学位論文要旨



No 118236
著者(漢字) 鈴木,敏彦
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,トシヒコ
標題(和) 消化管筋層間常在型マクロファージの機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 118236
報告番号 甲18236
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2625号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨 要旨を表示する

 生体は体内へ侵入した病原体を排除し増殖を防ぐ機構、すなわち免疫機構をもつが、これは数々の免疫細胞により維持されている。マクロファージは免疫細胞の一つで、細菌や異物などの抗原を貪食し、殺菌・消化するとともに、これらの情報をT細胞に伝える抗原提示機能を有し、免疫の中心的な役割を担う。さらに近年、マクロファージがプロスタグランジン類(PGs)や一酸化窒素(NO)などの低分子生理活性物質を分泌することが明らかとなり、分泌系細胞としても注目されている。マクロファージは、感染部位に遊走し急性の炎症反応に関与する滲出マクロファージと、非感染時においても腹腔や肺胞、肝臓、中枢神経細胞、および腸管などの組織に常在し、生理機能の一部および慢性の炎症反応に関与する組織常在型マクロファージに大別される。

 腸管は粘膜を介して生体外と接しており、常に病原体の侵入に脅かされている。このため、腸管粘膜には組織常在型のマクロファージが存在し、病原体の侵入に備えている。一方、筋層にも組織常在型マクロファージが存在することが知られているが、その機能についてはこれまで全く不明であった。しかし近年、この筋層間常在型マクロファージはLPSにより活性化され、NOやPGsを放出して腸管の収縮運動を抑制することが報告され、腸炎時の消化管運動機能の障害に深く関わっている可能性が示唆された。

 本研究では、この筋層間常在型マクロファージの機能を明らかにすることを目的とした。

(方法)

 1.筋層間常在型マクロファージの形態学的特徴を明らかにするため、常在型マクロファージと特異的に結合する抗体(ED2)を用いて、腸管筋層の免疫組織化学染色を行い、その局在と形態を観察した。さらに、電子顕微鏡によって、その微細構造を観察した。

 2.筋層間常在型マクロファージの生理機能を明らかにするため、マクロファージを筋層から単離後、1日から4日間前後培養し、その形態変化を観察した。続いて、Texas-redで蛍光標識されたデキストランをマクロファージに与え、ED2で免疫組織化学染色を行い、ED2陽性細胞を常在型マクロファージと同定し、その貪食能の有無を調べた。さらに蛍光Ca2+指示薬であるfura-PE3をマクロファージ内へ負荷し、蛍光光度計(PTI)によって蛍光強度の変化を測定することにより細胞内Ca2+動態を調べ、ATP、PAF、LPSなどの受容体の存在を確かめた。さらに、dihydrorhodamine-123およびBCECFをマクロファージ内に負荷し、ATPによる活性酸素種の産生と細胞内酸性化を調べた。

 3.常在型マクロファージの炎症への関与を調べるため、回腸中部あるいは下部から直腸にかけての腸管神経節の先天的欠損による腸管の狭窄および、それより口側での食塊による腸管の膨大および腸炎を引き起こすAganglionosis Rat(AR)を用いた。さらに、ラットの回腸末端の一部を漿膜側からリング状のシリコンチューブで覆い、腸の径を狭めた狭窄モデルを用いた。

 ARの血中エンドトキシン濃度をリムルステストの原理を用いたキットにより測定した。LPS受容体に特異的に結合する抗体(ED9)でARの腸管筋層常在型マクロファージを免疫組織化学染色し、発現量の変化を調べることで、LPS刺激による腸管筋層内での活性化を調べた。炎症性サイトカインであるIL-1β、IL-6、TNFαのmRNAおよび、抗炎症性サイトカインであるIL-10mRNAの発現量をRT-PCR法により調べ、またこれらのサイトカインに対する抗体を用いた免疫組織化学染色によりタンパク質発現量を調べた。

 4.マグヌス法にて、ARと狭窄モデルでの腸管の自発性収縮の頻度と、カルバコール刺激による収縮張力を測定した。さらに、消化管運動のペースメーカー機能を持つカハール介在細胞(ICC)に発現している。c-Kit受容体を特異抗体で免疫組織化学染色を行い、ICCおよび常在型マクロファージと収縮運動との関連を検討した。

(結果)

 1.消化管筋層常在型マクロファージの生物学的性状

 ED2による免疫組織化学染色を行い、共焦点顕微鏡で観察した結果、常在型マクロファージは漿膜部位、筋層3間神経叢、および輪走筋層内に見られた。漿膜部位、筋層間神経叢では数本の偽足を持った細胞、輪走筋層内では筋細胞に沿った細長い二極性の細胞がみられ、さらにいくつかの筋層間神経叢の常在型マクロファージは、神経細胞に接していた。

 透過電子顕微鏡で常在型マクロファージを観察した結果、細く短い偽足様突起や、比較的電子密度の低い細胞質にライソゾームや被覆小胞など常在型マクロファージに特徴的な超微細構造が見られた。また、筋層間神経叢では、常在型マクロファージとカハール介在細胞の突起との密接な接触が見られた。

 腸管を酵素処理して常在型マクロファージを単離し培養したところ、培養1日目では、円形で明瞭な境界を有していたが、培養4日前後では、平板で不規則な境界を示し、典型的なマクロファージの様相を呈していた。また、腸管筋層から単離された細胞のうち、ED2陽性細胞はデキストランを取り込むことから、常在型マクロファージは単離後もその貪食機能を失わないことが示唆された。また、ATP、LPSあるいはPAFを投与すると細胞内カルシウム濃度の増加が見られたことから、常在型マクロファージにこれらの受容体が存在していることが示唆された。さらに、ATPによってdihydrorhodamine-123の蛍光強度の増加およびBCECFの蛍光強度の減少が見られたことから、活性酸素産生が増加し細胞内pHが低下することが示唆された。

 以上の成績より、腸管筋層常在型マクロファージは、他の組織マクロファージと同様の特徴を有し、また、貪食能やoxidative burst機構を持つことから、腸管筋層が病原体に曝露された際は、これを貪食し殺菌・消化する役割を持つことが示唆された。

 2.炎症時における筋層間常在型マクロファージの役割

 2-1 ARでの成績

 ARの腸管膨大部のHE染色により、粘膜層において炎症性細胞の浸潤などの炎症像が観察され、筋層にも炎症性細胞の浸潤が見られた。血中エンドトキシン濃度は対照と比べ有意に増加していた。回腸部筋層ホールマウント標本においても、常在型マクロファージおよび、LPS受容体はともに対照に比べ有意に増加していた。

 腸管筋層の狭窄部および膨大部でサイトカインのmRNAの発現量を調べたところ、IL-1βは両部位ともに対照より増加し、IL-6は膨大部で対照に比べ増加していた。IL-10は、狭窄部で対照に比べ増加していた。一方、狭窄部および膨大部では漿膜で、IL-6およびIL-10が同定された。さらに、筋層間神経叢および、輪走筋層内の常在型マクロファージではIL-10は同定されなかったが、漿膜の常在型マクロファージではIL-10が同定された。

 以上の成績より、ARでは腸管の膨大により腸内細菌が増加し、腸管組織が多量のLPSに暴露され、一部は血中に侵入している可能性が示唆された。また、筋層中のLPS受容体が増加し、炎症性サイトカインであるIL-1βmRNAも筋層中に発現し、IL-6も漿膜に発現していることから、粘膜下の筋層においても炎症反応が進んでいることが示唆された。さらに、漿膜で抗炎症性サイトカインであるIL-10が常在型マクロファージに発現していることから、粘膜から波及した筋層の炎症反応を、腹腔に最も近い漿膜部位で、くい止める働きがあることが示唆された。

 2-2 狭窄モデルでの成績

 一方、狭窄モデルの回腸部筋層ホールマウント標本において、常在型マクロファージおよびLPS受容体を免疫組織化学染色したところ、ARと同様、両者とも対照に比べ有意に増加していた。また、筋層中のTNFαmRNAの発現量は、膨大部で対照より有意に増加していた。また漿膜面では常在型マクロファージに抗炎症性サイトカインであるIL-10が同定された。

 以上の成績よりARと同様、狭窄モデルでも筋層において炎症反応が進んでおり、この炎症を漿膜部位でくい止める働きがあることが示唆された。

 3.腸管運動機能低下

 常在型マクロファージは消化管運動のペースメーカー機能を持つICCと密接に接触しており、炎症時に活性化された常在型マクロファージがICCに影響を与える可能性が考えられるため、ARと狭窄モデルの腸管機能について調べた。

 ARの膨大部輪走筋における自発性収縮頻度および、カルバコール0.1μMおよび、1μMによる収縮反応について検討した結果、自発性収縮頻度は対照より有意に減少していたが、膨大部輪走筋の収縮反応は対照に比べ有意な差は見られなかった。

 狭窄モデルの膨大部輪走筋における自発性収縮頻度および、カルバコール0.1μMおよび、1μMによる収縮反応について検討した結果、対照に比べ有意に減少していた。

 ARおよび狭窄モデルの筋層では、c-Kit陽性細胞が減少しネットワークの構造も変化していたことから、ICCの減少による腸管運動機能の低下が示唆された。

(まとめ)

 本研究により、消化管筋層に存在する常在型マクロファージは、他のマクロファージ同様に免疫細胞としての機能を有していることが示唆された。ARおよび狭窄モデルでは、膨大部筋層で炎症が起こり、筋層間常在型マクロファージが活性化し、サイトカインなどの生理活性物質を介してこれに密接に接触しているICCを減少させ、腸管運動を抑制している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 マクロファージは貪食能や抗原提示機能を有し、免疫の中心的な役割を担い、炎症反応に関与する滲出マクロファージ、および非感染時でも組織に常在する組織常在型マクロファージに大別される。腸管の筋層にも組織常在型マクロファージが存在するが、その機能についてはこれまで不明であった。近年、この筋層間常在型マクロファージmuscularis resident macrophage(MRM)はLPSにより活性化され、NO等を放出し腸管の収縮運動を抑制することが報告され、腸炎時の消化管運動機能の障害に深く関わる可能性が示唆された。本研究は、このMRMの機能を明らかにすることを目的としている。

1.実験方法

 常在型マクロファージの特異抗体(ED2)で腸管筋層を免疫染色し、さらに電子顕微鏡により、その微細構造を観察した。次に、MRMを筋層から単離・培養し、蛍光標識されたデキストランを与え、その貪食能を調べた。また、ATP、PAF、LPS刺激による細胞内Ca動態を調べ、さらにATPによる活性酸素種の産生と細胞内酸性化を調べた。

 MRMの炎症への関与を調べるため、先天的腸管神経節欠損による腸管の狭窄および膨大を引き起こすAganglionosis Rat(AR)およびラットの回腸末端の一部を人工的に狭めた狭窄モデルを用いた。

 ARの血中エンドトキシン濃度をリムルステストにより測定した。ED2およびLPS受容体(CD14)の特異抗体(ED9)で腸管筋層を免疫染色し、これらの数と発現量を調べた。炎症性サイトカインであるIL-1β、IL-6、TNFαのmRNAおよび、抗炎症性サイトカインであるIL-10mRNAの発現量をRT-PCRにより調べ、またこれらのサイトカインに対する抗体で免疫染色し、タンパク質発現量を調べた。

 マグヌス法で、ARと狭窄モデルでの腸管輪走筋の自発性収縮頻度と、カルバコールによる収縮張力を測定した。さらに、消化管運動のペースメーカー機能を持つカハール介在細胞(ICC)に発現している。c-Kit受容体を特異抗体で免疫染色し、ICCおよびMRMと収縮運動との関連を検討した。

2.実験結果

 MRMは漿膜部位、筋層間神経叢、および輪走筋層内で見られた。また、偽足様突起やライソゾーム、被覆小胞などMRMに特徴的な微細構造が見られた。また、筋層間神経叢では、MRMとICCの突起との密接な接触が見られた。単離・培養したMRMは、単離直後は円形で明瞭な境界を有していたが、培養するに従い典型的なマクロファージの様相を呈した。これらの細胞はデキストランを取り込み、貪食能を持つことが示唆された。また、ATP、LPSおよびPAF刺激により細胞内Ca濃度が増加しており、MRMにこれらの受容体が存在することが示唆された。さらに、ATPによって活性酸素種が増加し細胞内pHが低下した。以上の成績より、MRMは、他の組織マクロファージと同様の特徴を有し、貪食能やoxidative burst機構を持つことから、腸管筋層が病原体に曝露された際は、これを殺菌する役割を持つことが示唆された。

 ARでは、腸管膨大部のHE染色により、粘膜層および筋層に炎症像が見られた。血中エンドトキシン濃度は対照と比べ有意に増加していた。回腸部筋層ではMRMおよびCD14はともに対照に比べ有意に増加していた。腸管筋層の狭窄部および膨大部でのサイトカインのmRNAの発現量は、IL-1βは両部位ともに、IL-6は膨大部でのみ、IL-10は狭窄部でのみ、対照に比べ増加していた。一方、膨大部では漿膜で、IL-6およびIL-10が同定され、さらに漿膜のMRMでIL-10が同定された。以上の成績より、ARでは腸管膨大部で腸内細菌が増加し、一部は血中に侵入している可能性が示唆された。また、筋層中のCD14が増加し、IL-1βmRNAが発現し、IL-6も漿膜に発現しており、筋層で炎症反応が進んでいることが示唆された。さらに、漿膜のMRMにIL-10が発現しており筋層の炎症反応を漿膜部位で、くい止める働きがあることが示唆された。

 狭窄モデルの回腸部筋層では、MRMおよびCD14は両者とも、対照に比べ有意に増加していた。また、筋層中のTNFαmRNAの発現量は、膨大部で対照より有意に増加していた。また漿膜のMRMでIL-10が同定された。以上の成績よりARと同様、狭窄モデルでも筋層において炎症反応が進んでおり、これを漿膜部位でくい止める働きがあることが示唆された。

 ARおよび狭窄モデルの自発性収縮頻度は、両者とも対照に比べ有意に減少していたが、カルバコール0.1μMおよび1μMによる収縮反応は狭窄モデルのみ、対照に比べ有意に減少していた。以上の成績よりARおよび狭窄モデルの筋層では、c-Kit陽性細胞が減少しネットワークの構造も変化していたことから、ICCの減少による腸管運動機能の低下が示唆された。

 以上の実験結果から、MRMは、他のマクロファージ同様に免疫機能を持つことが示唆された。ARおよび狭窄モデルでは、膨大部筋層で炎症が起こり、MRMが活性化し、サイトカインなどの生理活性物質を介してこれに密接に接触しているICCを減少させ、腸管運動を抑制している可能性が示唆された。これらの知見は、これまで不明であったMRMの役割をはじめて明らかにしたものであり、学術上の重要性はいうに及ばず、今後の消化管作動薬の開発にとっても有用な知見と考えられる。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。

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