No | 118209 | |
著者(漢字) | オルタイ,ピンヤコン | |
著者(英字) | Onruthai,Pinyakong | |
著者(カナ) | オルタイ,ピンヤコン | |
標題(和) | Sphinagomonas属細菌の多環芳香族炭化水素分解に関する解析 | |
標題(洋) | Biochemical and genetic analyses of polycyclic aromatic hydrocarbons degradation in sphingomonads | |
報告番号 | 118209 | |
報告番号 | 甲18209 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2598号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 ベンゼン環が2個以上縮合した多環芳香族炭化水素(PAHs)は,天然には石炭や石油などの化石燃料中に存在し,これら留分としてのクレオソートやコールタール中に多く含まれる.一方,有機物の不完全燃焼によっても発生するため,化石燃料や廃棄物の燃焼により大気を通じて様々な環境へと拡散し,地球表層を広く汚染している.一般にPAHsは,芳香環の数が増加すると水溶性が低くなり,発癌性や変異原性を示すものも増加するため,環境中における残留性や人体への影響が懸念されている.本論文でPAHsモデル基質としたnaphthalene,phenanthrene,acenaphthene,acenaphthyleneもアメリカ環境保護局や欧州共同体により16priorityPAHsの1つに指定されている. 環境中のPAHsを無害化するプロセスの1つとして,PAHsの微生物分解に関する研究が盛んに行われており,この30年間で,PAHs分解菌が多数単離,解析されてきた.一般に好気性細菌におけるPAHs分解においては,terminal oxygenase,ferredoxin,ferrdoxin reductaseからなるマルチコンポーネント酵素によりPAHsの芳香環に二酸素原子添加反応が起こり,相当するcis-dihydrodiol化合物が生成する.続いてcis-dihydrodiol化合物は,脱水素酵素により相当するdihydroxy化合物へと変換される.Dihydroxy化合物は,環開裂酵素の作用により芳香環が開裂し,何段階かの反応を経てカテコールまで代謝される.さらにカテコールはメタ開裂もしくはオルト開裂経路により,TCA回路の中間体へと代謝されていく. PAHs分解系遺伝子については,Pseudom onas属細菌のnaphthalene,phenanthrene分解系遺伝子群(nah遺伝子)が最初に報告され,現在最も詳細に研究されている.最近では,Burkholderia sp.RP007株のphn遺伝子群や,Nocardioides sp.KP7株のphd遺伝子群,Ralstonia sp.U2株のnag遺伝子群,Mycobacterium sp.PYR-1株のnid遺伝子群,Rhodococcus sp.NCIMB12038株のnar遺伝子群など、多岐に渡るPAHs分解菌からnah遺伝子群とは全く異なるPAHs分解系酵素遺伝子も数多く報告されている. 一方,Sphingomonas属細菌もPAHs分解において重要な役割を果たしており,naphthalene,phenanthrene,fluoranthene,fluoreneなど様々PAHsを基質として利用可能な菌株が単離,解析されている.近年これら細菌の遺伝子解析がなされ,芳香族化合物分解の各ステップに関与すると推測される遺伝子群が同一レプリコン上に散在していることや,Pseudomonas属細菌などに見られる芳香族化合物分解系遺伝子とは中程度の相同性しか示さないことなどが明らかとなった.しかしながら,これら遺伝子群のシークエンス解析なされても,発現様式や機能解析に関する研究はほとんど行われていない.さらに興味深いことに,Sphingomonasグループに属するPAHs分解菌からは,PAHs分解において重要な役割を果たす初発酸化酵素遺伝子が同定されていなかった.以上のような背景から,本論文研究では,1)phenanthrene資化菌Sphingobium sp.P2株におけるphenanthrene代謝経路を決定する,2)P2株におけるphenanthrene代謝系酵素遺伝子群を単離,解析する,3)acenaphthene資化菌Sphingomonas sp.A4株におけるacenaphthene代謝系酵素遺伝子群を単離,解析することを目的として研究を行った. 1.Phenanthrene資化菌Sphingobium sp.P2株における新規なphenanthrene代謝物の単離と代謝経路の特定 Sphingobium sp..P2株はphenanthreneおよびnaphthaleneを唯一の炭素源,エネルギー源として生育可能な細菌であり,タイ国の油汚染土壌より単離された.P2株におけるphenanthrene代謝経路を特定するため,代謝産物の同定を行った.0.1%のphenanthreneを添加した15Lの無機培地でP2株を4日間培養後,培養液を酸性抽出し,TLC,シリカゲルカラム,HPLCなどに供し,代謝物を精製した.GC-MSおよび1H,13CNMR解析を行った結果,2種類の新規なphenanthrene代謝産物を同定することに成功した.1つは,phenanthreneの1,2-位が初発酸化,メタ開裂を受けた結果生成した5,6-benzocoumarinであり,もう1つは1,5-dihydroxy-2-naphthoic acidであることが明らかとなった.他には既知のphenanthrene代謝物である7,8-benzocoumarin,1-hydroxy-2-naphthoic acid,coumarinが検出された.以上代謝産物の同定結果およびP2株がサリチル酸に生育することから,本菌株のphenanthrene代謝経路は,1,2-位または3,4-位が初発酸化され,メタ開裂反応を受けた後,サリチル酸を経て代謝されることが明らかとなった.これまでphenanthreneの主要代謝経路は,3,4-位が初発酸化された後,順次代謝されていく経路であったが,本研究で7,8-benzocoumarinと同程度量の5,6-benzocoumarinが検出されたことから,phenanthreneの1,2-位が初発酸化されて代謝が進む経路も,P2株においては主要な役割を果たしていることが示唆された. 2.P2株におけるphenanthrene代謝系酵素遺伝子群の取得と解析 P2株のphenanthrene代謝系遺伝子を単離するため,トランスポゾン(Tn)挿入変異により,phenanthrene資化能欠損変異株を単離した.Tn挿入部位の周辺領域について塩基配列の解析を行ったところ,naphthaleneおよびbiphenyl資化菌Novosphingobium aromaticivoransF199株由来のferredoxin reductaseとアミノ酸レベルで71%の相同性を示す遺伝子(ahdA4と命名)がTnにより破壊されていることが示された.さらにショットガンクローニングにより,P2株から2種類のメタ開裂酵素遺伝子(それぞれbphCおよびxylEと命名)を取得した.ahdA4,bphC,xylE各遺伝子の周辺領域をクローニングし,15.8-kbおよび14-kbの領域についてそれぞれ塩基配列を決定したところ,28個のORFが存在した(Fig1).相同配列の検索を行ったところ,これらORFはF199株のメガプラスミドpNL1上に局在する芳香族化合物の分解に関与すると推測されている遺伝子群とアミノ酸レベルで65-90%の相同性を示し,遺伝子構造も類似していることが明らかとなった.しかしながらF199株において,これら遺伝子の発現・制御様式や機能の解析についてはほとんど明らかにされていない.そこでP2株において見出された5組の芳香族化合物初発酸化酵素の大,小サブユニットをコードする遺伝子(それぞれahdA1[a-e]およびahdA2[a-e]と命名),それらと相補すると推測される1組のferredoxin,ferredoxin reductaseをコードする遺伝子(それぞれahdA3およびahdA4と命名)についてRT-PCR解析と機能解析を行った.Phenanthreneで生育させたP2株菌体から全RNAを抽出し、ahdA1A2[a-e]、ahdA3およびahdA4遺伝子をそれぞれ増幅するようなプライマーを用いてRT-PCR解析を行ったところ、ahdA1A2[c-e]、ahdA3およびahdA4遺伝子の転写が確認されたが、ahdA2[a,b]遺伝子の転写は確認されなかった。次にahdA1cA2c,ahdA1dA2d,ahdA1eA2e遺伝子について大腸菌を用いて発現させ,phenanthreneやその代謝中間体に対する変換活性を調べた.その結果,AhdA3とAhdA4を相補させることで,3つの酸化酵素ともphenanthreneの中間代謝物であるサリチル酸をカテコールヘと変換する活性が認められ,AhdA1[c-e]A2[c-e]A3A4は全てsalicylate-hydroxylaseであることが明らかとなった.AhdA1cA2cおよびAhdA1dA2dは基質特異性が広く,メチル基や塩素で置換されたサリチル酸に対しても酸化活性を示し,相当するメチルカテコールおよびクロロカテコールを生成した.これまで報告されているsalicylate 1-hydroxylaseは,naphthalene資化菌P.putidaG7株由来のNahGなど,1つのタンパク質で活性を示すflavoprotein monooxygenaseであったが,P2株で見出された3つのsalicylate 1-hydroxylaseは,terminal oxygenase,ferredoxin,ferredoxinreductaseの3コンポーネントからなる酵素であり,Sphingomonas属細菌のPAHs分解系では,サリチル酸からカテコールヘの変換を行うのに,4つのタンパク質が関与していることが示された. 3.Sphingomonas sp.A4株におけるacenaphthene代謝酵素遺伝子群の取得と解析 Sphingomonas sp.A4株はacenaphthyleneおよびacenaphtheneを唯一の炭素源,エネルギー源として生育可能な細菌であり,他のPAHsを資化することができない.Acenaphtheneは,1-acenaphthenolおよび1-acenaphthenoneを経て分解され,acenaphthyleneは,1,8-dicarboxynaphthaleneを経て分解されることが既に明らかとなっている.1,8-dicarboxynaphthalene以降の代謝経路を決めるため,0.1%の1,8-dicarboxynaphthaleneを基質としたA4株の培養液から代謝物を精製し,GC-MSに供した結果,新たに3-hydroxyphthalicacidを同定した. これまで他の研究グループによるacenapbthene代謝系酵素遺伝子に関する知見は皆無であり,A4株のacenaphthene代謝系酵素遺伝子に関しては,既にショットガンクローニングにより,メタ開裂酵素遺伝子(arhCと命名)のみが取得されていた.栄養培地でA4株を継体培養することで単離されたacenaphthene資化能欠損変異株においてarhC遺伝子が欠失していたことから,ArhCがA4株のacenaphthene代謝に関与することが推測された.arhC遺伝子の周辺領域について塩基配列を決定したところ,arhC遺伝子の約4.5-kb下流に既知のPAHs初発酸化酵素の大,小サブユニットをコードする遺伝子とアミノ酸レベルで56%以下の相同性を示す2つの0RF(それぞれarhA1およびarhA2と命名)が存在したarh1A2遺伝子をサブクローニングしたのち大腸菌を用いて発現させ,acenaphtene,acenaphthyleneをはじめとした各種PAHsに対する変換活性を調べた.その結果,P2株由来のferredoxin(AhdA3)とferredoxinreductase(AhdA4)を相補させることで,acenaphtheneから1-acenaphthenolへの変換活性が認められ,反応液中からは1-acenaphthenoneも検出された.一方,acenaphthyleneに対しては,GC-MSにより基質の減少が確認されたものの,変換産物を同定するには至っていない.またArhA1A2の各種PAHsに対する基質特異性を調べたところ,naphthalene,phenanthrene,anthrathene,fluorantheneを相当する。Cis-dihydrodiol化合物へと変換することが明らかとなった.このArhA1A2はSphingomonasグループに属するPAHs資化菌において,初めて機能解析までなされたPAHs初発酸化酵素のterminal oxygenase componentである.現在,arhC遺伝子およびarhA1A2遺伝子破壊株の作成を試みるなど,これら遺伝子のacenaphthene,acenaphthylene資化への関与,周辺領域の塩基配列に関して詳細な解析を行っている. 総括と展望 これまでSphingomonasグループに属するPAHs資化菌は多数単離されており,これら菌株の多くが,互いに類似のユニークな構造をとる芳香族化合物分解系遺伝子を保持していることが示されていた.しかし各遺伝子の機能解析がほとんどなされていないことを考えると,P2株から3つのisofunctionalな新規salicylatel-hydroxylaseを同定したこと,およびA4株から新規PAHs initial dioxygenaseを同定したことは,意義深いと思われる.今後は,未だ知見のないacenaphthene代謝系酵素遺伝子について詳細な解析を行うことで,微生物によるPAHs分解の新知見が得られるものと期待される. 1) Pmyakong et al., FEMS Microbiol Lett, 191: 115-121 (2000). Fig1.The organization of genes on 15.8-kb(A)and 14-kb(B)DNA fragments of Sphingobium sp.P2 | |
審査要旨 | ベンゼン環が2個以上縮合した多環芳香族炭化水素(PAHs)は、天然には石炭や石油などの化石燃料中に存在しているが、有機物の不完全燃焼によっても発生するため、化石燃料や廃棄物の燃焼により大気を通じて様々な環境へと拡散し、地球表層を広く汚染している。一般にPAHsは、芳香環の数が増加すると水溶性が低くなり、発癌性や変異原性を示すものも増加するため、環境中における残留性や人体への影響が懸念されている。一方、Sphingomonas属細菌はPAHsの微生物分解において重要な役割を果たしており、naphthalene,phenanthrene,flnuoranthene,flnuoreneなど様々なPAHsを基質として利用可能な菌株が単離、解析されている。しかしながら、芳香族化合物分解の各ステップに関与すると推測される遺伝子群のシークェンス解析はなされても、発現様式や機能解析に関する研究はほとんど行われていない。さらに興味深いことに,Sphingomonasグループに属するPAHs分解菌からは、PAHs分解において重要な役割を果たす初発酸化酵素遺伝子が同定されていなかった。以上のような背景から、本博士論文研究では、phenanthrene資化菌Sphingobium sp.P2株におけるphenanthrene代謝経路を決定した後、P2株におけるphenanthrene代謝系酵素遺伝子群を単離・解析している。さらに、acenaphthene資化菌Sphingomonas sp.A4株におけるacenaphthene代謝系酵素遺伝子の単離と解析も行っており、全4章からなる。第1章の序論に引き続き、第2章では、タイ国の油汚染土壌より単離されたphenanthreneおよびnaphthalene資化菌であるSphingobium sp.P2株について、Phenanthrene代謝経路を特定するため、代謝産物の同定を行っている。P2株のphenanthrene培養液を酸性抽出し、TLC、シリカゲルカラム、HPLCなどに供し、代謝物を精製した。GC-MSおよび1H.13CNMR解析を行った結果、2種類の新規なphenanthrene代謝産物を同定することに成功した。1つは、phenanthreneの1,2-位が初発酸化、メタ開裂を受けた結果生成した5,6-benzocoumarinであり、もう1つは1,5-dihydroxy-2-naphthoicacidであることが明らかとなった。他には既知のphenanthrene代謝物である7,8-benzocoumarin,1-hydroxy-2-naphthoicacid,coumarinが検出された。以上、代謝産物の同定結果およびP2株がサリチル酸に生育することから、本菌株のphenanthrene代謝経路は,1,2-位または3,4-位が初発酸化され、メタ開裂反応を受けた後、サリチル酸を経て代謝されることを明らかにしている. 第3章では、トランスポゾン(Tn)挿入変異によるP2株のphenanthrene代謝系遺伝子の単離と解析を行っている。Tn挿入部位周辺の2領域(15.8-kbおよび14-kb)についてそれぞれ塩基配列を決定したところ、28個のORFが存在した。相同配列検索の結果、P2株において見出された5組の芳香族化合物初発酸化酵素の大・小サブユニットをコードする遺伝子(それぞれahdA1[a-elおよびahdA2[a-el)、それらと相補すると推測される1組のferredoxin,ferredoxin,reductaseをコードする遺伝子(それぞれahdA3およびahdA4)についてRT-PCR解析や機能解析を行った。RT-PCR解析でphenanthrene分解に関与すると考えられた、ahdA1A2[c-e]、ahdA3およびahdA4遺伝子について大腸菌を用いて発現させ、phenanthreneやその代謝中間体に対する変換活性を調べた。その結果、3つの酸化酵素ともphenanthreneの中間代謝物であるサリチル酸をカテコールヘと変換する活性が認められ、AhdA1[c-e]A2[c-e]A3A4は全て新規なsalicylatel-hydroxylaseであることを明らかにしている。 第4章では、acenaphtheneおよびacenaphthylene資化菌であるSphingomonas sp,A4株について代謝経路の推定および代謝系酵素遺伝子の単離、解析を行っている。A4株のacenaphthene代謝経路については、1-acenaphthenol,1-acenaphthenone,1,8-dicarboxynaphthaleneを経て分解されることが既に明らかとなっていたが、本研究で新たに下流代謝中間体として3-hydroxyphthalicacidを同定した。また既にショットガンクローニングにより取得されていたA4株のメタ開裂酵素遺伝子(arhC)の周辺領域について塩基配列を決定したところ、arhC遺伝子の約4.5-kb下流に既知のPAHs初発酸化酵素の大・小サブユニットをコードする遺伝子と相同性を示す2つのORF(それぞれarhA1およびarhA2)が存在し、このArhA1A2遺伝子が各種PAHsに対して初発酸化活性を持っていることを明らかにしている。 以上、本論文は、Sphingobium属細菌P2株のPhenanthrene分解において、これまでに報告のない中間代謝物や、新規なmulticomponents salicylate1-hydroxylasesを見出すとともに、A4株からSphingomonasに属するPAHs資化菌において初めてPAHs初発酸化酵素のterminal oxygenase componentを同定するなど、Sphingomonas属細菌由来のPAHs分解系遺伝子群の構造や機能に関して新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。 | |
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