No | 118232 | |
著者(漢字) | 蔵田,圭吾 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クラタ,ケイゴ | |
標題(和) | 犬のアレルギー性疾患に対する新規免疫療法の開発に関する研究 | |
標題(洋) | Immunological studies on the development of novel immunotherapies for allergic diseases in dogs | |
報告番号 | 118232 | |
報告番号 | 甲18232 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2621号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、気管支喘息やアレルギー性鼻炎などのアレルギー性呼吸器疾患の増加がヒトにおいて大きな問題となっている。アレルギー性疾患の病態において、アトピー素因は非常に重要な因子として知られている。アレルギー性呼吸器疾患の患者においては、ヒョウヒダニ、植物花粉、動物上皮およびカビなどが感作抗原として頻繁に検出され、これら吸入性抗原に対する抗原特異的IgEの過剰産生が認められる。 IgEの産生には、CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞、TH細胞)が重要な役割を果たす。TH細胞は、サイトカイン産生パターンの違いにより、TH1細胞とTH2細胞に分類される。TH1細胞は、インターロイキン-12(IL-12)の刺激によって分化誘導されるインターフェロンガンマ(IFN-γ)産生細胞である。一方、TH2細胞は、主にIL-4を産生する細胞であり、IL-4の刺激によって分化誘導される。IFN-γはB細胞からのIgEの産生を抑制しIL-4はその産生を促進することが明らかにされており、両者のサイトカインバランスはアレルギー性疾患の病態に非常に重要であることが知られており、実際に、アレルギー性喘息やアレルギー性鼻炎の患者においてはTH1/TH2のバランスがTH2に偏位していることが報告されている。 獣医学領域においても、犬の慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎は、ヒトのアレルギー性呼吸器疾患と同様に、その病態に吸入性抗原に対するアレルギー性反応が関与していることが予想されている。しかし、これらの疾患においては抗原特異的IgE検査や皮内反応などのアレルギー検査を用いた研究が行われていないため、吸入性抗原に対するアレルギー性反応の関与は不明である。 これまで、ヒトおよび犬のアレルギー性疾患に対して、感作抗原の抽出液を用いた免疫療法が行われてきた。過去の報告から、免疫療法は、感作抗原に対するTH2主体の免疫反応からTH1の免疫反応を誘導し、臨床症状を改善させることが示唆されている。しかし、従来の免疫療法の有効性は十分ではなく、より有効な治療法の開発が望まれている。 アレルギー性疾患に対する新規治療法の開発においては、TH1免疫反応を効果的に誘導することが重要と考えられる。近年、加熱処理を行ったリステリア菌体抗原(Heat-killed Listeria, HKL)が、喘息モデルのマウスにおいてTH1サイトカインを誘導し、アレルギー反応を抑制することが報告された。また、CpGモチーフを含む細菌DNAや非メチル化合成オリゴDNA(CpG-ODNs)がヒトおよびマウスのNK細胞やマクロファージを刺激してIFN-γやIL-12などのTH1サイトカインを誘導することが明らかになった。これらTH1誘導能を有するHKLおよびCpG-ODNsをアレルギー性疾患に対する新規免疫療法として臨床応用できる可能性が示唆されている。しかし、これまでに、犬においてはHKLやCpG-ODNsのTH1サイトカイン誘導能は検討されていない。 今回の研究では、第1章では、臨床的に慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎の犬において、感作抗原の同定を行い、アレルギー反応のその病態への関与を検討した。またアレルギー性鼻炎の症例に関しては末梢血単核球におけるIL-4およびIFN-γの発現を検討した。第2章では、犬の末梢血単核球において、HKL処理によるIFN-γIL-4、IL-12およびIL-18の発現量の変化を検討した。第3章では、12種類のCpG-ODNsを合成し、犬の末梢血単核球においてIFN-γ誘導能を示すCpG-ODNを検索した。 第1章 慢性気管支炎の犬における感作抗原の検討 慢性気管支炎は、発咳および喘鳴などの呼吸器症状を主訴とする呼吸器疾患であり、その病態にアレルギーの関与が疑われている。本章においては、環境中の吸入性抗原に対するアレルギー反応の病態への検討するため、慢性気管支炎と診断した3頭の犬において、抗原特異的IgE検査および皮内反応を行い、その感作抗原を検討した。また、検出された抗原を用いた末梢血単核球芽球化反応を行った。その結果、今回検討した3例においてコナヒョウヒダニ(Dermatophagoides farinae:DF)の感作を認め、2例においてヤケヒョウにダニ(D.pteronyssinus:DP)の感作を認めた。また、症例のDFに対する末梢血単核球芽球化反応は、5頭のコントロールに比べて、高値を示した。 以上のことから、ハウスダストマイト(DFおよびDP)に対するアレルギー反応がこれら症例における慢性気管支炎の病態に関与していることが示唆された。 アレルギー性鼻炎の犬における感作抗原の検討および末梢血単核球のIL-4およびIFN-γmRNAの発現に関する検討 犬のアレルギー性鼻炎は、くしゃみおよび鼻汁を主訴とする上部気道疾患である、副腎皮質ステロイド剤が著効するため、その病態においてアレルギー反応の関与が疑われている。 今回、臨床的にアレルギー性鼻炎と診断した4症例に関して抗原特異的IgE検査および皮内反応を行い、感作抗原を検討した。また、検出された抗原を用いた末梢血単核球芽球化反応を行った。さらに、感作抗原で刺激した末梢血単核球におけるIL-4およびIFN-γmRNAの発現量を定量的リアルタイムPCR法で検討した。 今回検討した4症例において、ハウスダストマイト(DFおよびDP)の感作を認め、1頭において日本スギ花粉(Cryptomeria japonica,CJ)の感作も認めた。また、症例のDF抗原に対する末梢血単核球芽球化反応は、4頭のコントロール犬に比べて高値を示した。これら症例から分離した末梢血単核球においては刺激前からIL-4mRNAの発現が認められ、DF抗原を用いて刺激培養した結果、全ての症例において、IL-4mRNA の発現の増加を認めた。一方、コントロール犬では、いずれの条件下においてもIL-4mRNAの発現は認められなかった。IFN-γmRNAは、DF刺激培養した場合にのみ両群で差が認められ、コントロール犬と比較して、症例群ではその発現は低値を示した。 以上のことから、ハウスダストマイト(DFおよびDP)に対するアレルギー反応およびTH2(IL-4)主体の免疫反応がこれらの症例のアレルギー性鼻炎の病態に関与していることが示唆された。 第2章 犬の末梢血単核球における加熱処理リステリア菌体抗原(HKL)の免疫刺激能の検討 HKLは、グラム陽性菌であるListeria monocytogenesを加熱殺菌したものである。マウスの脾臓細胞およびヒトの末梢血単核球においてIFN-γを誘導することが知られている。本章においては、犬のアレルギー性疾患におけるHKLを用いた新規治療法の有用性を検討するための基礎研究を行った。まず、HKLが犬の末梢血単核球においてIFN-γを誘導するか検討を行った。また、定量的リアルタイムPCR法を用い、IL-4、IL-12p35、IL-12p40およびIL-18のmRNAの発現についても検討した。 HKL(107-109菌体数/m1)で刺激培養した末梢血単核球の培養上清中のIFN-γは、陰性コントロール(無刺激群)と比較して有意に高いことが明らかとなった。また、HKLはIL-12p35およびIL-12p40mRNAの発現を有意に増強することも明らかとなった。しかし、7頭中3頭においてはIL-4mRNAの発現増強も認められた。HKLの刺激においてはIL-18mRNA発現量の変化は認められなかった。影響しないことも解った。 以上の結果より、HKLは犬の末梢血単核球において、TH1サイトカインを誘導することが明らかとなった。しかし、一部の犬でIL-4mRNAの発現も認めたことから、感作犬において、HKLのアレルギー抑制効果を検討する必要があるものと考えられた。 第3章 犬の末梢血単核球においてIFN-γを有するCpG-ODNsの検索 CpGモチーフ(5'-ATCGAT-3')を含む合成オリゴヌクレオチドDNAは、マウスやヒトのNK細胞、T細胞、およびマクロファージにおいてIFN-γおよびIL-12を誘導することが知られている。また、抗原を結合させたCpG-ODNsは喘息モデルマウスにおいて、抗原特異的TH1反応を誘導し、アレルギー性炎症および気道過敏性を抑制すると報告されている。しかし、CpG-ODNsの反応性には種差があることが知らており、犬においてTH1サイトカインを誘導する配列は明らかとなっていない。 そこで、本章では、12種類のCpG-ODNsを合成し、犬の末梢血単核球におけるIFN-γの誘導能をタンパクレベルおよびmRNAレベルで検討した。 その結果、No,2のCpG-ODN(5'-GGtgc atcgat gcag GGGGG-3')は、CpGモチーフ依存性に、有意に高いIFN-γを誘導することが明らかとなった。さらに、このCpG-ODNはIL-12p40のmRNAの発現を有意に増強することが明らかとなった。またこのCpG-ODNを用いた場合にはIL-4mRNA発現増強は認められなかった。 以上の結果から、犬においてTH1サイトカインを誘導するCpG-ODNの配列が明らかとなり、このCpG-ODNはアレルギー性疾患に対する新規治療法に有用であることが期待される。 結論 第1章においては、犬の慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎において、環境中アレルゲンのその病態への関与を明らかにした。さらに、アレルギー性鼻炎は、TH2免疫応答主体の疾患であることが明らかとなった。本章の結果は、犬におけるこれら疾患の病態解明に有用であるばかりでなく、ヒトのアレルギー性呼吸器疾患のモデルとなる可能性を示唆している。今後、感作抗原を用いた吸入暴露試験を行い、感作抗原と症状発症との直接的な関連を検討する必要があると思われる。 第2章においては、HKLが犬において、TH1サイトカインを誘導することを証明した。しかしながら、IL-4の誘導の可能性も示唆されたことから、感作犬において、HKLのTH1誘導能を検討する必要があるものと考えられた。 第3章では、犬においてIFN-γ産生を誘導するCpG-ODNの配列を決定した。さらに、この配列はIL-4誘導能を示さないことも明らかになった。今後、このCpG-ODNのアレルギー抑制効果を感作犬を用いて検討する必要がある。 本研究の結果は、犬のアレルギー性疾患における病態解明に進歩をもたらすとともに新規免疫療法開発のための基礎的知見を提供するものである。これらが臨床的重要性が高まっているアレルギー性疾患の診断および治療の進歩に貢献することが期待される。 | |
審査要旨 | アレルギー性疾患の病態において重要であるIgEの産生は、TH1サイトカインであるIFN-γによって抑制され、TH2サイトカインであるIL-4によって促進される。両者のサイトカインバランスはアレルギー性疾患の病態において非常に重要であると考えられており、実際に、アレルギー患者においてはTH1/TH2のバランスがTH2に偏位していることが報告されている。アレルギー性疾患に対する新規治療法においては、TH1免疫反応の誘導が重要と考えられる。近年、加熱処理したリステリア菌体抗原(Heat-killed Listeria,HKL)やCpGモチーフを含む細菌DNAや非メチル化合成オリゴDNA(CpG-ODNs)がTH1サイトカインを誘導しアレルギー反応を抑制することが喘息モデルマウスで証明され、アレルギー性疾患に対する新規免疫療法への応用が期待されている。 獣医学領域においても、犬の慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎は、ヒトのアレルギー性呼吸器疾患と同様に、その病態に吸入性抗原に対するアレルギー性反応が関与していることが予想されている。しかし、その詳細な病態は不明であるため、根治的な治療法もない。今回の研究では、第1および2章では、臨床的に慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎の犬において、感作抗原の同定を行い、アレルギー反応のその病態への関与を検討した。第3および4章では、犬の末梢血単核球(PBMC)における、HKLおよびCpG-ODNsのIFN-γ誘導能を検討した。 第1章慢性気管支炎の犬における感作抗原の検討 慢性気管支炎と診断した3頭の犬において、皮内反応および抗原特異的IgE検査によってコナヒョウヒダニ(DF)の感作を認め、2例においてヤケヒョウヒダニ(DP)の感作を認めた。また、症例のDFに対するPBMC芽球化反応も認められた。 以上のことから、ハウスダストマイト(DFおよびDP)に対するアレルギー反応がこれら症例における慢性気管支炎の病態に関与していることが示唆された。 第2章アレルギー性鼻炎の犬における感作抗原の検討および末梢血単核球のIL-4およびIFN-γmRNAの発現に関する検討 アレルギー性鼻炎と診断した4症例において、DFおよびDPの感作を認め、1例において日本スギ花粉(CJ)の感作も認めた。また、症例のDF抗原に対するPBMC芽球化反応も認められた。また、症例のPBMCにおいてDF抗原刺激に関わらず、IL-4mRNAの発現が認められ、DF抗原刺激によりその発現量の増加を認めた。コントロール犬では、いずれの条件下においてもIL-4mRNAの発現は認められなかった。IFN-γmRNAは、両群において有意な差は認められない。以上のことから、ハウスダストマイトに対するアレルギー反応およびTH2(IL-4)主体の免疫反応がこれらの症例のアレルギー性鼻炎の病態に関与していることが示唆された。 第3章犬の末梢血単核球における加熱処理リステリア菌体抗原(HKL)の免疫刺激能の検討 HKL(107-109菌体数/m1)で刺激培養した犬PBMC培養上清中のIFN-γは、コントロール(無刺激)と比較して有意に高いことが明らかとなった。また、HKLはIL-12p35およびIL-12p40mRNAの発現を有意に増強することも明らかとなった。しかし、7頭中3頭においてはIL-4mRNAの発現増強も認められた。IL-18mRNAの発現に変化は認められなかった。以上の結果より、HKLは犬PBMCにおいて、TH1サイトカインを誘導することが明らかとなった。 第4章犬の末梢血単核球においてIFN-γを有するCpG-ODNsの検索 12種類のCpG-ODNsを合成し、犬のPBMCにおけるIFN-γの誘導能を検討した。その結果、No,2のCpG-ODN(5'-GGtgcatcgatgcagGGGGG-3')は、CpGモチーフ依存性に、有意に高いIFN-γを誘導することが明らかとなった。さらに、このCpG-ODNはIL-12p40のmRNAの発現を有意に増強するが、IL-4、IL-12P35、IL-18mRNAの発現は増強しないことが明らかとなった。以上の結果から、No,2のCpG-ODNは犬においてTH1サイトカインを誘導することが明らかとなった。 結論 第1章および第2章の結果は、慢性気管支炎およびアレルギー性鼻炎の病態におけるハウスダストマイトに対するアレルギー反応の関与を示唆している。さらに、アレルギー性鼻炎は、TH2免疫応答主体の疾患であることが示している。第3および4章においては、HKLおよびCpG-ODNsが犬において、TH1サイトカインを誘導することを証明した。本研究の結果は、犬のアレルギー性疾患における病態解明に進歩をもたらすとともに新規免疫療法開発のための基礎的知見を提供するものであり、審査委員は申請者を博士(獣医学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。 | |
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