学位論文要旨



No 118205
著者(漢字) 山崎,美佳
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ハルカ
標題(和) 放線菌のA-ファクター制御カスケードを構成するAdpAレギュロンの解明
標題(洋)
報告番号 118205
報告番号 甲18205
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2594号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 石井,正治
 東京大学 助教授 日高,真誠
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 土壌に生息するグラム陽性細菌、放線菌は基底菌糸から空中に気中菌糸を伸ばし、胞子を着生するというかびに酷似した複雑な生活環を有し、形態分化のモデル生物として注目されてきた。さらに多種多様な二次代謝産物を生産し、現在知られている生理活性物質の約6割が放線菌由来という、産業上非常に有用な微生物である。結核の特効薬であったストレプトマイシンの生産菌Streptomyces griseusでは、自身の生産する微生物ホルモンA-ファクターがこの放線菌の二大特徴である形態分化と二次代謝を同時期に誘導する。これまでに我々の研究室では「A-ファクター→A-ファクター受容体かつ転写抑制因子ArpA→転写因子AdpA→ストレプトマイシン生合成遺伝子群の転写活性化因子StrR」というシグナル伝達経路によってストレプトマイシン生産が誘導されることを明らかにしている。一方、adpA破壊株はストレプトマイシン生産能のみでなく、A-ファクター依存性黄色色素の生産能や形態分化能も失っていた。従って、A-ファクター依存的に発現したAdpAは二次代謝や形態分化を担う様々な遺伝子群を制御していることが示唆された。

【目的】

 AdpAによって転写制御されている遺伝子群を同定し、A-ファクターによる形態分化および二次代謝の制御カスケードを解明する。

【結果】

1.in vitroの手法によるAdpAレギュロンの単離と解析

 AdpAはAraC/XylSファミリーに属し、中央ややC末端寄りにHTHモチーフを有する43kDaのDNA結合性転写因子である。AdpAが結合するDNA断片をin vitroで直接単離し、AdpAレギュロンを同定しようと試みた。制限酵素HaeIIIにて300〜500bpの長さに部分分解したS.griseusの染色体DNAと大腸菌より精製したHis-tag付加AdpAを混合し、AdpAと結合したDNA断片をゲルシフト反応とPCRの繰り返しによって分離増幅後、大腸菌ベクターにクローニングした。2137クローンについて塩基配列解析した結果、60種のDNA断片AdBS1〜60(AdBS:AdpA-binding sequence)が取得された。転写解析の結果、AdBS1,2,3,4,11,17,18の7断片においてAdpA依存的に転写活性化される遺伝子が見出だされた。

1-1.気中菌糸形成に必須なRNAポリメラーゼシグマ因子σadsA

 2137クローン中72%を占めていたAdBS1断片について、AdBS1領域を含む約5kbのDNA断片を定法により取得し、塩基配列解析及びS1マッピング法による転写解析を行った。その結果、AdBSi領域下流にコードされたECFサブファミリーに属する新規なRNAポリメラーゼシグマ因子がadpA依存的に転写活性化されていることが明らかになり、adsA(:AdpA-dependendent sigma factor)と命名した。DNaseIフットプリント解析の結果、AdpAはadsAの転写開始点の下流+7〜+46に結合していた。adsA破壊株を取得したところ、気中菌糸形成能を失い、一方でストレプトマイシン生産能や黄色色素生産能は保持しており、σAdsAが形態分化を制御するシグマ因子であることが明らかになった。

1・2.気中菌糸の隔壁形成を担うSsgA

 AdBS11(3/2137,0.1%:2137クローン中3クローン取得されO.1%を占める。以下同様に表記。)として取得したDNA断片の下流に、気中菌糸の隔壁形成を担うと報告されたssgA遺伝子を見出だした。転写解析の結果、ssgAはAdpA依存的かつσAdsA依存的に転写活性化されていた。ssgA破壊株を走査型電子顕微鏡で観察した結果、気中菌糸は正常に形成するものの、胞子形成能を完全に失っており、ssgAは気中菌糸の隔壁形成にかかわると結論された。AdpA結合領域は転写開始点に対して-235位、-110位、及び+60位の3カ所であった。結合部位の重要性を調べるため、AdpA結合領域に変異を入れたssgAを低コピーベクター上に乗せてssgA破壊株に導入した。その結果、ssgAの転写活性化及びssgA破壊株の胞子形成能の回復には、-235位と-110位の両結合領域が必須であった。

1・3.その他のAdpAレギュロン

 AdBS2(409/2137,19%)からは4つの遺伝子からなる機能未知のオペロンがAdpA依存的に転写活性化されていることを見出だしたが、破壊株は明らかな表現型を示さなかった。AdBS3(6/2137,0.3%)及びAdBS4(14/2137,0.7%)は友野理生により解析され(平成13年度修士論文)、AdBS17(2/2137,O.09%)及びAdBS18(1/2137,0.05%)は加藤淳也により解析された(今年度修士論文)。その結果、AdBS18下流にコードされる金属プロテアーゼSGMPII(遺伝子名sgmA)はAdpAによって直接転写活性化されていることが明らかになった。

2.放線菌の気中菌糸形成開始の鍵遺伝子amfRもAdpAレギュロンの一員

 amfRABST遺伝子群は、A-ファクター欠損株に気中菌糸形成能を回復させるDNA断片として1993年に一部が取得され、現在では放線菌属に共通する気中菌糸形成開始の最終決定因子として注目を集めている。遺伝子群内にコードされる転写因子AmfRは、A-ファクター依存的に発現してamfTSBAオペロンを活性化することが示唆されていたが、A-ファクターからAmfRへと至る制御経路は不明であった。そこで、詳細なS1マッピング解析を行った結果、amfRは非常に弱いながらも自身のプロモーターからA-ファクター依存的かつAdpA依存的に転写されていることを見出だした。ゲルシフト解析及びDNaseIフットプリント解析の結果、AdpAはamfRプロモーターの-2000位に強く結合し、-60位に弱く結合した。現在、このAdpA結合部位に変異を導入し、染色体DNA上に組み込むことにより、in vivoにおける2カ所の結合部位の意義を解析中である。

3.転写因子AdpAの機能解析

 AdpAはAraC/XylSファミリーに属する転写因子であるが、全長にわたって相同性の高いタンパクは放線菌属にしか存在しない。また、これまでに同定した全てのAdpAレギュロンに対してAdpAは転写活性化因子として機能していることが示唆されたものの、その結合領域は遺伝子によって1カ所から3カ所まで様々であり、転写開始点のかなり上流から下流まで多様性に富んでいた(図)。このように自由度の高い転写因子はこれまで放線菌はもとより原核生物で詳細に研究された例がないため、in viroにてAdpAの機能解析を試みた。

3-1.AdpAはAdpAレギュロンのプロモーターにおける開鎖複合体形成に必須である

 大腸菌より精製したHis-tag付加AdpAとS.griseusから精製したRNAポリメラーゼホロ酵素を用いてadsA,ssgA,及びamfRについてKMnO4フットプリント解析を行った結果、RNAポリメラーゼによるプロモーター領域の開鎖複合体形成にはAdpAが必須であった。従って、AdpAは転写開始点の上流、下流のどちらに結合しても開鎖複合体形成を促すことが明らかになった。

3・2.AdpAのDNA結合コンセンサス配列の同定

 複数のAdpAレギュロンを同定し、DNaseIフットプリント法によりAdpA結合領域を決定したが、結合範囲が広いためコンセンサス配列を見出だすことができなかった。そこで3種の干渉フットプリント解析(U置換、T除去、及びGA除去)により、AdpA結合に必須な塩基を同定した。その結果、AdpAのDNA結合コンセンサス配列がCRRRAX3-4GCCA(R:GorA,X:any nucleotide)であることを明らかにした。

【総括】

 本研究により、放線菌S.grisusの転写因子AdpAが二次代謝の制御因子StrRのみでなく、形態分化にかかわる複数の重要な遺伝子群を直接転写活性化していることを明らかにし、微生物ホルモンによって形態分化と二次代謝の開始スイッチが同時に入る仕組みを解明した(図)。AdpAはレギュロンに対して多彩な結合様式を示した。真核生物に極めて近いといわれる放線菌で、このように原核生物の典型的な転写活性化因子とは性質の異なる転写因子が重要な機能を担っていることは大変興味深い。

 放線菌は遺伝子操作技術が確立しているとはいえ、遺伝子破壊効率や形質転換効率が低く、操作も煩雑で、さらにレポーター転写解析系も整っていないことから、これまで詳細な転写因子研究は行われてこなかった。本研究はA-ファクター制御カスケードの全貌解明が目的であったが、AdpAレギュロンを複数同定したことにより、はからずも転写因子研究に最適な材料がそろったことになる。今後、これらの放線菌特有の研究材料を用いて、大腸菌や枯草菌にはない新たな機能因子の解明が期待される。

1) Yarnazaki, H . Ohnishi Y., and Horinouchi, S. (2000) An A-factor-dependent extracytoplasmic function sigma factor (σ AdsA) that is essential for morphological development in Streptomyces griseus. Journal of Bacteriology. 182: 4596-4605.

2) Yamazaki, H., Ohnishi, Y., and Horinouchi, S. (2003) Transcriptional switch-on by A-factor of ssgA that is essential for spore-septum formation in Streptomyces griseus. Journal of Bacteriology. (in press)

3) Kato, J., Suzuki, A., Yamazaki. H., Ohnishi, Y., and Horinouchi. S. (2002) Control by A-factor of a metalloendopeptidase gene involved in aerial mycelium formation in Streptomyces griseus. Journal of Bacteriology. 184: 6016-6025.

図:Streptomyces griseusにおけるA-ファクター制御カスケード

本研究で明らかにしたAdpA結合領域を模式的に表した。数値は転写開始点に対する結合領域の中心位置。

審査要旨 要旨を表示する

 放線菌Streptomyces griseusの二次代謝および形態分化は、化学調節物質A-ファクターにより調節されている。本研究は、A-ファクター制御カスケードの転写因子AdpAが転写を制御している遺伝子群を同定し、A-ファクターによる形態分化および二次代謝の制御カスケードを解明することを目的としている。

 AdpAレギュロンの解明にあたり、AdpAが結合するDNA断片をin vitroで直接単離する手法を用いた。制限酵素で部分分解したS.griseusの染色体DNAと大腸菌より精製したヒスチジンタグ付加AdpAを混合し、AdpAと結合したDNA断片をゲルシフト反応とPCRの繰り返しによって分離増幅後、大腸菌用ベクターにクローニングした。2137クローンについて塩基配列解析した結果、60種のAdpA結合DNA断片AdBS1〜60を取得した。転写解析の結果、AdBS1,2,3,4,11,17,18の7断片においてAdpA依存的に転写活性化される遺伝子を見出した。

 AdBS1から見出したAdpA依存性遺伝子adsAはECFサブファミリーに属する新規なRNAポリメラーゼシグマ因子をコードしており、破壊株の形質から、二次代謝には関与せず気中菌糸形成のみを制御することが明らかになった。DNaseIフットプリント解析の結果、AdpAはadsAの転写開始点の下流に結合した。AdBS11断片には、気中菌糸の隔壁形成を担うssgAが見出され、ssgAはAdpA依存的かつσadsA依存的に転写浄性化された。ssgA破壊株は気中菌糸へ隔壁を形成することができず、胞子形成能を失った。AdpA結合領域は転写開始点に対して-235位、-110位および+60位の3カ所であった。各結合配列にAdpAが結合できなくなるような変異を導入し、ssgAとともに低コピー数ベクターに乗せてssgA破壊株に形質転換した。その結果、ssgAの転写活性化およびssgA破壊株の胞子形成能の回復には-235位と-110位の両結合領域が必須であった。AdBS18下流にコードされる金属プロテアーゼSgmAは、AdpAによって直接転写活性化されており、破壊株の形質から形態分化に関与するプロテアーゼであることが示された。

 以上の手法とは独立に、放線菌の気中菌糸形成を制御するamf遺伝子クラスターの転写因子AmfRが、AdpAレギュロンに属することを見出した。amfRは自身のプロモーターからA-ファクター依存的かつAdpA依存的に転写されており、AdpAはamfRプロモーターの-200位に強く結合し、-60位に弱く結合した。これら2カ所のAdpA結合部位に変異を導入すると気中菌糸の形成が遅れたことから、A-ファクター依存的に発現されたAdpAがamfRプロモーターに結合してamfRの転写を増強し、気中菌糸形成を活性化していることが明らかになった。

 一方、AdpAのDNA結合コンセンサス配列を同定するため、adsA,ssgA,amfRの各AdpA結合領域に対して3種の干渉フットプリント解析(U置換、T除去、GA除去)を行い、AdpA結合に重要な塩基を同定した。その結果、AdpA結合のコンセンサス配列としてCRRRAX3-4、GCCA(R:G or A,X:anynucleotide)を見出した。さらに大腸菌より精製したヒスチジンタグ付加AdpAとS.griseusから精製したRNAポリメラーゼホロ酵素を用いてadsA,amfR,ssgAおよびstrRについて過マンガン酸カリウムを用いたフットプリント解析を行った結果、RNAポリメラーゼによるプロモーター領域の開鎖複合体形成にはAdpAが必須であった。

 本研究により、放線菌S.griseusの転写因子AdpAが二次代謝の制御因子StrRのみでなく、形態分化にかかわる複数の重要な遺伝子を直接転写活性化していることを明らかにし、微生物ホルモンによって形態分化と二次代謝の開始スイッチが同時に入る仕組みを解明した。さらにAdpAのDNA結合コンセンサス配列を明らかにし、in vitroにおける機能解析によってAdpAが原核生物の典型的な転写活性化因子とは異なり、転写開始点のかなり上流や下流に多彩に結合してRNAポリメラーゼによる開鎖複合体形成を促すことを示した。このように本研究は、放線菌の二次代謝と形態分化の制御機構に関する新知見をもたらす先駆的な研究である。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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