No | 118229 | |
著者(漢字) | 枝村,一弥 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エダムラ,カズヤ | |
標題(和) | 糖尿病犬に対するブタ膵内分泌細胞を用いた異種移植療法に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the xenotransplantation of porcine pancreatic endocrine cells in diabetic dogs | |
報告番号 | 118229 | |
報告番号 | 甲18229 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2618号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 糖尿病は犬で最も多い内分泌疾患であり、近年その発生率は増加傾向にある。犬の糖尿病のほとんどがインスリン依存型糖尿病(IDDM)で、血糖コントロールに毎日のインスリン投与を必要とする。しかし、飼い主は必ずしも自分の動物に毎日注射することを望まず、さらにインスリン注射のみでは細小血管の合併症の進展は防ぐことができないことから、ヒト同様移植による膵内分泌機能の回復がIDDMの唯一の根治療法と考えられる。一方、犬をドナーとして用いることは倫理上の問題があり、またヒトと同様に自己免疫による移植膵島の破壊の可能性を考慮すると、ブタ膵島細胞を用いた異種移植も検討すべき方法と考えられる。ブタインスリンのアミノ酸配列は犬と同一であり、ブタ膵島は糖尿病犬の理想的なドナー源となり得る。 異種移植の成立は依然として困難であるが、その最大の理由はレシピエントによる拒絶反応である。より良い免疫抑制法が開発されたとはいえ、犬症例への応用にはこれら免疫抑制剤を用いない方法での成功が望ましい。しかし、レシピエントからの免疫隔離にはさまざまな方法が報告されてきたが、現在のところ完全に拒絶を防止できたものはない。 最近、大河原らは膵島細胞を封入したチャンバー型のバイオ人工膵島(Bio-artificial endocrine pancreas; Bio-AEP)を開発した。彼女らは、マウス由来のインスリン分泌腫瘍細胞株(MIN6)を用い、この移植によって免疫抑制なしに実験的糖尿病ラットの長期の血糖正常化に成功した。免疫抑制剤を必要とせず長期にわたる機能を有するBio-AEPが作製できれば糖尿病の治療成績は飛躍的に向上する。 本研究の最終目標は、ブタ膵島細胞の異種移植による犬の糖尿病の根治であるが、ここではその前段階として移植成功率を向上させるための様々な要因に関し実験を行うと同時に、予備的ではあるが実験的糖尿病犬に対しても移植を行い、その将来性を検討した。 第1章の序章に続き、第2章では本研究のすべての章で用いるブタ膵内分泌細胞(PE-cell)の分離培養法に関し、大河原らの報告を若干変更した方法について述べた。 第3章では、PE-cellを長期培養した時の抗原性の変化について検討した。異種移植の最大の障壁の一つに液性および細胞性拒絶反応が挙げられる。長期培養によってPE-cellの抗原性を低下させることが可能となれば、より少ない免疫抑制で異種移植が成立する可能性がある。本章では細胞性拒絶反応に関与するとされるswine leukocyte antigen (SLA) class IIやintercellular adhesion molecule(ICAM)-1、液性の超急性拒絶反応に関与するとされる糖鎖(Ga1α、GlcNAc)の長期培養時における発現の変化を免疫染色ならびにRT-PCRによって検討した。その結果、長期培養によってSLAとGa1αの抗原性低下を認めたが、GlcNAcは増加し、長期培養によるこれらの完全な消失はできなかった。また、PE-cellにはICAM-1の発現がほとんど認められなかった。これらの結果から、長期培養保存したPE-cellであっても犬への移植では何らかの免疫隔離等による拒絶反応の抑制を行う必要性が示された。 PE-cellは一度に大量の分離が困難であるため、ある期間保存しながら活性の高い細胞をなるべく多く確保する必要がある。大河原らはPE-cellの保存法として、プラスチック培養器に単層培養する方法を用いているが、犬での臨床応用を考慮するとより大量にかつ機能の高い細胞を保存することが望ましい。 第4章ではPE-cellを様々なECMをコートした培養皿に4週間培養し、経時的に形態の観察およびインスリン分泌能を測定した。また、培養終了後に各群で糖負荷試験とインスリン染色を行った。用いたECMは、ラミニン、フィブロネクチン、I型コラーゲン、Matrigelならびに足場となりうるpoly-L-lysinとゼラチンである。その結果、ラミニンを用いてPE-cellを4週間培養した成績が、インスリン分泌能とその陽性細胞率および糖応答性が他のECMに比して有意に優れており、PE-cellの長期培養保存に最も適当なECMであることが示唆された。 今回用いたBio-AEPは大河原らが開発したものであり、シリコンリングと二枚の選択的透過膜で構成され、そのチャンバー内にはアガロース、糖質高分子、ニコチンアミドおよびI型コラーゲンを混合した培養基質にPE-cellが封入、培養されている。 第5章では培養基質の主成分であるコラーゲンを変更することでBio-AEPの機能改善を試みた。すなわち、ECMの主成分として従来と同様に低抗原処理されたI型コラーゲン(typeI LA)あるいはマウス肉腫由来の再構成基底膜であるMatrigelを用い、両者をin vitroならびにin vivoで比較した。培養液に両Bio-AEPを入れ、そのインスリン分泌能を比較したところ、基質としてMatrigelを用いた方が優れていた。一方、犬モデルを用いたin vivoの検討ではtype I LAを用いたBio-AEPの方がより長期間PE-cellの機能が維持された。Matrigelを用いたBio-AEPでは、PE-cellが入っていなくとも移植後3カ月以内に厚い線維膜による被包化やチャンバーの破壊があり、チャンバー内への免疫細胞の侵入も認められた。これはMatrigelに含まれる成長因子等が生体内で作用した可能性を示唆しており、生体適合性は低いものと思われた。 第6章では前章までの結果を踏まえ、1.3〜1.8×107/kgのPE-cellを入れたBio-AEPを膵全摘犬の腹腔内に異種移植し、その血糖降下作用および正常血糖維持に必要なインスリン要求量の変化について検討した。6頭の膵全摘犬を約4週間インスリンおよび膵外分泌酵素を投与しながら維持した後に2群に分け、3頭は対照群とし、残りの3頭にはBio-AEPを移植(移植群)した。対照群では、試験期間中にインスリン要求量の減少は認められなかったが、移植群では全頭で移植後3〜17週、インスリン要求量が減少した。すなわち、Bio-AEPは超急性拒絶反応を防止し、かつインスリン離脱には至らなかったものの一定期間の明らかな血糖降下効果を示した。しかし、血糖再上昇後Bio-AEPは3頭中2頭で完全に破壊されており、さらに摘出したBio-AEP内のPE-cellは電顕にて低酸素が原因と考えられる壊死を呈した。このことは、Bio-AEPの構造やPE-cellに対する酸素および栄養の供給など、多くの解決すべき問題が残されていることを示した。 第7章では、Bio-AEPの厚さを薄くして酸素供給を増やす構造に変え、自然発症糖尿病猿に異種移植した。用いたカニクイザルは、全て老齢で肥満後に発症するヒトのII型糖尿病と考えられ、犬の糖尿病と類似する可能性がある。これらの猿にPE-cellを含んだBio-AEPを異種移植したところ、1頭でインスリン投与なしに27週以上空腹時血糖が正常化し、かつその間の血糖維持の指標であるヘモグロビンA1C(HbA1c)も減少した。この例は、我々の知る限り拡散チャンバー型Bio-AEPによる自然発症糖尿病猿の異種移植成功の初めての例と思われる。他の2頭においては、移植後血糖は正常に復さなかったがHbA1cの低下を認めた。犬と猿ではPE-cellに対する免疫応答性が違うと思われ、この成功例が直接犬の症例における成功にはつながらないが、膵が残存し外分泌機能が維持されている糖尿病症例犬へのPE-cell異種移植に道を開くものと考えられた。 近年、米国CDCやFDAはブタ細胞を移植されたレシピエントにおけるブタ内在性レトロウイルス(PERV)感染のモニターを勧告している。しかし、本邦のブタのPERVの存在については全く検討されていない。 第8章では、日本のブタの各品種におけるPERV proviral DNAの保有状況と臓器分布をPCRにて調査した。また、今回用いたPE-cellについても同様に検討した。さらに、Bio-AEPを移植された犬および猿の末梢血および脾臓を用いて、その感染の有無を確認した。その結果、日本にいる各ブタ品種のすべてにPERV proviral DNAが検出され、培養PE-cellにもPERV proviral DNAとmRNAの発現を認めた。しかし、PE-cellを異種移植したいずれの動物おいてもPERVのマイクロキメリズム、感染およびウイルス血症は認められなかった。したがって、免疫抑制剤を用いずにPE-cellの培養された拡散チャンバー型Bio-AEPを移植した場合、PERV感染の可能性は極めて低いことが示された。 最近、膵内分泌細胞は膵管に存在する幹細胞からの分化が示唆されている。PE-cellの大量分離が必ずしも容易でないことから、このような幹細胞の分化によるドナー源の確保も将来の検討課題である。 第9章では、新生子ブタの膵管の三次元組織培養系を用い、膵内分泌細胞への分化を試みた。培養液としては、無添加(対照群)、ニコチンアミド添加(NIC群)、肝細胞増殖因子添加(HGF群)、両者の添加(混合群)の4群を用いた。形態変化は位相差顕微鏡にて観察し、培養終了後に膵管から新生した細胞を同定する目的でインスリン、グルカゴン、および膵管、血管、神経、幹細胞の各種マーカーに対する免疫染色を行い、さらに電顕にて微細形態を観察した。細胞の新生は、混合群が最も多くかつ早期に認められた。しかし、新生細胞はいずれの細胞マーカー対しても染色されなかったが、電顕にて未分化な管状構造と未分化な内分泌顆粒を有する未分化な細胞が認められたことから、NICとHGFにより膵管内に存在する幹細胞から膵内分泌細胞への分化が誘導される可能性が示唆された。 以上、本研究では三次元培養したブタ膵内分泌細胞を免疫隔離膜を用いたBio-AEPに入れて実験的糖尿病犬および自然発症II型糖尿病のカニクイザルに異種移植を行った。その結果、1例の猿を除き本法はまだ多くの解決すべき問題のあることが明らかになった。また本研究では移植成績向上につなげるためのいくつかの検討もあわせて実施した。今後はさらにその改良を目指すと同時に幹細胞由来のドナーの可能性、さらには臨床応用のためのPERVのチェック法などの確立を行い、犬の糖尿病治療への応用について検討を進める予定である。 | |
審査要旨 | 犬の糖尿病のほとんどはインスリン依存型糖尿病(IDDM)で、血糖コントロールに毎日のインスリン投与を必要とする。しかし、インスリン注射のみでは細小血管の合併症の進展は防ぐことができないことから、移植による膵内分泌機能の回復がIDDMの唯一の根治療法と考えられる。一方、犬をドナーとして用いることは倫理上の問題があり、またブタインスリンのアミノ酸配列は犬と同一であることから、ブタ膵島は糖尿病犬の理想的なドナー源となり得る。最近、膵島細胞を封入したチャンバー型のバイオ人工膵島(Bio-artificial endocrine pancreas; Bio-AEP)が開発され、マウス由来のインスリン分泌腫瘍細胞の移植によって免疫抑制なしに実験的糖尿病ラットの長期の血糖正常化が報告された。 本研究では、ブタ膵島細胞の異種移植による犬、さらにはヒトの糖尿病の根治を最終目標とし、その前段階として移植成功率を向上させるための様々な要因に関し実験を行うと同時に、予備的ではあるが実験的糖尿病犬に対しても移植を行い、その将来性を検討した。 第一に、異種移植の最大の障壁である拒絶反応に関し、細胞分離後の長期培養保存期間におけるPE-cellの抗原性の低下について検討した。その結果、細胞性拒絶反応に関与するswine leukocyte antigen (SLA)classII、液性の超急性拒絶反応に関与する糖鎖Galαの発現は低下を認めたが、同様の糖鎖であるGlcNAcの発現は増加し、長期培養によるこれらの完全な消失はできなかった。 次に、分離後の長期保存時におけるPE-cellの機能維持に効果的な培養基質(ECM)を検討した。その結果、ラミニンを用いた培養時がインスリン分泌能と糖応答性に最も優れており、最も適当なECMであることが示唆された。 さらにBio-AEP内の培養基質の犬における生体適合性を検討したところ、ラミニン等を含むMatrigelを用いたBio-AEPは犬の腹腔内で早期に破壊されたことから、従来から用いられている抗原低下処理をしたI型コラーゲンがより生体適合性に優れていることが示唆された。 以上の結果を踏まえ、1.3〜1.8×107/kgのPE-cellを入れたI型コラーゲンをECMとするBio-AEPを膵全摘犬の腹腔内に異種移植し、その血糖降下作用および正常血糖維持に必要なインスリン要求量の変化について検討した。その結果、対照群の膵全摘犬では、試験期間中にインスリン要求量の減少は認められなかったが、移植群では全頭で移植後3〜17週、インスリン要求量が減少した。すなわち、Bio-AEPは超急性拒絶反応を防止し、かつ一定期間の明らかな血糖降下効果を示した。しかし、血糖再上昇時には、Bio-AEPの破壊ならびにPE-cellの低酸素が原因と考えられる壊死が見られ、Bio-AEPの構造やPE-cellに対する酸素および栄養の供給など、多くの解決すべき問題が残されていることが明らかとなった。 この結果をもとにBio-AEPを改善し、3頭の自然発症II型糖尿病カニクイザルに異種移植した。その結果、1頭で免疫抑制剤やインスリン投与なしに27週以上空腹時血糖が正常化し、かつその間の血糖維持の指標であるヘモグロビンAlc(HbAlc)も減少した。これは、拡散チャンバー型Bio-AEPによる自然発症糖尿病猿の初めての異種移植成功例と思われる。他の2頭においても、インスリン離脱はできなかったがHbAlcの低下を認め、この方式の異種移植が犬あるいはヒトの糖尿病治療へ応用可能であることを示すものと思われた。 ブタ細胞の移植ではレシピエントにおけるブタ内在性レトロウイルス(PERV)感染の可能性が示唆されるため、日本のブタの各品種におけるPERV proviral DNAの保有状況と臓器分布を調査した。さらに、前章までに用いたBio-AEP移植犬および猿の末梢血および脾臓を用いて、その感染の有無を確認した。その結果、検査したブタ品種のすべておよびその臓器、ならびに実験に用いたPE-cellにPERV proviral DNAが検出された。しかし、PE-cell異種移植動物おいてはいずれもPERVのマイクロキメリズム、感染およびウイルス血症は認められなかった。したがって、免疫抑制剤を用いずにPE-cellの封入された拡散チャンバー型Bio-AEPを移植した場合、PERV感染の可能性は極めて低いことが示された。 最後に、将来の移植細胞源として幹細胞から膵内分泌細胞への分化について予備的に検討した。その結果、新生子ブタ膵管をニコチンアミドおよび肝細胞増殖因子添加のもとに三次元培養することにより、この分化が生じる可能性が示された。 以上要するに、本研究はブタ膵島細胞を用いた拡散チャンバー型人工膵島の異種移植の将来における応用を目指し、その基礎的検討を行ったものであり、学術上、応用上その貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の博士論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |