学位論文要旨



No 118207
著者(漢字) 鄭,鍾珍
著者(英字) Jeong,Jong-Jin
著者(カナ) ジョン,ジョンジン
標題(和) 超好熱性古細菌の特殊解糖系酵素の構造と機能に関する研究
標題(洋) Structure and function of the enzymes in unique glycolysis system from hyperthermophilic archaeon
報告番号 118207
報告番号 甲18207
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2596号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 石井,正治
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

 Thermococcus litoralisは超好熱性古細菌で、嫌気的従属栄養であり、通常の生物と異なる解糖系(変形Embden-Meyerhof(EM)経路)によって解糖をするのが特徴である。まず、グルコキナーゼ(ADP-GK)とホスホフルクトキナーゼ(ADP-PFK)がATP依存性ではなくADP依存性であることが特徴として挙げられる。両者間には相同性があり、新規なADP依存性キナーゼファミリ(PFKCファミリ)を形成している。PFKCファミリの酵素は既知のATP依存性キナーゼとは全く相同性が認められず、この代謝経路に特異的な酵素である。また最近、Methanococcus janaschiiには、GK/PFKの両機能をもつ酵素が報告されている。さらに、同じく超好熱性古細菌であるPyrococcus furiosusの変形EM経路のホスホグルコスイソメラーゼ(PGI)も既知のPGIとは全く異なるアミノ酸配列からなり、cupin superfamilyに属していると報告された。

 本研究では、まず、T.litoralis由来のcupin型PGI(TLPGI)の金属結合部位に関する解析を行い、その立体構造をX線結晶構造解析により決定した。さらに、ADP依存性キナーゼの糖基質結合部位の機能改変を目指してT.litoralis由来のADP-PFK(TLPFK)とADP-GK(TLGK)のアミノ酸置換変異体の解析を行い、TLPFKの立体構造をX線結晶構造解析により決定した。本研究で決定した構造はいずれも、cupin型PGIおよびADP-PFKとしては初の立体構造である。

(1)Characterization of the cupin-type phosphoglucose isomerase from hyperthermophilic archaeon Thermococcus litoralis

 TLPGIはcupin superfamilyに属しており、既知の典型的なPGIとは全く相同性がない。Cupin型PGIは古細菌でもP.furiosusPGI以外には報告されていない。また、cupin superfamilyは金属結合モチーフ(モチーフ1:G(X)5HXH(X)3.4E(X)5Gモチーフ2:G(X)5PXG(X)2H(X)3N)を持っているという特徴がある。本研究ではこれまで測定されていない古細菌由来cupin型PGIの金属含量を、TLPGIを材料に用いて測定した。さらに、金属結合部位のアミノ酸残基の変異体を作成し、金属含量の変化を調べた。その結果、TLPGI1分子に対してFe原子は1.25個、Znは0.240個含まれていた。TLPGIの中で金属結合部位と予想される三つのHis残基と一つのGlu残基にsite-directed mutagenesisの方法で変異を加え、His89Ala,His91Ala,Glu98Va1,His137Alaを作成した結果、これらの変異体はいずれもほとんど活性が無いことが分かった。これらの変異体では、ほとんどFeとZnは検出されなかった。TLPGIの四次構造はホモ2量体であり、1サブユニットあたりFeが平均0.63個だけ含まれていると思われる。活性測定の際にFeを加えると、活性は156%まで上昇した。

(2)The X-ray crystal structure of phopshoglucose isomerase from Thermococcus litoralis at 2.18A

 PGIはグルコース-6-リン酸(G6P)とフルクトース-6-リン酸(F6P)間の異性化反応を触媒する。G6PとF6Pは主に閉環構造で存在し、従来のPGIでは、保存されているLys,His,Gluの働きにより、開環、異性化、閉環の順に反応が進むことが分かっている。TLPGIは従来のPGIとは全く異なる立体構造・反応機構を持つと予想されたため、X線結晶構造解析を行った。

 TLPGIは24%PEG8000を沈殿剤として用い、5℃の条件で結晶化した。得られた結晶は空間群P212121に属し、格子定数はa=40.8 A=82.2 A,,b=125.1Aであった。セレノメチオニンラベルした結晶を用い、多波長異常分散法によって位相を決定した。

 阻害剤である6-ホスホグルコン酸との共結晶による複合体の構造解析も行った結果、基質結合に関わる残基が明らかとなった。また、基質G6PとF6Pの複合体も共結晶から得られた。これらの複合体はF6Pの直鎖型中間体になっていた。阻害剤の6-ホスホグルコン酸と比べ、C1の向きは同じであるが短くなっていた。金属結合部位の中心にあるFeにこの基質や阻害剤が結合していた。

(3)Interconversion of the suger binding sites between the ADP-dependent glucokinase and phosphofructokinase from hyperthermophilic archaeon Thermococcus litoralis

 TLPFKを含むADP-PFKは、ADP-GK同じPFKCファミリに分類されており、これまでよく知られているPFKのファミリとの相同性は全くない。TLPFKは、ADP-PFK同士では65-70%,ADP-GKとは25-30%の相同性がある。現在、本研究室の伊藤創平が、T.litoralisのADPGK(TLGK)とP.furiosusのADPGK(PFGK)の双方で立体構造及を解明し、PFGKではグルコース基質結合部位の構造を明らかにしている。本研究では、TLPFKとTLGKの糖基質結合部位のアミノ酸の相互置換を行い、その糖基質特異性の変化について検討した。TLGKではβ3のGlu96をAlaに,β8のHis184をAsnに,β9とα8の間のAsp211をArgに置換した。TLPFKではAla76をGluに,Asn167をHisに,Arg198をAspに置換した。また、その置換体にさらに6-9のアミノ酸を置換したキメラを作成した。その結果、TLGKではGlu96がグルコキナーゼ(GK)活性の維持に重要であり、TLPFKではAsn167がホスホフルクトキナーゼ(PFK)活性の維持に重要であることを確認した。そして、TLGKのHis184Asn,Asp2111Arg(キメラ)の変異体が野性型GKに比べて各々4.3,3.9倍高いPFK活性を示し、TLPFKのAla76-Glu(キメラ)の変異体は野性型PFKに比べて15倍高いGKの活性を示した。TLGKのAsp2111Arg(キメラ)がAsp211ArgよりPFK活性が高い理由としては、Arg以外にM.janaschiiで保存されているValとGluの2つのアミノ酸残基も重要である可能性が考えられる。Ala761Glu(キメラ)がさらに高いGK活性を示すのは、AlaとGluがGKにおいて重要な結合部位であるためと考えられる。

(4)Crystallization and preliminary X-ray crystallographic studies of ADP-dependent phospho-fructokinase from hyperthemophilic archaeon Thermococcus litoralis

 TLPFKは4MNaClを沈殿剤として用い、25℃の条件で結晶化した。得られた結晶は空間群P41212に属し、格子定数はa=b=85.4A,c=163.9Aであった。PFKCファミリの中でADP-PFKの立体構造はこれまで明らかになっていなかったため、重原子K2ptCl4,HauCl4をsoakingした重原子置換体結晶を用い、多重同形置換法(MIR)によって位相を決定した。この初期位相を基にモデルを構築し、分解能2.5Aで立体構造をある程度精密化した。この結果、TLPFKはlarge domainとsmall domainの2つのドメインからなり、その全体構造はTLGK,PFGKおよびそれらが属するリボキナーゼファミリと似ていることが分かった。現在精密化の途中であるため、詳細な構造は判明していないものの、基質結合部位がPFGKのグルコース結合部位と一致することが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 Thermococcus litoralisは超好熱性古細菌で、嫌気的従属栄養であり、通常の生物と異なる解糖系(変形Embden-Meyerhof(EM)経路)によって解糖をするのが特徴である。まず、グルコキナーゼ(ADP-GK)とホスホフルクトキナーゼ(ADP-PFK)がATP依存性ではなくADP依存性であることが特徴として挙げられる。両者間には相同性があり、新規なADP依存性キナーゼファミリ(PFKCファミリ)を形成している。PFKCファミリの酵素は既知のATP依存性キナーゼとは全く相同性が認められず、この代謝経路に特異的な酵素である。また最近、Methanococcus jannaschiiには、GK/PFKの両機能をもつ酵素が報告されている。さらに、同じく超好熱性古細菌であるPyrococcus furiosusの変形EM経路のホスホグルコスイソメラーゼ(PGI)も既知のPGIとは全く異なるアミノ酸配列からなり、cupin-superfamilyに属していると報告された。

 本論文では、T.litoralis由来の。cupin型PGI(TLPGI)の金属結合部位に関する解析を行い、その立体構造をX線結晶構造解析により決定した。本論文で決定した構造はいずれも、cupin型PGIとしては初の立体構造である。

 第1章では、TLPGIはcupin-superfamilyに属しており、既知の典型的なPGIとは全く相同性がない。Cupin superfamilyは金属結合モチーフ(モチーフ1:G(X)5HXH(X)3.4E(X)5G,モチーフ2:G(X)5PXG(X)2H(X)3N)を持っているという特徴がある。本論文ではこれまで測定されていない古細菌由来cupin型PGIの金属含量を、TLPGIを材料に用いて測定した。さらに、金属結合部位のアミノ酸残基の変異体を作成し、金属含量の変化を調べた結果、TLPGI1分子に対してFe原子は1.25個、Znは0,240個含まれていた。TLPGIの中で金属結合部位と予想される三つのHis残基と一つのGlu残基にsite-directed mutagenesisの方法で変異を加え、His89Ala,His91Ala,Glu98Val,His137Alaを作成した結果、これらの変異体はいずれもほとんど活性が無いことが分かった。これらの変異体では、ほとんどFeとZnは検出されなかった。TLPGIの四次構造はホモ2量体であり、1サブユニットあたりFeが平均0.63個だけ含まれていると思われる。活性測定の際にFeを加えると、活性は156%まで上昇した。

 第2章では、PGIはグルコース-6-リン酸(G6P)とフルクトース-6-リン酸(F6P)間の異性化反応を触媒する。G6PとF6Pは主に閉環構造で存在し、従来のPGIでは、保存されているLys,His,Gluの働きにより、開環、異性化、閉環の順に反応が進むことが分かっている。TLPGIは従来のPGIとは全く異なる立体構造・反応機構を持つと予想されたため、X線結晶構造解析を行った。TLPGIは24%PEG8000を沈殿剤として用い、5℃の条件で結晶化した。得られた結晶は空間群P212121に属し、格子定数はa=40.8A、b=82.2A,c=125.1Aであった。セレノメチオニンラベルした結晶を用い、多波長異常分散法によって位相を決定した。阻害剤である6-ホスホグルコン酸との共結晶による複合体の構造解析も行った結果、基質結合に関わる残基が明らかとなった。また、基質G6PとF6Pの複合体も共結晶から得られた。これらの複合体はF6Pの直鎖型中間体になっていた。阻害剤の6-ホスホグルコン酸と比べ、C1の向きは同じであるが短くなっていた。金属結合部位の中心にあるFeにこの基質や阻害剤が結合していた。

 第3章では、TLPFKとTLGKの糖基質結合部位のアミノ酸の相互置換を行い、その糖基質特異性の変化について検討した。TLGKではβ3のGlu96をAlaに、β8のHis184をAsnに、β9とβ8の間のAsp211をArgに置換した。TLPFKではAla76をGluに、Asn167をHisに、Ar9198をAspに置換した。また、その置換体にさらに6-9のアミノ酸を置換したキメラを作成した。その結果、TLGKではGlu96がグルコキナーゼ(GK)活性の維持に重要であり、TLPFKではAsnl67がホスホフルクトキナーゼ(PFK)活性の維持に重要であることを確認した。そして、TLGKのHis184Asn,Asp211_1Arg(キメラ)の変異体が野性型GKに比べて各々4.3,3.9倍高いPFK活性を示し、TLPFKのAla76_1Glu(キメラ)の変異体は野性型PFKに比べて15倍高いGKの活性を示した。TLGKのAsp211_1Arg(キメラ)がAsp211ArgよりPFK活性が高い理由としては、Arg以外にM.jannaschiiで保存されているValとGluの2つのアミノ酸残基も重要である可能性が考えられる。Ala76_1Glu(キメラ)がさらに高いGK活性を示すのは、AlaとGluがGKにおいて重要な結合部位であるためと考えられる。

 第4章では、TLPFKは4MNaClを沈殿剤として用い、25℃の条件で結晶化した。得られた結晶は空間群p42121に属し、格子定数はa=b=85.4Ac=163.9Aであった。PFKCファミリの中でADP-PFKの立体構造はこれまで明らかになっていなかったため、重原子K2PtCl4HauCl4をsoakingした重原子置換体結晶を用い、多重同形置換法(MIR)によって位相を決定した。この初期位相を基にモデルを構築し、分解能2.5Aで立体構造をある程度精密化した。この結果、TLPFKはlarge domainとsmall doaminの2つのドメインからなり、その全体構造はTLGK,PFGKおよびそれらが属するリボキナーゼファミリと似ていることが分かった。

 以上本論文は、これまで解析されていなかった、超好熱性古細菌由来の新規解糖系酵素について、酵素学的、蛋白質工学的、構造生物学的な研究を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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