学位論文要旨



No 118250
著者(漢字) 緑川,良介
著者(英字)
著者(カナ) ミドリカワ,リョウスケ
標題(和) KIF4結合蛋白質の同定とその解析
標題(洋) Functional analysis of KIF4 Through the Identification of its Binding Protein, PARP.
報告番号 118250
報告番号 甲18250
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2057号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
内容要旨 要旨を表示する

 キネシンスーパーファミリー(KIFs)に属するKIF4は、幼若期マウスの組織において発現が高く、細胞内では細胞質及び核内に分布するモーター蛋白質である。

 本研究では、細胞内におけるKIF4の機能について解析するため、マウスの脳懸濁液よりKIF4結合蛋白質の単離を試みた。

 GST-Pull Down法に基き、KIF4 C末端に位置するTail domainに対する結合蛋白質をスクリーニングしたところ、Poly-(ADP ribose)polymerse(PARP)が検出された。両蛋白質間の結合は、in vitroにおける結合実験及び免疫沈降法によるin vivo結合実験においても確認された。

 PARPは核内DNA損傷時にDNAの損傷部位に結合し様々な核内蛋白質をPoly ADP-ribose化することでDNA修復機構の発動を誘導する酵素として知られている。マウス繊維芽細胞に対してDNAを損傷させたところ、損傷後、KIF4のクロマチンに対する結合量の増大が確認され、その結合はPARPによるPoly ADP-ribosylation活性に依存することが明らかとなった。これらのことから、KIF4はDNA損傷により誘導されるPARPの活性化に伴い、核内での分布を変化させる分子であることが確認された。

 KIF4のPARP活性に対する影響について検証するため、KIF4をNIH 3T3細胞に過剰発現させたところ、PARP活性の低下が確認された。KIF4遺伝子を欠失させたES細胞(KIF4 knockout ES細胞)では、PARP活性の増大がみられた。これらの結果より、KIF4は細胞内においてPARP活性に対する抑制的因子として機能する蛋白質であることが示唆された。

 KIF4は幼若期における神経組織において高い発現を示すことが知られている。幼若期の神経細胞におけるKIF4の生物学的機能について解析するため、KIF4 knockout ES細胞より幼若期の神経細胞をin vitro分化誘導により作成した。これらの神経細胞に形態学的な異常は認められなかったが、培養液中の神経栄養因子あるいはKCl除去により誘導されるアポトーシスに対し、耐性を示すことが確認された。また、このアポトーシス耐性はPARP活性の上昇に起因することが確認された。

 これまでに、高濃度KClの添加により過分極化処理をうけた神経細胞ではPARPの活性化がおこることが知られている。過分極化された神経細胞では、アポトーシス抑制機構が発動される。本研究において、高濃度KCl存在下で培養した野生型神経細胞に対しPARPインヒビターを添加したところ、KCl処理によるアポトーシス抑制効果が失われた。これらのことから、PARP活性化は過分極化によるアポトーシス抑制機構に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 幼若期における神経組織では、神経活動に依存した神経細胞の生存及び淘汰がおこる。本研究結果より、KIF4によるPARP活性の抑制化は、これらの機構に深く関与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 キネシンスーパーファミリー(KIFs)に属するKIF4は、幼若期マウスの組織において発現が高く、細胞内では主に核内に分布し、また細胞質にも微量に存在するモーター蛋白質である。これまでに、KIF4ホモログと想定される幾つかの蛋白質が同定されているが、それらは全て有糸分裂における染色体分離に関与する分裂モーターではないかと考えられてきた。しかしながら、私が所属する研究室で作られたKIF4欠失細胞では有糸分裂に大きな異常はみられず、KIF4は核内モーターとして新規の機能をもつ蛋白質ではないかと考えられた。そこで本研究では、細胞内におけるKIF4の機能について解析するため、マウスの脳懸濁液よりKIF4結合蛋白質の単離を試みた。

 GST-Pull Down法に基き、KIF4 C末端に位置するTail domainに対する結合蛋白質をスクリーニングしたところ、Poly-(ADP ribose) polymerse(PARP)が検出された。両蛋白質間の結合は、in vitroにおける結合実験及び免疫沈降法によるin vivo結合実験においても確認された。

 PARPは核内DNA損傷時にDNAの損傷部位に結合し様々な核内蛋白質をPoly ADP-ribose化することでDNA修復機構の発動を誘導する酵素として知られている。マウス繊維芽細胞に対してDNAを損傷させたところ、損傷後、PARPと同様にKIF4のクロマチンに対する結合量の増大が確認され、その結合はPARPによるPoly ADP-ribosylation活性に依存することが明らかとなった。これらの結果より、KIF4は、DNA損傷後、PARPの活性化によってクロマチンへ招集される蛋白質であることが示され、細胞内でのPARPとの機能的関連性が示唆された。次に、KIF4がPARPと結合することの意義について検証するため、KIF4を過剰発現させた細胞におけるPARP活性の変化について確認を行った。その結果、PARP活性の有意な低下が確認された。一方、PARP結合領域にあたるTail domainを失失したKIF4を発現させた場合、PARP活性に影響はみられなかった。また、KIF4遺伝子を欠失させたES細胞(KIF4 knockout ES細胞)では、PARP活性の増大がみられた。これらの結果より、KIF4は細胞内においてPARP活性に対する抑制的因子として機能する蛋白質であることが示唆された。

 KIF4は幼若期における神経組織、神経細胞(immature neuron)において高い発現を示すことが知られている。immature neuronにおけるKIF4の生物学的機能について検証するため、KIF4 knockout ES細胞よりimmature neuronをin vitro分化誘導により作成した。これらの神経細胞に形態学的な異常は認められなかったが、培養液中の神経栄養因子あるいはKC1除去により誘導されるアポトーシスに対し、耐性を示すことが確認された。また、このアポトーシス耐性は、PARP活性の上昇に起因することが確認された。これまでに、高濃度KC1の添加により過分極化処理をうけた神経細胞ではPARPの活性化がおこることが知られている。過分極化された神経細胞では、アポトーシス抑制機構が発動される。本研究において、高濃度KC1存在下で培養した野生型神経細胞に対しPARPインヒビターを添加したところ、KC1処理によるアポトーシス抑制効果が失われた。これらのことから、PARPの活性化は過分極化によるアポトーシス抑制機構に重要な役割を果たしていることが示され、またKIF4は同機構に対し、PARP活性を制御することで抑制的な働きをもつことが示唆された。

 幼若期における神経組織では、神経活動に依存した神経細胞の生存及び淘汰がおこる。本研究結果は、KIF4がこれらの機構に深く関与している可能性を示し、また、モーター蛋白質の新たな機能的側面を提唱するものであり、学位授与に値すると思われる。

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