学位論文要旨



No 118203
著者(漢字) 鮒,信学
著者(英字)
著者(カナ) フナ,ノブタカ
標題(和) 微生物の新規なポリケタイド合成酵素の発見と反応機構の解析
標題(洋)
報告番号 118203
報告番号 甲18203
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2592号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 カルコン合成酵素(chalcone synthase,CHS)は、p-coumaroyl-CoAとmalonyl-CoAからフラボノイドの前駆体であるnaringenin chalconeの合成を行うポリケタイド合成酵素(polyketide synthase,PKS)である。CHSは高等植物以外の生物種から見つかった例がなかったため、高等植物で特異的に進化を遂げた酵素であると考えられていた。ところが、当研究室では以前、放線菌に多コピープラスミドで導入すると茶色色素生産を引き起こす遺伝子として、植物のCHSに相同な遺伝子(rppA)を放線菌Streptomycesgriseusからクローニングした。これまで微生物のPKSとしては、真核生物の脂肪酸合成酵素と類似のモジュール型(typeI)PKSと原核生物のそれと類似のサブユニット型(typeII)PKSの2種のみが知られていた。本研究は、微生物の"typeIIIPKS"であるRppAのin vitro及びin vivoにおける機能の解明を目的としている。

1.RppAの機能

 rppA遺伝子産物(RppA)は、CHSと30%のアミノ酸相同性を有していた。大腸菌によって大量発現させたRPPAを可溶性画分から精製したところ、植物のCHSと同様に42kDaのサブユニットからなるホモダイマーであることが判明した。

 アミノ酸配列の高い相同性からRppAはCHSと同様の反応を行うと予想されたので、p-coumaroyl-CoAと[14C]ma1onyl-CoAを基質として反応を行った。反応は速やかに進行したが、予想に反し、反応生成物はnaringenin chalconeとは薄層クロマトグラフィー上で異なるRf値を示した。また、基質として[14C]ma1onyl-CoAのみを反応させても同一の化合物が得られることが判明した。この化合物は標品と保持時間、MS/MSのフラグメントパターンの比較により、1,3,6,8-tetrahydroxynaphthalene(THN,1)であると同定した。また、反応系内malonyl-CoAの脱炭酸により生じたacetyl-CoAがstarter基質となった可能性があったため、[14C]acetyl-CoAと非ラベル体のmalonyl-CoAを基質として反応を行ったが、生成物から放射能は検出されず、acetyl-CoAはRppAの基質とならないことが判明した。

 以上より、RppAは植物のCHSとは異なり、5分子のmalonyl-CoAからTHNの生成を触媒する新規なPKSであることが判明した(図1)。RppAのmalonyl-CoAに対するKm値は0.93±0.08μMであり、THN生成のkcatは0.77±0.02min-1であった。また、rppA遺伝子をtipAプロモーターの制御下に置き、多コピーベクターによりS.griseusに導入したところ、宿主の培養抽出物からTHNの自然酸化物であるflaviolinが検出された。以上より、RppAは放線菌のTHN synthaseであり、微生物においてtypeI,II以外の新規なPKSが機能していることが明らかとなった。

2.RppAの基質特異性の解析

 上記のようにRppAは生理的条件下において5分子のmalonyl-CoAを縮合し、ペンタケタイドであるTHNを生成する。一方でtypyIII PKSの基質特異性は寛容で、様々な非生理的な基質と反応する。そこで、malonyl-CoAを伸長基質とした場合のStarter基質の汎用性について調べた。RppAは、acetoacetyl-CoA(2f),butyryl-CoA(2c),isobutyryl-CoA(2d),isovaleryl-CoA(2c),hexanoyl-CoA(2b),octanoyl-CoA(2a)をstarter基質として反応し・生成物としてmalonyl-CoAのみから生成するTHNの他に、主にテトラケタイドとトリケタイドのα-ピロンを与えた。Octanoyl-CoA(2a)をstarter基質とした場合のみ、ヘキサケタイド(6a)を与えた(図2A)。これは、typeIIIPKSがヘキサケタイド以上のサイズのポリケタイドを生成した初めての例である。

 次にacetoacetyl-CoA(2f)をstarter基質、methylmalonyl-CoAをextender基質とし反応を行ったところ、トリケタイドのα-ピロン(7)が生成した(図2B)。以上のようにRppAの基質特異性は寛容で、starter基質としてmalonyl-CoAだけではなく、種々のacyl-CoAを受け入れることが分かった。またいずれのstarter基質が取り込まれた場合においても生成物がペンタケタイドではなかったことから、typeIIIPKSの縮合回数の決定に、伸長鎖のスターターユニット部位の構造が重要であると推定される。

3.RppAの部位特異的変異による基質特異性の改変

 RppAはmalonyl-CoAをstarter基質とする特異な性質を持つ。そこで、RppAのstarter基質選択性を決定するアミノ酸残基の同定を目的に部位特異的変異酵素の活性を検討した。X線結晶構造解析によるCHSの立体構造およびアミノ酸相同配列から、RppAの活性中心近傍にあるアミノ酸残基を予想し、これを変異の対象とした。

 Tyr224をCHS型のGlyに置換した変異酵素Y224Gは、malonyl-CoA単独では生成物を与えないことが明らかとなった。Y224Gはhexanoyl-CoA(2b)をstarter基質、malonyl-CoAを伸長鎖基質とする反応の活性は有していることから、malonyl-CoAをstarter基質とする活性のみを失っていると考えられる。これに対しY224F及びY224Wは、野生型と同様の活性を示した。以上のことから、Tyr224の芳香環がmalonyl-CoAをstarter基質とする選択性に重要であると推定される。また、Ala305をかさ高いIleに置換すると、hexanoyl-CoA(2b)をstarter基質とした反応において野生型がテトラケタイド(4b)とトリケタイド(3b)のα-ピロンを与えるのに対し、A3051はトリケタイド(3b)のみを生成することが判明した。同様な結果がphenylacetyl-CoAをstarter基質とする反応においても得られた。以上より、305番目のアミノ酸側鎖の構造がRppAの生成物のサイズの決定に寄与していることが分かった。

4.S.griseusにおけるRppAの生理的役割

 rppA遺伝子の生態内における機能を解明するためにS.griseus野生株のrppA遺伝子を破壊した。破壊株は野生株と比べ生育に差異は見られないが、基底菌糸のメラニン様色素及び胞子の緑色色素の生産能を失い、カビ、植物で言われるところのアルビノ形態を示した。また、rppA遺伝子破壊株にrppA遺伝子を多コピープラスミドで導入すると、形質転換株のメラニン様色素及び胞子色素の生産能が回復した。したがって、放線菌にはチロシナーゼによるDOPAメラニンの他に、RPPAによる新しいメラニン生合成経路が存在することが明らかとなった。RppAのin vitroの生成物であるTHNは、カビのジヒドロキシナフタレンメラニンの生合成中間体として知られている。カビにおいてTHNはtypeIPKSによって生成される。放線菌おいてはtypeIIIPKS、カビにおいてはtypeIPKSと、異種の酵素が同一の生成物をメラニン生合成の中間体として生成していることは大変興味深い。

 S.griseusの染色体からgene walkingにより、rppAの上、下流併せて13.5-kbの遺伝子断片クローニングし、その塩基配列を決定した。rppAの直前には、様々な化合物の酸化に関わるP450に相同な遺伝子(P450me1遺伝子)が存在していた。同様に、Streptomyces lividansから取得したrppAと相同な遺伝子を含む11-kbの遺伝子断片の塩基配列を決定したところ、この遺伝子の直後にもP450に相同な遺伝子が存在していた。次に、相同組み換えによりS.griseus染色体上のP450mel遺伝子の大部分を欠損させた株を作製した。P450mel遺伝子欠損株は緑色の胞子色素を生産せず、菌糸は野生株の茶色とは異なる薄い赤色を呈した。また、P450mel遺伝子とrppAをtipAプロモーターの制御下に置き、多コピーベクターによりS.griseusに導入したところ、深緑色の色素を大量に生産した。同様にrppAのみを導入すると、赤色の色素を生産した。従って、P450melはTHNを変換していると推定され、rppAとP450mel遺伝子は多くの放線菌のメラニン生合成の鍵であると考えられる。

5.S.coellcolorA3(2)のtypemPKSの反応機構の解析

 ポストゲノムの時代となり、二次代謝物質の生産に関わると思われる多数の遺伝子群がデータベースに登録されるようになった。これらの遺伝子がコードする酵素は、生合成工学的な手法による非天然型天然物の創製のツールとなり得るが、その機能が特定されているものは少ない。S.coelicolorA3(2)のゲノム上には、S.griseusのRppAと、アミノ酸配列で31%の相同性を有する遺伝子(SC2H12.20c)が存在する。SC2H12.20cをpIJ6021にクローニングし、S.coelicolorA3(2)及びS.lividansに導入したところ、宿主はgermicidin及びその類縁体を生産した。germicidinの構造から触媒機構は図3のように推定できた。gemicidinは以前、S.viridochromogenesから単離された放線菌の胞子発芽阻害剤であり、SC2H12.20cはgermicidinの生合成酵素であると推測できた。また、放線菌において生理的条件下で単環性のピロンを生産させる酵素の報告例は無く、SC2H12.20cは放線菌の新規なtypeIIIPKSでもある。

l) Ueda, K., Kim, K.-M., Beppu. T. and Horinouchi, S. (1995) J. Antibiot. 48, 638-646

2) Funa, N., Ohnishi, Y., Fujii. I., Shibuya. M., Ebizuka, Y., and Horinouchi, S. (1999) Nature 400, 897-899

3) Funa, N., Ohnishi, Y., Ebizuka, Y., and Horinouchi, S. (2002) J. Biol. Chem. 277, 4628-4635

4) Funa, N., Ohnishi. Y., Ebizuka, Y., and Horinouchi. S. (2002) BiochenL J. 367, 78.1-789

図1

図2

図3

審査要旨 要旨を表示する

 カルコン合成酵素(CHS)は、naringenin chalconeの合成を行うポリケタイド合成酵素(PKS)である。CHSは高等植物以外の生物種から発見された例がなく、高等植物に特異的な酵素であると考えられていた。本研究は、放線菌Streptomyces griseusからクローニングされたCHSに相同な遺伝子(rppA)に関するものであり、そのin vitro及びin vivoにおける機能の解明を述べている。さらに、S.coelicolorA3(2)から新規なタイプIIIPKSを見出し、その機能についても述べている。

(1)S.griseusのRppAは、5分子のmalonyl-CoAから1,3,6,8-tetrahydroxynaphthalene(THN)の生成を触媒する新規なPKSであることを明らかにした。微生物のPKSは2つのタイプしか知られていなかったが、この発見を皮切りに微生物のCHS相同蛋白が多数報告され、現在CHS相同蛋白は''III型PKS''と呼ばれるようになった。また、RppAをS.griseusで高発現したところ、宿主の培養抽出物からTHNの自然酸化物が検出された。以上より、RppAは放線菌のTHN生合成酵素であることが明らかとなった。

(2)一般にIII型PKSは反応の進行にスターター基質が必要であり、スターター基質が酵素に結合してからmalonyl-CoAの縮合が行われる。RppAは種々の脂肪酸のアシル-CoAをスターター基質とし、テトラ及びトリケタイドのα一ピロンを与えた。特にoctanoyl-CoAをスターター基質とすると、ヘキサケタイドを与えた。これはIII型PKSがヘキサケタイドを与えた初めての例である。以上のようにRppAの基質特異性は寛容であり、III型PKSの生成物のサイズにスターター基質の構造が重要であることが判明した。

(3)RppAのTyr224を、CHS型のGlyに置換した変異酵素Y224Gは、マロニル-CoA単独からは生成物を与えなかったが、hexanoyl-CoAをスターター基質とする反応の活性は有していた。これに対し、Y224F及びY224Wは野生型と同様の活性を示し、Tyr224の芳香環がマロニル-CoAをスターター基質とする活性に重要であることが分かった。また、Ala305をかさ高いIleに置換すると変異酵素はhexanoyl-CoAをスターター基質とした時、トリケタイドのみを与えることから、Ala305が生成物のサイズを決定していることが判明した。

(4)RppAは放線菌に広く分布しているが、生理的機能は不明であった。S.griseusのrppAを破壊すると破壊株がアルビノ形態を示し、rppAがメラニン生合成の鍵であることを明らかにした。また、rPPAのすぐ上流に存在するP450と相同な遺伝子(P450mel)を破壊すると、放線菌はメラニン生産能を失い菌糸にTHNの酸化物を蓄積した。また、rppAとP450melを多コピーベクターにより放線菌に導入し、宿主が生産するポリケタイドに保護基を導入することで、4,9-ジヒドロキシ-1,6,7,12-テトラメトキシペリレン-3,10-キノンを単離した。したがって、P-450melがTHNを酸化的カップリングし1,4,6,7,9,12-ヘキサヒドロキシペリレン-3,10-キノンを生成すると予想された。これは放線菌にRppAとP-450melによる新規なメラニン生合成経路が存在することを示している。

(5)データベースの検索によりS.coelicolorA3(2)のゲノム上に、S.griseusのRppAとアミノ酸配列で31%の相同性を有する遺伝子(SC2H12.20c)を見出した。SC2H12.20cを放線菌で高発現したところ、宿主はgermicidin及びその類縁体を生産した。germicidinは以前、S.viridochromogenesから単離された放線菌の胞子発芽阻害剤である。またS.coelicolorA3(2)においてSC2H12.20c遺伝子を破壊したところ、破壊株はgermicidin及びその類縁体の生産能を失った。以上よりSC2H12.20cはgermicidin生合成酵素であることが明らかとなった。

 以上、本論文は放線菌が有するCHS相同蛋白質が、III型ポリケタイド合成酵素であることを証明し、さらに複数のCHS相同遺伝子についてもその反応機構を明らかにしたものである。また、本研究の副次的成果として、放線菌の新規メラニン生合成経路も発見した。従って、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク