No | 118227 | |
著者(漢字) | 宮沢,佳恵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザワ,カエ | |
標題(和) | 保全型の耕起・農薬施用・施肥の組合せに対する作物と耕地生態系の反応 | |
標題(洋) | Crop and agroecosystem responses to the conservational combination of tillage, biocide application and fertilization practices | |
報告番号 | 118227 | |
報告番号 | 甲18227 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2616号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 農学国際専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 農業機械の発達と農薬・化学肥料等の開発は、農作物の生産量の増加と労働力の削減に大きく貢献したが、一方でこれらの利用は耕地生態系が本来有する養分循環や病虫害の抑止力等の機能の低下を招いた。そのため、収量確保に更なる外的投入が必要となり、いっそう耕地生態系の機能を低下させるという悪循環が生じている。また地球温暖化ガスの放出や、農薬汚染、地表水の富栄養化など、地球規模での深刻な環境問題をも引き起こしている。これらの問題を解決しながら、耕地生態系の持つ機能を最大限に生かし、生産性を維持することのできる持続的な農業生産システムの構築が必要である。 これまでにも、様々な保全型の耕起や農薬施用、施肥などの技術が開発され、有効性が示されてきた。しかし、これらの成果が実際に農業生産の現場に取り入れられるためには、それぞれの地域の気候や土壌、農業体系などの特性を考慮し、より現実的な設定の下で試験を行うことが必要である。また、いくつかの保全型技術の組み合わせによって新たな効果が生まれる可能性があるが、そういった交互作用はほとんど検討されていない。特に日本では、減農薬や減化学肥料といった保全型技術にくらべ、保全型の耕起は評価されておらず、畑作においてはほとんど取り入れられていない。保全型耕起を有効に導入するためには、減農薬や減化学肥料との組み合わせ効果を検討する必要がある。 本研究は、北海道十勝平野の畑作栽培において保全型の耕起、農薬散布、施肥技術の組み合わせの効果を総合的に評価することを目的とし、北海道農業研究センター畑作研究部の圃場にて実験を行った。いくつかの保全型の技術の中から、ダイズ(1年目)、テンサイ(2年目)、春コムギ(3年目)の輪作体系に最も適していると考えられる省耕起栽培、減農薬散布(局所施用または低濃度散布)、減化学肥料施用(堆肥施用)の三つの技術を取り上げ、それぞれの慣行技術と比較すると共に、組み合わせによる効果を検証した。作物に関しては生育、収量および品質を調査し、これらに直接的・間接的に影響を与えると思われる土壌の物理性、化学性の調査を行った。また、耕地生態系を評価するための指標として雑草と土壌節足動物の調査を行った。 第1章保全型の耕起・農薬施用・施肥の組み合わせに対する作物の反応 栽培した3作物のうち、ダイズとコムギでは、省耕起において初期生育の促進と収量の増加が認められた。省耕起では土壌への水の浸潤速度が慣行耕起に比べて遅く、窒素の溶脱が起こりにくかったこと、及びリン等の養分が土壌表層に蓄積したことにより、これら養分の吸収が促進されたことが考えられる。省耕起の優位性は減農薬散布と組み合わせた場合にも同様に見られた。しかし、堆肥施用と組み合わせた場合には、堆肥そのものの窒素供給能が化学肥料に比べて低かったことに加え、省耕起下では窒素の無機化が起こりにくいことから、生育後半では初期の生育促進効果が打ち消され、収量の増加には繋がらなかった。品質には処理による効果は見られなかった。 テンサイでは、根の生育、収量および糖収量に処理による差は見られなかった。地上部の生育は堆肥施用下で劣っていたが、より薄い葉を広げることで根の生育を支えていたことが示唆された。テンサイは窒素供給のやや少ない環境でも収量を保つことが出来、さらに有害性非糖分の一つであるアミノ酸態窒素の蓄積も少なくなるため、省耕起と堆肥施用の組み合わせは有効であると考えられる。しかし、省耕起と減農薬の組み合わせでは土壌水分の増加と不完全な病原菌処理により病害が問題となることがあり、本研究でも生育後期に褐斑病による被害が大きくなる傾向が認められた。 第2章保全型の耕起・農薬施用・施肥の組み合わせに対する雑草相の反応 雑草は、1年目は減農薬処理区で発生密度が顕著に増加した。2年目は堆肥由来の種子により堆肥施用区で発生密度、サイズ共に増加した。3年目には前年に種子を散布した種が省耕起区で多く発生した。また、省耕起・減農薬・堆肥施用の組み合わせでは、越年草の越冬個体が増加した。しかし、これらの傾向は年毎に異なっており、繁殖や越冬により翌年にさらに影響が持ち越される傾向も認められなかった。すべての処理の組み合わせにおいて、雑草の作物への影響はほとんど見られなかった。 雑草の種数及び多様性指数は、種子の持込みにより堆肥施用で増加する傾向が見られた。また、堆肥施用では化学肥料に比べて雑草の生育及び繁殖が抑制されるため、特定の種が優占することが少なくなると考えられた。さらに多様性指数は省耕起と組み合わせることで増加する可能性が示された。これは、省耕起下では、慣行耕起の条件下で有利に生長する優占種の競争力が低下するため、堆肥によって持ち込まれた種や、非優占種が生き延びやすいことによると考えられる。 第3章保全型の耕起・農薬施用・施肥の組み合わせに対する土壌小型節足動物の反応 土壌小型節足動物の生息密度は、コムギに比べてテンサイの栽培下で高く、特にトビムシでその傾向が顕著であった。コムギの茎葉は畝間まで覆わないのに対し、テンサイの葉は早い時期に畝間を覆うため、トビムシに好適な生息環境を提供した可能性がある。 省耕起と堆肥施用の組み合わせによって、2年目(テンサイ)にはダニの生息密度が、3年目(春コムギ)にはダニを含むすべての土壌小型節足動物の生息密度が増加した。省耕起のみでは生息密度の増加は認められなかったことから、省耕起の土壌小型節足動物に対する効果は、堆肥として持ち込まれた有機物をより表層に蓄積することに由来すると考えられる。省耕起と堆肥施用の組み合わせの下での土壌有機物の蓄積は食料供給源となるだけではなく、土壌の水分条件の改善や乾燥密度の低下にもつながることが期待でき、土壌小型節足動物にとってよりよい生育環境をつくると考えられる。 結論 雑草相の多様性や土壌小型節足動物の生息数は、省耕起と堆肥施用の組み合わせによって増加する可能性のあることが示された。雑草は、土壌流出を抑え養分の循環を促進し利用効率を高めると共に,有機物の供給と土壌表面の保護によって土壌小型節足動物に代表される土壌生物相を豊かにすると考えられる。土壌小型節足動物は、土壌有機物の分解を促進することにより作物が利用可能な窒素を供給し、食物連鎖により病虫害の発生を抑える機能を有する。実験3年目には省耕起と堆肥施用の組み合わせにより、土壌有機物量が増加した。これをさらに継続することによって、土壌構造が改善され、土壌生態系の機能が最大限に発揮されるならば、ダイズとコムギで見られた窒素の無機化の問題が軽減される可能性がある。さらに、土壌生物相が十分に安定を保つことが出来るようになれば、減農薬を組み合わせてもテンサイで見られた病害も軽減できる可能性がある。 保全型栽培技術を導入した場合には、初期の数年間は収量の低下は免れないであろう。しかし、収量低下による減収は、投入エネルギー・資材のコスト削減によってある程度補償できる。例えば2001年のテンサイの栽培の例では、省耕起・減農薬散布・堆肥施用で栽培した場合、慣行栽培に比べて1ヘクタールあたり約16万円のコスト削減が可能である。これは、2001年のテンサイ栽培による粗収入の約15%にあたる。もし土壌生態系の機能の回復により収量の低下が次第に軽減されるならば、長期的には保全型栽培技術が経済的にも優れているといえる。 省耕起、減農薬、堆肥施用の技術は、十勝地方の農家が簡単に取り入れることができる現実的な保全型技術である。省耕起は、不耕起のように新たな機械の導入や、移植・施肥等の作業の変更を必要としない。減農薬散布は、各農家の雑草・病虫害の被害程度にあわせて柔軟に実施することが出来る。堆肥施用には、成分分析および散布サービスを行っている営農集団や農協などを利用することが出来る。本研究で取り上げた保全型栽培技術は、現在の農業が抱えるエネルギー・環境問題を解決するための必ずしも最良の方法ではないかも知れないが、より広く取り入れられることで諸問題の悪化にブレーキをかけ、持続的な農業生産システムへ移行するためのステップに成り得ると考える。 | |
審査要旨 | 農業機械の発達と農薬・化学肥料等の開発は、農作物の生産量の増加と労働力の削減に大きく貢献したが、一方でこれらの利用は耕地生態系が本来有する養分循環や病虫害の抑止力等の機能の低下を招いた。そのため、収量確保に更なる外的投入が必要となり、いっそう耕地生態系の機能を低下させるという悪循環が生じ、地球温暖化ガスの放出や、農薬汚染、地表水の富栄養化など、地球規模での深刻な環境問題の原因にもなっている。こういった問題を解決するために持続的な農業生産システムを構築することが求められている中、本論文は、これまでに有効性が示唆されてきた保全型の耕起や農薬施用、施肥などの技術が実際に農業生産の現場に取り入れられるために、より現実的な設定の下で効果を検証するとともに、技術の組み合わせによって生まれる可能性のある正負の交互作用について、独自の検討を行ったものである。実験では、北海道十勝平野の畑作栽培において技術の組み合わせの効果を総合的に評価することを目的とし、いくつかの保全型の技術の中から、ダイズ-テンサイ-春コムギの輪作体系に最も適していると考えられる省耕起栽培、減農薬散布(局所施用または低濃度散布)、減化学肥料施用(堆肥施用)の三つの技術を取り上げた。 第1章では、保全型の耕起・農薬施用・施肥の組み合わせに対する作物の反応を調査した。ダイズとコムギでは、省耕起において初期生育の促進と収量の増加が認められた。省耕起では土壌への水の浸潤速度が慣行耕起に比べて遅く、窒素の溶脱が起こりにくかったこと、及びリン等の養分が土壌表層に蓄積したことにより、これら養分の吸収が促進されたことが考えられる。省耕起の優位性は減農薬散布と組み合わせた場合にも見られた。しかし、堆肥施用と組み合わせた場合には、堆肥そのものの窒素供給能が化学肥料に比べて低かったことに加え、省耕起下では窒素の無機化が起こりにくいことから、生育後半の生長が劣り収量の増加には繋がらなかった。品質には処理による影響は見られなかった。テンサイでは、根の生育、収量および糖収量に処理による差は見られなかった。地上部の生育は堆肥施用下で劣っていたが、より薄い葉を広げることで根の生育を支える機構のあることが示された。テンサイは窒素供給のやや少ない環境でも収量を保つことが出来、さらに有害性非糖分の一つであるアミノ酸態窒素の蓄積も少なくなるため、省耕起と堆肥施用の組み合わせは有効であると考えられる。しかし、省耕起と減農薬の組み合わせでは土壌水分の増加と不完全な病原菌処理により病害が問題となることがあり、本研究でも生育後期に褐斑病による被害が大きくなる傾向が認められた。 第2章では、雑草相を調査した。雑草は、1年目は減農薬処理区で発生密度が顕著に増加した。2年目は堆肥由来の種子により堆肥施用区で発生密度、サイズ共に増加した。3年目には前年に種子を散布した種が省耕起区で多く発生した。また、省耕起・減農薬・堆肥施用の組み合わせでは、越年草の越冬個体が増加した。雑草の種数及び多様性指数は、種子の持込みにより堆肥施用で増加する傾向が見られた。また、堆肥施用では化学肥料に比べて雑草の生育及び繁殖が抑制されるため、特定の種が優占することが少なくなると考えられた。さらに多様性指数は省耕起と組み合わせることで増加する可能性が示された。これは、省耕起下では、慣行耕起の条件下で有利に生長する優占種の競争力が低下するため、堆肥によって持ち込まれた種や、非優占種が生き延びやすいことによると考えられる。 第3章では、土壌小型節足動物の反応について調査した。省耕起と堆肥施用の組み合わせによって、2年目にはダニの生息密度が、3年目にはダニを含むすべての土壌小型節足動物の生息密度が増加した。省耕起のみでは生息密度の増加は認められなかったことから、省耕起の土壌小型節足動物に対する効果は、堆肥として持ち込まれた有機物をより表層に蓄積することに由来すると考えられる。省耕起と堆肥施用の組み合わせの下での土壌有機物の蓄積は食物供給源となるだけではなく、土壌の水分条件の改善や乾燥密度の低下にもつながることが期待でき、土壌小型節足動物にとってよりよい環境をつくると考えられる。 以上より、雑草相の多様性や土壌小型節足動物の生息数は、省耕起と堆肥施用の組み合わせによって増加する可能性のあることが示された。雑草は、土壌流出を抑え養分の循環を促進し利用効率を高めると共に、有機物の供給と土壌表面の保護によって土壌小型節足動物に代表される土壌生物相を豊かにすると考えられる。土壌小型節足動物は、土壌有機物の分解を促進することにより作物が利用可能な窒素を供給し、食物連鎖により病虫害の発生を抑える機能を有する。実験3年目には省耕起と堆肥施用の組み合わせにより、土壌有機物量が増加したが、これをさらに継続することによって、土壌構造が改善され、土壌生態系の機能が最大限に発揮されるならば、ダイズとコムギで見られた窒素の無機化の問題が軽減される可能性がある。さらに、土壌生物相が十分に安定を保つことが出来るようになれば、減農薬を組み合わせてもテンサイで見られるような病害を軽減できる可能性がある。 保全型栽培技術の導入にともなう初期数年間の収量の低下による減収は、投入エネルギー・資材のコスト削減によってある程度補償できる。もし土壌生態系の機能の回復により収量の低下が次第に軽減されるならば、長期的には保全型栽培技術が経済的にも優れていることが試算された。また、省耕起、減農薬、堆肥施用の技術は、農家が簡単に取り入れることができる現実的な保全型技術である点に長所がある。本研究で取り上げた保全型栽培技術は、現在の農業が抱えるエネルギー・環境問題を解決するための必ずしも最良の方法ではないかも知れないが、より広く取り入れられることで諸問題の悪化にブレーキをかけ、持続的な農業生産システムへ移行するためのステップに成り得ると考えられる。 本論文は、持続的な作物栽培システムの構築が急務とされる中で、丹念な圃場試験を実施し、科学的な視点から代表的な環境保全型の技術のメカニズムを解明するとともに、作物生産の現場での実践の方向を提示したもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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