学位論文要旨



No 118212
著者(漢字) 前園,泰徳
著者(英字)
著者(カナ) マエゾノ,ヤスノリ
標題(和) 外来のオオクチバスとブルーギルがため池の在来生物群集に及ぼす直接的、間接的影響
標題(洋) Direct and indirect effects of introduced largemouth bass and bluegill on native communities in farm ponds
報告番号 118212
報告番号 甲18212
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2601号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 助教授 宮下,直
 東京大学 助教授 高槻,成紀
 東京大学 助教授 松田,裕之
 国際基督教大学 準教授 小林,牧人
内容要旨 要旨を表示する

 外来種の侵入にともなう生物多様性の減少が世界的に深刻な問題となっている.在来生物への強い影響が注目されている例としてあげられるのが,アメリカ原産のオオクチバス(以下バス:Micropterus salmoides)とブルーギル(Lepomis macrochirus)である.これら2種の魚はともに世界数10カ国に導入されており,定着が認められた国からは捕食対象となる在来魚類などの著しい減少や絶滅が報告されている.しかし,外来魚の定着と在来種の減少との因果関係が明確に示された例は少ない.また,これら2種は直接的な影響だけでなく生物間の関係をとおして間接的に生物群集に広く影響を及ぼしていることが予想される.しかし,そうした影響を明らかにした研究はほとんど知られていない.

 日本にはバスとブルーギルが既に全国に広く生息しており,在来生物の減少が危惧されている.こうした事態をうけて,最近では在来生物を保全するために一部の湖沼で外来魚の駆除が開始されている.しかし,外来種が影響を及ぼす仕組みが不明瞭なまま駆除が行われる場合には,しばしば他の外来生物の増加や保全対象種の減少を招く危険性があることが指摘されはじめている.このような例は,駆除対象の外来種が他の外来種と相互作用している場合や,外来種が既に生態系において一定の機能を果たしている場合に生じやすい.日本の淡水生態系では,多数の外来種が既に定着しているため,バスやブルーギルの駆除により在来種の2次的な減少が起こる可能性がある.こうした背景から,本研究ではバスとブルーギルが在来生物群集に及ぼす影響とその仕組みを明らかにし,それをもとに生物多様性の保全について提言を行うことを目的とした.

 本研究では日本の代表的な止水域であるため池を調査対象とした.調査地はため池が高密度で分布する埼玉県比企郡滑川町を選んだ.研究のアプローチは,以下の3つに大別される.まず外来魚の定着しているため池群と定着していないため池群の生物群集の構造を比較し,外来魚による直接的,間接的影響についての仮説をたてた.次にこの仮説を検証するために,ケージを用いた野外実験を行った,さらに,これらの結果をもとに外来魚を駆除した場合に生じる在来生物の個体数変化についての予測を行い,それを実際に外来魚を駆除することで検証した.以下に各アプローチの具体的な手法と結果について述べる.

 まず,環境条件が類似した15ヶ所のため池を選定した(外来魚生息10ヶ所,未生息5ヶ所).外来魚の胃内容物を調べたところ,バスは,アメリカザリガニ(外来種),ブルーギル,トンボ幼虫,小魚,エビを多く捕食し,ブルーギルは,藻類,魚卵,トンボ幼虫,ユスリカ幼虫などを多く捕食していた.また,15ヶ所すべてのため池において生物群集を構成する主な生物を捕獲したところ,外来魚の捕食対象種は,外来魚の生息するため池において個体数が著しく少ないことがわかった.一方,バスによる捕食頻度の低いウシガエル,イトミミズ,ユスリカ幼虫などは,外来魚が生息するため池で個体数が多かった.重回帰分析により,こうした群集構造の違いはバスの個体数でよく説明できた.以上の結果より,バスとギルのうち,主としてバスによる直接的な捕食により被食者(小魚,エビ,ザリガニ,トンボ幼虫など)が減少し(top-down効果),さらにバスは栄養段階が2段階下の生物(ユスリカ幼虫,イトミミズなど)を間接的に増加させている(trophiccascade)という仮説をたてた.

 次にこの仮説を3種類の野外実験により検証した.ここでは外来魚による捕食の間接効果をうけていると考えられる浮葉性の水草であるヒシも仮説検証の対象とした.まず実験1では,外来魚の生息の有無によるため池間での群集構造の違いが,捕食圧の違いによって生じているか否かを検証した.この実験では比較的小型のケージにより池レベルでの捕食圧を評価した.このケージは捕食者と考えられる魚類などは自由に出入りできるが,被食者である対象生物は脱出することができない構造になっている.このケージを外来魚の生息するため池と未生息のため池に設置し,一定期間後の対象生物の残存個体数をため池間で比較した.その結果,外来魚の直接的な捕食対象種であるザリガニとトンボ幼虫は,外来魚の生息するため池で著しく減少したが,ユスリカ幼虫,イトミミズ,ヒシは,逆に外来魚のいない池において減少率が高かった.

 実験1では自然状態での捕食圧を評価できたが,捕食者を特定できないという欠点があった.そこで,実験2では大型のケージを用いた野外実験を行った.ケージの中には,外来魚が生息していないため池の生物とバスあるいはブルーギルを入れ,外来魚がケージ内の生物に及ぼす直接的,間接的影響を量的に評価した.その結果,バスを入れたケージでは,バスを入れていないケージに比べて,エビ,小魚,トンボ幼虫,ザリガニが著しく減少したが,底生動物やヒシの減少率は低かった.一方,ブルーギルを入れた場合には,エビとトンボ幼虫の減少が認められたが,それ以外の生物の個体数に明らかな増減は認められなかった.

 実験2では外来魚による群集レベルの影響は評価できたが,底生動物とヒシを直接減少させる生物を特定できないという欠点があった.そこで,実験3では中型のケージを用いてバスがもたらす間接効果を介在する生物を調べた.その結果,ザリガニがヒシを減少させ,小魚,エビ,ザリガニ,トンボ幼虫が底生動物を減少させることが明らかになった.

 これら3種類の野外実験により,バスとブルーギルが及ぼす直接的,間接的影響についての仮説を支持する結果が得られた.すなわち,バスは在来水生動物(エビ,小魚,トンボ幼虫)とザリガニにtop-down効果を及ぼし,その影響はさらに1段下の栄養段階の底生動物やヒシヘtrophic cascadeとして間接的に及んでいること,また,ブルーギルはエビとトンボ幼虫にtop-down効果を及ぼしているが,その影響は間接的には及ばないことが示された.この結果は,ため池の生物群集構造は主としてバスの捕食によって決定されていることを示唆している.

 これらの結果から,外来魚を駆除した場合には,直接的な捕食圧を受けていた生物は増加するが,間接的な影響を受けていた生物は減少することが予測された.

 そこで,排水によって外来魚を駆除した3ヶ所のため池において,水抜き前後の生物の個体数の比較,および水を抜いていない3ヶ所のため他との生物の個体数の比較を行った.水を抜いたため池では,外来魚に捕食されていた在来生物が著しく増加した.しかし,同時に外来のザリガニも著しく増加したため,在来種のヒシが減少した.これは外来魚を駆除すると,外来種の直接的なtop-down効果を受けていた生物は増加するが,一方で間接的なtrophic cascadeを受けていた生物が減少するという予測を支持している.また,新たな知見として,水を抜いたため池においてトンボの種数や個体数が減少することがわかった.水抜き後に減少したこれらのトンボがいずれも水草に産卵する種であることから,ヒシの減少がこれらの減少要因であると考えられる.以上のようにバスとブルーギルの駆除は,一部の在来生物を回復させるが,一方で外来種のザリガニが増加することにより在来の水草やそれに依存するトンボなどを二次的に減少させる危険性があることが明らかになった.

 これらの結果をもとに,本研究では外来魚の駆除による在来生物の保全のための提言を行った.まず,保全対象種が水草およびそれに依存する生物の場合は,ザリガニの増加による二次的な負の影響を受けることが予想される.そのため,外来魚の駆除だけでなくザリガニ個体数の増加も抑制する必要がある.ところが,ザリガニは陸上を移動することが可能であるため,他の水域からの移入が比較的容易であると考えられる.したがって,外来魚を駆除した後も継続的にザリガニを除去し,密度を低レベルに制限する必要があるだろう.しかし,保全対象種が外来魚の捕食対象であり,外来魚の定着以前からザリガニと共存していた場合には,外来魚の駆除時にザリガニ個体数の増加を抑制する必要は必ずしもないだろう.

 以上より本研究では,外来種が様々な生物間相互作用をとおして在来生物群集に広く影響を及ぼすことを明らかにした.また,こうした生物間相互作用の把握は,複数の外来種が定着した系において外来種を駆除する場合には不可欠であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

 外来生物種による在来の生物多様性の減少は,世界的に大きな問題となっている.その代表例として,北アメリカ原産のオオクチバス(以下バス)とブルーギル(以下ギル)があげられる.これら2種は,世界数10カ国に導入されており,在来魚類などの著しい減少をもたらしていると考えられている.しかし,従来その因果関係は必ずしも明確に示されてはいなかったまた,これら2種は,捕食により在来種を直接減少させるだけでなく,生物間相互作用をとおして生物群集内のさまざまな種に間接的な影響を及ぼしている可能性がある.

 我が国にもバスとギルがすでに全国的に生息しており,それによる在来生物の減少が危惧されている.こうした事態をうけて,最近では在来生物を保全するために一部の湖沼で外来魚の駆除が開始されている.しかし,外来種が生物群集に対して影響を及ぼす仕組みが不明なまま駆除が行われる場合には,他の外来生物の増加を引き起こし,在来生物の予期せぬ減少を招く危険性がある.日本の淡水生態系では,すでに多数の外来種が定着しているため,バスやギルの駆除により在来種の二次的な減少が起こる可能性がある.こうした背景から,本研究ではバスとギルが在来生物群集に及ぼす影響とその仕組みを明らかにし,それをもとに外来魚の適切な駆除対策を提言することを目的とした.

 本研究では,日本の代表的な止水域であるため池を調査対象地とした.研究のアプローチは以下の3つに大別される.まず外来魚の定着しているため池群と定着していないため池群の生物群集の構造を比較し,外来魚による直接的,間接的影響についての仮説をたてた.次にこの仮説を検証するために,ケージを用いた野外実験を行った.さらに,これらの結果をもとに外来魚を駆除した場合に生じる在来生物群集の変化についての予測を行い,それを実際に外来魚を駆除することで検証した.

 まず,環境条件が類似した15ヶ所のため池で生物群集を調査した.その結果,外来魚の捕食対象である小魚や甲殻類,トンボ幼虫は、外来魚の生息するため池で個体数が著しく少ないことがわかった.一方,バスが直接ほとんど捕食しないヒシ,イトミミズ,ユスリカ幼虫などは,外来魚が生息するため池で逆に個体数が多かった.重回帰分析により,こうした群集構造の違いはバスの個体数でよく説明できた.以上の結果より,主としてバスによる直接的な捕食により被食者が減少する一方,被食者の餌である生物は間接的な影響により逆に増加していると考えられた.

 次にこの仮説を野外実験により検証した.まず実験1では,小型のケージを用いて池レベルでの捕食圧を評価した.その結果,外来魚の直接的な捕食対象であるザリガニとトンボ幼虫は,外来魚の生息するため池で著しく減少したが,ユスリカ幼虫,イトミミズ,ヒシは,逆に外来魚のいない池で大きく減少した.

 実験2では大型のケージを用いた野外実験を行った.ケージの中にため池の在来生物とバスあるいはギルを入れ,外来魚がケージ内の生物に及ぼす直接的,間接的影響を評価した.その結果,バスを入れたケージでは実験1の結果が再現されたが,ギルを入れた場合にはケージ内の生物の個体数に明らかな増減は認められなかった.

 これらの結果から,外来魚を駆除した場合には直接的な捕食圧を受けていた生物は増加するが,間接的な影響を受けていた生物は減少することが予測された.そこで,ため池から外来魚の駆除を行い,駆除が在来生物群集に及ぼす影響を評価した.駆除を行ったため池では,外来魚の捕食対象である在来生物が著しく増加したが,同時に外来のザリガニも著しく増加したため,ザリガニに摂食される在来のヒシが減少した.また,駆除したため池では水量を産卵基質として利用するトンボ類が減少した.以上のようにバスとギルの駆除は,一部の在来生物を回復させるが,一方で外来種のザリガニの増加により在来の水草やそれに依存するトンボなどを二次的に減少させることが明らかになった.

 これらの結果をもとに,外来魚の駆除による在来生物の保全のための提言を行った.まず,保全対象種が水草およびそれに依存する生物の場合は,ザリガニの増加による二次的な負の影響を防止するため,外来魚の駆除だけでなくザリガニの除去も必要である.一方,保全対象種が外来魚の捕食対象であり,かっ外来魚の定着以前からザリガニと共存していた場合には,外来魚の駆除のみでも有効と思われる.

 以上より本研究では,外来種が様々な生物間相互作用をとおして在来生物群集に広く影響を及ぼしていること,またこうした生物間相互作用の把握は,複数の外来種が定着した系で外来種を駆除する場合には不可欠であることを示したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク