YET1破壊株に培地中のコリンを利用する経路に関わる酵素をコードする遺伝子の破壊を導入してもコリン感受性が抑圧されないことを明らかにした。

 以上本論文は、これまで不明であったP450ALK1生産に伴う小胞体様膜構造体の発達に関与する分子機構の解析を試み、新たに小胞体膜タンパク質Yetlpの関与を明らかにし、これが膜リン脂質合成にも関与している可能性を示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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