学位論文要旨



No 118202
著者(漢字) 原,崇
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,タカシ
標題(和) 大腸菌リポ蛋白質の局在場所を決定する選別シグナルの解析
標題(洋)
報告番号 118202
報告番号 甲18202
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2591号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌の細胞は、外膜、ペリプラズム空間、内膜および、細胞質の4つのコンパートメントから形成されている。外膜と内膜にはリポ蛋白質と呼ばれるN末端のCys残基が脂質修飾を受けた蛋白質が存在しており、脂質部分を介して膜と結合している。リポ蛋白質は約90種類あまり存在し、形態維持、薬剤排出、蛋白質分泌、細胞分裂、ペプチドグリカンの合成と分解など様々な細胞機能にたずさわっている。リポ蛋白質はシグナルペプチドをもつ前駆体として細胞質で合成され、内膜を通過する過程でシグナルペプチドの切断と、脂質修飾を受け成熟体リポ蛋白質となる。その後、N末端のCys残基の次のアミノ酸残基(+2位)がAspであるリポ蛋白質は内膜に、それ以外のアミノ酸残基をもつリポ蛋白質は外膜に局在化する。つまり、リポ蛋白質の+2位のアミノ酸残基は局在場所を決定づける『選別シグナル』として働いている。当研究室ではこのリポ蛋白質の選択的な膜局在化に関与する5つのLol蛋白質を見いだし、その機能解析を通して次のようなモデルを提唱している(図1)。外膜リポ蛋白質は内膜のABCトランスポーターLolCDEの作用でペリプラズムのシャペロン蛋白質LolAと1:1の水溶性複合体を形成することにより内膜から遊離し、外膜受容体LolBの働きで外膜に組み込まれる。これに対し、+2位にAspを持つ内膜リポ蛋白質はLolCDEの基質とならないため、LolAと複合体を形成できずに内膜に留まる。すなわち、+2位のAspはLol回避シグナルとして働く。これらのLol蛋白質は生育に必須であるだけでなく、グラム陰性細菌で広く保存されていることから、Lolシステムによるリポ蛋白質の選別と輸送はグラム陰性細菌に普遍的に存在する細胞機能であると考えられる。このLolシステムの発見によりリポ蛋白質の局在化機構の概要は示されたが、詳細な機構の解明はこれからの課題である。それらの中でリポ蛋白質のわずか1アミノ酸残基の違いで局在場所が決定される選別機構は興味がもたれる。本研究では+2位のアミノ酸残基のどのような構造や性質が選別に重要なのかを明らかにするために、外膜リポ蛋白質の選別シグナルを様々な修飾試薬を用いて改変し、この改変されたリポ蛋白質がLolCDEによってどのように選別されるのかについて解析した。さらに、+2位のアミノ酸残基と膜のリン脂質の関係についても解析を行った。

選別シグナルの化学修飾

 リポ蛋白質の選別シグナルの構造を改変するため、外膜リポ蛋白質Palの+2位のSerをCysに置換したPal(S2C)にCys特異的修飾試薬を用いて種々の分子(X)を付加したPal(S2C)-Xを作成した。このPal(S2C)-XをLo1CDEがどのように選別するのかを調べるため、精製LolCDE、リン脂質およびPal(S2C)-Xからプロテオリポソームを調製し、LolA存在下でリポ蛋白質が遊離されるかどうかを調べた。

 外膜に局在化することが確認されたPal(S2C)に内膜局在化シグナルとして機能するAspに特徴的な負電荷を導入することにより遊離が阻害されるのではないかと考え、ヨード酢酸をはじめとするいくつかの負電荷を持つ分子を付加したPal(S2C)-(-)を作成した。しかし、いずれの場合も効率よく膜から遊離したことから、負電荷そのものが内膜局在化シグナルとして機能しているのではないことが明らかとなった。このことは+2位のGluが内膜局在化シグナルにはならないことからも支持される。

 次にAspを除く19アミノ酸残基が積極的に認識されているのであれば、+2位に大きな分子を導入することにより立体的障害が生じ認識が阻害されると考えられた。そこで、分子量約500であるiodoacetyl biotinを付加したPal(S2C)-Bioを調製し遊離実験を行った結果、意外なことに阻害は全く見られなかった。このことは+2位のアミノ酸残基の側鎖は外膜局在化シグナルとして積極的に認識されていないことを示唆している。

 上記の化学修飾試薬以外にも複数の修飾試薬を用いて再構成遊離実験を行ったが、外膜局在化シグナルを内膜局在化シグナルに改変できたものはなかった。それはCys側鎖に修飾試薬を付加すると内膜局在化シグナルとして働くAspの側鎖の長さより長くなってしまうからではないかと考えた。そこで、Pal(S2C)の側鎖を過ギ酸で酸化させることにより、+2位の側鎖の長さと末端の負電荷がAspに類似した構造(C-CH2-S03)を持つPal(S2C)OXを作成した。これを基質に再構成遊離実験を行った結果、Palを酸化させたPalOXは膜から遊離したもののPal(S2C)OXは遊離しなかった。これら一連の結果から、+2位にAspに類似した構造が存在するときのみ内膜局在化シグナルとして機能し、それ以外はたとえアミノ酸の構造でなくても外膜局在化シグナルとして機能することが明らかとなった(図2)。

内膜局在化シグナルから外膜局在化シグナルへの改変

 +2位のAspの構造が内膜局在化シグナルとして機能しているのであれば、逆にAspの側鎖を化学修飾することにより、内膜局在化シグナルを外膜局在化シグナルヘ改変できるのではないかと考えた。そこで+2位のみにAspをもつ人工リポ蛋白質SCLP(DQ)とAspを全く含まないSCLP(s)を作成した。これらはリポ蛋白質特異的シグナルペプチダーゼの阻害剤であるグロボマイシンによりシグナルペプチドの切断が阻害され、また+2位の選別シグナルに依存してそれぞれ内膜と外膜に局在化したことからリポ蛋白質であることが確認された。再構成遊離実験において、SCLP(DQ)はLolAとLolCDE存在下でも遊離しなかったが、SCLP(DQ)の+2位のAspにカルボキシル基特異的架橋剤EDCを介してbiotinを付加させたSCLP(DQ)-EDC-Bioでは遊離が確認された。このことから、Aspの構造と性質はLolCDEからの認識を回避するために必要な機能を有することが明らかとなった(図2)。

選別シグナルはリン脂質中もしくはリン脂質との境界に位置する

 外膜局在化シグナルを持つPalと+2位、+3位、+4位にそれぞれCysを持つPal derivativesを大腸菌リン脂質で作ったリポソーム上に組み込み、膜非透過性であるCys修飾試薬を用いて修飾効率を比べた結果、+2位にCysが存在したときに修飾の阻害が見られた。この結果から選別シグナル(+2位)がリン脂質に埋まっていることが示唆され、+2位のアミノ酸残基とリン脂質の相互作用がリポ蛋白質の選別に関与している可能性が考えられた。

大腸菌リン脂質ホスファチジルエタノールアミンの修飾

 大腸菌リン脂質(PL)の75%を占めるホスファチジルエタノールアミン(PE)はリン酸基の負電荷とアミノ基の正電荷を持つ。このアミノ基の正電荷と内膜局在化シグナルの負電荷が相互作用し、内膜リポ蛋白質のN末端構造をLolCDEが認識できないような特異的構造に変えているのではないかと考えた。そこで、アミノ基特異的修飾試薬SNAを用いてPEの正電荷を取り除いたSNA-PLを作成した。このSNA-PLを用いて再構成遊離実験を行った結果、外膜リポ蛋白質の遊離効率はほとんど変化しないものの、内膜リポ蛋白質の遊離効率が大きく上昇した。SNA-PLがLolCDEに与える影響は除外できないが、この結果はAspとPEとの静電的相互作用がリポ蛋白質の選別に関わっている可能性を示唆した。

まとめ

 本研究により、+2位にAspに類似した構造をもつリポ蛋白質のみがLolCDEによる認識を特異的に回避することが明らかとなった。また、Aspとリン脂質との静電的相互作用により内膜リポ蛋白質のN末端構造を立体的に変化させ、LolCDEからの認識を回避している可能性が示唆された。Aspと同じ負電荷をもつGluや負電荷を導入したアミノ酸残基が内膜局在化シグナルとして機能しないのは、その側鎖がAspより長い分だけ構造に柔軟性を与えられ、Asp特異的に作られるN末端構造とは異なるためではないかと考えられる。

1)Fukuda, A., Matsuyama, S., Hara. T., Nakayama, J., Nagasawa, H., Tokuda, H.Aminoacylation of the N-terminal cysteine is essential for Lol-dependent release of lipoproteins from membranes but does not depend on lipoprotein sorting signals (2002) J. Biol. Chem. 277, 43512-43518

図1:Lolシステムによるリポ蛋白質の膜局在化機構

図2:+2位のアミノ酸化学修飾による膜からの遊離反応への影響

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌の外膜と内膜には、リポ蛋白質と呼ばれるN末端のCys残基が脂質修飾を受けた蛋白質が存在しており、脂質部分を介して膜と結合している。大腸菌では、リポ蛋白質は約90種類あまり存在し、様々な細胞機能にたずさわっている。リポ蛋白質はシグナルペプチドをもつ前駆体として細胞質で合成され、内膜を通過する過程でシグナルペプチドの切断と脂質修飾を受け、成熟体リポ蛋白質となる。その後、N末端のCys残基の次のアミノ酸残基(+2位)がAspであるリポ蛋白質は内膜に、それ以外のアミノ酸残基をもつリポ蛋白質は外膜に局在化する。すなわち、リポ蛋白質の+2位のアミノ酸残基は局在場所を決定づける『選別シグナル』である。本論文は、+2位のアミノ酸残基のどのような構造や性質が選別に重要なのかを明らかにするために、リポ蛋白質の+2位のアミノ酸残基を様々な修飾試薬を用いて改変し、この改変されたリポ蛋白質がLolCDEによってどのように選別されるのかについて解析したものである。

 外膜リポ蛋白質Palの+2位のSerをCysに置換したPal(S2C)にCys特異的修飾試薬を用いて種々の分子を付加したPal(S2C)-Xを作製し、精製LolCDE、リン脂質およびPal(S2C)-Xから作製したプロテオリポソームで、LolA存在下にPal(S2C)-Xの遊離を調べた。ヨード酢酸をはじめ、負電荷を持つ分子を付加したPal(S2C)-(-)も効率よく膜から遊離し、負電荷そのものが内膜局在化シグナルとして機能しているのではないことを明らかにした。また、+2位に大きな分子を導入しても阻害は全く見られなかった。これらの結果から、+2位のアミノ酸残基の側鎖は外膜局在化シグナルとして積極的に認識されていないことが示唆された。そこで、Pal(S2C)の側鎖を過ギ酸で酸化させることにより、+2位の側鎖の長さと末端の負電荷がAspに類似した構造(C-CH2-SO3)を持つPal(S2C)OXを作製し、再構成遊離実験を行った結果、Pal(S2C)OXは遊離しなかった。これらの結果から、+2位にAspに類似した構造が存在するときのみ内膜局在化シグナルとして機能し、それ以外はたとえアミノ酸の構造でなくても外膜局在化シグナルとして機能することが明らかとなった。

 +2位のAspの側鎖を化学修飾することにより、内膜局在化シグナルを外膜局在化シグナルヘ改変することを試みた。+2位のみにAspをもつ人工リポ蛋白質SCLP(DQ)とAspを全く含まないSCLP(S)を作製した。再構成遊離実験において、SCLP(DQ)はLolAとLolCDE存在下でも遊離しなかったが、SCLP(DQ)の+2位のAspにカルボキシル基特異的架橋剤EDCを介してbiotinを付加させたSCLP(DQ)-EDC-Bioでは遊離が確認された。

 外膜局在化シグナルを持つPalにCysを導入し、Cys修飾試薬による修飾を調べ、+2位の残基はリン脂質と相互作用している可能性が考えられた。そこで、アミノ基特異的修飾試薬SNAを用いてホスファチジルエタノールアミン(PE)の正電荷を取り除いたSNA-PLを作成した。このSNA-PLを用いた再構成遊離実験で、外膜リポ蛋白質の遊離効率はほとんど変化しないものの、内膜リポ蛋白質の遊離効率が大きく上昇した。この結果はAspとPEとの静電的相互作用がリポ蛋白質の選別に関わっている可能性を示唆した。

 以上、本論文はリポ蛋白質選別シグナルである、+2位の残基の構造的特徴を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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