No | 118252 | |
著者(漢字) | 董,銘 | |
著者(英字) | Dong,Ming | |
著者(カナ) | トウ,メイ | |
標題(和) | モーター分子KIF1Aの分子遺伝学的研究 | |
標題(洋) | Molecular Genetic Study of Motor Protein KIF1A | |
報告番号 | 118252 | |
報告番号 | 甲18252 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2059号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 概要 キネシンスーパーファミリー1A(Kinesin Superfamily Protein 1A: KIF1A)は、神経系に多量に発現するモノマー型モーター分子であり、軸索中のシナプス小胞前駆体を順行性に輸送していると予想されているが、生体内での機能は十分にわかっていない。KIF1Aを完全に欠失させたマウスは生後24時間以内に全て死亡してしまうため、成体におけるKIF1Aの機能を解析することはこれまで不可能であった。そこで今回私は、KIF1Aの発現が様々なしベルで低下した一連のKIF1Aミュータントマウス系統を作出し、発生・分化が十分に進んだ段階の神経細胞におけるKIF1Aの機能解析を行った。これらのミュータントマウスは生後5-7月頃から運動ニューロンの変性と運動障害を呈した。運動障害はKIF1Aの発現が低いものほど重症であった。このKIF1Aミュータントマウス系統は神経変性疾患と軸索輸送の関連を研究する上で有用なモデルマウスである。 序論 細胞は生命活動の基本的単位であり、細胞内では蛋白質の合成、脂質代謝及び物質輸送などが盛んに行われている。細胞内の物質輸送は細胞の活動にとって必須の役割を果たしており、従ってそのメカニズムを解明することは生命科学の普遍的命題に答えることになる。キネシンスーパーファミリー(Kinesin Superfamily)とダイニンスーパーファミリー(Dynein Superfamily)の一群が物質輸送を行っていることが現在までの研究で明らかにされてきたが、それぞれの分子の生理学的・細胞生物学的意味には不明な点が多い。KIF1Aは神経系に特異的に発現するモノマー型順方向性モーター分子である。生体内での分子の機能をダイレクトに知るためには、ノックアウトマウスの解析が大変有用であるが、KIF1Aを欠失したノックアウトマウスが生後24時間以内で死亡するため、成体マウスにおける機能は解析できなかった(Yonekawa et al., J. Cell Biol. 141:431-41.1998)。そこで今回私は、KIF1Aの発現が様々なしベルで抑制されたKIF1Aミュータントマウス系統の一群を作成し、分化が進んだニューロンにおけるKIF1Aの機能解析を試みた。 方法と結果 1.KIF1A hypomorph mutantの作成 まず、KIF1Aゲノム断片をクローニングし、制限酵素地図を作り、exon-intron構造を決定した。次にKIF1Aゲノム断片に3ヵ所のloxPサイトとポジティブ・ネガティブセレクションマーカー遺伝子等を導入し、3 loxPタイプのターゲテイングベクターを構築し、電気穿孔法によりES細胞に導入した。薬剤耐性を指標として組み換え体を選別し、選別されたコロニーを個別に培養し、その一・狽謔・DNAを精製し、サザンブロットで相同組み換え体をスクリーニングした。こうして得られた組み換え体にCreを一過性に発現させ、loxPサイトで組み替えをおこさせて薬剤性マーカーが除去されたクローン(II型)を得た。このES細胞を受精後3.5日のマウス胚盤胞に微小ピペットを用いて注入し、偽妊娠状態の仮親マウス子宮に移植し出産させた。ここで得られたキメラと野生型マウスを交配して得られる子孫の一部はII型変異KIF1A遺伝子についてヘテロ接合体である(kifla(II/+))。ヘテロ接合体同士の交配によってkifla(II/II)マウスを、また米川らによって作成された既存のkifla null mutationのヘテロ接合体(kifla+/-)との交配によってkifla(II/-)マウスを得た。 2.Kifla変異マウスの解析 kifla変異マウスにおけるKIF1Aの発現量と運動障害の関連 Rotarod testを用いて検討したところ、kifla(II/II), kifla(-/+), kifla(II/-)の成績は、野生型kifla(+/+)と比較して低下しており、運動障害の存在が明らかになった。脊髄のKIF1Aの発現量を比較すると、kifla(II/II)は野生型の68%, kifla(-/+)は56%, kifla(II/-)は29%であった。Rotarod testの成績はKIF1Aの発現量が低い系統ほど低下していた。そこで、最も成績の悪いkifla(II/-)マウスについて以後の詳細な解析を行った。脳(大脳+小脳)、坐骨神経においても、kifla(II/-)マウスのKIF1A発現量は野生型の30%以下に減少していた。ゲノム上のloxPの挿入部位近傍にはAP-2 binding sequenceが存在するため、この部位におけるtranscriptional regulationを阻害し、結果としてKIF1Aの発現量の低下をきたしたと考えられる。 kifla(II/-)マウスの運動機能 kifla(II/-)マウスは生後5-7ヶ月頃から歩行障害が目立ち始める。Footprintを比較すると、歩幅の減少が明らかであった。Wire hanging testを行ったところ、kifla II/-マウスはワイヤーの上で姿勢を保持できず、筋力が低下していることが示唆された。また、fixed-bar test(静止した棒の上での姿勢保持)などのパフォーマンスもRotarod同様に低下していた。 kifla(II/-)マウスの組織病理学 kifla(II/-)マウスの坐骨神経及び脊髄において、径の大きな軸索の減少と変性像、spheroid bodyが認められた。spheroid bodyは下位の脊髄でより多数存在した。神経原性と考えられる筋萎縮が観察された。電子顕微鏡により、kifla(II/-)マウスのMotor neuronの細胞体及び軸索に膜小器官(ライソゾーム、ミトコンドリア、multivesicular bodyなど),細胞骨格要素(ニューロフィラメント)の集積像が多数認められた。この所見は、kifla(II/-)マウスのMotor neuronにおいて、細胞内輸送、特に軸索輸送の障害が生じたことを示唆する。 結論及び考察 1.発生・分化が進んだ段階のニューロンにおけるkifla遺伝子の機能を検討するために、KIF1A hypomorph alleleを持つマウス系統を作成し解析した。 2.これらの変異マウスは進行性の運動障害を呈した。KIF1Aの発現量が低下している系統ほど障害は重篤であった。最も症状の重いkifla(II/-)マウス系統では、KIF1Aの発現量は野生型の30%以下に減少していた。 3.組織病理学的には、運動ニューロンの変性と筋線維の萎縮を認めた。神経細胞の細胞体及び軸索に膜小器官と細胞骨格要素(ニューロフイラメント)が集積していた。 4.以上の結果は、この変異マウスの神経細胞に軸索輸送の障害が生じた結果、Amyotrophic Lateral Sclerosis(ALS)などの運動ニューロン疾患(Motor Neuron Disease)と類似した病態をきたしたことを示唆する。 | |
審査要旨 | 本研究は神経細胞の物質輸送に重要な役割を果たしているキネンシンスーパーファミリー蛋白1 A(Kinesin Superfamily Protein 1A: KIF1A)の生体内における役割の解明のため、発生工学を用いて作出されたマウス系統を用い、蛋白量の低下が引き起こす神経細胞の病変につき解析したものである。KIF1Aを完全に欠失したマウスホモ接合体は出生後すぐに死亡するため、成熟した神経細胞におけるKIF1A機能の解析は困難であった。本研究では、KIF1A遺伝子座へのloxP配列挿入によりKIF1A蛋白産生低下をきたすkifla(II/II)系統と、これとKIF1A欠損マウスヘテロ接合体kifla(-/+)の交配により作成されたkifla(II/-)の解析を進め、この系統において生後5-7か月より発症する神経症状が、筋萎縮性側索硬化症と類似した運動障害、組織病理学的所見を示すことを報告し、神経細胞におけるキネシン関連蛋白によるシナプス小胞前駆体輸送障害が運動ニューロン病の発症に関与している可能性があることを示した。 これらの一連のKIF1A変異マウスの解析を行った結果、同年齢の野生型と比べ、kifla(II/II), kifla(-/+), kifla(II/-)はそれぞれ、68%, 56%, 29%にKIF1A蛋白量が低下し、それに対応してrotarod testでの保持時間の低下がみられ、蛋白量低下により加齢にともなう運動障害を発症することを蛋白量依存的に解析できるモデル系を作出した。 この病変の病理組織学的解析では、運動ニューロンに特異的な変成所見が認められた。脊髄の運動ニューロンの軸索に異常なニューロフイラメントと膜小器官様構造物の蓄積とが見られ、ニューロンの変性を促すと考えられた。運動ニューロンでは核周辺の細胞質で産生された蛋白などが非常に長い軸索の先端まで輸送されることが重要であり、KIF1A蛋白の減少はこの過程の異常を引き起こす可能性を強く示唆している。 神経系における軸索輸送の意義の解析はマウス発生工学を用いて進められているが、しばしばホモは致死的でヘテロは特徴的な病変を示さず解析が困難な場合も多い。本研究では様々なKIF1A蛋白の低下を示す系統を作成し、その中でも蛋白低下の顕著な系統で成人発症の運動ニューロン病と類似したモデルの作出に成功し、今後の神経系統の機能に重要な遺伝子/蛋白の解析の手法としても有意義なものと思われる。 以上の成果から、本研究は軸索輸送におけるKIF1Aの生理的役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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