No | 118251 | |
著者(漢字) | 矢島,孔明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤジマ,ヒロアキ | |
標題(和) | 微小管とKIF1Aモーター分子の構造生物学的研究 | |
標題(洋) | Structural Biological Analysis of Microtubules and KIF1A motor protein | |
報告番号 | 118251 | |
報告番号 | 甲18251 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2058号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 微小管はα,βチューブリンから構成される細胞骨格の一種で、細胞内物質輸送や細胞分裂時の染色体の分割など生体内で重要な働きを担う。特に、細胞内物質輸送の実質的な原動力となっているキネシンや細胞質ダイニンなどのモーターたんぱく質のレールの役割を果たしている。 微小管の構造は外径25nmの中空の筒状構造からなり、α,βチユーブリンが長軸方向に交互に並んだプロトフィラメントが互いに接触結合して、筒状の微小管を作り上げている。α,βチューブリンは互いにアミノ酸レベルで40%もの相同性があり、構造的にも酷似している。そのため、中空の微小管構造は中解像度(>8Å)で報告されているものの、その構造の中でα,βチューブリンを区別することはできていない。 一方、生体内で微小管に作用する分子はα,βチューブリンを区別して機能している。キネシンモーターはその一つであり、微小管をキネシンに結合させた複合体の構造ではα,βチューブリンを合わせたチューブリンダイマーの長さである8nmの周期性が見られる。キネシンモーターがどのようにα,βチューブリンを認識して結合しているのかということについて、生化学な架橋実験が行われていたが、実際には微小管とキネシンの複合体の構造は二つのチューブリンサブユニットの中央に存在するため不明な点が非常に多い。 生物学的には区別され認識されている微小管中のα,βチューブリンを区別した形での構造解析は未だできていない。筒状構造を保ったまま微小管のαまたはβチューブリンを選択的に標識することによって、微小管の構造及びキネシン分子との相互作用について情報を得ることを試みた。 方法と結果 1.βチューブリンのC末端を認識する抗体とKIF1Aモーターは競争的に結合する α,βチューブリンを区別することのできる分子として、特異的にかつ強力に結合可能な抗体に注目した。まず、βチユーブリンのC末端にエピトープのある抗体TUB2.1について、微小管に結合する定量的な検討と、構造的な検討を行うため、Fab断片を作成し、微小管との共沈殿による定量的な結合実験を行った。得られたデータについてダイレクトプロット、スキャッチャードプロットを作図して、ミカエリス・メンテンの方程式により、解離定数を求めた。この抗体はKIF1Aモーターと結合部位を同一場所に持つ可能性が否定できないため、同時にKIF1Aモーター付加時の結合の影響を測定した。その結果、βチューブリンC末端を認識するTUB2.1は微小管に対し、解離定数は5.4μMと高い親和性を示した。しかし、KIF1Aモーター存在下でのTUB2.1の微小管に対する結合を測定すると、スキャッチャードプロットにおけるy切片が一致することが明らかになり、KIF1Aモーターと競争的に結合することが判明した。このため、別の抗体について検討を行った。 2.アセチル化されたαチューブリンに対する抗体は微小管の内側に結合する アセチル化されたαチューブリンにエピトープのある抗体6-11B-1についても同様にFab化を行い、定量的な微小管結合実験を行った。チューブリンの構造から6-11B-1のエピトープは筒状の微小管構造の内側に存在しているため、狭い微小管の中空で6-11B-1が結合可能であるのかという点について、6-11B-1を加える時期を微小管重合前後変えることにより検討した。微小管重合後に6-11B-1を加えた時には、非常に大きな解離定数(>200μM)を示し、構造化された微小管には少なくとも短時間では結合できないことがわかった。しかし、微小管重合前に6-11B-1を加え、その後重合させたところ、測定された6-11B-1の解離定数は3.1μMであった。6-11B-1は微小管重合前に加えることにより、微小管に結合できることが明らかになった。 この微小管に結合可能な6-11B-1 Fabの最大量を調べるため、全チューブリンに対するエピトープとなるアセチル化チューブリンの割合を二次元電気泳動で測定したところ、50%のチューブリンがアセチル化されていることがわかった。結合実験において重合したチューブリン量は7.0μMであり、ミカエリス・メンテンの方程式より得られた最大結合量は3.3μMであったため、実際のエピトープの量と結合量がほぼ一致した。 従って、結合能について良好であり、微小管の内側に、しかも、表面はインタクトなままで露出した状態でαチューブリンに選択的に結合するという理想的な標識を見出すことができた。そこで、標識させた複合体の構造を三次元的に示すことを試みた。 3.筒状の微小管における内側の狭い空間からαチューブリンの標識に成功した 6-11B-1 Fab断片が本当に微小管の内側に結合した構造をとるのかどうかということを確認するために、微小管に6-11B-1 Fabを結合した複合体について、クライオ電子顕微鏡とらせん対称性を利用した三次元再構成による構造解析により、複合体の三次元再構成像を19Åの解像度で得ることに成功した。この再構成像において、微小管単独では存在しない密度が微小管の内壁に現れた。これはプロトフィラメント方向に配向するチューブリンダイマーに対して一ヶ所に結合していた。この構造にFabの原子モデルを当てはめると、そのエンベロープは良く一致した。さらに、チューブリンダイマーの原子モデルを当てはめると、結合させた6-11B-1 Fab断片のエピトープであるαチューブリンのN末端から40番目のリジン残基の位置は、Fabの原子モデルの抗原認識部位に重なっていた。このことから、微小管の内側の狭い空間から、αチューブリンを標識することを示すことができた。 4.αチューブリンとβチューブリンのC末端において構造が異なる αチューブリンを標識した複合体における19Åの解像度の三次元再構成像において、微小管の表面構造にも、微小管にはみられない突起状の構造が現われた。原子モデルをこの構造に重ね合わせてみると、この突起状の構造は、原子モデルでは構造として見えていないαチューブリンのC末端の位置に相当していた。この突起構造はβチューブリンでは観察されず、この複合体において、αチューブリンのC末端とβチューブリンのC末端が構造的あるいは安定性において異なることが明らかになった。また、滑り実験により、このように複合体を形成した微小管がKIF1AモーターによりATP存在下で動くことを確認できた。 5.KIF1Aモーターはチューブリンダイマーの中央の位置で結合する 微小管中のチューブリンダイマーに対するKIF1Aモーターの結合位置を決めるために、αチューブリンを標識した微小管にKIF1Aモーターを結合させた複合体の三次元再構成像を求めた。その結果、KIF1Aモーターは二つのチューブリンダイマーの間でなく、一つのチューブリンダイマーの中央に結合していることが明らかになった。つまり、KIF1Aモーターは微小管に対する強い結合状態において、イントラダイマーの位置でチューブリンダイマーに結合していることを示すことができた。 考察および結論 今回の実験で、微小管の構造を保ったままα,βチューブリンを識別できる分子を見つけ、微小管構造においてα,βチューブリンの構造を区別する方法を確立した。それにより、(I)微小管表面におけるα,βチューブリン構造の相違と、(II)KIF1Aモーターのチューブリンダイマーに結合する位置関係を構造的に示すことができた。 I.微小管におけるα,βチューブリンの表面構造の相違 微小管は巨大分子であるため構造解析の方法が限られており、また、似ているが同一でないαおよびβチューブリンを最小構成要素としているため、微小管におけるα,βチューブリンの構造を区別して解析することは困難であった。しかし、今回の実験で、微小管におけるα,βチューブリンの構造の区別が可能となった。この複合体における表面の構造はα,βチューブリンで異なっており、αチューブリンのC末端にβチューブリンでは見られない構造が見られた。チューブリンのC末端は原子モデルでは見えておらず、α,βの違いにより異なる可能性があることが示唆された。この構造の違いは、βチューブリンにおいて可動しやすいアミノ酸配列が挿入されていることによると思われる。この構造は複合体であるため、Fabの結合の影響も考えられるが、滑り運動の実験からFabを結合した微小管もまたKIF1Aモーターで動く生理活性を失っていない。α,βチューブリンの表面構造に違いが示唆されたことにより、微小管結合分子の制御機構や微小管のダイナミックスの構造的な仕組みの解明につながることと思われる。 II.α,βチューブリンとKIF1Aモーターの結合面の決定 α,βチューブリンとキネシンモーターの結合部位の研究は主として生化学的な架橋実験により行われてきた。しかし、複合体の構造ではどちらも二つのチューブリンの中央に結合しており、これら結果はモーターが隣接する二つのチューブリンダイマーの間に結合する"インターダイマー"か、一つのチューブリンダイマーの中央に結合する"イントラダイマー"に位置するのか不明であった。つまり、モーターが接するα,βチューブリンの結合面は実験的には決定していなかった。今回の実験ではαチューブリンを特異的に標識することにより、KIF1Aは"イントラダイマー"の位置で結合することがわかった。このことから、α,βチューブリンそれぞれに結合するモーターの結合要素を明らかにできた。今回はKIF1Aの微小管に対する強い結合状態の構造であるが、α,βチューブリンを識別することが可能になったことから、動的過程の途中である遷移状態を含む弱い結合での移動の差異をみることも可能と思われる。KIF1Aモーターの作動メカニズムを知る重要な手がかりになると思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は、生体内における細胞活動および機能発現に基本的かつ重要な役割を果たしている微小管とモーター分子であるKIF1Aたんぱく質の作用機構を明らかにするために、微小管およびKIF1Aモーター分子との複合体において、微小管の最小構成要素であるα・βチューブリンを構造的に標識する方法を確立することにより、それらの構造的な解析を試み、下記に示す結果を得られた。 (1)α・βチューブリンを構造的に標識する方法の確立 微小管を構成する構造的に互いに非常に相同性の高いα・βチューブリンについて、アセチル化されたαチューブリンに対する抗体のFab断片を用いることにより、筒状の構造をとる微小管の内壁からαチューブリンを標識させることに成功した。このFab断片を結合した微小管は、KIF1Aモーター分子の結合する部位である表面構造をインタクトなまま残しており、また、KIF1Aモーター分子が動くことができる生理的現象も保持していることを確認できた。 (2)微小管の表面構造における差異の存在 このαチューブリンを認識した微小管の複合体構造において、クライオ電子顕微鏡による構造解析により、19Åの三次元再構成像を得ることができた。その結果、微小管構造におけるαチューブリンとβチューブリンの構造の違いが、露出している微小管表面において見出すことができた。その違いは突起状の構造がαチューブリンのC末端に位置する場所にみられた。α、βチューブリンともにC末端は可動性が高いことが知られているが、この複合体構造においてαチューブリンのC末端の一部のみが構造化されていることから、α・βチューブリンのC末端において、構造的あるいは安定性において異なることが明らかになった。 (3)KIF1Aモーター分子のチューブリンに対する結合面の決定 KIF1Aモーターの微小管に対する結合位置について、一つのα・βチューブリンダイマーの中央に位置する"イントラダイマー"であるか、二つの隣り合ったα・βチューブリンダイマーに間にある"インターダイマー"であるのか不明であった。αチューブリンを認識した微小管にKIF1Aモーターを結合させた構造から、KIF1Aモーターは微小管において"イントラダイマー"の位置で結合していることが明らかになり、KIF1Aモーターが結合するα・βチューブリンそれぞれの位置関係と結合面を決定することができた。 以上、本論文は微小管構造において、αおよびβチューブリンを区別する方法を確立することにより、微小管表面におけるα・βチューブリン構造の相違と、KIF1Aモーターのチューブリンダイマーに結合する構造的な位置関係と結合面を明らかにした。本研究では、今まで明らかにすることが出来なかった、微小管構造および微小管・KIF1Aモーターの複合体構造におけるα・βチューブリンを含めた構造を明らかにすることにより、モーター分子の作動機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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