学位論文要旨



No 118228
著者(漢字) 池上,徹郎
著者(英字)
著者(カナ) イケガミ,テツロウ
標題(和) 組換え核蛋白を用いたレストンエボラウイルス感染症の診断系確立のための研究
標題(洋) Study on the Establishment of Diagnostic Systems of Reston Ebola Virus Infection Using Recombinant Nucleoprotein
報告番号 118228
報告番号 甲18228
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2617号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 久和,茂
内容要旨 要旨を表示する

 エボラウイルス(EBOV)とマールブルグウイルス(MBGV)は非分節性、マイナス鎖のRNAウイルスでモノネガウイルス目、フィロウイルス科に属している。EBOVには、ザイールエボラウイルス(EBO-Z)、スーダンエボラウイルス(EBO-S)、コートジボアールエボラウイルス(EBO-CI)、レストンエボラウイルス(EBO-R)の4種が存在する。EBO-Z、EBO-S、EBO-CIはアフリカ大陸の熱帯地域に出現し、ヒトに高い病原性を示す。EBO-Rはフィリピンのカニクイザル繁殖、輸出施設に出現し、感染サルの一部がアメリカやイタリアに輸出され、流行を引き起こした。EBO-R流行時に感染サルと接触した数人に抗体上昇が認められたが、発症に至った例はない。

 フィロウイルスのゲノム構造は、3'-NP(核蛋白)-VP35(P蛋白)-VP40(マトリックス蛋白)-GP(膜蛋白)-VP30(転写に関与する核蛋白)-VP24(カプシド形成に関与する膜関連蛋白)-L(RNA依存性RNAポリメラーゼ蛋白)-5'であり、各遺伝子には保存された転写開始シグナルと転写停止シグナルが存在する。

 第一章では、フィリピンで1996年EBO-R流行時に採材した感染カニクイザルの肝臓より抽出した全RNAを用いてRT-PCRを行い、産物をダイレクトシークエンスし、EBO-Rの全ゲノム塩基配列(全長18890塩基)を決定した。エボラウイルスに共通した特徴としてLに特異的な転写停止シグナル配列、2カ所の遺伝子重複部位の存在、1カ所の長い遺伝子間配列の存在、リーダーおよびトレーラー間の共通配列の存在、NPの長い3'-非翻訳領域などが明らかとなった。

 また、1989年のペンシルバニア株と全塩基配列を比較した結果、遺伝子構造は完全に一致した。これらの特徴はEBO-ZとMBGVの塩基配列の比較によって提唱されたフィロウイルス科の基準を支持するものである。また、1989年のレストン株、1989年のペンシルバニア株、1992年のイタリア株、1992年のフィリピン株と、今回解析した1996年フィリピン株のGPのアミノ酸配列を比較した。その結果、同じ年の流行株間ではGPのアミノ酸置換がみられなかったのに対し、異なる年の流行株間では10個以上のアミノ酸置換がみられた。EBOVは感染個体内で変異を起こしにくいことが報告されており、異なる年のEBO-R株はそれぞれ別の自然宿主個体に由来する可能性が考えられた。

 第二章では、同流行時に採材した24頭のEBO-R自然感染カニクイザル(死亡サル12頭、安楽殺サル12頭)および5頭のEBO-R非感染サルの肝臓、脾臓、腎臓、肺を病理組織学的に検索した。死亡サルでは、肝細胞での封入体形成、壊死、赤脾髄における重度のフィブリン沈着、白脾髄のリンパ球の減少、各臓器での血栓形成がみられた。安楽殺サルは種々の程度の組織所見を呈した。EBO-R抗原は主に単球・マクロファージ(Mφ)、血管内皮細胞、線維芽細胞にみられた。今回検索したEBO-R感染サルの血管内には組織学的に多くの単核球が認められ、これらの細胞は免疫染色によりL1抗原陽性の単球・Mφであることがわかった。L1抗原陽性細胞は、死亡サルのほとんどで有意に増加していた。EBO-Z実験感染モルモットでも肉芽腫性炎が起こることが報告されている。単球・Mφの増加は新たなEBO-R感染を誘導し、ウイルスの増殖に有利に働くと考えられる。同流行時のEBO-R感染サルでは、炎症性サイトカインの上昇が報告されている。これらのサイトカインによって血管内皮細胞の前凝固活性が上昇し、血栓形成が引き起こされると考えられる。

 EBO-Rの抗体保有状況は、優れた抗体検出系がないためにほとんど調べられていない。第三章Aでは、EBO-R抗体を高い感度と精度で検出するために、EBO-RまたはEBO-Zの組換えNP(rNP)を安定に発現するHeLa細胞を用いた蛍光抗体法(IFA)を作製した(EBO-R-IFAまたはEBO-Z-IFA)。EBO-R-rNP免疫ウサギ血清3検体、EBO-R自然感染カニクイザル血清16検体はすべてEBO-R-IFA、EBO-Z-IFAで陽性を示した。また、EBO-R-IFAでは免疫ウサギ血清1検体、EBO-R感染サル血清11検体がEBO-Z-IFAよりも高い抗体価を示した。一方、EBOV流行のない施設由来のカニクイザル血清96検体はすべてEBO-R-IFAで陰性であった。以上より、EBO-R-IFAは高い感度と精度でEBO-R抗体を検出することがわかった。

 第三章Bでは、EBO-RおよびEBO-Zの部分rNPを用いたIgG-酵素免疫測定法(ELISA)作製し、EBOV抗体の反応性を解析した。EBOVのNPは739アミノ酸より成るが、アミノ末端側半分は疎水性で抗原性に乏しく、カルボキシル末端側半分は親水性で抗原性に富むことがわかっている。そこで、EBO-Rの部分rNPとしてR△C(アミノ酸残基(aa)360-739)、R△5(aa360-461)、R△6(aa451-551)、R△7(aa541-640)、R△8(aa631-739)を作製した。同様に、EBO-Zの部分rNPとしてZ△C、Z△5、Z△6、Z△7、Z△8を作製した。EBO-R-rNP免疫ウサギ血清2検体、EBO-Z-rNP免疫ウサギ血清4検体、EBO-Z-rNP免疫カニクイザル血清(免疫後7、30、73日目)、EBO-R-IFA陽性EBO-R感染カニクイザル血清10検体の、IgG-ELISAにおける各EBO-RおよびEBO-Zの部分rNPへの反応性を調べた。すべての免疫ウサギ血清、EBO-Z-rNP免疫サル血清(73日目)および、すべてのEBO-R感染サル血清はR△CとZ△Cに反応した。このことから、△Cを用いたIgG-ELISAは充分な感度を有することがわかった。EBO-R感染サル血清10検体中6検体および5検体はそれぞれR△6、R△8に強く反応した。R△6およびR△8に対する反応はEBO-R抗体の偽陽性反応を除外する目安になると考えられる。一方、EBOV非感染サル血清72検体はこのIgG-ELISAで反応しなかった。以上より、新しく作成したIgG-ELISAは精度が高く、特にIFAと併用することによって血清疫学に有用であると思われる。

 第三章Cでは、EBO-R-IFAおよび部分rNPを用いたIgG-ELISAを用いて、1979年から1987年の間に東南アジアより日本に輸入された捕獲野生カニクイザル血清1,992検体(マレーシア由来626検体、インドネシア由来667検体、フィリピン由来699検体)を検索した。EBO-R-mAによる一次スクリーニングを行った結果、25検体が陽性を示した。これらのIFA陽性血清のうち、10検体がIgG-ELISAでR△Cに反応した。R△Cに反応した血清の中で、3検体はR△7またはZ△7のみに、3検体はR△5およびR△6に、また、3検体はR△8のみに反応した。さらにVP40やGPに対する抗体の有無を検査することによりEBO-R特異抗体であることを確認できると思われる。今回の結果より、野生カニクイザルがEBO-R抗体を保有する割合は非常に低いことが示唆された。

 抗原捕捉ELISAはエボラウイルス感染時の迅速診断に最も有効な手法のひとつである。第四章Aでは、EB0-Z-rNPに対する単クローン抗体(MAb)を作製し、EBO-Z、EBO-S、EBO-RのNPを効率よく検出できる抗原捕捉ELISAを作製した。作製した12個のMAbのうち、3-3D、2-11Gが抗原捕捉ELISAでEBO-Z-rNPを高感度で検出した。3-3Dは抗原捕捉ELISAでEBO-R感染カニクイザルの肝臓、脾臓、血清よりEBO-RのNP抗原を検出したが、2-11GはEBO-RのNPを検出しなかった。これより、3-3Dが種交叉性MAbとして有用であることが示唆された。また、3-3DはEBO-Zのaa648〜673、EBO-Rのaa631〜739、およびEBO-Sのaa633〜738を認識していることがわかった。今回、限られた情報のためEBO-CIのrNPを作製することができなかった。3-3Dを用いた抗原捕捉ELISAはEBOVの4種のうち3種までを検出し、EBOV感染症の迅速診断に有効であることがわかった。

 第四章Bでは、EBO-R-rNP特異的MAbを作成し、EBO-RのNPを特異的に検出できる抗原捕捉ELISAを作製した。作製した32個のMAbのうち、Res2-6C8とRes2-1D8が抗原捕捉ELISAで高感度にEBO-R-rNPを検出した。また、Res2-6C8とRes2-1D8はそれぞれaa636〜639、aa636〜643を認識していることがわかった。このエピトープ配列はEBO-Z、EBO-Sには存在しなかった。Res2-6C8とRes2-1D8はIFAでEBO-Z-rNP、EBO-S-NPと全く反応せず、抗原捕捉ELISAでもEBO-Z-rNPを全く検出しなかった。一方、Res2-6C8とRes2-1D8は抗原捕捉ELISAでEBO-R感染カニクイザルの肝臓、脾臓、血清からEBO-RのNP抗原を検出した。このRes2-6C8およびRes2-1D8を用いた抗原捕捉ELISAはEBO-Rを特異的に検出し、3-3Dを用いた抗原捕捉ELISAと併用することによってEBO-R感染をEBO-S、EBO-Z感染と迅速に鑑別できることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、エボラウイルスの組換え核蛋白を用い、エボラウイルスの鑑別診断系を確立したものである。エボラウイルス(EBOV)はザイールエボラウイルス(EBO-Z)、スーダンエボラウイルス(EBO-S)、コートジボアールエボラウイルス(EBO-CI)、レストンエボラウイルス(EBO-R)の4種が存在し、3'-NP(核蛋白)-VP35-VP40-GP-VP30-VP24-L-5'のゲノム構造をもつことが知られている。

 第一章では、フィリピンで1996年に流行したEBO-Rの全ゲノム塩基配列(全長18890塩基)とその遺伝子構造を世界ではじめて決定した。また、1989年のレストン株とペンシルバニア株、1992年のイタリア株とフィリピン株、1996年のフィリピン株のGPのアミノ酸配列を比較した。上記ウイルス株は異なる年の流行株間では10個以上のアミノ酸置換がみられた。以上より、各流行株はそれぞれ別の自然宿主個体に由来する可能性が考えられた。

 第二章では、同流行における24頭のEBO-R感染カニクイザルの肝臓、脾臓、腎臓、肺を病理組織学的に検索した。これはサル類の自然感染例を体系的に病理分類した最初の報告である。肝細胞での封入体形成、壊死、赤脾髄における重度のフィブリン沈着、白脾髄のリンパ球の減少、各臓器での血栓形成がみられた。EB0-R抗原は主に単球・マクロファージ(Mφ)、血管内皮細胞にみられた。EBO-R感染サルの血管内には多くのL1抗原陽性単核球(単球・Mφ)が認められた。単球・Mφの増加は新たなEBO-R感染を誘導し、ウイルスの増殖に有利に働くと考えられた。

 第三章Aでは、EBO-RまたはEBO-Zの組換えNP(rNP)を安定に発現するHeLa細胞を用いた蛍光抗体法(IFA)を作製した。EBO-R-rNP免疫ウサギ血清3検体、EBO-R自然感染カニクイザル血清16検体はすべてEBO-R-IFA、EBO-Z-IFAで陽性を示した。また、免疫ウサギ血清1検体、EBO-R感染サル血清11検体がEBO-Z-IFAよりもEBO-R-IFAで高い抗体価を示した。健常カニクイザル血清96検体はすべてEBO-R-IFAで陰性であった。以上より、EBO-R-IFAは高い精度でEBO-R抗体を検出することがわかった。第三章Bでは、EBO-RおよびEBO-Zの部分rNPを用いたIgG-酵素免疫測定法(ELISA)を作製した。EBOVのNPは739アミノ酸より成り、C末端側半分は親水性で抗原性に富むことがわかっている。そこで、EBO-Rの部分rNPとしてR△C(アミノ酸残基(aa)360-739)、R△5(aa360-461)、R△6(aa451-551)、R△7(aa541-640)、R△8(aa631-739)を作製した。同様に、EBO-Zの部分rNPとしてZ△C、Z△5、Z△6、Z△7、Z△8を作製した。EBO-R感染サル血清10検体はR△CとZ△Cに反応し、△Cを用いたIgG-ELISAは充分な感度を有することがわかった。また、R△6およびR△8に対して強い反応がみられ、EBO-R抗体の偽陽性反応を除外する目安になると考えられる。第三章Cでは、1979年から87年のアジア捕獲野生カニクイザル血清1,992検体のEBO-R抗体保有状況を検索した。EBO-R-IFAで25検体が陽性を示し、このうち10検体がIgG-ELISAでR△Cに反応した。R△6またはR△8に反応したのは6検体であった。以上より、野生カニクイザルではEBO-R抗体を保有する割合は非常に低いことが示唆された。

 第四章Aでは、EBO-Z、EBO-S、EBO-RのNP抗原を効率よく検出できる抗原捕捉ELISAを作製した。EBO-Z-rNPに対して作製した単クローン抗体(MAb)12個のうち、3-3Dが抗原捕捉ELISAでEBO-Z-rNPおよびEBO-R感染カニクイザル材料中のEBO-R-NPを検出した。MAb3-3DはEBO-Zのaa648-673を認識し、EBO-Rのaa631-739、およびEBO-Sのaa633-738にも反応できることがわかった。さらに、第四章Bでは、EBO-RのNPを特異的に検出できる抗原捕捉ELISAを作製した。EBO-R-rNPに対して作製した32個のMAbのうち、Res2-6C8とRes2-1D8が抗原捕捉ELISAで高感度にEBO-R-rNPおよびEBO-R感染カニクイザル材料中のEBO-R-NPを検出した。Res2-6C8とRes2-1D8はそれぞれaa636-639、aa636-643のEBO-R特異的配列を認識していた。Res2-6C8、Res2-1D8、3-3Dを併用することによってEBO-R感染をEBO-S,EBO-Z感染と迅速に鑑別できることがわかった。

 以上、本論文は人獣共通感染症でも特に重要なエボラウイルスに関する遺伝子解析、病理分類及び鑑別診断のための研究を進めたものであり、獣医学領域での貢献が多大である。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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