学位論文要旨



No 118244
著者(漢字) 横内,耕
著者(英字)
著者(カナ) ヨコウチ,コウ
標題(和) マウスSryの時期特異的転写制御領域に関する研究
標題(洋)
報告番号 118244
報告番号 甲18244
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2633号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 山内,啓太郎
内容要旨 要旨を表示する

 精巣の分化を誘導し哺乳類の性を決定する因子は1990年に同定され、SRY(sex determing regionY)と命名された。SRYはY染色体の短腕上に位置する転写因子で、胎子の性分化期に一過性に発現する。また、SRYを導入した雌のトランスジェニックマウスが精巣を形成したことから、SRY単独で精巣の分化を誘導することができ、またSRYの転写制御機構は雌にも存在しているといえる。現在、SRYの機能としては未分化生殖腺において発現してセルトリ細胞を分化させ、さらに中腎組織からの細胞移動を誘導して精細管構造をつくらせることで精巣の形成を誘導していると考えられている。SRYがDNA結合ドメイン(HMG box)を有する転写因子であったことから、精巣分化に至る性決定のカスケードが予測され、多くの関連遺伝子が挙げられてきた。特にSox9は雄で特異的に高発現し、同じく精巣の分化を誘導することからSRYの制御下にあることが確実視されている。しかしながら、SRYの上流に存在し、SRYの発現を制御する遺伝子については明確ではない。主にノックアウトマウスを用いた解析から、WT1あるいはSF1が候補因子として挙げられているが、発現パターンなどの解析から、これら以外の因子の関与が予測される。さらにマウスSryについては、異なる転写開始点からIinear formとcircular formの2種類の転写産物がつくられ、circular formは主に成体の精巣生殖細胞において発現しているが、その転写制御機構についても不明である。

 そこで本研究ではマウスSryの時期特異的な転写制御機構を解明する目的で、そのゲノム上5'上流域に着目し、転写制御領域の検出を試みた。

第一章 胎子生殖腺由来の核抽出物を用いたSry5'上流域の解析

 はじめに、マウスSryの5'上流域において、Sryの発現時期特異的に因子の結合する領域を検出する目的で、ゲルシフトアッセイを行った。マウスSryの発現は胎齢10.5日より開始し、11.5日に最大となり、12.5日には消失する。そこで胎齢11.5日から13.5日の胎子生殖腺よりそれぞれ核抽出物を調製し、Sryの5'上流域を断片化したプローブに対して、それぞれゲルシフトアッセイを行うことで、胎齢による核蛋白質の結合の変化について調べた。その結果、5491から5798の領域(-2541〜-2234)にあたるA断片に胎齢11.5日特異的に核蛋白質の結合を検出した。この結合は12.5日以降には消失することから、Sryの転写を正に制御している可能性が示唆された。さらに、A断片における結合配列を同定する目的で、A断片のさらなる細断片化とフットプリント法を行った。A断片の制限酵素処理とexonuclease処理によって得られたA-4断片について調べた結果、5559から5616にあたる配列(-2464〜-2416)に胎齢11.5日特異的なフットプリントが検出された。この領域にはSF1やWT1などの性分化に関わる転写因子の認識配列が含まれていないことから、結合した核蛋白質は未知の因子である可能性が考えられる。また、成体の精巣生殖細胞より調製した核抽出物についてもA-4断片をプローブとしてゲルシフトアッセイを行ったところ、胎子生殖腺と同様の核蛋白質の結合が見られた。したがって、この領域は成体精巣におけるcircular formのみの発現にも関与していると思われる。

第二章 DNase I hypersensitive siteの解析

 ゲルシフトアッセイにより検出された核蛋白質の結合が、実際の生体内でも生じているかどうかを調べるため、ゲノム上のDNase I感受性領域について検討した。ゲノム上の転写制御領域に転写因子が結合すると、ゲノムのヌクレオソーム構造が失われ、その結果その領域のDNase I感受性が上昇する。この現象を利用することにより、ゲノム上に因子が結合しているかどうかを解析することが可能である。

 胎齢11.5日雄胎子生殖隆起および成体精巣生殖細胞と肝臓より、核のライセートを調製してDNase Iを作用させ、その後サザンブロヅト法によりA-4領域付近のDNA断片を検出した。その結果、対照として用いた肝臓に対してSryを発現している胎子生殖隆起と精巣生殖細胞においては、DNase Iによって切断されたDNA断片が産生され、A-4断片に相当する領域(A-4領域)にDNase I hypersensitive site(HS)が存在することが予想された。このことから実際にSryを発現している生体組織においても、A-4領域に何らかの因子が結合していることが示唆された。また、circular formの転写開始点付近にもHSが検出され、circular formの転写制御に関わる因子の結合が予測された。

第三章 in vitro転写系を用いた解析

 さらに、A-4領域によるSryの転写活性への影響をin vitro転写系により解析した。まず、linear formの転写開始点を含む378bpからなる断片をtemplateとし、各胎齢の胎子生殖腺由来の核抽出物を用いてrun-off assayを行ったところ、胎齢に関わらず転写産物を検出した。この結果は以前報告された事実と一致しており、このtemplateに含まれる領域のみで転写が生じることが確認された。

 次に、このtemplateにA-4断片を連結し、転写に対する影響について検討した。その結果、胎齢13.5日雌生殖腺由来の核抽出物を用いた場合では転写に対する影響は見られなかったが、胎齢11.5日生殖隆起由来の核抽出物を用いた場合には転写量の上限が認められた。また、circular formの転写開始点についても調べた結果、A-4領域を欠失させたtemplateでは転写量の減少がみられた。これらのことから、A-4領域にはSryの発現時期特異的にその転写を活性化する領域が含まれていることが明らかとなった。

 以上の結果から、マウスSryの発現時期特異的に因子が結合する転写活性化領域が、その5'上流域の5559から5616の領域に位置していることが強く示唆された。また、この領域はcircular formの発現制御にも関与すると考えられる。本研究により、Sryの上流因子の同定が進んでいない現状において、Sryの転写制御領域からその転写制御機構を解明する手がかりが得られたといえ、Sryの機能を中心とした哺乳類の性決定に関する研究を更に発展をさせる新たな方向性を示したと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 精巣の分化を誘導し哺乳類の性を決定する転写因子SRYは胎子の性分化期に一過性に発現する。また、SRYを導入した雌のトランスジェニックマウスが精巣を形成したことから、SRYの転写制御機構は雌にも存在しているといえる。現在、SRYの機能としては未分化生殖腺において発現してセルトリ細胞を分化させ、さらに中腎組織からの細胞移動を誘導して精細管構造の形成を誘導していると考えられている。SRYがDNA結合ドメイン(HMG box)を有する転写因子であったことから、精巣分化に至る性決定のカスケードが予測され、多くの関連遺伝子が挙げられてきた。しかしながら、SRYの上流に存在し、SRYの発現を制御する遺伝子については明確ではない。さらにマウスSRYについては、異なる転写開始点からlinear formとcircular formの2種類の転写産物がつくられ、circular formは主に成体の精巣生殖細胞において発現しているが、その転写制御機構についても不明である。

 本研究は、マウスSRYの時期特異的な転写制御機構を解明する目的で、そのゲノム上5'上流域に着目し、転写制御領域の解析を行ったものである。

 第一章では、マウスSRYの5'上流域において、SRYの発現時期特異的に因子の結合する領域を検出する目的で、ゲルシフトアッセイを行った。胎齢11.5日から13.5日の胎子生殖腺よりそれぞれ核抽出物を調製し、SRYの5'上流域を断片化したプローブに対して、それぞれゲルシフトアッセイを行い、胎齢による核蛋白質の結合の変化について調べた。その結果、5491から5798の領域(-2541〜-2234)にあたるA断片に胎齢11.5日特異的に核蛋白質の結合を検出した。この結合は12.5日以降には消失することから、SRYの発現パターンに一致しているといえ、A断片に含まれる領域にSRYの転写を正に制御している転写制御領域が存在する可能性が示唆された。さらに、A断片における結合配列を同定する目的で、A断片のさらなる細断片化とフットプリント法を行った。A断片の制限酵素処理とexonuclease処理によって得られたA-4断片について調べた結果、5559から5616にあたる配列(-2464〜-2416)に胎齢11.5日特異的なフットプリントを検出した。この領域にはSF1やWT1などの性分化に関わる転写因子の認識配列が含まれていないことから、結合した核蛋白質は未知の因子であることが示唆された。また、成体の精巣生殖細胞より調製した核抽出物についてもA-4断片をプローブとしてゲルシフトアッセイを行い、胎子生殖腺と同様の核蛋白質の結合を検出した。したがって、この領域は成体精巣におけるcircular formのみの発現にも関与していることを示唆した。

 第二章では、ゲルシフトアッセイにより検出した核蛋白質の結合が、実際の生体内でも起こっているかどうかを調べるため、ゲノム上のDNase I感受性領域について検討した。胎齢11.5日雄胎子生殖隆起および成体精巣生殖細胞と肝臓より、核のライセートを調製してDNase Iを作用させ、その後、サザンブロット法によりA-4領域付近のDNA断片を検出した。その結果、対照として用いた肝臓と比較して、SRYを発現している胎子生殖隆起と精巣生殖細胞においては、DNase Iによって切断されたDNA断片が産生され、A-4断片に相当する領域(A-4領域)にDNase I hypersensitive site(HS)が存在することを推察している。また、circular formの転写開始点付近にもHSを検出し、circular formの転写制御に関わる因子の結合を予測した。

 第三章では、A-4領域によるSRYの転写活性への影響を調べるため、in vitro転写系により解析した。まず、linear formの転写開始点を含む378bpからなる断片をtemplateとし、各胎齢の胎子生殖腺由来の核抽出物を用いてrun-off assayを行ったところ、胎齢に関わらず転写産物を検出した。次に、このtemplateにA-4断片を連結し、転写に対する影響について検討した。その結果、胎齢13.5日雌生殖腺由来の核抽出物を用いた場合では転写に対する影響は見られなかったが、胎齢11.5日生殖隆起由来の核抽出物を用いた場合には転写量の上昇を認めた。

 以上、本研究の結果は、発現時期特異的に因子が結合するマウスSRYの転写活性化領域が、5'上流域の5559から5616の領域に位置していることを強く示唆した。本論文は、SRYの上流因子の同定が進んでいない現状において、SRYの転写制御機構を解明する上で重要な知見を示し、哺乳類性決定機構に関し学術上ならびに獣医学分野に貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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