学位論文要旨



No 118221
著者(漢字) 西山,泰孝
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ヤスタカ
標題(和) 遺伝子導入によるIpomosea batatas cv. Ayamurasakiによるアントシアニン増産をめざした研究
標題(洋)
報告番号 118221
報告番号 甲18221
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2610号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 中元,朋実
内容要旨 要旨を表示する

 高等植物は、多種多様な有機化合物を大量に生産し、蓄積する。その中には生理活性を持つ物質も多く存在し、香辛料や薬品として利用されてきた。このような有機化合物のほとんどは、植物生理的な生命維持活動への役割が推定できないため、二次代謝産物として分類されてきた。二次代謝産物の内、視覚により判別が容易であることに加え、植物の生死に影響を与えないことから、色素の合成経路に関する研究は古くから特に活発に行われてきた。植物に含有される色素のうち、フラボノイド色素は最も広く分布し、黄色から青色までの多彩な花色を作り出しており、その中で特に多く見られるものがアントシアニン色素である。アントシアニン色素は花や果実をはじめ、様々な組織の着色に寄与している。アントシアニンは色素として着色に寄与するだけでなく、様々な機能を持つことが報告されている。紅葉した葉に於いては光を吸収することで光酸化による細胞へのダメージを軽減することが報告されている。また、赤ワインを摂取することは癌や動脈硬化の予防に効果的であるといった報告や、ブルーベリーが眼精疲労の回復に効果を発揮するといった報告により、その有効成分であるアントシアニンが注目を集めている。甘藷の一品種であるIpomoea batatas cv.Ayamurasakiは、塊根中にその親品種であるYamagawamurasakiの約4倍量のアントシアニンを含有している。これらのアントシアニンは他のアントシアニン色素と比較して安定性が優れているだけでなく、抗酸化作用と抗突然変異作用等を持つことが報告されている。また、これらの品種に蓄積されるアントシアニンは紫味が強く鮮やかな特徴のある赤色を呈しするため、生活習慣病の予防に効果のある食品着色料として利用することが期待されている。本研究に於いては、Ayamurasakiにアントシアニン生合成に関与する酵素であるphenylalanine ammonia-lyase(PAL)及びanthocyanidin synthase(ANS)の遺伝子を導入し、塊根中に蓄積するアントシアニン量が増加した形質転換植物体を取得することを目標とし、研究を行った。

 PALをコードする遺伝子を導入した研究は多数報告があるが、これらの研究で、PAL活性が低下していた植物体においてはリグニンやフェニルプロパノイド化合物が減少し、PAL活性の上昇した植物体においてはフェニルプロパノイド化合物の含量も増加することが報告されている。このことから、外来のPAL遺伝子を導入し、PAL活性を変化させることによりフェニルプロパノイド化合物の量を変化させることが可能であることがわかる。しかし、過剰なPAL活性は過剰なリグニンの蓄積及び生長の阻害といった障害を起こすことが報告されているため、PALを導入した形質転換体を作成する場合には導入する遺伝子の発現する部位、或いは時期を限定させる必要があると考えられる。また、ANSを導入する場合についても、通常アントシアニンを蓄積する部位に発現させることで、より効率的な生産につながると考えられる。このため、本研究に於いては導入遺伝子の上流に部位特異的な発現を制御するプロモーターとして2種のプロモーターを採用した。g2bプロモーターは雑種ポプラPopulus kitakamiensis由来のPAL遺伝子の一つであるpalg2bのプロモーターであり、維管束で発現することが報告されている。塊根は木部柔組織が肥大した組織であるため、塊根に於いてもg2bプロモーターにより制御される遺伝子が発現することが期待される。筆者はg2bプロモーターを用いてタバコに於いて光の照射により外来遺伝子の発現を制御できることを明らかにしており、I.batatasに於いても外来遺伝子の発現を制御することが期待される。SD221プロモーターはI.batatas cv.Beniazumaより単離された貯蔵タンパク質sporaminをコードする遺伝子のプロモーターである。Sporaminは糖濃度に反応し、シンク組織に於いて発現・蓄積する。このため、通常の栽培条件ではシンク組織である塊根に於ける発現を誘導することが期待される。これら2種のプロモーターの下流に、PALをコードする遺伝子とANSをコードする遺伝子を接続した。パセリ(Petroselinum crispum)由来pal2 cDNA(PcPAL2)、I.batatas cv Beniazuma由来のPal02 cDNA(lbPAL02)、アサガオ(Ipomoea nil)由来ans cDNA(InANS)をそれぞれ接続した。I.batatasへの遺伝子の導入を行うにあたり、操作が簡便であること、また、得られた形質転換毛状根の大量培養への移行が容易であることから、Agrobacterium rhizogenesの感染による形質転換毛状根の誘導を採用した。三親接合法にてA.rhizogenes A13株へのバイナリーベクタープラスミドの導入を行い、g2bPcPAL2、g2blbPAL02、g2bIhANS、SDInANSが導入された株を取得した。表面殺菌後のAyamurasaki葉片をA.rhizogenes A13株との共存培養による感染を行い、目的遺伝子の導入された毛状根を取得した。

 取得した形質転換毛状根は通常の培養条件(25℃、暗所)ではアントシアニンの蓄積が見られなかった。しかし、白色光の連続照射下(25℃)で培養を行うことにより、毛状根の先端に近接する部位にアントシアニンの蓄積が見られるようになった。この際、培地に接触しておらず、貧栄養になっていると考えられる部位にアントシアニンの蓄積が多く観察されたことから、塩濃度を1/4に改変したLS培地による培養も行った。また、アントシアニンを蓄積する培養細胞を誘導することが報告されているPRL-4C培地を用いた培養も行った。これら3種の培地上で3週間培養した毛状根からアントシアニンを抽出し、530nmに於ける吸光度をもとに、色価の算出を行った結果、色価はPRL-4C培地、1/4LS培地、LS培地の順に高くなっていた。個々のラインの色価に着目すると、色価の高いラインと色価の低いラインが存在していたが、同種の遺伝子を導入したライン間で平均を取ったところ、各導入遺伝子による明確な差異は検出されなかった。ここで、導入遺伝子が機能していることを確認するため、SD221プロモーターが糖誘導性であることを利用し、糖濃度の変化による遺伝子の発現の変化を検出することを試みた。PRL-4C培地中のショ糖濃度を1%及び5%に改変した培地を用い毛状根の培養を行ったところ、導入遺伝子の種類に関わらずショ糖濃度の上昇に伴い色価が上昇する傾向が見られた。

 アントシアニン生合成に関わる遺伝子の発現を調べるためにショ糖濃度6%のPRL4C液体培地を用いて培養した毛状根よりRNAを抽出し、PAL及びANSのmRNAの検出を行ったところ、アントシアニン量及びPAL活性とmRNA量の間には相関関係は見られなかった。このことから、転写後の制御が行われていることが推測された。また、A.rhizogenesによる形質転換ではAgrobacterium tumefaciensを用いた場合に比べ導入遺伝子の発現が検出されにくいことが報告されており、さらに、代謝に関与する遺伝子に関しては発現している個体を取得することが困難であることも既報であるため、導入遺伝子による差異が顕著に表れない可能性も考えられる。以上のように、毛状根のような生長旺盛な器官に於いてはアントシアニンの生合成は可能であることが示されたものの、二次代謝産物の生産に関与する導入遺伝子の発現は様々な制御を受ける可能性が示された。

 本研究の最終目標の達成のためには、A.tumefaciensの感染により遺伝子を導入し、再分化した形質転換植物体を取得する必要があると考えられる。また、既に取得した毛状根についても再分化個体を取得することで導入遺伝子の効果を確認できる可能性がある。このため、A.tumefaciensの感染による再分化個体、及び毛状根からの再分化個体を取得することを目的に実験を行った。A. tumefaciensを用い、既報の報告に従い再分化個体の取得を試みた実験では、使用したA. tumefaciens及びI.batatasの品種の違いからか、脱分化したカルスは取得されたものの、カルスからの再分化は観察されなかった。また、毛状根からの再分化個体取得の試みでは、2ラインの毛状根より各1個体の再分化個体が取得されたが、これらはそれぞれ35S-GUSの導入されたもの、及びRiプラスミドのみが導入されたものであり、目的遺伝子を導入した毛状根からの再分化個体はまだ得られておらず、今後の課題である。

 本研究により甘藷毛状根によるアントシアニンの合成が示され、その生合成遺伝子導入の基礎も示された。再分化が容易とは言い難い甘藷にアントシアニン生合成という代謝に関わる遺伝子を導入することによりアントシアニンの増産を行うためには、今後は塊根を形成させるための再分化植物体を取得する必要があることが示唆された。また、導入遺伝子の発現抑制が予想されるため、遺伝子発現のためには単一の酵素遺伝子だけでなく、転写活性化因子を導入することも有望な手法であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 甘藷(Ipomoea batatas)の一品種であるAyamurasakiは、塊根中に多量のアントシアニンを含有している。このアントシアニンは他のアントシアニン色素と比較して安定性が優れているだけでなく、抗酸化作用や抗変異原作用等を持つ。また、紫味が強く鮮やかな特徴のある赤色を呈するため、生活習慣病の予防に効果のある食品着色料としての利用が期待されている。本研究においては、Ayamurasakiにアントシアニン生合成に関与する酵素であるphenylalanine ammonia-lyase(PAL)及びanthocyanidin synthase(ANS)の遺伝子を導入し、塊根中に蓄積するアントシアニン量が増加した形質転換植物体を取得することを目標とし、研究を行った。一方、過剰なアントシアニンの蓄積は植物体の生長を阻害することが予想されるため、本研究においては導入遺伝子の上流に部位特異的な発現を制御するプロモーターとして維管束で発現するg2bプロモーター、およびシンク組織において発現するSD221プロモーターを接続した。これら2種のプロモーターの下流に、パセリ(Petroselinum crispum)由来Pal2 cDNA(PcPAL2)、I.batatas cv Beniazuma由来のpal02 cDNA(IbPAL02)、アサガオ(Ipomoea nil)由来ans cDNA(InANS)をそれぞれ接続し、Ayamurasakiへの導入を行った。

 第1章では、目的遺伝子を導入した毛状根のアントシアニン生合成に関する性質の解析を行った。

 Agrobacterium rhizogenes A13株の感染により、g2bPcPAL2、g2bIbPAL02、g2bInANS、SDInANSが導入されたAyamurasaki毛状根を取得した。取得した形質転換毛状根は、白色光の連続照射下で培養を行うことにより、アントシアニンの蓄積が見られるようになった。LS培地に加え1/4LS培地およびPRL-4C培地を用いて培養を行い、これら3種の培地上で培養した毛状根からアントシアニンを抽出し、色価の算出を行った。その結果、色価はPRL-4C培地が最も高かったが、同種の遺伝子を導入したライン間での平均値に明確な差異は見られなかった。PRL-4C培地中のショ糖濃度を改変した培地を用い培養を行ったところ、導入遺伝子の種類に関わらずショ糖濃度の上昇に伴い色価が上昇する傾向が見られた。また、毛状根におけるアントシアニンの蓄積は表皮に限定されており、その組成はAyamurasaki塊根の外部組織のものに近い組成であった。導入遺伝子による色価の差が見られない要因の検討を行うため、液体培地で培養した毛状根を用いて導入遺伝子からの転写産物量およびタンパク質量の解析を行った。PAL及びANSのmRNAの検出を行ったところ、色価とmRNA量の間に明確な相関関係は見られなかった。また、RT-PCRにより導入遺伝子からの転写産物の検出を行ったところ、PAL遺伝子を導入したラインでは転写が確認されないものがほとんどであり、転写レベルでのジーンサイレンシングが起きていることが示唆された。PAL活性の測定を行うと、PAL活性とmRNA量の間に明確な相関関係が見られず、また、PAL活性が低いラインにおいて色価が高い傾向が見られ、PAL活性の制御によるアントシアニン含量の制御は困難であることが示唆された。ANS遺伝子を導入したラインでは全てのラインで導入遺伝子からの転写産物が確認されたが、ANSタンパク質はウェスタンブロッティングの検出限界以下の量であった。

 以上で述べたように、毛状根培養によりアントシアニンを合成することに成功し、毛状根を用いたアントシアニン合成の初めての例を示した。導入遺伝子からの転写産物が確認され、代謝に関与する遺伝子の導入の基礎が示された。毛状根の培養では導入遺伝子の明確な効果が確認されなかったが、塊根と毛状根は異なった器官であることが原因として考えられる。このため、導入遺伝子の効果を確認するためには、目的遺伝子の導入された塊根を取得する必要があると考えられた。

 第2章では、導入遺伝子を保持した形質転換Ayamurasaki植物体を取得することを目標として実験を行った。

 Agrobacterium tumefaciens LBA4404の感染による再分化個体、及び毛状根からの再分化個体を取得することを目的に実験を行い、既報に従って再分化個体の取得を試みたところ、脱分化したカルスは取得されたがカルスからの再分化は観察されなかった。しかし、毛状根からの再分化個体取得の試みでは、2ラインの毛状根より各1個体の再分化個体が取得された。今後の課題として目的遺伝子が導入された毛状根からの再分化個体取得がなされれば、遺伝子導入によるアントシアニンの増産への研究が大きく進展することを述べている。

 以上、本論文は遺伝子導入による甘藷のアントシアニン増産に向けて、毛状根によるアントシアニンの合成を行ない、その生合成遺伝子導入とその発現解析を行なうと共に、アントシアニンを多量に蓄積させるために毛状根という培養形態から、毛状根の塊根化の誘導、あるいは再分化植物体を経た塊根形成の誘導などの方向性が必要であることを示したもので、学問上応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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