学位論文要旨



No 118243
著者(漢字) 安永,祥
著者(英字)
著者(カナ) ヤスナガ,ショウ
標題(和) 犬のアレルギー性疾患における共刺激分子の病態生理学的役割と臨床応用に関する研究
標題(洋) Studies on pathophysiological roles and clinical application of co-stimulatory molecules in dogs with allergic diseases
報告番号 118243
報告番号 甲18243
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2632号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

 共刺激分子とは、抗原特異的免疫応答において抗原と独立したシグナルを主にT細胞に伝達し、免疫応答の活性化または抑制を誘導する接着分子群である。特にT細胞上に発現するCD28およびCytotoxic Tlymphocyte antigen-4(CTLA-4)と、これらの共通のリガンドであり主に抗原提示細胞(APC)やB細胞上に発現するCD80とCD86との相互作用は、免疫系における主要な共刺激経路と考えられている。これらの分子を介した共刺激は、APCからのMHC-抗原複合体を介した抗原提示と同時に起こる。CD28とCD80/CD86の相互作用は抗アポトーシス遺伝子BCL-XLの誘導やIL-2などのサイトカインの産生を介してT細胞の活性化と増殖を誘導し免疫応答を発現させる。一方、活性化T細胞のみに発現が認められCD80/CD86に対してCD28より40-100倍高い親和性を示すCTLA-4は、免疫抑制性サイトカインの誘導やT細胞活性化に関与するシグナルタンパクの停止または不活化を誘導し、さらにCD28を介した共刺激に競合することで活性化T細胞を抑制し、免疫応答を終息させると考えられている。

 共刺激分子は免疫応答において中心的な役割を果たしていることから、多くの免疫介在性疾患の病理発生にも関与していると考えられる。特にCD80とCD86は単なる機能的相同体ではなく、それぞれCD28との相互作用によってサイトカインやケモカインなどの液性因子の産生に異なる影響を示すことが知られており、抗原特異的リンパ球の活性化だけでなくTh1-Th2バランスの変化を通じて免疫学的な病理発生にも深く関与することが推測される。そこで本研究では犬のアレルギー性疾患をモデルとして、共刺激分子群の発現解析を行うことによってその病態生理学的役割を検討し、さらに将来的な臨床応用を目的として共刺激分子を標的とした新規治療法の開発を目指した基礎的検討を行った。

 ChapterIではアレルギー性疾患のモデルとして12頭の実験的日本スギ花粉抗原感作犬を作成し、末梢血単核球(PBMC)における共刺激分子群(CD28,CTLA-4,CD80,CD86)の発現量の解析を行った。また感作抗原に対する免疫応答の指標としてリンパ球刺激試験も同時に行った。その結果、6頭の感作犬は日本スギ花粉抗原を用いたリンパ球刺激試験において強い幼若化反応を示し、このうち5頭では刺激後24-48時間に持続的なCD80の発現増強がみられた。一方、残りの6頭は顕著な幼若化反応を示さず、このうち5頭は刺激後24時間後に一過性のCD80の発現増強を示し48時間後ではその発現は低下していた。これらの結果から感作抗原特異的なT細胞の活性化にCD28-CD80を介した共刺激経路が関与することが示唆された。同時に測定したCD86、CD28およびCTLA-4分子の発現量には変化は認められなかった。

 ChapterIIでは、犬における代表的なアレルギー性疾患の一つであるアトピー性皮膚炎の自然発症例を用いて、免疫(減感作)療法後のCD80およびCD86の発現量の解析を行った。免疫療法はアレルギー性疾患における原因療法の一つであり、アレルゲン量を漸増しながら反復投与することによって臨床症状の改善を誘導する治療法であるが、その詳細な機序については不明である。ChapterIの結果から、CD80の発現増強によるCD28-CD80共刺激がアレルゲンに対する免疫応答の一因であり、免疫療法がこれを低下させることによって臨床症状を改善するという仮説を立てて実験を行った。皮膚の掻痒および発疹を主訴として東京大学動物医療センターに来院し、Willemseの診断基準に従ってアトピー性皮膚炎と診断し、その後免疫療法を行った17頭の犬の症例についてCD80およびCD86の発現解析を行った。その結果、臨床症状に改善のみられた11頭、および改善のみられなかった6頭のいずれにおいてもPBMCでのCD80発現の増強が認められた。しかし、これらの犬で感作抗原刺激によるCD80発現量の変化はみられず、免疫療法後の臨床症状とも関連しなかった。またCD86の発現量には変化はみられなかった。このアトピー性皮膚炎の犬のPBMCにおけるCD80の非特異的発現増強は、B細胞や樹枝状細胞など非T細胞群における変化を反映しており、これらの犬は抗原過敏性が亢進した状態にあると推測された。またChapterIの実験的日本スギ花粉抗原感作犬とのCD80発現量の違いについては、より重度なあるいは長期間にわたるアレルゲンヘの暴露に由来するものと考えられた。

 ChapterIIIでは共刺激分子を利用した新規治療法の開発に関する基礎的検討として、CTLA-4の細胞外領域と高親和性IgEレセプターであるFcεRIαとのキメラ蛋白(CTLA4-Ig-Fcε)を発現するDNAワクチンを作成した。接着分子と結合させた抗原は、本来の分子と比較して効率よくAPCに取り込まれ、より強い免疫応答を誘導することが報告されている。本研究で作成したキメラ蛋白も、IgE-アレルゲン複合体と結合し、これをCD80/CD86を発現するAPCに効率的に取り込ませるようにデザインされたものである。In vitroでの解析により、培養細胞で発現させたCTLA4-Ig-Fcεは、犬のPBMC中の単球分画および精製イヌIgEとそれぞれ結合できることが示された。またCTLA4-lg-Fcεの生理活性を検討するために、実験的日本スギ花粉抗原感作犬よりPBMCを採取し、日本スギ花粉抗原を用いたリンパ球刺激試験にCTLA4-Ig-Fcεを添加したところ、通常では幼若化反応が誘導できない低濃度の抗原刺激においてもリンパ球増殖を増幅する結果が得られた。その生理活性の評価には検討の余地が残るものの、これらの結果はより有効性の高い免疫療法の開発に向けた新しいCTLA-4ワクチンの臨床応用の可能性を示唆するものと考えられる。またIgEイディオタイプの誘導や生体のIgEを利用することによる多価ワクチンとしての性質など、これまでのワクチンにはない作用機序の解析も今後の検討課題であると考えられた。

 本研究の結果は、犬のアレルギー性疾患においてアレルゲンに対する免疫応答にCD28-CD80相互作用を介した共刺激経路が関与することを示しており、また本疾患に対する共刺激分子を標的とした新規免疫療法の有効性についても示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 共刺激分子とは、免疫応答において抗原と独立したシグナルによって主にT細胞の活性化または抑制を誘導する接着分子群である。特にT細胞上に発現するCD28およびCytotoxic T lymphocyte antigen-4(CTLA-4)と、これらの共通のリガンドであり主に抗原提示細胞(APC)やB細胞上に発現するCD80とCD86は主要な共刺激分子であり、これらの分子の相互作用は通常APCからの抗原提示と同時に起こる。CD28を介した共刺激はT細胞の活性化と増殖を誘導するのに対し、活性化T細胞のみに発現しCD80/CD86に対してより高い親和性を示すCTLA-4を介した共刺激は、活性化T細胞を抑制し免疫応答を終息させる。

 共刺激分子は免疫応答において中心的な役割を果たすことから、多くの免疫介在性疾患の病理発生にも関与すると考えられる。特にCD80とCD86は、それぞれCD28との共刺激においてTh1/Th2バランスに異なる影響を与えることが知られており、病理発生にも深く関与すると推測される。

 そこで本研究では犬のアレルギー性疾患をモデルとして共刺激分子群の発現解析を行い、その病態生理学的役割を検討した。また、将来的な臨床応用を目的として共刺激分子を標的とした新規治療法を開発し、その基礎的検討を行った。

 ChapterIではアレルギー性疾患のモデルとして12頭の実験的日本スギ花粉抗原(Cj)感作犬を作成し、末梢血単核球(PBMC)におけるCD28、CTLA-4、CD80およびCD86の発現解析を行った。またCjに対する免疫応答の指標としてリンパ球刺激試験も同時に行った。その結果、6頭の感作犬はCjを用いたりンパ球刺激試験で強い幼若化反応を示し、PBMCではCj刺激後24-48時間に持続的なCD80の発現増強がみられた。一方、残りの6頭は顕著な幼若化反応を示さず、PBMCでは刺激後24時間に一過性のCD80の発現増強がみられ48時間ではその発現は低下していた。これらの結果から感作抗原特異的なT細胞の活性化にCD28・CD80共刺激が強く働くことが示唆された。CD86、CD28およびCTLA-4分子の発現量に変化は認められなかった。

 ChapterIIでは、代表的なアレルギー性疾患であるアトピー性皮膚炎の臨床症例を用いて、免疫療法後のCD80、CD86の発現解析を行った。免疫療法はアレルギー性疾患における原因療法であり、アレルゲンの反復投与によって臨床症状の改善を誘導する治療法であるが、その詳細な機序については不明である。ChapterIの結果から、CD80の発現増強によるCD28-CD80共刺激がアレルギー反応の一因であり、免疫療法がこれを低下させることによって臨床症状を改善するという仮説を立てて実験を行った。東京大学動物医療センターにおいてアトピー性皮膚炎を診断し免疫療法を行った犬の17症例についてCD80、CD86の発現解析を行った。その結果、すべての症例でPBMCにおけるCD80の発現増強が認められた。しかし、感作抗原刺激によってCD80発現に変化はみられず、免疫療法に対する臨床的反応とも関連しなかった。CD86の発現量に変化はみられなかった。これらの症例におけるCD80の非特異的発現増強は、B細胞や樹枝状細胞など非T細胞群における変化を反映しており、より重度または長期のアレルゲン暴露によって誘導された反応であると考えられた。

 ChapterIIIでは共刺激分子を応用した新規治療法として、CTLA-4の細胞外領域と高親和性IgEレセプターであるFcεRIαとのキメラ蛋白(CTLA4-lg-Fcε)を発現するDNAワクチンを開発した。接着分子と結合させた抗原は、APC上のリガンドとの相互作用によって効率よく取り込まれ、強い免疫応答を誘導する。CTLA4-Ig-Fcεも、IgE-アレルゲン複合体と結合し、CD80/CD86を介してAPCに結合するようにデザインされたものである。In vitroでの解析において、CTLA4-Ig-Fcεは犬のPBMC中の単球分画および精製イヌIgEとそれぞれ結合した。またCTLA4-Ig-Fcεの生理活性の検討として、実験的Cj感作犬よりPBMCを採取し、Cjを用いたリンパ球刺激試験にCTLA4-lg-Fcεを添加したところ、通常では幼若化反応が誘導できない低濃度の抗原刺激で幼若化反応が誘導された。生理活性の評価には検討の余地が残るものの、これらの結果はより有効性の高い免疫療法としての本ワクチンの臨床応用の可能性を示唆するものと考えられた。

 本研究の結果は、犬のアレルギー性疾患においてアレルゲンに対する免疫応答にCD28-CD80共刺激が深く関与することを示しており、また本疾患に対する共刺激分子を標的とした新規免疫療法の有効性についても示唆するものであり、審査委員は申請者を博士(獣医学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。

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