学位論文要旨



No 118237
著者(漢字) 津嶋,良典
著者(英字)
著者(カナ) ツシマ,ヨシノリ
標題(和) 水系感染症としてのクリプトスポリジウム症の研究
標題(洋) The Study of Cryptosporidiosis as a Waterborne Disease
報告番号 118237
報告番号 甲18237
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2626号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 水系感染症としてのクリプトスボリジウム症は、原生動物界アピコンプレクス門の真コクシジウム目に属し、クリプトスポリジウム科に分類される原虫により引き起こされる。1983年以降世界各地でほぼ毎年のように人の集団感染例が報告されており、人感染時の症状は水様性の下痢、時に腹痛、吐き気、発熱、疲労を伴うという厄介なものである。Prepatent periodは平均7.2日といわれている。従って、感染症が発生してから原因がクリプトスポリジウムであると突き止めても、その汚染源の特定は困難なことが多い。

 一般に感染するのに必要なオーシスト数は30個ほどであるということがアメリカのボランティア実験で報告されている。普通は発症して3〜7日ほどで自然治癒するが、AIDSなどの免疫不全症患者の場合や、乳幼児、老人などの場合には死に至ることもある。日本の埼玉県越生町で起こった事故では幸運にも死者は報告されていないが、ミルウォーキーで約40万人が感染した事例では約100名が死亡したとされている。2002年に入ってからも2月と5月に北海道で、すでに2件の集団感染が発生している。感染症対策が急務とされているが、十分な疫学的解析もなされておらず、本邦では集団感染発生時に満足な対応もなされていない。

 本研究では、わが国有数の酪農地帯である北海道の河川湖沼の汚染状況の実体を把握するとともに、主な汚染源と推定される牛糞便から本原虫を分離同定し、より高感度の検出法を検討するとともに、詳細な解析を加え、遺伝子解析により種を同定し、分離オオシストの生死の判定、病原性、生存率、感染性などを評価し、飼育牛と本原虫水系感染症との因果関係についても考察した。

 最終的には本原虫の正確かつ高感度の検出系を確立し、集団感染の予防に貢献するとともに、集団感染発生時には迅速な対応が可能なシステムの構築をめざし、本原虫による水系感染症対策に貢献することを目的に本研究に取り組んだ。

 本論文は、次の五章より構成される。

第一章 General Introduction

第二章 北海道における環境水中からのC.parvumオオシストの検出

第三章 硫酸鉄フロキュレーション法を用いた北海道における河川水中C.parvumオオシスト数の季節変動の検討

第四章 SCIDマウスを用いた北海道における河川水中C.parvumオオシストの生死判定と感染性の検討

第五章 General Discussion and Conclusions

北海道における環境水中からのC.parvumオオシストの検出

 北海道道東地区の飼育牛の疫学調査報告とすでに報告されている各検出法の検討から、本研究では、従来よりも検出感度の高い方法を用いて、C.parvumオオシストによる環境水汚染状況の正確な把握を試みた。即ち、大容量の環境水サンプルを処理できるカートリッジフィルターを用いたフィルトレーション法、及び我々が改良法を考案した硫酸鉄水溶液を用いたフロキュレーション法の2法である。フィルトレーション法は、米国環境保護庁(U.S.EPA)で推奨されている検出感度の高い方法である。上記の2法により採取された環境水サンプルを、蔗糖不連続密度勾配分離法にて分離濃縮しC.parvum特異的染色法であるキニヨン染色と蛍光抗体法によりC.parvumオオシストを同定した。その結果、調査した河川の60%(6/10)、採取したサンプルの50%(14/28)がC.parvum陽性であった。また、フィルトレーション法による環境水中検出オオシスト濃度は、最大値を諸外国の数値と比較しても非常に低い濃度(MaxO.8oocystsll)であった。

硫酸鉄フロキュレーション法を用いた北海道における河川水中C.parvumオオシスト数の季節変動の検討

 前章では、わが国で初めて、北海道の河川水中にもC.parvumオオシストが存在することを明らかにした、これまでの報告では、人のクリプトスボリジウム症の発生には明確では無いが季節性が見られたとの報告もあり、農業活性や農作業のサイクルとの関係も推定されたので、北海道の河川を対象に、河川水中に存在するC.parvumオオシストの季節変動を調べる目的で、オオシストの検出を行った。1999年8月から2001年10月までの間、3河川について硫酸鉄フロキュレーション法による分離と蛍光抗体法及び核染色法による同定を実施した。その結果、8月をピークとする季節性が観察され、降雨量、一ヶ月未満の子牛頭数、農業形態の関与が示唆された。

SCIDマウスを用いた北海道における河川水中C.parvumオオシストの生死判定と感染性の検討

 近年、生死判定では簡便さからDAPI/PI法などの核染色を用いた方法が検討されているが、環境水中には夾雑物も多く存在し、特異蛍光と非特異蛍光を見分けるのも容易ではなく、たとえ生存が確認されたとしても、感染性の有無は不明であった。そこでSCIDマウスを用いて、北海道の河川水中より検出したC.parvumオオシストの生死及び感染性を検討した。キュノカートリッジフィルターを用いたフィルトレーション法、蛍光抗体法及び核染色法(DAPI染色)により2001年9月及び10月に北海道の河川水中から約2×104個のC.parvumオオシストを採取した。検出したオオシストを6匹のSCIDマウス(l×lO3個/1匹)に経口投与したところ感染が成立し、マウス糞便中にオオシストを検出した。このオオシストをHokkaido River Water-1(HRW-1)とし、次に、継代維持したHRW-1の感染性を調べる目的でC.parvum bovine genotype HNJ-1及び北海道十勝地区飼育牛より分離したC.parvum bovine genotype TK-1と比較検討した。SCIDマウスにオオシストl×104個/1匹を経口接種後、2日毎に糞便を回収し、オオシストを蔗糖浮遊遠心分離法にて粗精製し、蛍光抗体法にて検出して、1g糞便中のオオシスト数(OPG)を経時的に比較検討した。その結果、3群の平均OPGの動態に顕著な差は見られなかった。また、HRW-1の遺伝子型をSmall Subunit Ribosomal RNA遺伝子を用いたPCR制限酵素断片長多型法にて調べた結果、C.parvum genotype2であった。

 本研究において、本邦では初めて、河川水中からC.parvumオオシストを検出し、河川水中オオシスト濃度に8月をピークとする季節性が観察され、3つの要因、すははち、降雨量、一ヶ月未満の子牛頭数、農業形態(施肥の方法)の関与が示唆された。そして、動物への感染性と種を確認した。その結果、検出オオシストは飼育牛由来である可能性が大きいことが示唆された。対策として、施肥の方法を再検討し河川へのオオシスト流入を防止対策とクリプトスポリジウム感染牛撲滅対策が必要である。2002年に入って北海道においてC.parvumの集団感染事例が報告されている。本原虫の正確かつ高感度の検出系を確立し、集団感染の予防に貢献するとともに集団感染症発生時に迅速に対応可能なシステムの構築は、緊急課題であるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、わが国有数の酪農地帯である北海道の河川湖沼のCyptosporidium parvumによる汚染状況を把握し、主な汚染源と推定される牛糞便から本原虫を分離・同定し、従来より高感度の検出法を検討するとともに、遺伝子解析により種を同定し、分離オオシストのViabilityとInfectivityを評価し、飼育牛と本原虫水系感染症との因果関係も考察した。本論文の内容は、以下の3章より構成されている。

第1章 北海道における環境水中からのC.parvumオオシストの検出

 まず初めに、北海道における河川水中からのC.parvumオオシストの検出に取り組んだ。北海道の飼育牛の疫学調査報告と既に報告されている各検出法の検討から、従来よりも検出感度の高い方法を用いて、C.parvumオオシストによる環境水汚染状況の正確な把握を試みた。即ち、大容量の環境水サンプルを処理できるカートリッジフィルターを用いたフィルトレーション法、及び我々が改良法を考案した硫酸鉄水溶液を用いたフロキュレーション法の2法である。上記の2法により採取された環境水サンプルを、蔗糖不連続密度勾配分離法にて分離濃縮し、キニヨン染色法と蛍光抗体法によりC.parvumオオシストを同定した。その結果、調査した河川の60%(6/10)、採取したサンプルの50%(14/28)がC.parvum陽性であった。また、フィルトレーション法による検出オオシスト濃度は、最大値を諸外国と比較しても非常に低い濃度(MaxO.8oocysts/L)であった。

第2章 硫酸鉄フロキュレーション法を用いた北海道における河川水中C.parvumオオシスト数の季節変動の検討

 次に、硫酸鉄フロキュレーション法を用いた北海道における河川水中C.parvumオオシスト数の季節変動の検討に取り組んだ。これまでの報告では、人のクリプトスポリジウム症の発生には明確では無いが季節性が見られたとの報告もあり、農業活性や農作業のサイクルとの関係も推定されたので、北海道の河川を対象に、河川水中に存在するC.parvumオオシストの季節変動を調べる目的で、オオシストの検出を行った。1999年8月から2001年10月までの間、3河川について硫酸鉄フロキュレーション法による分離と蛍光抗体法及び核染色法による同定を実施した。その結果、8月をピークとする季節性が観察され、降雨量、一ケ月未満の子牛頭数、農業形態の関与が示唆された。

第3章 SCIDマウスを用いた北海道における河川水中C.parvumオオシストの生死判定と感染性の検討

 最後に、SCIDマウスを用いた北海道における河川水中C.parvumオオシストのViabilityとInfectivityの検討に取り組んだ。近年、Viabilityの検討では簡便さからDAPI/PI法などの核染色を用いた方法が検討されているが、環境水中には夾雑物も多く存在し、特異蛍光と非特異蛍光の区別は容易ではなく、感染性の有無は不明であった。そこでSCIDマウスを用いて、北海道の河川水中より検出したC.parvumオオシストのViabilityとInfectivityを検討した。キュノカートリッジフィルターを用いたフィルトレーション法、蛍光抗体法及び核染色法(DAPI染色)により2001年9月及び10月に北海道の河川水中から2×104個のC.parvumオオシストを採取した。検出したオオシストを6匹のSCIDマウス(1×103個/1匹)に経口投与したところ感染が成立し、マウス糞便中にオオシストを検出した。このオオシストをHokkaido River Water-1(HRW-1)とし、次に、継代維持したHRW-1のInfectivityを調べる目的で人由来株のC.parvum genotype 2 HNJ-1及び牛由来株のC.parvum genotype 2 TK-1と比較した。SCIDマウスにオオシスト1×104個/1匹を経口接種後、2日毎に糞便を回収し、オオシストを庶糖浮遊遠心分離法にて粗精製し、蛍光抗体法にて検出して、1g糞便中のオオシスト数(OPG)を経時的に記録した。その結果、3群の平均OPGの動態に顕著な差は見られなかった。次にHRW-1の遺伝子型をSmall Subunit Ribosomal RNA遺伝子を用いたPCR制限酵素断片長多型法にて調べた結果、C.parvum genotype 2であった。

 本研究において、本邦においても、大規模な集団感染が起こる可能性が示唆された。2002年において、2つのC.parvumの集団感染事例が報告されたことを考えると水道水を介した水系感染症としてのクリプトスポリジウム症対策は本邦においても、世界各国の例にも、緊急課題である。本原虫の正確かつ高感度な検出系を確立し、集団感染の予防に貢献し集団感染発生時には迅速な対応が可能なシステムの構築をめざし本原虫による水系感染症対策を押し進める必要がある。本研究は学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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