No | 118249 | |
著者(漢字) | 加藤,健太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カトウ,ケンタロウ | |
標題(和) | ヘルペスウイルス複製過程における分子間相互作用に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Molecular Interactions in Herpesvirus Replication | |
報告番号 | 118249 | |
報告番号 | 甲18249 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2638号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヘルペスウイルス感染症は、その幾つかが法定・届出伝染病、海外悪性伝染病及び、感染症予防法においても指定を受けていることからも明らかなように獣医学領域において国内外での経済的被害は甚大であり、医学領域も含め重要な研究課題となっている。 獣医学領域で問題視されているヘルペスウイルスとして、猫鼻気管炎ウイルス、犬ヘルペスウイルス、マレック病ウイルス(MDV)、オーエスキー病ウイルス、牛伝染性鼻気管炎ウイルス、馬鼻肺炎ウイルス、Bウイルス等が挙げられるが、宿主特異性が高く、潜伏感染することがその大きな特徴である。また、その症状は多彩で、発疹を伴う皮膚疾患、呼吸器症状、生殖器感染による流・死産、神経症状、悪性腫瘍等を呈する。 本研究はリンパ球好性腫瘍ヘルペスウイルスをその対象とし、家禽類に流行性の悪性リンパ腫を引き起こすMDVと、同じくヒトにリンパ腫瘍疾患を起こすEpstein-Barrウイルス(EBV)に焦点を当て、そのウイルス制御因子の機能発現機構について、特に抗ウイルス剤の標的として注目されるウイルス特異的酵素を中心として、他のウイルス因子あるいは宿主細胞因子との相互作用に関して解析を行った。 従来、ウイルス研究は主にウイルス因子側より展開されてきた。しかし、「ウイルスは自身では増殖不能という性状ゆえに宿主細胞機構を巧みに利用してその保存を試みる」といったウイルスの性状を鑑みると、根本的なウイルスの増殖機構を理解するためにはウイルス因子と宿主因子の相互作用の研究は必須である。本研究はヘルペスウイルス制御因子の機能発現機構を宿主細胞機構との相互作用の観点から解析したものであるが、従来とは異なる視点からの全く新しい知見を得るものと考えられる。本論文は、以下の5章より構成されている。 第1章:マレック病ウイルス2型(MDV2)のUL25,UL26,UL265,UL27,UL28,UL29相同遺伝子の同定 マレック病ウイルス(MDV)は、家禽類において流行性の悪性リンパ腫を引き起こすマレック病(MD)の原因ウイルスである。マレック病は生ワクチンによって選択的にその発癌が防圧された唯一の疾病であり、獣医学領域のみならず、医学、理学領域でも癌制圧に重要な示唆を与えるものとして広く注目を集めてきた。血清型から3つに分類され、血清1型(MDV1)は腫瘍原性を有する株と弱毒株を含むのに対し、血清2型(MDV2)と3型(HVT)は非腫瘍原性である。MDV1弱毒株あるいは後者2つの血清型株は、MDに対する効果的な生ワクチンとして使用されている。これらの背景から非腫瘍原性株と腫瘍原性株の遺伝子構造の比較を通して、MDVの発癌性についての分子生物学的な考察が可能であると考えられる。その第一歩として、著者らのグループは世界に先駆けてMDVのゲノム解読に取り組み、この全塩基配列(164,270bp)の決定に成功した。以下は著者自身がその過程で得た成果である。 MDV2(ワクチン株)のBamHI-G及びW1断片の約4kbpの塩基配列を決定し、ヒト単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)のUL25、UL26、UL26.5に相同する遺伝子を世界で初めて同定した。その結果、MDV2 UL26相同蛋白はカプシド形成時に働くウイルス特異的プロテアーゼであると示唆された。また、その領域から発現される転写産物の解析を行い、これらの遺伝子が実際にMDV2感染細胞中で発現していることを明らかにした。次に、MDV2のBamHI-N、T2及びEcoRI-Hの約10kbpの塩基配列を決定し、UL27、UL28、UL29相同遺伝子を同定し、また、その転写産物を解析することにより、これらの遺伝子産物がMDV2感染細胞中で発現していることを明らかにした。興味深いことに、MDV2は他のαヘルペスウイルスと異なり、UL28とUL29の間にはUL領域における複製開始点を持たないことが明らかになった。 第2章:マレック病ウイルス1型(MDV1)ICP22遺伝子産物の機能解析 MDVの遺伝子発現および潜伏感染からの再活性化を制御すると考えられる前初期遺伝子産物の1つであるICP22を鶏胚線維芽細胞において特異的かつ効率的に発現することに初めて成功した。次に、ICP22とともに、同じく前初期遺伝子産物であるICP4、ICP27の遺伝子発現制御能を検討した。MDV1(強毒株)のICP4、ICP22が協調して同じくMDV1のICP27プロモーターを活性化するのに対して、MDV2のICP27プロモーター活性化能は極めて低いことを明らかにした。 第3章:Epstein-BarrウイルスプロテインキナーゼBGLF4による宿主翻訳制御因子elongation factor1δ(EF-1δ)の過リン酸化 EBVに関しては、γヘルペスウイルスであるEBVのウイルス特異プロテインキナーゼBGLF4を発現・精製することにより、世界に先駆けてその活性を明らかにした。また、BGLF4の宿主細胞側の標的として翻訳制御因子であるelongation factor-1δ(EF-1δ)を同定した。ウイルスプロテインキナーゼはアミノ酸レベルで全ての亜科のヘルペスウイルスで保存されており、また、α、βヘルペスウイルスのプロテインキナーゼによりEF-1δがリン酸化されることが明らかになっている。以上より、EF-1δのリン酸化はヘルペスウイルスで普遍的に保存されている現象であり、そのリン酸化にはヘルペスウイルスで保存されているプロテインキナーゼが関与していることが示唆された。 第4章:Epstein-BarrウイルスプロテインキナーゼBGLF4によるウイルス制御因子EBNA-LPのリン酸化 第3章においてEBVウイルス特異プロテインキナーゼBGLF4の宿主細胞側基質の同定に成功したが、本章ではウイルス因子側の標的について検討したところ、BGLF4がEBV潜伏関連制御因子EBNA-LPの機能的セリン残基(Ser-35)をリン酸化することを明らかとした。EBNA-LPは、伝染性単核症等に由来するEBVのtypeIII潜伏感染細胞に発現するウイルス制御因子であるが、その潜伏再活性化期における発現および役割は全く不明であった。今回著者は、EBNA-LPが潜伏再活性化期の細胞においても発現していることを明らかにした。潜伏再活性化期にのみ発現するBGLF4によってEBNA-LPの機能部位がリン酸化されること、また実際にEBNA-LPが潜伏再活性化期の細胞に発現しうるというこれらの知見は、EBNA-LPが潜伏期だけでなく、潜伏再活性化期において何らかの役割を果たしていることを強く示唆している。 第5章:宿主プロテインキナーゼcdc2はEpstein-Barrウイルス制御因子EBNA-LPの機能的リン酸化部位を標的とする 第4章でEBVプロテインキナーゼBGLF4のリン酸化部位として同定したEBNA-LPのSer-35は、宿主プロテインキナーゼであるcdc-2の標的コンセンサス配列中に存在していた。そこで、cdc-2がSer-35をリン酸化するかをin vitro kinasa assayにて解析したところ、cdc-2が実際にSer-35をリン酸化することが明らかになった。つまり、BGLF4とcdc-2はEBNA-LPの同一セリン残基をリン酸化することが示唆された。 以上のことから、リンパ球好性腫瘍ヘルペスウイルスであるMDV及び、EBV感染時において、ウイルス蛋白同士あるいは、宿主蛋白との相互作用は不可欠であり、ウイルス複製そのものがこれら蛋白間の相互作用の所産であることと考えられる。特に、ヘルペスウイルス感染細胞中でのEF-1δのリン酸化は、全ての亜科および種のヘルペスウイルスで保存されている普遍的な現象であり、そのリン酸化にはヘルペスウイルスで保存されているプロテインキナーゼ(conserved herpesvirus protein kinase:CHPK)によって引き起こされていることを示している。また、CHPKであるHSV-1のUL13、BGLF4とcdc-2がEF-1δの同一セリン残基をリン酸化するという著者らの最新の知見と、BGLF4とcdc-2はEBNA-LPの同一セリン残基をリン酸化することという第4章の知見を考え併せると、CHPKが宿主プロテインキナーゼcdc-2と同一部位をリン酸化することが強く示唆される。さらに、著者はこれらの知見を裏付けるべく、実際に哺乳類細胞においてBGLF4とcdc-2がEBNA-LPの同一セリン残基をリン酸化することというin vivoの証拠も得つつある。従って、以上の知見はCHPKの存在意義が「感染細胞中におけるcdc-2の模倣」にあることを示すものである。 本研究で得られた結果は、ヘルペスウイルスは言うまでもなくリンパ球好性ウイルスあるいは腫瘍ウイルスを原因とする感染症に関わる普遍的な増殖機構、発癌機構、潜伏感染機構の解明、新しい抗ウイルス剤開発といった複数の重要課題に繋がることが期待される。 | |
審査要旨 | ヘルペスウイルス感染症は、その幾つかが法定・届出伝染病、海外悪性伝染病及び、感染症予防法においても指定を受けていることからも明らかなように獣医学領域において国内外での経済的被害は甚大であり、医学領域も含め重要な研究課題となっている。本研究はリンパ球好性腫瘍ヘルペスウイルスをその対象とし、家禽類に流行性の悪性リンパ腫を引き起こすマレック病ウイルス(MDV)と、同じくヒトにリンパ腫瘍疾患を起こすEpstein-Barrウイルス(EBV)に焦点を当て、そのウイルス制御因子の機能発現機構について、特に抗ウイルス剤の標的として注目されるウイルス特異的酵素を中心として、他のウイルス因子あるいは宿主細胞因子との相互作用に関して解析が行われた。本論文は、以下の5章より構成されている。 第1章 マレッ病ウイルス2型(MDV2)のUL25,UL26,UL26.5,UL27,UL28,UL29相同遺伝子の同定MDVは、家禽類において流行性の悪性リンパ腫を引き起こすマレック病(MD)の原因ウイルスである。この非腫瘍原性株と腫瘍原性株の遺伝子構造の比較を通して、MDVの発癌性についての分子生物学的な考察が可能であると考え、その第一歩として世界に先駆けてMDVのゲノム解読に取り組み、この全塩基配列(164,270bp)の決定に成功した。以下はその過程で得た成果である。 MDV2(ワクチン株)のBamHI-G及びW1断片の約4kbpの塩基配列を決定し、ヒト単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)のUL25、UL26、UL26.5に相同する遺伝子を世界で初めて同定した。その結果、MDV2UL26相同蛋白はカプシド形成時に働くウイルス特異的プロテアーゼであると示唆された。また、その領域から発現される転写産物の解析を行い、これらの遺伝子が実際にMDV2感染細胞中で発現していることを明らかにした。次に、MDV2の、BamHI-N、T2及びEcoRI-Hの約10kbpの塩基配列を決定し、UL27、UL28、UL29相同遺伝子を同定し、また、その転写産物を解析することにより、これらの遺伝子産物がMDV2感染細胞中で発現していることを明らかにした。興味深いことに、MDV2は他のαヘルペスウイルスと異なり、UL28とUL29の間にはUL領域における複製開始点を持たないことが明らかになった。 第2章 マレック病ウイルス1型(MDV1)ICP22遺伝子産物の機能解析 MDVの遺伝子発現および潜伏感染からの再活性化を制御すると考えられる前初期遺伝子産物の1つであるICP22を鶏胚線維芽細胞において特異的かつ効率的に発現することに初めて成功した。次に、ICP22とともに、同じく前初期遺伝子産物であるICP4、ICP27の遺伝子発現制御能を検討した、MDV1(強毒株)のICP4、ICP22が協調して同じくMDV1のICP27プロモーターを活性化するのに対して、MDV2のICP27プロモーター活性化能は極めて低いことを明らかにした。 第3章 Epstein-BarrウイルスプロテインキナーゼBGLF4による宿主翻訳制御因子elongation factor 1δ(EF-1δ)の過リン酸化 EBVに関しては、γヘルペスウイルスであるEBVのウイルス特異プロテインキナーゼBGLF4を発現・精製することにより、世界に先駆けてその活性を明らかにした。また、BGLF4の宿主細胞側の標的として翻訳制御因子であるelongation factol-1δ(EF-1δ)を同定した。ウイルスプロテインキナーゼはアミノ酸レベルで全ての亜科のヘルペスウイルスで保存されており、また、α、βヘルペスウイルスのプロテインキナーゼによりEF-1δがリン酸化されることが明らかになっている。以上より、EF-1δのリン酸化はヘルペスウイルスで普遍的に保存されている現象であり、そのリン酸化にはヘルペスウイルスで保存されているプロテインキナーゼが関与していることが示唆された。 第4章 Epstein-BarrウイルスプロテインキナーゼBGLF4によるウイルス制御因子EBNA-LPのリン酸化 第3章においてEBVウイルス特異プロテインキナーゼBGLF4の宿主細胞側基質の同定に成功したが、本章ではウイルス因子側の標的について検討したところ、BGLF4がEBV潜伏関連制御因子EBNA-LPの機能的セリン残基(Ser-35)をリン酸化することを明らかとした。EBNA-LPは、伝染性単核症等に由来するEBVのtypeIII潜伏感染細胞に発現するウイルス制御因子であるが、その潜伏再活性化期における発現および役割は全く不明であった。今回著者は、EBNA-LPが潜伏再活性化期の細胞においても発現していることを明らかにした。潜伏再活性化期にのみ発現するBGLF4によってEBNA-LPの機能部位がリン酸化されること、また実際にEBNA-LPが潜伏再活性化期の細胞に発現しうるというこれらの知見は、EBNA-LPが潜伏期だけでなく、潜伏再活性化期において何らかの役割を果たしていることを強く示唆している。 第5章 宿主プロテインキナーゼcdc2はEpstein-Barrウイルス制御因子EBNA-LPの機能的リン酸化部位を標的とする 第4章でEBVプロテインキナーゼBGLF4のリン酸化部位として同定したEBNA-LPのSer-35は、宿主プロテインキナーゼであるcdc-2の標的コンセンサス配列中に存在していた。そこで、cdc-2がSer-35をリン酸化するかをin vitro kinase assayにて解析したところ、cdc-2が実際にSer-35をリン酸化することが明らかになった。つまり、BGLF4とcdc-2はEBNA-LPの同一セリン残基をリン酸化することが示唆された。 以上本論文は,ヘルペスウイルスは言うまでもなくリンパ球好性ウイルスあるいは腫瘍ウイルスを原因とする感染症に関わる普遍的な増殖機構、発癌機構、潜伏感染機構の解明、新しい抗ウイルス剤開発といった複数の重要課題に繋がることが期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。 | |
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