学位論文要旨



No 118235
著者(漢字) 鈴木,和彦
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,カズヒコ
標題(和) 塩化水銀投与Brown Norwayラットの腎間質線維化の発現機序
標題(洋) Pathogenesis of Renal Interstitial Fibrosis in Mercuric Chloride-Treated Brown Norway Rats
報告番号 118235
報告番号 甲18235
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2624号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 腎間質線維化は糸球体腎炎を含む各種腎疾患に付随して認められる病態で、その程度が腎機能低下の程度と密接に関わっているため、腎間質線維化の発現および進展の機序を解明することは医学・獣医学上きわめて重要である。そのため、様々な疾患モデルを用いた研究が行われ、腎間質線維化には多くの因子が関与していることが示唆されてきたが、腎間質線維化の発現・進展機序が非常に複雑であるため、そうした因子が実際にどのように線維化に関わっているかについては未だ不明な点が多い。こうした点を明らかにするには、より多くの病態モデルを用いた研究を行ない、それらから得られた知見を比較・検討してゆく必要がある。

 Brown Norway(BN)ラットは免疫応答能が高い系統で、低用量塩化水銀の繰り返し投与により、抗核抗体や抗糸球体基底膜抗体などの自己抗体産生を特徴とする自己免疫疾患を惹起するため、自己免疫性糸球体腎炎モデルとして汎用されてきたが、間質病変、特に線維化についての報告は少ない。そこで、本研究ではこのBNラットを用い、低用量塩化水銀(1�r/kgb.w.)の1ないし3回皮下投与によって惹起される尿細管壊死後性腎間質線維化病変の発現と進展の機序について、病理組織学的、免疫組織化学的および分子生物学的手法を用いて研究を行なった。本論文は以下の4章からなる。

第1章 腎尿細管間質病変の組織学的検索

 病理組織学的検索を行ったところ、単回投与後に主として皮髄境界部の近位尿細管において、上皮細胞の壊死・脱落(day2)、弱好塩基性細胞質を有する上皮細胞が密に配列した再生尿細管(day4)ならびに尿細管腔拡張(day6)が認められた。3回投与後には尿細管間質において上記の再生性変化を呈する尿細管周囲性に線維化が認められ、経時的に増強した。また、各種間質細胞および浸潤細胞数の推移を免疫組織化学的に検索したところ、傷害された尿細管周囲にα-平滑筋アクチン陽性筋線維芽細胞が認められ、その数はday8をピークに経時的に増加した。また、尿細管周囲および動脈周囲にはED1陽性マクロファージおよびW3/25(CD4)あるいはOX-8(CD8)陽性リンパ球の浸潤・集簇も認められ、これらの陽性細胞数も経時的に増加した。さらに、筋線維芽細胞とマクロファージの数の推移は互いによく相関しており、これらの細胞の増数と間質線維化の程度との間にも相関が認められた。

第2章 尿細管間質病変におけるケモカインとケモカインレセプターの動態

 間質線維化病変発現に不可欠な炎症細胞浸潤の際に必要な走化因子である各種ケモカインとそのレセプターについて、その発現の推移と局在を分子生物学的(RT-PCR法およびin situ hybridization法)および免疫組織化学的に検索した。その結果、ケモカインではCCケモカインであるmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)が最も顕著な発現上昇を示し、regulated upon activation normal T-cell expressed and secreted(RANTES)およびCXCケモカインであるinterferon-γ-inducible protein-10(IP-10)の発現も上昇した。さらに、MCP-1とRANTESについて、それぞれの蛋白の局在を検索したところ、MCP-1は再生尿細管上皮細胞と浸潤細胞、RANTESは浸潤細胞に認められ、浸潤細胞での各陽性細胞数は経時的に増加した。一方、レセプターではMCP-1に特異的なCCR-2の発現が最も顕著で、IP-10に特異的なCXCR-3、RANTESに特異的なCCR-1とCCR-5の発現も増加し、MCP-1とCCR-2、IP-10とCXCR-3の発現はそれぞれほぼ同様の推移を示した。各レセプター蛋白陽性細胞も浸潤細胞中に認められたが、その数はmRNAの発現量の割には少数であった。

第3章 尿細管間質病変におけるTransforming Growth Factor-β1と細胞外基質の動態

 肝臓、腎臓、肺などの各臓器における線維化の発現機序で中心的な役割を担っているとされるサイトカインであるtransforiming growth factor(TGF)-β1のmRNAレベルでの発現と局在を、競合的RT-PCR法とin situ hybridization法により分子生物学的に、活性型TGF-β1蛋白の局在と細胞外基質(ECM)の蓄積の推移を免疫組織化学的に検索した。その結果、TGF-β1mRNAの発現はday6で一旦ピークに達し、一時的に軽度に減少したあと、再度増加する傾向を示した。TGF-β1mRNAのシグナルはday6には再生尿細管上皮細胞にみられ、病変の進展に伴い、浸潤単核細胞でも認められた(day20)。TGF-β1蛋白の局在もmRNAの局在とほぼ同様に、早期には脱落尿細管上皮細胞に、続いて再生尿細管上皮細胞の刷子縁および細胞質基底膜側に認められ、病変の進展に伴い、浸潤単核細胞にも認められるようになった。一方、ECMは、線維化病変部に一致して、管腔拡張を呈する再生尿細管周囲で経時的な蓄積の増強がみられ、中でもFibronectinの蓄積が最も早くかつ最も顕著で、ついでtypeIおよびtypeIV collagenが顕著な蓄積を示した。

第4章 尿細管間質病変におけるマトリクスメタロプロテアーゼとその制御因子の動態

 ECM分解の際に中心的な役割を担っている蛋白分解酵素であるmatrix metalloproteinases(MMPs)とそれらの制御因子の動態と局在について、分子生物学的手法(RT-PCR法およびin situ hybridization法)を用いて検索した。その結果、MMPsのではcollagen分解能をもつMMP-1mRNAの発現は減少したが、検索した他のMMPs(MMP-2、MMP-7、MMP-9)は発現が増加し、MMP-7がより顕著であった。一方、潜在型および活性型MMPsの両方の抑制因子であるtissue inhibitors of matrix metalloproteinases(TIMPs)の中では、TIMP-1mRNAの発現のみが実験期間中を通して常に有意に高値を示した。また、MMPsを前駆蛋白から活性型に変換する際に必要なPlasmin産生系のPlasmin-dependent pathwayでは、urokinase type plasminogen activator(uPA)の発現は変化せず、抑制因子のplasminogen activator inhibitor(PAI)-1mRNAの発現が増加した。さらに、発現上昇を認めた上記2因子(TIMP-1、PAI-1)のmRNAシグナルは、ともに再生尿細管上皮細胞で認められた。

 以上の結果から、塩化水銀投与BNラットでは、近位尿細管を中心とした尿細管上皮細胞への塩化水銀による直接的な傷害の後、MCP-1、RANTESおよびIP-10などにより炎症局所へ浸潤したマクロファージと再生尿細管上皮細胞に由来するTGF-β1が、筋線維芽細胞のfibronectinおよびtype I collagenなどのECMの産生を促進する一方で、MMP-1の発現低下、PAI-1発現増加によるplasmin産生抑制およびTIMP-1発現増加によるMMP活性抑制により、ECMの分解が抑制されることによって間質線維化が発現・進展してゆくことが明らかになった。また、TGF-β1、PAI-1およびTIMP-1が再生尿細管上皮細胞で産生されていたことから、尿細管上皮細胞も腎間質線維化の発現に深く関わっていることが示された。本研究の成果は、腎間質線維化の治療法を考える上でも極めて重要である。

審査要旨 要旨を表示する

 腎間質線維化は各種腎疾患に付随して認められ、その程度が腎機能低下の程度と密接に関連しているため、腎間質線維化の発現及び進展の機序を解明することは医学・獣医学上きわめて重要である。しかし、腎間質線維化には多くの因子が関与していることが示唆されている一方で、そうした因子が実際にどのように線維化に関わっているかについては未だ不明な点が多い。こうした点を明らかにするには、より多くの病態モデルを用いた研究を行ない、それらから得られた知見を比較・検討してゆく必要がある。本研究では、新たに開発した病態モデル、すなわち、Brown Norwayラットヘの1ないし3回の塩化水銀投与により誘発した尿細管壊死後性腎間質線維化病変の発現と進展の機序について、病理組織学的、免疫組織化学的および分子生物学的研究を行なった。得られた結果は以下の通りである。

 (1)病理組織学的検索では、皮髄境界部の近位尿細管を中心に尿細管上皮細胞の壊死とそれに続く再生が認められ、次いで該部の尿細管周囲性に筋線維芽細胞およびマクロファージの浸潤が認められた。これらの浸潤細胞数の推移は互いによく相関し、さらに、これら細胞の増数に伴い、間質線維化が増強した。

 (2)炎症細胞浸潤に必要な走化因子であるケモカインとそのレセプターの発現と局在を分子生物学的ならびに免疫組織化学的に検索した。その結果、ケモカインではMCP-1、RANTESおよびIP-10が、レセプターでは上記ケモカインに特異的なCCR-1、CCR-2、CCR-5およびCXCR-3の発現の上昇が見られた。

 (3)線維化促進サイトカインであるtransforming growth factor(TGF)-β1のmRNAレベルでの発現と局在を分子生物学的に、活性型TGF-β1蛋白の局在と細胞外基質(ECM)の動態を免疫組織化学的に検索した。その結果、TGF-β1mRNAの発現は早期にピークに達した後、一時的に軽度に減少し、再度増加する傾向を示した。TGF-β1mRNAのシグナルは早期には再生尿細管上皮細胞にみられ、病変の進展に伴い、浸潤マクロファージにも認められるようになった。TGF-β1蛋白の局在はmRNAの局在とほぼ同様であった。一方、ECMは、管腔拡張を呈する再生尿細管周囲で経時的に蓄積がみられ、中でもFibronectinの蓄積は最も早くから発現し、かつ、最も顕著であった。

 (4)ECMの分解において中心的な役割を担っているmatrix metalloproteinases(MMPs)とそれらの制御因子の動態について、分子生物学的手法を用いて検索した。その結果、collagen分解能をもつMMP-1mRNAの発現の低下がみられ、一方でMMPsの抑制因子であるtissue inhibitors of matrix metalloproteinases(TIMPs)のうちTIMP-1mRNAの発現が有意に上昇した。また、MMPsを前駆蛋白から活性型に変換する際に必要なplasmindependent pathwayでは、抑制因子であるplasminogen activator inhibitor(PAI)-1mRNAの発現上昇がみられた。さらに、発現上昇を認めた上記2因子(TIMP-1、PAI-1)について、その局在をin situ hybridization法により検索したところ、ともに再生尿細管上皮細胞でシグナルが認められた。

 以上の結果から、MCP-1、RANTESなどにより炎症局所へ浸潤したマクロファージおよび筋線維芽細胞ならびにTGF-β1が、fibronectinおよびtype I collgenなどのECMの産生促進する一方で、PAI-1およびTIMP-1によるMMP活性の抑制によってECMの分解が抑制されることによって、間質線維化が発現し、進展してゆくことが明らかになった。また、TGF-β1、PAI-1およびTIMP-1の産生・分泌に再生尿細管上皮細胞が深く関与していることが示された。

 本研究の成果は腎間質線維化の発現機構を明らかにし、治療法を開発する上で極めて重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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