学位論文要旨



No 118238
著者(漢字) 永岡,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナガオカ,ケンタロウ
標題(和) 反芻動物の着床期におけるinterferon-γ-inducible protein 10kDa(IP-10)ケモカインの生理学的役割に関する研究
標題(洋) Studies on physiological role of interferon-γ-inducible protein 10kDa (IP-10)chemokine in ruminant implantation
報告番号 118238
報告番号 甲18238
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2627号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 国立感染症研究所 感染免疫室長 横田,恭子
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳動物における妊娠の不成立は、ほとんど場合、着床期に起こることが知られている。着床とは、受精後、発育し続ける胚が初めて母体と出会う場であり、着床成立には、妊娠認識、維持等の生理学的反応と母体による遺伝的に異なる胚の許容といった免疫学的反応がスムースに行われることが必要である。そのため、着床現象を解明することにより産業動物の生産性、ヒトの不妊治療あるいは臓器移植などの様々な領域において活用できる、多くの知見が得られるものと考えられる。

 着床過程には、胚側、母体側共に様々な生理学的、免疫学的変化が必要とされる。生理学的変化には、黄体退行抑制、胚の伸張・成長・分化、胚-母体間の接着因子の変化などが挙げられ、免疫学的変化には、子宮内の免疫細胞分布の変化、子宮内のサイトカイン・ケモカイン分泌変化などが含まれる。これまで、様々な動物種の着床期にインターフェロン(IFN)様活性が存在し、着床の成立に深く関与することが示唆されてきた。特に反芻動物では、IFN-τが胚から盛んに発現・分泌され、それが黄体退行抑制といった母体の妊娠認識の他に、免疫細胞増殖抑制、サイトカイン分泌変化などに作用する。しかし、胚-母体間の母体側の免疫学的反応への役割、影響はいまだ不明な点が多い。一方、哺乳動物の着床期の子宮内には、胚の存在を認めそれを受け入れるために、発情周期中に比べ多数の免疫細胞が存在する。これら免疫細胞の種類・サブタイプなどは、動物種により違いがあり一般化することは難しいが、免疫細胞の子宮内への遊走・集簇メカニズムは、着床現象を理解する上で非常に重要であると考えられる。

 そのような中、私は、着床期に特異的に発現する遺伝子を同定するため、発情周期中のヒツジ子宮内膜mRNAと着床期の子宮内膜mRNAを用いてcDNAサブトラクション実験を行った。その結果、ケモカインファミリーに属するInterferon-gamma-inducib protein 10kDa(IP-10)の着床期における発現を確認した。ケモカインファミリーは、免疫細胞の走化性・遊走性に関与することが知られており、IFN誘導性であることから、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路の存在が考えられる。ノーザンブロッティングの結果から、IP-10mRNAの発現は着床前後期に高く、子宮内CXCR3(IP-10レセプター)mRNAの発現も着床期において増加した。これは、着床期の子宮内においてCXCR3を発現する免疫細胞の数が増加していることを示唆した。In situ hybridizationにより、IP-10mRNAのシグナルは子宮間質内の免疫細胞に認められ、さらに子宮内膜の主要な構成細胞である子宮上皮・間質細胞、リンパ球、単球細胞を単離培養し、それぞれにおけるIP-10mRNAの発現を確認した結果、単球細胞のみにおいてその発現が見られたことから、子宮内において単球細胞がIP-10発現細胞であると推察された。単球細胞において、IFN-α,IFN-γ,IFN-τ全てが、濃度依存的にIP-10mRNAの発現を誘導したが、IFN-τは他のIFNに比べ低濃度においてIP-10mRNAの発現を誘導した(102IU/ml)。この濃度を用いて、子宮内膜におけるIP-10mRNA発現誘導を行ったところIFN-τのみがIP-10mRNA発現を誘導した。また、培養上清中にIP-10タンパクの存在もウエスタンプロッティング法により確認された。ケモタキシスアッセイの結果から、IFN-τに刺激された子宮内膜培養上清は、未処置子宮内膜培養上清に比べ末梢血単核球(PBMCs)の遊走性を増加させ、その効果はIP-10抗体により低下した。これまで、胚からのシグナルであるIFN-τに関して妊娠認識作用のみが証明されていたが、本実験の結果より、着床期おいて、IFN-τは子宮内膜に作用しIP-10ケモカイン発現を誘導することで免疫細胞を子宮内へ集簇するといった、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路が明らかとなった。

 一般的に、着床成立には、子宮内サイトカイン分泌が、炎症性サイトカイン(IFN-τ、TNF-αなど)から抑制サイトカイン(IL-10など)に移行することが必要とされているが、反芻動物におけるサイトカイン分泌及び免疫細胞分布変化の知見は少なく、それらを調節する因子の存在は分かっていない。これらのことから、ヤギを実験動物として用い、以下の実験を行った。まず初めに、反芻動物の着床前後期の子宮内サイトカイン(IFN-γ、TNF-α、IL-10)及び免疫細胞マーカー(CD4、CD8、CDllb)の発現変化をRT-PCR法により解析した。その結果、着床期においてIL-10の発現が上昇し、CD4及びCD11b発現の増加が認められた。また、免疫染色の結果から、発情周期中に比べ着床期の子宮内においてCD4、CD8、CDllb陽性細胞数の増加が認められた。さらに、IP-lOに特異的に遊走されるPBMCsの細胞特性を、FACS解析及びRT-PCR法により解析したところ、IP-10により遊走されるPBMCs内には、CD11b陽性細胞が多く存在し、IL-10の発現量の上昇が認められた。CD11bを細胞表面マーカーとする免疫細胞には、NK細胞と単球細胞が知られているが、様々な動物種において、着床期子宮内にNK細胞が分布し、着床成立、胎盤形成に深く関与することが報告されていることから、本研究で認められた反芻動物の着床期におけるCD11b陽性細胞の増加は、NK細胞に起因するものと推察される。また、NK細胞の子宮内への遊走は、IP-10により引き起こされるものと考えられる。近年、NK細胞がIL-10分泌能を有すること、着床期に子宮内IL-10発現が増加し、早期流産モデルにおいてはIL-10発現が低下していることが報告され、着床期子宮内のNK細胞がIL-10発現細胞であることが推察されていた。本研究においても、着床期において、IL-10発現の増加が認められ、子宮内NK細胞がIL-10を発現することが示唆された。以上のことから、反芻動物の着床期において、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路は、特異的にNK細胞を子宮内へ遊走し、IL-10発現を増加させることによって着床成立に導くものと推察された。

 以上の研究を行っている過程で、着床期のトロホブラスト細胞にIP-10のレセプターであるCXCR3が発現していることを見出した。ヒトやマウスのトロホブラスト細胞にも、他のケモカインレセプターが発現していることが報告されてきており、ケモカインがレセプターを発現する細胞に対し走化性・遊走性を持たせること、また、インテグリンなどの細胞接着因子の発現や活性化に関与することから、先に述べた免疫学的作用の他に、反芻動物の着床期において、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-胚の遊走性・接着性増加経路の存在が推察される。これらのことから、以下の実験を行った。ノーザンブロット及びRT-PCR法により、CXCR3mRNAが着床期胚に発現していることが確認され、CXCR3抗体を用いた免疫蛍光法によりトロホブラスト細胞に局在することが観察された。また、ビオチン標識されたヤギIP-10組み換えタンパクを胚の切片と反応させることにより、レセプターの結合能を調べた結果、免疫蛍光の結果と同様にトロホブラスト細胞にシグナルが認められた。一方、トロホブラスト細胞にレセプターが発現していないケモカイン(lymphotactin)においては、そのシグナルが認められなかったことからIP-10タンパクのトロホブラスト細胞への結合は、ケモカイン特有の非特異的結合によるものでないことが確認された。ケモタキシスアッセイの結果から、着床期の胚から分離した初代トロホブラスト細胞及び、トロホブラスト由来細胞株にCXCR3を強制発現させた細胞は、IP-10により遊走性が増加することが示され、その効果はIP-10抗体を用いた中和実験により消失した。接着実験の結果から、IP-10により刺激された初代トロホブラスト細胞はフィブロネクチンに対する接着性を増加させ、その効果はIP-10抗体により消失し、RGDペプチド(インテグリンーフィブロネクチン結合配列)、EDTA(インテグリンの結合能阻害)を用いることによりトロホブラスト細胞のフィブロネクチンヘの結合を阻害した。CXCR3を強制発現させたトロホブラスト由来細胞株においても同様の結果が得られた。これら細胞株を用いて、IP-10刺激によるインテグリンサブユニット(α5、αV、β1、β3、β5)の発現変化をRT-PCR法により解析した。その結果、IP-10は、トロホブラスト細胞のインテグリンα5、αV、β3サブユニット発現を特異的に発現させることが確認された。さらに、IP-10は、トロホブラスト細胞の子宮上皮細胞への接着性も増加させ、その効果は、IP-10抗体により消失し、RGDペプチド、EDTAを用いることにより阻害された。しかし、トロホブラスト細胞-子宮上皮細胞に対するRGDペプチドの阻害効果は、トロホブラスト細胞-フィブロネクチンに対するものより低かった。以上の結果から、反芻動物の着床期子宮内に認められるIP-10ケモカインは、トロホブラストに作用し、その遊走性を増加させ、また、インテグリンの発現を増加させることによりフィブロネクチンを介する子宮上皮への接着性をも増加させることが示めされた。ケモカインが、免疫細胞以外への関与し、しかも、着床期に胚からの刺激で子宮から発現・分泌され、反対に胚側に作用し、呼び寄せて接着させるといった新しい知見が得られた。しかし、トロホブラストと子宮上皮の接着には、他の接着因子群が関与しており、IP-10及び他のケモカインとの関連を明らかにする必要がある。

 本研究により、反芻動物の着床期において、胚から分泌されるIFN-τが、子宮内膜からのIP-10ケモカインの発現・分泌を誘導し、主にNK細胞を子宮内に遊走させるといった、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路が明らかとなり、また、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-胚の遊走性・接着性増加経路も同時に示された。これらの経路が、単独にまたは協調的に機能することにより、着床成立に導くものと推察される。

審査要旨 要旨を表示する

 哺乳動物における妊娠の不成立は、ほとんど場合、着床期に起こることが知られている。着床とは、受精後、発育し続ける胚が初めて母体と出会う場であり、着床成立には、妊娠認識、維持等の生理学的反応と母体による遺伝的に異なる胚の許容といった免疫学的反応がスムースに行われることが必要である。そのため、着床現象を解明することにより産業動物の生産性、ヒトの不妊治療あるいは臓器移植などの様々な領域において活用できる、多くの知見が得られるものと考えられる。

 着床過程には、胚側、母体側共に様々な生理学的、免疫学的変化が必要とされる。生理学的変化には、黄体退行抑制、胚の伸張・成長・分化、胚一母体間の接着因子の変化などが挙げられ、免疫学的変化には、子宮内の免疫細胞分布の変化、子宮内のサイトカイン・ケモカイン分泌変化などが含まれる。これまで、様々な動物種の着床期にインターフェロン(IFN)様活性が存在し、着床の成立に深く関与することが示唆されてきた。特に反芻動物では、IFN-τが胚から盛んに発現・分泌され、それが黄体退行抑制といった母体の妊娠認識の他に、免疫細胞増殖抑制、サイトカイン分泌変化などに作用する。しかし、胚-母体間の母体側の免疫学的反応への役割、影響はいまだ不明な点が多い。一方、哺乳動物の着床期の子宮内には、胚の存在を認めそれを受け入れるために、発情周期中に比べ多数の免疫細胞が存在する。これら免疫細胞の種類・サブタイプなどは、動物種により違いがあり一般化することは難しいが、免疫細胞の子宮内への遊走・集簇メカニズムは、着床現象を理解する上で非常に重要であると考えられる。

 そのような中、私は、着床期に特異的に発現する遺伝子を同定するため、発情周期中のヒツジ子宮内膜mRNAと着床期の子宮内膜mRNAを用いてcDNAサブトラクション実験を行った。その結果、ケモカインファミリーに属するInterferon-gamma-inducible protein 10kDa(IP-10)の着床期における発現を確認した。ケモカインファミリーは、免疫細胞の走化性・遊走性に関与することが知られており、IFN誘導性であることから、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)子宮内免疫細胞集簇経路の存在が考えられる。ノーザンブロッテイングの結果から、IP-10mRNAの発現は着床前後期に高く、子宮内CXCR3(IP-10レセプター)mRNAの発現も着床期において増加した。これは、着床期の子宮内においてCXCR3を発現する免疫細胞の数が増加していることを示唆した。In situ hybridizationにより、IP-10mRNAのシグナルは子宮間質内の免疫細胞に認められ、さらに子宮内膜の主要な構成細胞である子宮上皮・間質細胞、リンパ球、単球細胞を単離培養し、それぞれにおけるIP-10mRNAの発現を確認した結果、単球細胞のみにおいてその発現が見られたことから、子宮内において単球細胞がIP-10発現細胞であると推察された。単球細胞において、IFN-α,IFN-γ,IFN-τ全てが、濃度依存的にIP-10mRNAの発現を誘導したが、IFN-τは他のIFNに比べ低濃度においてIP-10mRNAの発現を誘導した(102IU/ml)。この濃度を用いて、子宮内膜におけるIP-10mRNA発現誘導を行ったところIFN-τのみがIP-10mRNA発現を誘導した。また、培養上清中にIP-10タンパクの存在もウエスタンブロッティング法により確認された。ケモタキシスアッセイの結果から、IFN-τに刺激された子宮内膜培養上清は、未処置子宮内膜培養上清に比べ末梢血単核球(PBMCs)の遊走性を増加させ、その効果はIP-10抗体により低下した。これまで、胚からのシグナルであるIFN-τに関して妊娠認識作用のみが証明されていたが、本実験の結果より、着床期おいて、IFN-τは子宮内膜に作用しIP-10ケモカイン発現を誘導することで免疫細胞を子宮内へ集簇するといった、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路が明らかとなった。

 一般的に、着床成立には、子宮内サイトカイン分泌が、炎症性サイトカイン(IFN-γ、TNF-αなど)から抑制サイトカイン(IL-10など)に移行することが必要とされているが、反芻動物におけるサイトカイン分泌及び免疫細胞分布変化の知見は少なく、それらを調節する因子の存在は分かっていない。これらのことから、ヤギを実験動物として用い、以下の実験を行った。まず初めに、反芻動物の着床前後期の子宮内サイトカイン(IFN-γ、TNF-α、IL-10)及び免疫細胞マーカー(CD4、CD8、CDllb)の発現変化をRT-PCR法により解析した。その結果、着床期においてIL-10の発現が上昇し、CD4及びCDllb発現の増加が認められた。また、免疫染色の結果から、発情周期中に比べ着床期の子宮内においてCD4、CD8、CDllb陽性細胞数の増加が認められた。さらに、IP-10に特異的に遊走されるPBMCsの細胞特性を、FACS解析及びRT-PCR法により解析したところ、IP-10により遊走されるPBMCs内には、CDllb陽性細胞が多く存在し、IL-10の発現量の上昇が認められた。CDllbを細胞表面マーカーとする免疫細胞には、NK細胞と単球細胞が知られているが、様々な動物種において、着床期子宮内にNK細胞が分布し、着床成立、胎盤形成に深く関与することが報告されていることから、本研究で認められた反芻動物の着床期におけるCDllb陽性細胞の増加は、NK細胞に起因するものと推察される。また、NK細胞の子宮内への遊走は、IP-10により引き起こされるものと考えられる。近年、NK細胞がIL-10分泌能を有すること、着床期に子宮内IL-10発現が増加し、早期流産モデルにおいてはIL-10発現が低下していることが報告され、着床期子宮内のNK細胞がIL-10発現細胞であることが推察されていた。本研究においても、着床期において、IL-10発現の増加が認められ、子宮内NK細胞がIL-10を発現することが示唆された。以上のことから、反芻動物の着床期において、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路は、特異的にNK細胞を子宮内へ遊走し、IL-10発現を増加させることによって着床成立に導くものと推察された。

 また、本研究において着床期のトロホブラスト細胞にIP-10のレセプターであるCXCR3が発現していることが認められた。ヒトやマウスのトロホブラスト細胞にも、他のケモカインレセプターが発現していることが報告されてきており、ケモカインがレセプターを発現する細胞に対し走化性・遊走性を持たせること、また、インテグリンなどの細胞接着因子の発現や活性化に関与することから、先に述べた免疫学的作用の他に、反芻動物の着床期において、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-胚の遊走性・接着性増加経路の存在が推察される。これらのことから、以下の実験を行った。ノーザンブロット及びRT-PCR法により、CXCR3 mRNAが着床期胚に発現していることが確認され、CXCR3抗体を用いた免疫蛍光法によりトロホブラスト細胞に局在することが観察された。また、ビオチン標識されたヤギIP-10組み換えタンパクを胚の切片と反応させることにより、レセプターの結合能を調べた結果、免疫蛍光の結果と同様にトロホブラスト細胞にシグナルが認められた。一方、トロホブラスト細胞にレセプターが発現していないケモカイン(lymphotactin)においては、そのシグナルが認められなかったことからIP-10タンパクのトロホブラスト細胞への結合は、ケモカイン特有の非特異的結合によるものでないことが確認された。ケモタキシスアッセイの結果から、着床期の胚から分離した初代トロホブラスト細胞及び、トロホブラスト由来細胞株にCXCR3を強制発現させた細胞は、IP-10により遊走性が増加することが示され、その効果はIP-10抗体を用いた中和実験により消失した。接着実験の結果から、IP-10により刺激された初代トロホブラスト細胞はフィブロネクチンに対する接着性を増加させ、その効果はIP-10抗体により消失し、RGDペプチド(インテグリン-フィブロネクチン結合配列)、EDTA(インテグリンの結合能阻害)を用いることによりトロホブラスト細胞のフィブロネクチンヘの結合を阻害した。CXCR3を強制発現させたトロホブラスト由来細胞株においても同様の結果が得られた。これら細胞株を用いて、IP-10刺激によるインテグリンサブユニット(α5、αV、β1、β3、β5)の発現変化をRT-PCR法により解析した。その結果、IP-10は、トロホブラスト細胞のインテグリンα5、αV、β3サブユニット発現を特異的に発現させることが確認された。さらに、IP-10は、トロホブラスト細胞の子宮上皮細胞への接着性も増加させ、その効果は、IP-10抗体により消失し、RGDペプチド、EDTAを用いることにより阻害された。しかし、トロホブラスト細胞-子宮上皮細胞に対するRGDペプチドの阻害効果は、トロホブラスト細胞-フィブロネクチンに対するものより低かった。以上の結果から、反芻動物の着床期子宮内に認められるIP-10ケモカインは、トロホブラストに作用し、その遊走性を増加させ、また、インテグリンの発現を増加させることによりフィブロネクチンを介する子宮上皮への接着性をも増加させることが示めされた。ケモカインが、免疫細胞以外への関与し、しかも、着床期に胚からの刺激で子宮から発現・分泌され、反対に胚側に作用し、呼び寄せて接着させるといった新しい知見が得られた。しかし、トロホブラストと子宮上皮の接着には、他の接着因子群が関与しており、IP-10及び他のケモカインとの関連を明らかにする必要がある。

 本研究により、反芻動物の着床期において、胚から分泌されるIFN-τが、子宮内膜からのIP-10ケモカインの発現・分泌を誘導し、主にNK細胞を子宮内に遊走させるといった、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-子宮内免疫細胞集簇経路が明らかとなり、また、胚からのシグナル(IFN-τ)-細胞遊走因子(IP-10)-胚の遊走性・接着性増加経路も同時に示された。これらの経路が、単独にまたは協調的に機能することにより、着床成立に導くものと推察される。

 以上、本研究は、反芻動物の妊娠成立制御機構を新しい因子群に着目し研究を進めたものである。学際的な研究視座から精微な考察と緻密な実験手法により解析し、丹念なデータ処理に基づき新しい知見を提示したもので、公表論文や投稿論文の「本数」と「質の高さ」にみられるように学術上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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