学位論文要旨



No 118230
著者(漢字) 大森,崇司
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,タカシ
標題(和) マウスのバベシア感染における宿主感染防御に係るインターロイキン12(IL-12)に関する研究
標題(洋)
報告番号 118230
報告番号 甲18230
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2619号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 日本獣医畜産大学 教授 今井,壮一
内容要旨 要旨を表示する

 バベシア症は、赤血球内寄生の原虫性疾患で、古くから全世界的に広く認められ、牛、馬、犬、猫などの家畜や伴侶動物ばかりでなくヒトにも感染が認められている。本症は発熱、溶血性貧血、黄疸を呈し、家畜ではその経済的な損失も大きく、畜産学上あるいは獣医学上解決の望まれる疾患の一つである。本症の原因となるBabesia原虫には、その種によって感染経過、宿主の免疫応答、糖代謝特性など様々な相違が認められている。マウスバベシア症の原因原虫であるB.microtiとB.rodhainiでは、前者に感染したマウスは、一過性の感染赤血球率の増加を示した後に耐過し、生存するのに対し、後者は急性で著しい感染赤血球率の増加を示した後、斃死する。この感染経過の相違はおもに宿主の免疫応答に関連し、細胞性免疫の活性化によるものと考えられており、とくに感染早期の脾臓中IL-12の産生・分泌が重要と推測されている。しかしながら、IL-12p70の測定法が確立されていないため、IL-1の生理活性を示すIL-12p70からの検討はなされていない。

 そこで本論文では、まず、B.microtiならびにB.rodhaini感染マウスにおける宿主の細胞性免疫の活性化とIL-12p70の変動について、ついで、B.microtiならびにB.rodhaini感染における感染感受性に対するマウスの系統による差をIL-12p70ならびに細胞性免疫の活性化の点から検討した。さらに、抗IL-12p70抗体投与マウスとIL-12p40ノックアウトマウスを用いて、IL-12p70枯渇時のB.microti感染における宿主の免疫応答について検討した。

 第1章では、B.microtiまたはB.rodhainiをBALB/cマウスに感染させ、その感染経過、遅延型過敏反応、脾臓中のIFN-γ濃度、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γおよびIL-4mRNAの発現、血中ならびに脾臓中のIL-12p70濃度の変動について検討した。B.microt感染では、感染赤血球率は感染19日後にピークを示した後、減少し、耐過したが、B.rodhaini感染では感染10日後に著しい感染赤血球率の増加を示し、斃死した。遅延型過敏反応は、B.microti感染では感染2日後に増加し、感染4ならびに6日後もその増加を維持した。一方、B.rodhaini感染では遅延型過敏反応の増加は認められなかった。また、B.microti感染では感染2ならびに4日後に脾臓内CD4陽性T細胞にIFN-γmRNAの発現が認められるのに対し、B.rodhaini感染では観察されなかった。一方、血中IL-12p70濃度はB.microti感染ならびにB.rodhaini感染ともに検出限界以下であったが、脾臓中の濃度はB.microti感染で感染1日後ならびに4日後に有意な上昇を示す2峰性の産生・分泌が認められた。しかしながらB.rodhaini感染ではIL-12p70の変動は観察されなかった。したがって、B.microtiならびにB.rodhaini感染における感染経過の相違ならびに宿主の免疫応答では、感染初期(感染1〜2日後)の細胞性免疫の活性化、すなわち遅延型過敏反応ならびに脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γmRNAの発現など、脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導が重要と考えられた。またこの分化・誘導には、脾臓中のIL-12p70の2峰性の産生・分泌が関連するものと考えられた。

 第2章ではB.microtiならびにB.rodhainiの感染感受性に対するマウス系統の差について細胞性免疫の活性化ならびにIL-12p70の点から検討した。すなわち先天的に脾臓内Th1細胞が優位とされる系統であるC57BL/6、DBA/1ならびにCBAマウスを用いてB.microtiおよびB.rodhaini感染における感染経過、遅延型過敏反応、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γおよびIL-4mRNAの発現、脾臓中IL-12p70濃度の変動について、BALB/cマウスのそれと比較検討した。B.microti感染における感染赤血球率は、BALB/cマウスでは感染19日後にピークを示すのに対し、C57BL/6マウス(14日後)、CBAマウス(16日後)、DBA/1マウス(18日後)ともに感染赤血球率のピークがBALB/cマウスに比較して早期に認められた。しかしながら、感染赤血球率はその後減少し、いづれの系統のマウスにおいても感染耐過した。B.rodhaini感染では、いづれのマウスとも感染8から10日後に斃死した。B.microti感染における遅延型過敏反応は、いづれのマウスにおいても感染2日ならびに4日後に増加したが、BALB/cマウスが感染6日後もその増加を維持するのに対し、C57BL/6、CBAならびにDBA/1マウスでは感染6日後には減少した。また、B.rodhaini感染ではBALB/cマウスを含め、いづれのマウスにおいても遅延型過敏反応の増加は認められなかった。脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γmRNAの発現は、B.microti感染では感染2日後に、いづれのマウスにも認められるのに対し、B.rodhaini感染では観察されなかった。一方、脾臓中IL-12p70濃度は、B.microti感染では、BALB/cマウスでは感染1日ならびに4日後にピークを示すのに対し、C57BL/6ならびにCBAマウスでは感染1日ならびに3日後に、DBA/1マウスでは感染1日および6日後にピークを示す2峰性の産生・分泌を示した。一方、B.rodhaini感染ではいづれのマウスにおいても脾臓中IL-12p70濃度の変動は認められなかった。したがって、Th1優位な系統とされるC57BL/6、CBAおよびDBA/1マウスいづれにおいてもB.rodhaini感染に対する宿主の免疫応答ならびにIL-12p70に系統による差は認められなかった。またB.microti感染では、いづれのマウスにおいても感染早期(感染2日後)に脾臓内Th細胞がTh1細胞へ分化・誘導され、細胞性免疫が活性化していることが明らかとなった。また、この誘導には脾臓中IL-12p70産生・分泌の感染1日後のピークが関連すると推測された。一方、C57BL/6、CBAおよびDBA/1マウスでは感染赤血球率の増加がBALB/cマウスに比較して早期に発現した。これらのマウスでは、感染4日後の遅延型過敏反応が著しく増加し、感染6日後には減少するのに対し、BALB/cマウスでは感染6日後まで持続した。したがって、感染後早期に認められる感染赤血球率の増加は、細胞性免疫の過剰発現あるいは細胞性免疫が持続しないためと推測された。

 第3章では、抗IL-12p70抗体投与BALB/cマウスならびにIL-12p40ノックアウトBALB/cマウスを用いてB.microti感染における宿主の免疫応答について検討した。抗IL-12p70抗体投与マウスならびに対照としたラットIgG投与マウスの感染赤血球率は、無処置マウスに比較して早期にピークを示したが、いづれも感染耐過した。また抗IL-12p70抗体投与マウスでは、ラットIgG投与マウスおよび無処置マウスとは異なり感染6日後の遅延型過敏反応は増加しなかった。さらに、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γmRNAの発現も認められず、脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導は観察されなかった。このように抗IL-12p70抗体投与によるIL-12p70枯渇時には、感染赤血球率が無処置マウスに比較して感染早期に増加することから、IL-12p70の産生・分泌による細胞性免疫の活性化は主に感染早期の原虫排除に関与するものと考えられた。一方、IL-12p40ノックアウトマウスにおいても、感染赤血球率のピークは感染15日後と無処置マウスに比較し早期に発現した。IL-12p40ノックアウトマウスでは、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-γmRNAの発現は認められず、脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導は認められなかった。したがって、IL-12p40ノックアウトマウスにおけるIL-12p70枯渇時においても、感染赤血球率の増加は早期に発現し、IL-12p70の産生・分泌ならびにそれに伴う細胞性免疫の活性化は感染初期の原虫の排除に関与すると考えられた。

 以上の結果、バベシア原虫の感染時に認められる感染早期の宿主の免疫応答には、脾臓中IL-12p70の感染早期の産生・分泌、それに伴う脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導、ならびに細胞性免疫の活性化が重要で、この免疫応答は感染早期の原虫の排除に関与していると考えられた。しかしながら、IL-12p70を枯渇させた場合であってもB.microti感染に感染耐過することから、IL-12p70の産生に伴った感染早期の細胞性免疫の活性化のみではB.rodhaini感染で認められる著しい増加を示す原虫の排除はできないことが明らかとなった。したがって、B.microtiならびにB.rodhaini感染で認められる感染経過の相違には、宿主の他の感染防御機構を考慮する必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 Babesia症は赤血球内寄生の原虫性疾患で、古くから全世界的に広く認められ、畜産学上あるいは獣医学上解決の望まれる疾患の一つである。本論文は、マウスバベシア症の原因原虫で、感染経過の異なるBabesia microtiとB.rodhainiにおける宿主感染防御に係るインターロイキン12(IL12)について検討したもので、緒論ならびに総括の他、以下の3章から構成されている。

 第1章では、B.microtiまたはB.rodhainiをBALB/cマウスに感染させ、その感染経過、遅延型過敏反応、脾臓中のIFN-γ濃度、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-0x2643およびIL-4mRNAの発現、血中ならびに脾臓中のIL-12p70濃度の変動について検討した。その結果、B.microtiならびにB.rodhaini 感染における感染経過の相違ならびに宿主の免疫応答には、感染初期の脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導が重要で、またこの分化・誘導には、脾臓中のIL-12p70の2峰性の産生・分泌が関連することが明らかとなった。

 第2章ではB.microtiならびにB.rodhainiの感染感受性に対するマウス系統の差について、先天的に脾臓内Th1細胞が優位とされる系統であるC57BL/6、DBA/1ならびにCBAマウスを用いてBALB/cマウスのそれと比較検討した。B.microtiが感染における感染赤血球率のピークは、BALB/cマウスに比較し、C57BL/6、CBAならびにDBA/1マウスともに早期に認められたが、いずれのマウスも感染耐過した。B.rodhaini感染では、いずれのマウスも斃死した。B.microtiが感染における遅延型過敏反応はC57BL/6、CBAならびにDBA/1マウスでは、BALB/cマウスとは異なり感染6日後に減少した。一方、B.rodhaini感染では、いずれのマウスも遅延型過敏反応の増加は認められなかった。脾臓中IL-12p70濃度は、B.microti感染では、BALB/cマウスと同様いずれのマウスにおいても2峰性の産生・分泌を示した。一方、B.rodhaini感染ではいずれのマウスも脾臓中IL-12p70濃度の変動は認められず、B.rodhaini感染に対する宿主の免疫応答ならびにIL-12p70の産生・分泌にマウスの系統による差は認められないことが明らかとなった。またB.microti感染では、いずれのマウスにおいても感染早期に脾臓内Th細胞がTh1細胞へ分化・誘導され、この誘導には脾臓中IL-12p70産生・分泌が関連すると考えられた。一方、感染後早期に認められる感染赤血球率の増加は、細胞性免疫が持続しないためと推測された。

 第3章では、抗IL-12p70抗体投与BALB/cマウスならびにIL-12p40ノックアウトBALB/cマウスを用いてB.microtiが感染における宿主の免疫応答について検討した。抗IL-12p70抗体投与マウスならびに対照としたラットIgG投与マウスの感染赤血球率は、無処置マウスに比較して早期にピークを示したが、いずれも感染耐過した。また抗IL-12p70抗体投与マウスでは、ラットIgG投与マウスおよび無処置マウスとは異なり感染6日後の遅延型過敏反応は増加しなかった。さらに、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-0x2643mRNAの発現も認められず、脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導は観察されなかった。このように抗IL-12p70抗体投与によるIL-12p70枯渇時には、感染赤血球率が無処置マウスに比較して感染早期に増加することから、IL-12p70の産生・分泌による細胞性免疫の活性化は主に感染早期の原虫排除に関与するものと考えられた。一方、IL-12p40ノックアウトマウスにおいても、感染赤血球率のピークは感染15日後と無処置マウスに比較し早期に発現した。IL-12p40ノックアウトマウスでは、脾臓内CD4陽性T細胞のIFN-0x2643mRNAの発現は認められず、脾臓内Th細胞のTh1細胞への分化・誘導は認められなかった。したがって、IL-12p40ノックアウトマウスにおけるIL-12p70枯渇時においても、感染赤血球率の増加は早期に発現し、IL-12p70の産生・分泌ならびにそれに伴う細胞性免疫の活性化は感染初期の原虫の排除に関与すると考えられた。

 このように本論文は、バベシア原虫の感染時に認められる感染早期の宿主の免疫応答、とくに感染早期の原虫の排除に係るIL-12p70の関与を明らかにし、バベシア原虫感染における宿主の免疫防御機構の一端を解明したもので、獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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