学位論文要旨



No 118208
著者(漢字) 徐,必守
著者(英字)
著者(カナ) ソ,ピルス
標題(和) 16 SrRNA, gyrB, rpoC1およびrpoD1遺伝子に基づくシアノバクテリアの系統進化に関する研究
標題(洋) Studies on phylogeny and evolution of cyanobacteria based on 16rRNA, gyrB, rpoC1,and rpoDI genes
報告番号 118208
報告番号 甲18208
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2597号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 野崎,久義
内容要旨 要旨を表示する

 シアノバクテリアは二つの光合成系(PSIとPSII)による酸素発生型の光合成を行う、形態的に多様性に富んだバクテリアである。地球化学及び化石の研究により、先カンブリア紀の時代にシアノバクテリアが原始地球大気の嫌気状態から現在の好気状態への変化を引き起こしたものと考えられている。シアノバクテリアは形態に基づき、現在5つのサブセクション(I,II,III,IV,V)に分類されている。形態的な特徴に基づくシアノバクテリアの分類は真の系統関係を反映したものではなく、まだ混沌とした状態にある。

 本研究では、16S ribosomal RNA遺伝子の塩基配列の解析と共に、16S rRNA塩基配列より高い解像能が期待されたDNA gyraseのsubunit B protein(DNA topoisomerase typeII)(gyrB),DNA-dependent RNA polymeraseのγsubunit(rpoC1)とDNA-dependent RNA polymeraseの主要sigma factor(rpoD1)遺伝子の塩基配列を用いて系統解析を行い、シアノバクテリアの系統関係と進化について考察した。

16SrRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析

 近隣結合法(NJ),最尤法(ML),と最大節約法(MP)で作成された系統樹はシアノバクテリアのサブセクションVの全メンバーが単系統であることを示している。サブセクションIVに属するScytonema属のクラスターはサブセクションIVとVのクラスターの外側に位置し、これはNJ,MLで100%、MPで85%のブーツストラップ値で支持された。これまでの報告では、サブセクションIとIIの単細胞性シアノバクテリアとサブセクションIIの糸状性シアノバクテリアは多系統であり、異質細胞を形成するサブセクションIVとVは単一系統であると考えられていた。しかし、本研究の結果、サブセクションIVも多系統であることが判明した。

 サブセクションIIに属するChroococcidioposis sp.PCC7431とChroococcidioposis thermalisPCC7203はサブセクションIVとVのクラスターの外側に位置した。サブセクションIIIは少なくとも五つのクラスターに分けられた。進化距離から、Synechocystis sp.PCC6803(サブセクションI)とOscillatoria roseaIAM M-220(サブセクションIII)は比較的最近、分岐したものと考えられる。また、Leptolyngbya sp.PCC7375(サブセクションIII)はサブセクションIの菌株とクラスタを形成した。この様に、単細胞性シアノバクテリアと糸状性シアノバクテリア(サブセクションIII)は近縁であり、単細胞性シアノバクテリアから糸状性シアノバクテリアヘ、あるいは糸状性シアノバクテリアから単細胞性シアノバクテリアヘの形態的な変化が起きたものと推定された(Ishida et al.2001)。実際に、サブセクションIのいくつかの種は継代培養で形態が容易に変化することが知られている(Rippka,1988)。また、サブセクションIでは系統的に異なる菌種Gloeobacterが含まれており、シアノバクテリアの進化において最も早く祖先型から分岐したものと見られる。16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析(NJ,ML)はGloeobacter属の分岐がクロロプラストより早くに起こったことはこれまでの報告と一致している。シアノバクテリアとクロロプラスト間の系統関係は論争中であり、16SrDNA塩基配列解析に基づいた様々の報告はシアノバクテリアの系統樹の中でクロロプラストは後から現れた菌種に由来するのではないかと提案されている。

gyrB,rpoC1とrpoD1遺伝子に基づく系統解析

 gyrBとrpoD1に基づいて作成した系統樹では、シアノバクテリアのサブセクションIVとVの菌株は単系統であることを示した。興味深いことに、Chroococcidioposis sp.PCC7431を含むサブセクションIIとIIIのメンバーはサブセクションIVとVより早く分岐した。これは異質細胞形成性シアノバクテリアの進化はサブセクションIIとIIIのいくつかのメンバーが直接・間接的に関連して起こったことを意味している。それは16SrDNAに基づく系統解析を支持していた。サブセクションI,IIとIIIは多系性を示した。更に、gyrB,rpoC1とrpoD1の解析ではサブセクションIとIIIのいくつかのメンバーが他のサブセクションのシアノバクテリアより先に分岐したことを示していた。それもまた16SrDNAに基づいた系統解析の結果を支持していた(Fig.1)。

 これからの遺伝子に基づいた系統樹からは、シアノバクテリアの分岐がクロロプラストより先に起こったという証拠は見られなかった。これは16SrDNA塩基配列解析に基づいた多くの報告とは異なっている。

gyrB,rpoC1とrpoD1のDNA塩基配列とアミノ酸配列の相同性比較

 gyrB,rpoC1とrpoD1のDNA塩基配列とアミノ酸配列の相同性は異なる相同性値を示した。また、アミノ酸配列の相同性はDNA塩基配列よりもより保存性が高かった。各タンパクをコードする遺伝子の部分配列を比較したところ、rpoD1のDNA塩基配列とアミノ酸配列の相同性が三つの遺伝子の中で一番高かった。なお、rpoD1のアミノ酸配列の置換率は16SrDNAのDNA塩基配列の置換率より低かった。本研究で検討したrpoD1遺伝子のアミノ酸配列は16SrDNAのDNA塩基配列より高いかあるいは同じぐらいの保存性を示した。

結論

 本研究で、16SrRNA,gyrB,rpoC1とrpoD1遺伝子の系統解析に基づくシアノバクテリアの系統進化を考察した結果、シアノバクテリアの進化のパターンが以前の研究とは少し異なることが分かった。

 シアノバクテリアの進化は、シアノバクテリアの先祖からサブセクションIとサブセクションIIIへの分岐が起こって、その後シアノバクテリアサブセクションIとIIIの一部のメンバーから系統的に異なるサブセクションI,IIとIIIへの進化が起こったと考えられる。また、その分岐以後、サブセクションI,IIとIIIの一部のメンバーがそれらとは系統的に異なるサブセクションIIとIIIへの二次的分岐が起こったと考えられる。サブセクションIIとIIIはサブセクションIVの進化に直接あるいは間接的に影響を及ぼしたと考えられる。サブセクションIVとVは比較的最近分岐したものと思われる。16SrRNA,rpoC1とrpoD1遺伝子の系統解析の結果は、サブセクションVがサブセクションIVから進化したことを示した(Fig.1)。

 これらの遺伝子はDNAとアミノ酸配列で異なる相同性と置換率を示したが、DNAとアミノ酸配列で非常に高い保存性を持っていることが判明した。また、それらの遺伝子に基づいた系統解析の結果は、各トポロージが一致していないが、系統樹では類似したトポロージパターンを示した。シアノバクテリアの各サブセクションは形態的特徴によって分けられているが、それらの基準は分子系統に基づいた系統体系とは一致しなかった。実際、単一クローンで形態的変化が多様な培養条件下で確認されていた。この様に形態的特徴はシアノバクテリアの真の系統関係を反映していないものと考えられる。

 本研究で、16SrRNA,gyrB,rpoC1とrpoD1遺伝子の異なる解析能はシアノバクテリアの系統分析に有効で、良い道具となることが明らかになった。

Fig.1 Cyanobacterial tree of nucleotides analyzed by the maximum-likelihood method(DNAMLK software in PHYLIP version 3.6). A, 16S rDNA (1262 bp); B, gyrB (912 bp); C, rpoC1 (799 bp); D, rpODI (561 bp).

審査要旨 要旨を表示する

 シアノバクテリアは酸素発生型の光合成を行う、形態的に多様性に富んだバクテリアであるが、現在、形態に基づき、シアノバクテリアは5つのサブセクション(I〜V)に分類されている。現在、形態的特徴に基づくシアノバクテリアの分類は真の系統関係を反映したものではなく、まだ混沌とした状態にある。本研究では、16SrRNA遺伝子の塩基配列の解析と共に、DNAgyraseのsubunit B protein(DNA topoisomerase typeII)(gyrB)遺伝子,DNA-dependentRNApolymeraseのγsubunit(rpoC1)遺伝子とDNA-dependentRNApolymeraseの主要σfactor(rpoD1)ホモログの各遺伝子塩基配列を用いて系統解析を行い、シアノバクテリアの系統関係と進化について考察した。

 第1章では本研究の背景について述べている。第2章では使用したシアノバクテリア株とその培養方法について述べた。

 第3章では16SrRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析の結果について述べた。近隣結合法(NJ),最尤法(ML),と最大節約法(MP)で作成された系統樹はシアノバクテリアのサブセクションVの全メンバーが単系統であることを示している。サブセクションIVに属するScytonema属のクラスターはIVとVのクラスターの外側に位置した。これまでサブセクションI,II,IIIのシアノバクテリアは多系統であり、異質細胞を形成するサブセクションIVとVは単一系統と考えられていたが、本研究の結果からサブセクションIVも多系統であることが判明した。

 系統樹からは単細胞性シアノバクテリアのサブセクションI,IIと糸状性シアノバクテリアのサブセクションIIIは近縁であることより、単細胞性シアノバクテリアから糸状性へ、あるいは糸状性シアノバクテリアから単細胞性への形態的な変化が起きたものと推定された。また、サブセクションIでは系統的に異なる菌種Gloeobacterはシアノバクテリアの進化において最も早く祖先型から分岐したものと見られる。シアノバクテリアとクロロプラストとの系統関係については論争中であるが、系統樹からはクロロプラストは後から現れた菌種に由来するものと推定された。

 第4章ではgyrB,rpoC1とrpoD1遺伝子に基づく系統解析について述べた。gyrBとrpoD1に基づいて作成した系統樹では、サブセクションIVとVの菌株は単系統であることを示した。興味深いことに、Chroococcidioposis sp.PCC7431を含むサブセクションIIとIIIのメンバーはIVとVより早く分岐した。サブセクションI,IIとIIIは多系性を示した。これらの遺伝子に基づいた系統樹からは、シアノバクテリアがクロロプラストより先の分岐したという証拠は見られず、16SrDNA塩基配列解析に基づいた結果とは異なっている。

 第5章では16SrRNA,gyrB,rpoC1とrpoD1のDNA塩基配列の相同性比較について述べ,第6章ではgyrB,rpoC1とrpoD1のアミノ酸配列の相同性比較について述べた。gyrB,rpoC1とrpoD1のDNA塩基配列とアミノ酸配列の相同性は異なる相同性値を示した。また、アミノ酸配列の相同性はDNA塩基配列よりも保存性が高かった。各タンパクをコードする遺伝子配列を比較したところ、rpoD1のDNA塩基配列とアミノ酸配列の保存性が三つの遺伝子の中で最も高かった。

 第7章は考察である。本研究の結果からシアノバクテリアの進化のパターンについて考察した。シアノバクテリアの進化は、シアノバクテリアの先祖からサブセクションIとIIIへの分岐が起こり、その後IとIIIの一部のメンバーから系統的に異なるサブセクションI,IIとIIIへの進化が起こったと考えられる。サブセクションIVとVは比較的最近分岐したものと思われる。シアノバクテリアの各サブセクションは形態的特徴によって分けられているが、分子系統に基づいた系統体系とは一致しないことより、形態的特徴はシアノバクテリアの真の系統関係を反映していないものと考えられる。このように、16SrRNA,gyrB,rpoC1とrpoD1遺伝子の異なる解析能はシアノバクテリアの系統解析のよい道具となることを示した。

 以上、本論文は多相分類学の方法により酵母時代を有する担子菌類の系統関係を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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