学位論文要旨



No 118239
著者(漢字) 丹羽,秀和
著者(英字)
著者(カナ) ニハ,ヒデカズ
標題(和) PCR-LiPAを用いた薬剤耐性Campylobacter jejuniおよびC.coli 迅速検出法の開発と応用
標題(洋)
報告番号 118239
報告番号 甲18239
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2628号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 熊谷,進
 静岡大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 原澤,亮
 日本獣医畜産大学 教授 澤田,拓士
内容要旨 要旨を表示する

 Campylobacter jejuniおよびC.coliは、世界中で主要な食中毒細菌である。通常カンピロバクター感染症の治療にはマクロライド系やフルオロキノロン系の抗菌剤が使用される。1990年代以降これらの抗菌剤に対して耐性を示すC.jejuniおよびC.coliのヒトや家畜、家禽における分離率の上昇が報告されるようになってきた。

 これまで薬剤耐性C.jejuniおよびC.coliの検出は、ディスク拡散法や希釈法により行われていたが、近年培養による薬剤感受性試験に代わる新たな方法として、分子生物学的手法を用いた耐性株の検出が試みられている。PCR and line probe assay(PCR-LiPA)は、メンブラン上に平行線状に固定した複数のプローブとラベルプライマーを用いて増幅したPCR産物をハイブリダイズさせることで、PCR産物中の目的とした配列を特異的に検出する方法である。C.jejuniおよびC.coliのマクロライドやキノロンに対する主要な耐性機構は、23SrDNAやgyrAなどのそれぞれの薬剤の標的部位をコードする遺伝子の特定塩基の点変異によって起こることが報告されている。本論文ではこれらの変異を特異的に検出することで薬剤耐性Campylobacterの迅速診断を目的とし、PCR-LiPAを用いた迅速検出法の開発を行った。

 第1章では、分離株23株、C.jejuni81116を親株として作出したマクロライド耐性実験室内変異株(実験室内変異株)6株、参照株としてC.jejuni81116およびC.coliNCTC11366Tの2株を用いて、マクロライド耐性株検出のために、23SrDNAの変異を検出するプローブセットを設計し、PCR-LiPAの開発を行った。設計した10種のプローブの中で野生型(Wild type)の配列を示すWT、G2057T(Escherichia coliの23SrDNAの2057番目に相当する塩基のGからTへの変異を検出するプローブ)、A2058G、A2059G、A2059Tはそれぞれに対して相補的な配列を持つDNA断片に特異的に結合した。他のプローブでは、わずかに非特異反応が認められたものの、これらのDNAのハイブリダイゼーション像は特異的であり、それぞれの変異型を識別することが十分に可能であった。また、野外株を用いた検討では、PCR-LiPAによって23SrDNAのC.jejuniおよびC.coliそれぞれマクロライド耐性株のみにA2059→Gの変異が確認された。他の変異型は検出されず、感受性株では変異は検出されなかった。これらの検出の結果は、すべてdirect sequencingによる変異の解析の結果と一致し、変異の有無とマクロライドに対する耐性の有無も一致していたことから、PCR-LiPAを用いたマクロライド耐性株の検出が可能であることが示された。また、実験室内変異株を用いた検討では、これらの株において変異は確認されず、23SrDNAの点変異とは異なる他の耐性メカニズムの存在が示唆された。

 第2章では、第1章で開発したPCR-LiPAを改良し、分離殊40株と参照株2株を用いてマクロライドおよびキノロン系抗菌剤に対する耐性の同時検出を目的としたMacrolide and quinolone line probe assay(MQ-LiPA)の開発を行った。第1章で作成したプローブの中から特に重要であると思われる変異を検出する3つのプローブ(WT,A2058G,A2059G)を選択し、新たに設計したC.jejuniおよびC.coliキノロン耐性検出用のプローブを加えた11種のプローブを含むMQ-LiPA用のプローブセットを構築した。それぞれのプローブは、相補的な塩基配列を持つDNA断片と特異的に結合し、C.jejuniおよびC.coliの23SrDNAおよびgyrAの点変異を検出可能な特異性を有していることが確認された。野外株を用いた検討では、マクロライド耐性株ではMQ-LiPAによって23SrDNAのA2059→Gの変異が検出され、マクロライドの1種であるエリスロマイシンに対する耐性の結果と一致していた。キノロン耐性株においてもgyrAの86番目のコドンのThrからIleへ(Thr-86→Ile)の変異が検出され、1株を除きMQ-LiPAによる耐性株の判定は、キノロン系抗菌剤であるナリジクス酸やオフロキサシンに対する耐性と一致していた。例外となった1株も現在キノロン系抗菌薬の主流であるフルオロキノロンに属すオフロキサシンに耐性を示し、臨床上耐性株として問題となる株と考えられた。よって、MQ-LiPAによるマクロライドおよびキノロン耐性株の検出が可能であることが示された。また、C.jejuniおよびC.coliそれぞれに設計したキノロン耐性検出用のプローブは、それぞれの菌種に対し特異的であったため、MQ-LiPAの薬剤耐性株検出法としての利用だけでなくC.jejuni、C.coliの間の識別法としての可能性も示された。

 第3章では、神奈川県で分離されたヒト由来株193株および鶏肉由来株56株を用いてMQ-LiPAの評価を行い、さらにそれらの株のナリジクス酸、オフロキサシン、エリスロマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン、ゲンタマイシン、ホスホマイシンに対する薬剤感受性を検討した。MQ-LiPAによって変異が検出されキノロン耐性株と判定された25株は、薬剤感受性試験においても耐性と判定された。検出されたキノロン耐性株の変異は24株でThr-86→Ileの変異が、1株ではAsp-90→Asnの変異が検出された。同様にMQ-LiPAによって23SrDNAのA2059→Gの変異が検出されマクロライド耐性株と判定された6株は、薬剤感受性試験でもエリスロマイシンに耐性であった。37株で薬剤感受性試験ではエリスロマイシンに耐性となったが、MQ-LiPAでは変異が検出されず感受性と判定された。これらの耐性株のMICの分布は耐性基準値付近(8〜16μg/ml)であり、エリスロマイシンに高度耐性を示した変異株のMICの分布(≧128μg/ml)とは明らかに異なっていた。7種の抗菌薬に対する薬剤感受性を1979-1990年と1990-2001年の2つの期間で比較した結果、1990年以前にはまったく検出されなかったナリジクス酸およびオフロキサシン耐性株が、1990年以降明らかに増加していた。エリスロマシンでは、1990年以降著しい耐性率の減少が認められたが、それぞれの期間における分離殊のMICの分布は、1990年以前に分離された6株の高度耐性株を除き大きな違いは認められなかった。テトラサイクリンでは1990年以降に耐性率は減少がみられたが、アンピシリン、ゲンタマイシン、ホスホマイシンでは大きな変化はみられなかった。ヒト由来株と鶏肉由来株との比較では、キノロン耐性率とアンピシリン耐性率では鶏肉由来株がヒト由来株よりも高く、逆にホスホマイシン耐性株は、ヒト由来株のみであった。テトラサイクリン、エリスロマイシンでは大きな違いはみられなかった。ゲンタマイシンに対しては全株感受性であった。

 第4章では、MQ-LiPAのC.jejuni、C.coli間の識別能を、第3章で使用した株を用いてこれまでに報告されているC.jejuni特異的プライマーセットであるHIP、CLならびにC.coli特異的プライマーセットであるCCとともに、通常広く行われている生化学性状試験の馬尿酸分解試験によるC.jejuni、C.coli識別能と比較検討した。ほぼすべての株で各分子生物学的識別法で同一の結果が得られたが、HIPにおいて1株で他と異なる結果が観察された。この株について精製度の高いDNA抽出法を用いPCRを行った結果、バンドが検出され、他の方法の結果と完全に一致した。馬尿酸分解試験で陰性とC.coliと判定された株の中で6株がMQ-LiPA、HIP、CL、CCでは、C.jejuniとなったが、この中の2株の16SrDNAの塩基配列の解析の結果、C.jejuniCCUG11284Tとの99.2%の相同性を示しC.jejuniと推定され、これら6株はこれまでに報告されている馬尿酸分解陰性C.jejuniであると考えられた。以上により、MQ-LiPAは、他の分子生物学的識別法と同様に高精度にC.jejuni、C.coliを識別できることが示された。

 本研究で開発したPCR-LiPAを用いたC.jejuniおよびC.coliの迅速マクロライドおよびキノロン耐性株検出法(MQ-LiPA)は、それぞれの耐性に関わる遺伝子変異を特異的に認識することで迅速に耐性株を検出することができた。また、MQ-LiPAに用いる2組のキノロン耐性検出用プローブセットの特異性から、C.jejuniとC.coliの高精度な識別ができ、様々な要因により結果が左右されやすい馬尿酸分解試験の代替法としての可能性が示された。

 MQ-LiPAは現在の段階では分離株を対象とした薬剤耐性Campylobacter迅速検出法であるが、今後プライマーなどの改良により糞便などの臨床サンプルから直接薬剤耐性株を迅速に検出する手段としての活用が考えられ、薬剤耐性Campylobacter感染症に対する初期治療時の効果的な化学療法のための情報を提供する手段として期待される方法であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 CampylobacterjejuniおよびC.coliは、主要な食中毒細菌である。カンピロバクター感染症に対し、主にマクロライド系やキノロン系抗菌薬が使用されるが、近年これらの抗菌薬に耐性を示すC.jejuniおよびC.coliの増加が報告されている。

 近年、薬剤耐性C.jejuniおよびC.coliの検出に薬剤感受性試験に代わる新たな方法として、分子生物学的手法が試みられている。PCR and line probe assay(PCR-LiPA)は、メンブラン上に固定した複数のプローブによりPCR産物中の特定の配列を特異的に検出する方法である。C.jejuniおよびC.coliのマクロライドやキノロンの耐性化は、主にそれぞれの標的部位をコードする遺伝子23S rDNA、gyrAの点変異によることが報告されており、本論文ではこれらの変異を特異的に検出する方法としてPCR-LiPAを用い、迅速耐性株検出法の開発を行った。

 第1章では、マクロライド耐性株迅速検出用に23S rDNAの変異を検出するプローブを設計してPCR-LiPAの開発を行った。プローブに相補的なDNA断片を用いた検討では、PCR-LiPAにより23s rDNAの変異が検出可能であることが示された。野外株を用いた検討では、PCR-LiPAによりマクロライド耐性分離株のみに変異が検出され、その結果はdirect sequencingの結果と一致し、本章で開発したPCR-LiPAによるマクロライド耐性株の迅速検出が可能であることが示された。

 第2章では、第1章で開発したPCR-LiPAを改良し、マクロライド耐性株検出用プローブとgyrAの変異を検出する2組のキノロン耐性株検出用プローブを組合せ、マクロライドおよびキノロン耐性株の迅速検出法,Macrolide and quinolone line probe assay(MQ-LiPA)の開発を行った。プローブに相補的なDNA断片を用いた検討では、MQ-LiPAによりC.jejuni、C.coliの23S rDNA、gyrAの変異の同時検出が可能であることが示された。野外株を用いた検討では、MQ-LiPAによりキノロン耐性株にgyrAの変異が、マクロライド耐性株では23SrDNAの変異が検出され、変異の有無はそれぞれの耐性の有無と一致した。このことからMQ-LiPAによるマクロライドおよびキノロン耐性株の迅速同時検出が可能であることが示された。さらにC.jejuni、C.coliそれぞれに用いるキノロン耐性株検出用プローブセットの特異性から、MQ-LiPAはC.jejuni、C.coli間の識別法としての可能性が示された。

 第3章では、神奈川県で分離されたヒト由来株、鶏肉由来株のC.jejuni、C.coliのナリジクス酸、オフロキサシン、エリスロマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン、ゲンタマイシン、ホスホマイシンに対する薬剤感受性を検討し、これらの株を用いてMQ-LiPAの耐性菌検出の評価を行った。1990年を境界にヒト由来株の7種の抗菌薬の薬剤感受性を比較した結果、1989年以前にみられなかったキノロン耐性株が、1990年以降明らかに増加していた。エリスロマイシンでは、1990年以降著しく耐性率が減少したが、両期間でのMICの分布に大きな違いはなかった。ヒト由来株と鶏肉由来株の比較では、キノロンおよびアンピシリンの耐性率は鶏肉由来株がヒト由来株よりも高く、ホスホマイシン耐性株はヒト由来株のみでみられた。MQ-LiPAによりエリスロマイシン高度耐性株にはすべて23S rDNAの変異が検出され、また、キノロン耐性株にはすべてgyrAの変異が検出された。

 第4章では、MQ-LiPAのC.jejuni、C.coli間の菌種の識別能を3組のC.jejuniまたはC.coli特異的プライマーによるPCR法とともに、広く用いられている馬尿酸分解試験と比較した。すべての株でMQ-LiPA、PCR法の結果は一致したが、C.jejuniとされた一部の株は馬尿酸分解試験ではC.coliと同定された。これらの株は16S rDNAの塩基配列の相同性からC.jejuniと推定され、MQ-LiPAが高精度な識別能を持つことが示された。

 以上、本論文はC.jejuni、C.coliにおけるマクロライドおよびキノロン耐性株の迅速検出、さらにC.jejuniとC.coliの菌種の識別も可能とするMQ-LiPAを開発したことで、カンピロバクター感染症のより迅速かつ適切な治療が可能になると考える。これらの知見は、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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