学位論文要旨



No 118225
著者(漢字) 林,砂緒
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,スナオ
標題(和) ブタ血清中に存在する細胞溶解能及びウイルス中和能を有する自然抗体IgMに関する研究
標題(洋) Cytolytic and virus neutralizing natural IgM antibodies in normal swine serum.
報告番号 118225
報告番号 甲18225
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2614号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 動物は特定の病原体に感染したことがなくても、その病原体に対する自然抗体(natural antibody)を有することがある。自然抗体のアイソタイプは主としてIgMであるが、その実体についてはあまり解明されていない。自然抗体IgMはB1細胞で産生され、補体系古典経路の活性化を強く促す。幼マウスでは検出されず成マウスになると検出される自然抗体もあり、成長過程でなんらかの抗原物質にさらされることで他の病原体と交差反応するような自然抗体がいつのまにか産生されている場合もある。自然抗体の例として知られているのが、ブタからヒトヘの異種移植の際の超急性拒否反応に関与するanti-Gal抗体である。ブタの臓器をヒトに移植すると、ブタ細胞膜に発現するGalα1-3Galエピトープに、ヒト血清中の自然抗体anti-Gal抗体が結合し、補体系古典経路が活性化され、ブタ臓器の血管内皮細胞の破壊、移植片壊死が起こる。また、小児のガンとして知られるNeuroblastoma(NB)の自然治癒例も、血清中の抗NB自然抗体IgMが補体系古典経路を活性化し、腫瘍を退縮させるためであると報告されている。本研究では、SPFブタ血清中に抗ウサギ細胞自然抗体IgMが存在することを発見した。また、この抗体が補体系の宿主特異性や異種赤血球の凝集反応に関与すること、ヘルペスウイルスの異種間への伝播を抑制する障壁となることを示唆する結果を得た。研究論文は以下の3章より構成される。

第1章非免疫ブタ血清中に存在する豚オーエスキー病ウイルス(PRV)を中和する宿主特異的な自然抗体IgMについての研究

 アルファヘルペスウイルス亜科に属するウイルスでは、増殖させる細胞種の違いにより、非免疫血清に対する感受性が異なるという現象が見られた。例えば、SPFブタ血清に対し、同種のブタ腎由来CPK細胞で増殖させた豚オーエスキー病ウイルス(PRV)は抵抗性を示すが、異種であるウサギ腎由来RK13細胞で増殖させたPRVは感受性を示し中和されてしまう。またこのPRV中和能はブタ血清を56℃30分間加熱すると失われることから、補体系が関与していると考えられる。さらに、このような感受性の違いは、血清中にウイルスを増殖させるために用いた細胞に対する自然抗体IgMを持つかどうかで決まることが示唆された。ヘルペスウイルスは細胞から出芽する際に、感染細胞の細胞膜の一部をエンベロープとして最外殻にまとうことが報告されており、ウイルスの血清に対する感受性が、増殖に用いた細胞と血清との関係とほぼ一致することから、第2章ではSPFブタ血清とウイルス増殖に用いたウサギ腎由来RK13細胞との関係について詳細に調べた。

第2章非免疫ブタ血清中に存在するウサギRK13細胞の溶解を引き起こす自然抗体IgMについての研究

 ウサギ腎由来RK13細胞はSPFブタ血清によりcell lysisを起こす。補体系は、抗体を介する古典経路と補体分子のみで活性化される第二経路に分けられるが、EGTAによってカルシウムイオンをキレートし、古典経路を遮断したブタ血清では、ウサギRK13細胞にcell lysisを起こす能力が失われた。SPF血清であるにも関わらず、抗体を必要とする古典経路を介してRK13細胞にcell lysisを起こすことから、このブタ血清はRK13細胞に対する抗体を持つことが推測される。ゲル濾過によるブタ血清の分画、抗ブタIgM抗体による競合阻害などのデータより、SPFブタ血清中には抗RK13細胞自然抗体IgMが存在することが確認された。In vitroではPrVは様々な細胞株に感染するが、実際にはヒトなど異種間での水平感染は起こりにくい。このような感染防御のメカニズムには、ウイルスのエンベロープタンパク質に対する自然抗体IgMを介した補体系古典経路の活性化が関与すると考えられる。第3章ではRK13細胞のような上皮系細胞以外でも同様の現象が見られるかどうかを、同種であるウサギ血球系の細胞を使って調べた。

第3章ブタ血清中に存在するウサギ赤血球の溶血と凝集を引き起こす自然抗体IgMについての研究

 SPFブタ血清はウサギ赤血球を溶血させる。一般に、異種血清による赤血球の溶血反応は、抗体の関与しない補体系第二経路による膜障害性複合体(MAC)の形成が原因であると考えられている。本研究でもブタ血清の補体系第二経路によってウサギ赤血球が溶血することが確認されたが、その反応にはウサギ赤血球膜に特異的に結合する自然抗体IgMが必要であることが示唆された。ブタ血清は、抗ブタIgM抗体による競合阻害、あるいはIgM抗体の除去によりウサギ赤血球の溶血能を失ったこと、また、赤血球膜上に発現する抗ウサギ赤血球IgMエピトープを検出したことからもIgM抗体の関与が考えられる。自然抗体が補体系の第二経路活性化に働くという報告は今までほとんどなく、重要な知見であると考えられる。

 4℃で補体系の活性化を起こさない条件下において、ウサギ赤血球をブタ血清にさらすと、ウサギ赤血球は溶血を起こさず、凝集を起こした。しかし、同個体のウサギ血清やIgM抗体を除去したブタ血清では凝集は見られなかった。ブタ血清から分画したIgM抗体や非動化ブタ血清にも赤血球凝集作用が見られたことから、非免疫ブタ血清中には56℃30分間の熱処理によって不活化しない赤血球凝集能を持つ自然抗体IgMが存在することが示唆された。

 以上は、自然抗体と細胞の溶解、ウイルスの中和、赤血球の溶血と凝集のメカニズムに対して有用な結果であり、また、ヘルペスウイルスの異種間での伝播を抑制するための新たな知見であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 審査委員一同は、平成15年1月23日、申請者により提出された論文「Cytolytic and virus neutralizing natural IgM antibodies in normal swine serum」(ブタ血清中に存在する細胞溶解能及びウイルス中和能を有する自然抗体IgMに関する研究)について審査を行った。本研究では、自然免疫の一つである補体系を活性化させる自然抗体IgMをSPFブタ血清中に発見したことが大きな成果であり、またこの自然抗体がウサギ細胞の溶解やウサギ細胞で増殖させたウイルスの中和に関与していることを示した。また、本研究は異種移植などにおいて見られる超急性拒絶反応など、異種抗原に対する自然抗体の存在意義とその実体解明を目的としたものであり、3章から構成される。論文中には数箇所の修正点がみられたものの、論文自体の完成度は非常に高く、問題意識を明確とした文章構成、ならびに実験結果に対する考察の論理展開は高く評価できる。以下に各章の評価を述べる。

 第一章では、非免疫ブタ血清中に存在する豚オーエスキー病ウイルス(PRV)を中和する宿主特異的な自然抗体IgMについての研究成果を報告した。アルファヘルペスウイルス亜科に属するウイルスでは、増殖させる細胞種の違いにより、非免疫血清に対する感受性が異なるという現象が見られ、例えば、SPFブタ血清に対し、同種のブタ腎由来CPK細胞で増殖させた豚オーエスキー病ウイルス(PRV)は抵抗性を示すが、異種であるウサギ腎由来RK13細胞で増殖させたPRVは感受性を示し中和される。またこのPRV中和能はブタ血清を56℃30分間加熱すると失われることから、補体系が関与していると考えられる。さらに、このような感受性の違いは、血清中にウイルスを増殖させるために用いた細胞に対する自然抗体IgMを持つかどうかで決まることが示唆された。

 ヘルペスウイルスは細胞から出芽する際に、感染細胞の細胞膜の一部をエンベロープとして最外殻にまとうことが報告されており、ウイルスの血清に対する感受性が、増殖に用いた細胞と血清との関係とほぼ一致することから、第二章ではSPFブタ血清とウイルス増殖に用いたウサギ腎由来RK13細胞との関係について詳細に調べた。ウサギ腎由来RK13細胞はSPFブタ血清によりcell lysisを起こす。補体系は、抗体を介する古典経路と補体分子のみで活性化される第二経路に分けられるが、EGTAによってカルシウムイオンをキレートし、古典経路を遮断したブタ血清では、ウサギRK13細胞にcell lysisを起こす能力が失われた。SPF血清であるにも関わらず、抗体を必要とする古典経路を介してRK13細胞にcell lysisを起こすことから、このブタ血清はRK13細胞に対する抗体を持つことが推測される。ゲル濾過によるブタ血清の分画、抗ブタIgM抗体による競合阻害などのデータより、SPFブタ血清中には抗RK13細胞自然抗体IgMが存在することが確認された。In vitroではPrVは様々な細胞株に感染するが、実際にはヒトなど異種間での水平感染は起こりにくい。このような感染防御のメカニズムには、ウイルスのエンベロープタンパク質に対する自然抗体IgMを介した補体系古典経路の活性化が関与すると考えられる。

 第三章ではRK13細胞のような上皮系細胞以外でも同様の現象が見られるかどうかを、同種であるウサギ血球系の細胞を使って調べた。SPFブタ血清はウサギ赤血球を溶血させる。一般に、異種血清による赤血球の溶血反応は、抗体の関与しない補体系第二経路による膜障害性複合体(MAC)の形成が原因であると考えられている。本研究でもブタ血清の補体系第二経路によってウサギ赤血球が溶血することが確認されたが、その反応にはウサギ赤血球膜に特異的に結合する自然抗体IgMが必要であることが示唆された。ブタ血清は、抗ブタIgM抗体による競合阻害、あるいはIgM抗体の除去によりウサギ赤血球の溶血能を失ったこと、また、赤血球膜上に発現する抗ウサギ赤血球IgMエピトープを検出したことからもIgM抗体の関与が考えられる。自然抗体が補体系の第二経路活性化に働くという報告は今までほとんどなく、重要な知見であると考えられる。

 以上は、自然抗体と細胞の溶解、ウイルスの中和、赤血球の溶血のメカニズムに対して新規性と独創性をもった有用な結果であり、またその成果は、生物の持つ自然免疫において、補体系と自然抗体の果たす役割を研究する上でも大きな貢献をなすと期待できた。以上の審査結果から、審査委員一同は、本論文を博士学位論文として価値あるものと認めた。

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