学位論文要旨



No 118246
著者(漢字) 徐,寧淳
著者(英字)
著者(カナ) シュ,ニンチュン
標題(和) Interferon-tau遺伝子発現制御におけるcoactivatorの関与
標題(洋) Coactivator in the regulation of interferon-tau gene transcription
報告番号 118246
報告番号 甲18246
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2635号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 山内,啓太郎
 理化学研究所 室長 横山,和尚
内容要旨 要旨を表示する

 生命の誕生が受精により始まると言われているが、哺乳類においては約半数の受精卵が着床期に死に至ることが知られている。したがって、着床の成否が妊娠成立に重要な役割を持っていると考えられる。着床成立には母親が胚仔の存在を認識する、いわゆる母体の妊娠認識が必要とされる。反芻動物において、胚の栄養膜細胞から時期特異的に盛んに分泌されるInterferon-tau(IFNτ)が妊娠認識に働く事が知られている。IFNτは子宮上皮細胞上のレセプターと結合し、子宮内膜のプロスタグランジンF2αの産生・分泌を抑制する事により、黄体の退行を阻止し、母体は妊娠維持に必要不可欠なホルモン(プロゲステロン)を産生し続けることが可能となる。IFNτの発現調節機構を解明する事は、反芻動物における着床現象を理解する上で、非常に重要であると考えられる。

 IFNτは他のIFN(α,β,ω)と同様に抗ウイルス活性、細胞増殖抑制作用、免疫抑制作用などを有するが、その発現様式は他のIFNと異なり、ウイルスや二本鎖RNAでは誘導されず、発現は一週間以上にも及ぶ。ヒツジの場合、受精した胚は、妊娠12日目から伸長を開始し、それと同時にIFNτを分泌始める。胚の伸長とともにIFNτの分泌量も増加し、胚の栄養膜細胞と子宮上皮の接着が始まる16日目に最大量に達するが、16日目以降、その分泌量は減少し、胎盤形成が始まる22日目以降には検出できなくなる。以上のような時期特異的な発現のパターンを解析する目的で、IFNτ遺伝子の上流域解析が行われており、これまでIFNτ遺伝子上流域においていくつかの転写因子結合領域が発見・同定されている。本研究で、より詳細なIFNτ遺伝子発現様式を解明する目的で、転写因子AP-1、Ets-2とコアクチベーターとして知られるCBP/p300に注目し、IFNτ遺伝子転写機構の解析を行った。

 本論文は二章により構成され、第一章はIFNτ遺伝子発現に関与する事が知られている転写因子、AP-1、Ets-2の結合領域を同定し、子宮内で発現の高いIFNτ遺伝子と低い遺伝子の発現制御の差異を明らかにしょうとした。第二章では、AP-1やEts-2の転写因子を結ぶことが考えられるコアクチベーター(CBP/p300)の関与を検討し、IFNτ遺伝子発現制御機構を明らかにしょうとした。

 ヒツジIFNτ(oIFNτo10)遺伝子上流域654ベースを挿入したレポーター(ルシフェラーゼ)プラスミドを、ヒト絨毛性ガン細胞JEG3に導入することにより、oIFNτo10の転写活性を測定した。転写因子c-JunとEts-2の共発現により、oIFNτo10の転写活性が上昇することが確認した。また、IFNτo10のAP-1やEts-2サイトにミューテーションを加えることでその転写活性は減少し、c-JunとEts-2を共生発現させても転写活性の上昇は認められなかった。以上により、c-JunとEts-2はoIFNτo10遺伝子上流域に存在する結合サイト、AP-1、Ets-2を介して、olFNτo10遺伝子の発現を上昇させることが示された。また、oIFNτには10種類以上の遺伝子が同定されているが、個々の遺伝子の発現は一様ではない。これらのうち、最も発現の高いoIFNτ遺伝子o10と発現の非常に弱いo8遺伝子にも、それぞれの上流域にはAP-1結合サイトが共通して存在する。一方、o10の上流域にはEts-2結合サイトが存在するが、他の遺伝子群にはEts-2サイトが存在しないことが知られている。各々の遺伝子のEts-2結合サイトを含む配列を交換したoIFNτレポーター・プラスミドの転写活性を測定することによって、Ets-2周辺23塩基の配列がoIFNτ遺伝子発現に重要であることが分かった。以上のことから、転写因子AP-1が働くにはEts-2が必要であり、AP-1とEts-2が相互作用をすることでoIFNτ遺伝子の転写活性を上昇させる可能性が示唆された。また、c-JunとEts-2のタンパク質の存在を、妊娠1日目から分離したヒツジ栄養膜細胞、ウシ栄養膜細胞株BT-1、シバヤギ栄養膜細胞株HTS1とJEG3を用いてウエスタンプロット法で解析したところ、c-Junはすべての細胞に存在し、Ets-2はHTS1に存在しないことから、Ets-2の発現はIFNτの時期特異的な発現に関与する可能性を示した。

 また、oIFNτ遺伝子プロモーターやエンハンサーは同定されつつあるが、その間に位置するコアクチベーターに関する知見はない。コアクチベーターはエンハンサー配列結合因子(AP-1、Ets-2など)と基本転写因子(PolII、TBP2など)を結ぶ、転写開始複合体形成の安定化に関与していると考えられる。最近コアクチベーターCBPとp300はhistone acetyltransferase(HAT)活性を持つことが分かってきた。HATにより、chromatinの構造を緩め、転写因子がDNAに接触・結合しやすくなることが知られている。本研究では、コアクチベーターCBPとp300を解析し、IFNτ遺伝子の転写機構の解明を試みた。CBP発現ベクターとともにoIFNτレポーター・プラスミドをJEG-3細胞に導入すると転写活性が増加し、CBP抑制作用を持つAdenovirus 12S E1Aを投与すると転写活性が低下することより、oIFNτ遺伝子の発現にはCBPが関与していることが示唆された。また、CBPとc-junとEts-2の方が転写活性を最も上げることが観察された。CBPはAP-1とEts-2サイトを改変したoIFNτレポーター・プラスミドを同時にJEG-3細胞に導入しても転写活性が上昇しないことから、コアクチベーターCBPはAP-1とEts-2サイトを介してIFNτ遺伝子の発現に関与していることが示唆された。JEG3細胞の核タンパク質を用い、免疫沈澱を行ったところ、CBPとc-Jun、CBPとEts-2の複合体を検出された。ヒツジ栄養膜細胞にJEG3細胞と同様にCBP、c-JunとEts-2タンパク質が発現されていることから、JEG3細胞より得られた結果は実際in vivoの状況を反映されると考えられる。また組織免疫の結果により、CBPは細胞核内に存在していることが分かった。以上のことから、IFNτの発現が盛んな時期にコアクチベーターCBPと転写因子c-Jun、Ets-2とが複合体を形成し、その協同作用でIFNτ遺伝子の発現を上昇することが示唆された。一方、CBPと高い相同性を持つp300は単独でolFNτレポーター・プラスミドの転写活性を上げることができたが、c-junを過剰発現された場合、活性はさらに上がらなかったことより、これ以上の解析を行わなかった。

 これまでの知見からIFNτの発現開始から中止するまで、この遺伝子はnegativeとpositive両方の制御を受けていると考えられる。Ets-2はin vitroでDNAとの結合が非常に低いのに対し、in vivoで遺伝子の発現を活性化することできることから、Ets-2はin vivoで他の因子により活性化されることを示された。また、c-Junのリン酸化はCBPとの結合に重要であることを知られている。子宮が分泌するGM-CSF、IL-3因子は胚仔IFNτの発現を増加することも報告されている。以上の知見から、CBP/c-Jun/Ets-2複合体は母体側の因子による影響されている可能性を示した。一方、TGFβの処理によって、Ets-1/p300複合体を解離されると報告されている。実際、胚のトロホブラスト細胞はTGFβを分泌することができ、子宮内ではIFNτの分泌が減少し始める時期から胚によるTGFβの分泌が盛んになる。TGFβはIFNτ遺伝子発現のnegative controlする因子として機能する可能性も示唆された。

 以上のことから、私はIFNτ遺伝子の転写機構を以下のように解釈する:IFNτ遺伝子発現開始になる時期に、Ets-2は低い活性でDNAと結合し、少量のIFNτを産生する。その後、子宮の因子により、c-Junがリン酸化され、CBPと結合し、CBP/c-Jun/Ets-2複合体を完成する。CBPのrecruitment作用により、IFNτの転写活性がさらに上がる。その後、TGFβにより、Ets-2はCBP/c-Jun/Ets-2複合体から分離され、IFNτ遺伝子の転写が低下する。

 本研究は、IFNτ遺伝子の発現制御機構を新しい視点から解析したことになり、IFNτ遺伝子の転写制御に一歩も二歩も近づいたことになる。

審査要旨 要旨を表示する

 生命の誕生が受精により始まると言われているが、哺乳類においては約半数の受精卵が着床期に死に至ることが知られている。したがって、着床の成否が妊娠成立に重要な役割を持っていると考えられる。着床成立には母親が胚仔の存在を認識する、いわゆる母体の妊娠認識が必要とされる。反芻動物において、胚の栄養膜細胞から時期特異的に盛んに分泌されるInterferon-tau(IFNτ)が妊娠認識に働く事が知られている。IFNτは子宮上皮細胞上のレセプターと結合し、子宮内膜のプロスタグランジンF2αの産生・分泌を抑制する事により、黄体の退行を阻止し、母体は妊娠維持に必要不可欠なホルモン(プロゲステロン)を産生し続けることが可能となる。IFNτの発現調節機構を解明する事は、反芻動物における着床現象を理解する上で、非常に重要であると考えられる。

 IFNτは他のIFN(α,β,ω)と同様に抗ウイルス活性、細胞増殖抑制作用・免疫抑制作用などを有するが、その発現様式は他のIFNと異なり、ウイルスや二本鎖RNAでは誘導されず、発現は一週間以上にも及ぶ。ヒツジの場合、受精した胚は、妊娠12日目から伸長を開始し、それと同時にIFNτを分泌始める。胚の伸長とともにIFNτの分泌量も増加し、胚の栄養膜細胞と子宮上皮の接着が始まる16日目に最大量に達するが、16日目以降、その分泌量は減少し、胎盤形成が始まる22日目以降には検出できなくなる。以上のような時期特異的な発現のパターンを解析する目的で、IFNτ遺伝子の上流域解析が行われており、これまでIFNτ遺伝子上流域においていくつかの転写因子結合領域が発見・同定されている。本研究で、より詳細なIFNτ遺伝子発現様式を解明する目的で、転写因子AP-1、Ets-2とコアクチベーターとして知られるCBP/p300に注目し、IFNτ遺伝子転写機構の解析を行った。

 本論文は二章により構成され、第一章はIFNτ遺伝子発現に関与する事が知られている転写因子、AP-1、Ets-2の結合領域を同定し、子宮内で発現の高いIFNτ遺伝子と低い遺伝子の発現制御の差異を明らかにしょうとした。第二章では、AP-1やEts-2の転写因子を結ぶことが考えられるコアクチベーター(CBP/p300)の関与を検討し、IFNτ遺伝子発現制御機構を明らかにしょうとした。

 ヒツジIFNτ(oIFNτo10)遺伝子上流域654ベースを挿入したレポーター(ルシフェラーゼ)プラスミドを、ヒト絨毛性ガン細胞JEG3に導入することにより、oIFNτo10の転写活性を測定した。転写因子c-JunとEts-2の共発現により、oIFNτo10の転写活性が上昇することが確認した。また、IFNτo10のAP-1やEts-2サイトにミューテーションを加えることでその転写活性は減少し、c-JunとEts-2を共生発現させても転写活性の上昇は認められなかった。以上により、cJunとEts.2はoIFNτ010遺伝子上流域に存在する結合サイト、AP4、Ets-2を介して、oIFNτo10遺伝子の発現を上昇させることが示された。また、oIFNτには10種類以上の遺伝子が同定されているが、個々の遺伝子の発現は一様ではない。これらのうち、最も発現の高いoIFNτ遺伝子o10と発現の非常に弱いo8遺伝子にも、それぞれの上流域にはAP-1結合サイトが共通して存在する。一方、o10の上流域にはEts-2結合サイトが存在するが、他の遺伝子群にはEts-2サイトが存在しないことが知られている。各々の遺伝子のEts-2結合サイトを含む配列を交換したoIFNτレポーター・プラズミドの転写活性を測定することによって、Ets-2周辺23塩基の配列がoIFNτ遺伝子発現に重要であることが分かった。以上のことから、転写因子AP-1が働くにはEts-2が必要であり、AP-1とEts-2が相互作用をすることでoIFNτ遺伝子の転写活性を上昇させる可能性が示唆された。また、c-JunとEts-2のタンパク質の存在を、妊娠1日目から分離したヒツジ栄養膜細胞、ウシ栄養膜細胞株BT-1、シバヤギ栄養膜細胞株HTS1とJEG3を用いてウエスタンプロット法で解析したところ、c-Junはすべての細胞に存在し、Ets-2はHTS1に存在しないことから、Ets-2の発現はIFNτの時期特異的な発現に関与する可能性を示した。

 また、oIFNτ遺伝子プロモーターやエンハンサーは同定されつつあるが、その間に位置するコアクチベーターに関する知見はない。コアクチベーターはエンハンサー配列結合因子(AP-1、Ets-2など)と基本転写因子(PolII、TBP2など)を結ぶ、転写開始複合体形成の安定化に関与していると考えられる。最近コアクチベーターCBPとp300はhistone acetyltransferase(HAT)活性を持つことが分かってきた。HATにより、chromatinの構造を緩め、転写因子がDNAに接触・結合しやすくなることが知られている。本研究では、コアクチベーターCBPとp300を解析し、IFNτ遺伝子の転写機構の解明を試みた。CBP発現ベクターとともにoIFNτレポーター・プラスミドをJEG-3細胞に導入すると転写活性が増加し、CBP抑制作用を持つAdenovirus12SEIAを投与すると転写活性が低下することより、oIFNτ遺伝子の発現にはCBPが関与していることが示唆された。また、CBPとc-junとEts-2の方が転写活性を最も上げることが観察された。CBPはAP-1とEts-2サイトを改変したoIFNτレポーター・プラスミドを同時にJEG-3細胞に導入しても転写活性が上昇しないことから、コアクチベーターCBPはAp-1とEts-2サイトを介してIFNτ遺伝子の発現に関与していることが示唆された。JEG3細胞の核タンパク質を用い、免疫沈澱を行ったところ、CBPとc-Jun、CBPとEts-2の複合体を検出された。ヒツジ栄養膜細胞にJEG3細胞と同様にCBP、c-JunとEts-2タンパク質が発現されていることから、JEG3細胞より得られた結果は実際in vivoの状況を反映されると考えられる。また組織免疫の結果により、CBPは細胞核内に存在していることが分かった。以上のことから、IFNτの発現が盛んな時期にコアクチベーターCBPと転写因子c-Jun、Ets-2とが複合体を形成し、その協同作用でIFNτ遺伝子の発現を上昇することが示唆された。一方、CBPと高い相同性を持つp300は単独でoIFNτレポーター・プラスミドの転写活性を上げることができたが、c-junを過剰発現された場合、活性はさらに上がらなかったことより、これ以上の解析を行わなかった。

 これまでの知見からIFNτの発現開始から中止するまで、この遺伝子はnegativeとpositive両方の制御を受けていると考えられる。Ets-2はin vitroでDNAとの結合が非常に低いのに対し、in vivoで遺伝子の発現を活性化することできることから、Ets-2はin vivoで他の因子により活性化されることを示された。また、c-Junのリン酸化はCBPとの結合に重要であることを知られている。子宮が分泌するGM-CSF、IL-3因子は胚仔IFNτの発現を増加することも報告されている。以上の知見から、CBP/c-Jun/Ets-2複合体は母体側の因子による影響されている可能性を示した。一方、TGFβの処理によって、Ets-1/p300複合体を解離されると報告されている。実際、胚のトロホブラスト細胞はTGFβを分泌することができ、子宮内ではIFNτの分泌が減少し始める時期から胚によるTGFβの分泌が盛んになる。TGFβはIFNτ遺伝子発現のnegative controlする因子として機能する可能性も示唆された。

 以上のことから、私はIFNτ遺伝子の転写機構を以下のように解釈する:IFNτ遺伝子発現開始になる時期に、Ets-2は低い活性でDNAと結合し、少量のIFNτを産生する。その後、子宮の因子により、c-Junがリン酸化され、CBPと結合し、CBP/c-Jun/Ets-2複合体を完成する。CBPのrecruitment作用により、IFNτの転写活性がさらに上がる。その後、TGFβにより、Ets-2はCBP/c-Jun/Ets-2複合体から分離され、IFNτ遺伝子の転写が低下する。本研究は、IFNτ遺伝子の発現制御機構を新しい視点から解析したことになり、IFNτ遺伝子の転写制御に一歩も二歩も近づいたことになる。

 以上、本研究は妊娠・着床に必須な因子とされるIFNτ遺伝子発現制御機構を、学際的な研究視座から精微な考察と緻密な実験手法により解析し、丹念なデータ処理に基づき新しい知見を提示したもので、公表論文や投稿予定論文にみられるように学術上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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