学位論文要旨



No 118248
著者(漢字) 李,元雨
著者(英字)
著者(カナ) イ,ウォンウ
標題(和) カニクイザルの末梢血CD4+CD8αα+両陽性胸腺外T細胞に関する研究
標題(洋) Studies on extrathymic CD4+CD8αα+ double positive T cells in the peripheral blood of cynomolgus monkeys.
報告番号 118248
報告番号 甲18248
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2637号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 大野,耕一
 東京大学 助教授 久和,茂
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はカニクイザルの末梢血DPT細胞の加齢に伴う変化とその免疫的意義を明らかにすることを目的としたものである。

 免疫機能に重要な役割を果たしているT細胞は胸腺内でCD4-CD8-両陰性細胞から、CD4+CD8+両陽性(DP:double positive)細胞を経てCD4またはCD8のみを発現したsingle positive(SP)T細胞へ成熟分化し、それぞれヘルパーT細胞(TH)と細胞傷害性T細胞(CTL)として免疫応答の中枢をになう。一方、胸腺は比較的早期に退縮することから、胸腺退縮後のT細胞の起源についてはいまだに十分な解明がなされていない。最近、ヒトの末梢リンパ球中にはCD4SP、CD8SPT細胞だけでなく、少数のDPT細胞が存在し、末梢DPT細胞が一時的あるいは持続的に増加することが報告された。DPT細胞の増加はウイルス感染、自己免疫疾患、白血病、腫瘍などの罹患者のみならず正常なヒト(特に、高齢者)でも認められる。これらの末梢DPT細胞はCD8αβヘテロダイマーの胸腺DP細胞と異なり、CD8ααホモダイマーであることから、胸腺外で分化したT細胞lineageである可能性が示唆されているが、末梢DPT細胞の免疫学的意義については未だ明らかではない。

 興味深いことに、マカカ属サル類、ブタ、ニワトリでは正常個体の末梢中にDPT細胞が比較的高レベルで存在していることから、免疫応答において何らかの役割を果たしている可能性が示唆されている。特に、マカカ属カニクイザル(Macaca fascicularis)では加齢にともない末梢血中に高頻度にCD4+CD8αα+DPT細胞が出現することが報告されている。この末梢DPT細胞は、(1)胸腺退縮時期の前後で急激に増加すること、(2)胸腺内の未分化T細胞と異なり胸腺マーカーを発現しておらず、休止期成熟記憶細胞の表現型を示すこと、(3)細胞傷害活性とヘルパー機能を併せ持つ、特異なT細胞であること、(4)一部のCD4SPT細胞と同じT細胞レセプターVβ鎖のclonalityを持つことなどが明らかされてきた。これらの知見は、成熟カニクイザルの末梢DPT細胞が胸腺退縮後に胸腺外分化したT細胞である可能性を強く示唆しているが、末梢DPT細胞の起源、分化過程、遺伝支配に関しては未だ明らかになっていない。本研究では、この末梢血DPT細胞の由来および分化過程を明らかにし、ヒトを含む高等動物における胸腺外分化T細胞の免疫学的な意義を解明することを目的とする。本論文は4章から構成される。以下に各章の要約と意義を述べる。

 第1章は、カニクイザルのDPT細胞レベルに及ぼす遺伝的影響について述べている。DPT細胞はカニクイザルで胸腺退縮が完了する10歳以上で急激に増加するが、一部の個体では増加が見られないことから、DPT細胞レベルに遺伝的要因が関与する可能性が考えられた。そこで、10歳以上の個体で構成される24家系についてDPT細胞レベルを調査し、家系調査の結果を基にDPTレベルに及ぼす遺伝的影響を解析した。まず、無作為に抽出した195頭で調査したDPT細胞レベルの分布から、DPT細胞レベルが末梢リンパ球の5%以上を占める固体を高レベル群、以下を低レベル群と定義した。両親が高×高の組み合わせ(13頭)からは69.2%、高×低の組み合わせ(9頭)からは33.3%の高レベルの子供がそれぞれ生まれたが、低×低の組み合わせから生まれた2頭はいずれも低レベルであった。さらに、両親と子供のDPTレベルとの相関で得られる遺伝率(h2)が0.54±0.19であることから、カニクイザルでは末梢DPT細胞レベルに遺伝的要因が関与する可能性が示唆された。

 第2章では、DPT細胞の出現時期を特定し、胸腺退縮との関連を明らかにする目的で行った5年間の縦断的調査結果を述べている。6歳齢の12頭のカニクイザルをDPT細胞レベルにより、高中低の3群に分けて5年間の縦断的調査を行った結果、高群(>5%)の3頭では7歳で10%以上に急増した。中群(1-5%)の6頭ではDPT細胞レベルは徐々に増加し、9歳齢で5%以上となったが、低群(<1%)の3頭ではDPT細胞レベルは11歳まで変化しなかった。このことから、大部分のカニクイザルでは胸腺退縮が完了する10歳前にDPT細胞レベルが5%以上に達することが明らかになった。さらに、DPT細胞が急増した個体では6歳齢の時点で休止期成熟記憶T細胞の表現型を示す細胞の割合が高いことから、免疫系の成熟度がDPT細胞レベルに影響することが示唆された。末梢血DPT細胞の起源を明らかにする目的で、胸腺起源細胞マーカーであるTREC(T cell receptor excision circles)の定量的測定法ができるPCR-ELISAをセットアップした。このシステムを用いて5年間の縦断的調査でDPT細胞が急増した個体(3頭)と変化しなかった個体(3頭)からT細胞を分離し、cjTRECのレベルを調べた結果、末梢DPT細胞増加が認められたサルでのcjTRECのレベルが有為に低かったことから、胸腺退縮が加齢に伴うDPT細胞増加要因の一つと考えられた。

 第3章では、カニクイザルの末梢DPT細胞と腸管上皮細胞間リンパ球(IEL)中のDPT細胞との性状比較を述べている。マウス等では胸腺外T細胞の分化の場として小腸上皮のIELが考えられている。IELの20-30%がCD4+CD8αα+両陽性(IEL-DP細胞)の表現型を持っていることから、末梢DPT細胞はIELの一部が小腸上皮から末梢に移動したものである可能性も示唆されてきた。そこで、DPT細胞レベルが高い群(>5%:4頭)と低い群(<5%:4頭)のカニクイザルからIELを分離し、IEL-DPのレベルを比較した結果、両集団でIEL-DP細胞レベルに有意な差は認められなかった。さらに、末梢DPT細胞とIEL-DP細胞について細胞表面マーカー(インテグリン、活性化マーカー、メモリー細胞マーカー、共刺激分子)の発現をフローサイトメトリー(FACS)で調べた結果、末梢DPT細胞が非粘膜組織ホーミング細胞の表現型(インテグリンα4high、βlhigh、β2high、β7variable、またCD103-)を示すのに対し、IEL-DP細胞は粘膜組織ホーミング細胞の表現型(インテグリンα4low、β1low、β2low、β7hight、またCD103+)を示すことが明らかになった。さらに、活性化マーカー(CD69)の結果から、IEL-DPは末梢DPT細胞と異なり活性化状態であることも判明した。末梢DPT細胞とIEL-DPの由来を明らかにするため、RT-PCR-SSCP(single-strand conformational polymorphism)法を用いてIEL-DPと末梢DPT細胞のT細胞レセプターVβ鎖のclonalityを比較した結果、両者に共通のT細胞レセプターVβ鎖は認められなかった。これらの結果から、末梢DPT細胞がIEL-DP細胞に由来する可能性は否定された。

 第4章では、テロメア長の解析により、末梢DPT細胞の分化過程を記述している。テロメアは細胞の分裂回数と関連して短縮することから、末梢リンパ球の分化段階を解析する手法としてテロメア長が使われている。Section 1ではまず、テロメア固有の反復配列と相補性を示す蛍光標識のPNA(Peptide Nucleic Acid)プローブを用いてハイブリダイズしたリンパ球の蛍光強度から相対的なテロメア長をフローサイトメトリーで測定する方法(Flow FISH)を確立した。その方法により、年齢の異なるカニクイザル(0歳から35歳までの55頭)の末梢血リンパ球のテロメア長を測定したところ、末梢リンパ球のテロメア長は10.5kbp(kilo base pairs)から16.5kbpまで分布しており、平均値は14.2±1.2kbpであった。またカニクイザルのリンパ球のテロメア長短縮スピードは一年あたり平均で62.7bpとヒトの59bpとほぼ同様な値であった。次に、末梢リンパ球の分化過程解析にFlow FISHが応用可能か否かを調査した。ナイーブT細胞マーカーであるCD62Lをマーカーにして、CD4及びCD8SPT細胞から高純度のCD62L+及びCD62L-T細胞をソートし、それぞれのテロメア長を比べた。その結果、CD4及びCD8SPT細胞のCD62L+T細胞のテロメア長がCD8+CD62L-T細胞より、それぞれ920bp、450bp長いことが明らかになった。これらの結果から、加齢に伴うメモリーT細胞の増加が末梢リンパ球のテロメア長短縮の要因と考えられた。Section2では、DPT細胞のテロメア長の解析結果を述べている。DPT細胞がメモリーT細胞の表現型を示すことから、DPT細胞のテロメア長は短いことが推測されていたが、DPT細胞のテロメア長はメモリーCD4SPよりも短いことが明らかになった。末梢DPT細胞とCD4SP細胞が同一の起源である可能性が示唆されているが、両者のテロメア長の比較からDPT細胞はCD4SPT細胞の一部が末梢でclonal expansionした細胞集団である可能性が高いと考えられた。

 以上、本論文はカニクイザルの末梢血CD4+D8αα+DPT細胞の起源、分化過程、遺伝支配に関して新たな知見を提供した。胸腺退縮後の末梢T細胞の出現機構については未だに確証は得られていない。末梢DPT細胞の出現というヒトとは異なるシステムを有するカニクイザルの特性を利用して、胸腺外分化T細胞の免疫学的な意義を解明するためには、今後、抗原認識に関わる胸腺外T細胞のマーカーであるCD8ααホモダイマーの役割についての研究が必要となる。

審査要旨 要旨を表示する

 T細胞は胸腺内で成熟分化し、CD4またはCD8を発現した単陽性(SP)T細胞として末梢での免疫応答の中枢をになう。最近、高齢者で末梢中にDPT細胞が出現することが報告されている。これらのDPT細胞は表現型から胸腺外分化T細胞系統である可能性が示唆されているが、その免疫学的意義については未だ明らかではない。

 他方、マカカ属サルのカニクイザルでは加齢にともない末梢血中に高頻度にDPT細胞が出現することが報告された。この細胞群は胸腺退縮の前後で急激に増加し、休止期成熟の免疫記憶細胞の表現型を示すことから、胸腺退縮後に胸腺外分化したT細胞である可能性が強く示唆されている。本研究では、この末梢血DPT細胞の由来、分化過程、遺伝支配などを明らかにし、ヒトを含む高等動物における胸腺外分化T細胞の免疫学的な意義を解明することを目的としている。本論文は4章よりなる。

 老齢カニクイザルのDPT細胞レベルには個体差が存在することから、DPT細胞レベルに遺伝的要因の関与が考えられた。第1章では10歳以上の個体で構成される24家系についてDPT細胞レベルを調査し、家系調査の結果を基にDPTレベルに及ぼす遺伝的影響を解析した。5%のカットオフ値で高レベル群と低レベル群を定義し、家系調査を行った結果、両親が高×高(13頭)、高×低(9)、低×低(2)の組み合わせからはそれぞれ69.2%、33.3%、0%の高レベルの子供が生まれた。さらに、DPTレベルの両親と子供との相関で得られる遺伝率が0.54±0.19であることから、カニクイザルでは末梢DPT細胞レベルに遺伝的要因が関与する可能性が示唆された。

 第2章では、DPT細胞の出現時期を特定し、胸腺退縮との関連を明らかにする目的で5年間の縦断的調査を行っている。6歳齢の12頭のカニクイザルをDPT細胞レベルにより、高中低の3群に分けて行った縦断的調査の結果から、3群でのDPT細胞の出現時期や増加パターンが異なることが明らかになった。さらに、DPT細胞が急増した個体では6歳齢の時点で休止期成熟型の免疫記憶T細胞の割合が高いことから、免疫系の成熟度がDPT細胞レベルに影響することが示唆された。縦断的調査でDPT細胞が急増した個体と変化しなかった個体のT細胞で胸腺起源細胞マーカーであるTRECのレベルを調べた結果、DPT細胞増加が認められたサルでのTRECのレベルが有為に低かったことから、胸腺退縮が加齢に伴うDPT細胞増加要因の一つと考えられた。

 胸腺外分化T細胞群として知られている腸管上皮細胞間リンパ球(IEL)は大量のCD4+CD8+両陽性細胞(IEL-DP細胞)を含むことから、末梢DPT細胞はIELの一部が小腸上皮から末梢に移動したものである可能性を第3章で検証した。まず、末梢DPT細胞レベルが高い群(>5%)と低い群(<5%)のカニクイザルからIELを分離し、IEL-DPのレベルを比較した結果、両群で有意な差は認められなかった。さらに、末梢DPとIEL-DPとで細胞表面マーカーの発現を比較した結果、末梢DPT細胞が非粘膜組織ホーミング細胞の表現型を示すのに対し、IEL-DP細胞は粘膜組織ホーミング細胞の表現型を持つ活性化状態の細胞群であることが明らかになった。さらに、SSCP法を用いてT細胞レセプターVβ鎖のクローン型を比較した結果、両者に共通のT細胞レセプターVβ鎖は認められなかった。これらの結果から、末梢DPT細胞がIEL-DP細胞に由来する可能性は否定された。

 テロメアは細胞の分裂回数と関連して短縮することから、末梢リンパ球の分化段階を解析する手法としてテロメア長が使われている。第4章では、テロメア長をFACSで測定する方法(Flow FISH)を確立し、CD62L+及びCD62L-T細胞のテロメア長を比較した結果、CD62L+T細胞がより長いテロメア長を持つことを示した。本法によりDPT細胞のテロメア長はメモリーCD4SPよりも短いことを明らかにした。末梢DPT細胞と一部のCD4SP細胞が同一の起源である可能性が示唆されてきたが、両者のテロメア長の比較からDPT細胞はCD4SPT細胞の一部が末梢でクローン性増殖した細胞集団である可能性が高いことが示唆された。

 以上、本論文はカニクイザルの末梢血CD4+CD8+DPT細胞の起源、分化過程、遺伝支配に関して、多くの新たな知見を提供した。胸腺退縮後の末梢T細胞の出現機構については未だに確証は得られていない。末梢DPT細胞の出現というヒトとは異なるシステムを有するカニクイザルの特性を利用して、ヒトで推測されているものの未だに確証の得られていない胸腺外分化T細胞の由来、表現型および機能に関して有用な知見を提供したと考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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