No | 118234 | |
著者(漢字) | 白倉,雅之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シラクラ,サマユキ | |
標題(和) | センダイウイルスベクターを用いた脳虚血遺伝子治療に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the gene therapy for brain ischemia using Sendai virus vectors | |
報告番号 | 118234 | |
報告番号 | 甲18234 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2623号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 分子生物学のめざましい進歩は、遺伝性疾患をその原因となる遺伝子レベルあるいはゲノムレベルで捉えることを可能とした。ゲノム解析は分子病態の解明や遺伝子診断だけに留まらず、その技術を治療にまで活かそうという発想を生むことになった。遺伝子治療は病気の発症原因となる欠陥遺伝子を突き止めることからはじまり、正常遺伝子に置換するかあるいは欠陥遺伝子の機能を制御することにより、欠陥遺伝子による病因を取り除くことである。これまでに、目的遺伝子を導入するための手法が数多く開発されてきたが、治療用の目的遺伝子をウイルスに組み込んだベクターすなわち組換えウイルスベクターもその一つである。しかしながら、これまでに開発されたウイルスベクターには一長一短がある。そこで、より効率が良く、より安全性の高いウイルスベクターが求められている。 近年、センダイウイルス(SeV)をベースとした遺伝子治療用ベクターが開発された。SeVはパラミキソウイルス科に属すマイナス1本鎖RNAウイルスで、齧歯類における呼吸器病ウイルスであり、ヒトヘの病原性は報告されていない。SeVベクターは中枢神経、末梢神経および筋肉で効率良く目的の遺伝子を大量に発現させることが可能であり、これまでのベクターでは困難であった気道上皮細胞への遺伝子導入も可能であることが報告されている。また、レトロウイルスベクターと違い、ウイルスゲノムが宿主染色体に組み込まれることなく遺伝子発現を行うことが可能である。従って、ヒトヘの臨床応用を考えた場合、安全性が高いと考えられる。このようにSeVベクターによる遺伝子治療の臨床応用が期待されている。 脳虚血等の脳血管障害は主要な日本人の生活習慣病であり、依然として、癌に次いで死因の第二位にランクされる。また、老人性痴呆の半数以上は脳血管性痴呆によるもので、今後、人口構成の高齢化に伴い、死亡者数や有病者数が増加することが考えられ、大きな社会問題となることが予想される。また、幸い一命は取り留めてもしばしば片麻痺や失語症などの後遺症が残こる。従来の治療法として、抗脳浮腫療法や抗血栓療法などが用いられているが、十分な成果が得られているとは言い難い。そのような背景から、新たな治療法の一つとして、遺伝子治療の応用が考えられている。本研究では、SeVベクターを用いた脳虚血遺伝子治療の可能性を探るために、スナネズミ脳虚血モデルにおいて評価を実施した。スナネズミ両側総頸動脈を5分間結紮することにより、海馬CA1領域の錐体細胞が選択的に細胞死に至る。この細胞死は虚血2〜3日後に生じることから、遅発性神経細胞死と呼ばれる。そこでこの神経細胞死の防御を指標として評価を行った。 第2章では、野生型ウイルスに治療用遺伝子を搭載したSeVベクター(付加型SeVベクター)を用いて、スナネズミ脳虚血モデルにおける評価を実施した。治療用遺伝子は神経細胞保護作用を有することが知られ、神経変性疾患治療の候補因子であるグリア細胞株由来神経栄養因子(glial cell line-derived growth factor:GDNF)を用いた。まず始めに、ベクターの基本性能を検討するために、GFP搭載付加型SeVベクターの脳室内投与を行った。その結果、脳室上衣細胞において強いGFP発現が観察された。次いで、GDNF搭載付加型SeVベクターによる虚血実施4日前投与での評価を行った。その結果、海馬CA1領域の神経細胞を保護することが確認された。 しかし、実際の臨床応用を考慮した場合、虚血実施前投与ではなく虚血実施後にベクターを投与しなければならない。そこで、GDNFに加えて、神経細胞保護効果を有すると報告されている神経成長因子(nerve growth factor:NGF)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)、インスリン様成長因子(insulin-like growth factor I:IGF1)および血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)をそれぞれ搭載した付加型SeVベクターを用いて、虚血実施30分後に投与を試みた。その結果、GDNF、NGFおよびBDNF搭載付加型ベクターで保護効果が得られた。次に、さらなる虚血後の時間の延長を求めて、虚血4時間後投与また6時間後投与による検討を実施した。その結果、GDNFおよびNGF搭載付加型SeVベクターによって保護効果が確認された。虚血4時間後投与は実際に臨床応用を想定できる時間である。他のウイルスベクターにおいては、これまで虚血4時間後投与あるいは6時間後投与での保護効果は全く報告されていない。これらの結果からSeVベクターを用いた脳虚血遺伝子治療の可能性が非常に高まったと考えられる。しかしながら、付加型SeVベクターは野生型ウイルスに治療用遺伝子を付加しただけのベクターであり、いわゆる増殖型のベクターである。実際の臨床応用を考えた場合、この型のベクターでは、体内に投与した場合に二次感染を起こす可能性、強力な免疫応答を誘導する可能性が考えられる。そこで、この二次感染を防ぐために、ウイルスの融合蛋白(F蛋白)を欠失させた改良型ベクターとしてSeVのF遺伝子を欠失させたベクター(F遺伝子欠失型SeVベクター)が開発された。 第3章では、F遺伝子欠失型SeVベクターを用いて、同様に評価を実施した。この型のベクターはF遺伝子を欠失しているため、初代ウイルス粒子は放出されるが、ウイルス外被蛋白は細胞膜と融合できないため、その粒子は非感染性粒子であり、安全性が高いと考えられる。付加型SeVベクターと同様、GDNFおよびNGF搭載F遺伝子欠失型SeVベクターは虚血4時間後投与において有意な保護効果が得られた。しかしながら、GDNFおよびNGF搭載付加型ベクター投与群と比較して、保護効果は弱まった。また、保護効果の持続性を検討するために実施した28日後評価群では、保護効果はほとんど見られなかった。これは放出粒子が免疫反応を強く惹起したため、局所での炎症反応が起きたことによると考えられる。そこで、このような免疫原性を軽減させるために、新規改良型のSeVベクターが開発された。これは、SeVの粒子形成に必須のマトリックス蛋白(M蛋白)と細胞融合蛋白の両者を欠失させたベクター(MF両遺伝子欠失型SeVベクター)である。 第4章では、MF両遺伝子欠失型SeVベクターを用いて、同様に評価を行った。このベクターはM遺伝子を欠失させることによりウイルス粒子の放出が検出されず、免疫原性が軽減されることが予想される。これらのベクターを用いて検討を行った結果、GDNF搭載MF両遺伝子欠失型SeVベクターで高い神経細胞保護効果が得られた。また、GDNF発現量においても付加型SeVベクターと同程度であった。さらに、脳内における病理組織学的検索を行った結果、組織傷害性が軽減されていた。このことは虚血4時間後投与という実際に臨床応用を想定できる時間で効果があり、なおかつ安全性が向上したことを示している。 本研究で得られた結果は、SeVベクターが中枢神経系において高効率、高発現能を持ち、SeVベクターを用いた脳虚血遺伝子治療の可能性を示唆するものである。また、SeVベクターは中枢神経系において非常に高い発現能を有することから、他の神経変性疾患の治療への応用が可能であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、脳虚血モデルを用いてセンダイウイルスベクターの有効性及び安全性を明らかにしたものである。4章より構成されている。第1章ではウイルスベクターに関する総論がのべられている。センダイウイルス(SeV)はパラミクソウイルス科のRNAウイルスで、齧歯類における呼吸器病ウイルスであり、ヒトヘの病原性は報告されていない。また、SeVベクターは神経系および筋肉で効率良く目的の遺伝子を大量に発現させることが報告されている。レトロウイルスベクターと違い、ウイルスゲノムが宿主染色体に組み込まれることなく遺伝子発現を行うことが可能であり、ヒトへの臨床応用を考えた場合、安全性が高いと考えられる。また、本モデルで対象にした脳虚血等の脳血管障害は主要な生活習慣病であり、高齢化に伴い患者数が増加し、大きな社会問題となることが予想される。従来の治療法として、抗脳浮腫療法や抗血栓療法などが用いられているが、十分な成果は得られていない。そのような背景から新たな治療法の一つとして、遺伝子治療の応用が考えられている。本研究では、SeVベクターを用い、脳虚血遺伝子治療の可能性を探るために、スナネズミ脳虚血モデルにおいて有効性と安全性の評価を行った。 第2章では、野生型ウイルスに治療用遺伝子を搭載したSeVベクター(付加型SeVベクター)を用いて、スナネズミ脳虚血モデルにおける評価を実施した。治療用遺伝子は神経細胞保護作用を有することが知られ、神経変性疾患治療の候補因子であるグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)を用いた。GDNF搭載ベクターによる虚血実施4日前投与では、海馬CA1領域の神経細胞を保護することが確認された。しかし、実際の臨床応用を考慮した場合、虚血実施後にベクターを投与しなければならない。そこで、GDNFに加えて、神経細胞保護効果を有すると報告されている神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、インスリン様成長因子(IGF1)および血管内皮増殖因子(VEGF)をそれぞれ搭載したベクターを用いて、虚血実施30分後にウイルスベクターの投与を試みた。その結果、GDNF、NGFおよびBDNF搭載ベクターで有意な保護効果が得られた。さらなる虚血後の時間の延長を求めて、虚血4時間後投与また6時間後投与による検討を実施した。その結果、GDNFおよびNGF搭載付加型SeVベクターによって保護効果が確認された。虚血4時間後投与は実際に臨床応用を想定できる時間である。他のウイルスベクターにおいて、虚血4時間後投与あるいは6時間後投与での保護効果は、これまで全く報告されていず、センダイウイルスベクターの臨床的有用性が明らかになった。 第3章では、安全性を高めるためF遺伝子欠失型SeVベクターを用いて、同様に評価を実施した。この型のベクターはF遺伝子を欠失しているため、初代ウイルス粒子は放出されるが、ウイルス外被蛋白は細胞膜と融合できないため、その粒子は非感染性粒子であり、安全性が高いと考えられる。付加型SeVベクターと同様、GDNFおよびNGF搭載ベクターは虚血4時間後投与において有意な保護効果が得られた。しかしながら、GDNFおよびNGF搭載付加型ベクター投与群と比較して、保護効果は弱まった。また、保護効果の持続性を検討するために実施した28日後評価群では、保護効果はほとんど見られなかった。これは放出粒子が宿主反応を強く惹起したため、局所での炎症反応が起きたことによると考えられた。 第4章では、さらに安全性を高め、かつ宿主反応性を弱めベクターの有効性を挙げるため、MF両遺伝子欠失型SeVベクターを用いて、同様に評価を行った。このベクターはM遺伝子を欠失させることによりウイルス粒子の放出が検出されず、細胞障害性及び宿主反応性が軽減されることが期待される。このベクターを用いて検討を行った結果、GDNF搭載MF両遺伝子欠失型SeVベクターで高い神経細胞保護効果が得られた。また、GDNF発現量においても付加型SeVベクターと同程度であった。さらに、脳内における病理組織学的検索を行った結果、組織傷害性が軽減されていた。このことは虚血4時間後投与という実際に臨床応用を想定できる時間で効果があり、なおかつ安全性が向上したことを示している。 以上、本論文はSeVベクターが中枢神経系において高効率、高発現能を持ち、SeVベクターを用いた脳虚血遺伝子治療の可能性を示唆するものである。また、SeVベクターは中枢神経系において非常に高い発現能を有することから、他の神経変性疾患の治療への応用が可能であると考えられる。獣医学及び医学領域での応用が期待される研究であり、臨床応用に必要な多くの知見を提供した。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価直あるものと認めた。 | |
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