学位論文要旨



No 118254
著者(漢字) 陳,京涛
著者(英字) Chen,Jing tao
著者(カナ) チン,キョウトウ
標題(和) T細胞活性化と分化におけるNFATxの役割
標題(洋) Role of NFATX (NFAT4/c3) in T cell activation and differentiation
報告番号 118254
報告番号 甲18254
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2061号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 泉,友則
 東京大学 講師 野田,泰子
内容要旨 要旨を表示する

 転写因子NFATは、T細胞におけるサイトカイン遺伝子やその他の免疫応答遺伝子の転写を担う、重要な核内因子として同定された。非刺激状態のT細胞において、NFATは通常リン酸化された状態で細胞質に認められる。T細胞抗原受容体(TCR)を介する刺激に引き続く細胞内Ca2+の増加によるカルシニューリン(CN)の活性化にともなって、NFATのN末端にあるカルシウム制御ドメインとの直接結合を介して、脱リン酸化を誘導する。NFATの脱リン酸化は分子の構造変換、あるいは他の分子との相互作用など、未知の変化を誘導することにより、NLS(nuclear localization sequence)がたんぱく質表面に露出し、それが核への輸送機構により認識され、NFATが核へ移行する。核内に移行したNFAT分子は、small G protein、Ras/MAPキナーゼカスケードに依存したシグナルを経て新たに誘導されるAP-1(Jun/Fos)と複合体を形成して、NFATとAP-1の認識配列に結合し、転写を誘導すると考えられている。一方、免疫抑制剤であるシクロスポリンA(CsA)およびタクロリムス(FK506)は、それぞれシクロフイリン(CyP)とFK506結合タンパク質(FKBP)との複合体としてCNと結合し、その活性を抑制しNFAT機能を阻害することが知られている。

 転写因子NFATファミリーは、NFAT1(NFATp/c2)、NFATc(NFAT2/C1)、NFAT3(NFATc4)、NFATx(NFAT4/c3), NFATz(NFAT5, TonEBP)の5種類のサブタイプが知られている。NFAT5以外のサブタイプは、すべてカルシニューリンにより制御されている。いずれも特異的な塩基配列を認識し、様々な細胞系列において発現している。T細胞ではNFAT3以外のサブタイプが発現している。NFAT1、c、x、3それぞれのサブタイプに対するノックアウトマウスが作製された。NFAT1ノックアウトマウスでは初回抗原刺激によるIL-4産生は抑制されていたが、分化誘導後においてTh2サイトカインの上昇が観察され、この傾向はNFATxとのダブルノックアウトマウスにおいてさらに増大した。これに対してNFAT cノックアウトマウスでは抗原刺激によるTh2サイトカインの産生低下が認められた。NFAT1/NFATcダブルノックアウトマウスではIL-2、IL-4、IFN-γなどのサイトカインの産生が著しく阻害されていた。NFATxノックアウトマウスでは、末梢T細胞でのサイトカインの産生は正常であった。これらの結果から、NFATは種々のサイトカイン遺伝子の発現に重要であるが、サブタイプにはある一定の機能分担があること、重複した機能があること、制御される遺伝子によっては、抑制される場合があることなどが明らかとなった。サブタイプ間で重複した機能がある場合、より詳細な解析にはloss of functionだけでは不十分であり、gain of functionの実験もおこなう必要がある。そこで、活性化型NFATのトランスジェニックマウスを作製し解析した。

結果と観察

 NFATxはNF-kBと相同性のあるDNA結合領域(Rel相同領域)とカルシニューリンにより制御される領域を持つ。後者は、リン酸化を受けるセリン残基が豊富に存在する、セリンリッチ領域(SRR)、3個のセリン・プロリンリピート(SP1、SP2およびSP3)と核移行シグナル(NLS)を含む。NFATxのSRR、SP1およびSP2を欠失させることにより、カルシウムシグナル非存在下でも高い頻度で核内に存在する活性化型NFATx(constitutive nuclear NFAT4、cnNFATx)を作製し、細胞に特異性を持つ1ckプロモーターを用いてトランスジェニックマウス(cnNFATx-tg)を作製した。cnNFATx-tgのCD4陽性末梢T細胞を分離し、活性化によるサイトカイン産生や細胞表面蛋白質の誘導の変化、活性化による細胞増殖、ヘルパーT細胞のTh1/Th2サブセットヘの分化に対する影響などを検討した。

 cnNFATx-tgのCD4陽性T細胞の核抽出液を調製し、NFAT結合配列をプローブにEMSA(electrophoretic mobility shift assay)を行った。cnNFATx-tgのT細胞では、刺激なしでNFAT結合活性がすでに核内に存在すること、活性化した時の活性が野生型より亢進していることが見られた。さらに、抗NFAT抗体でsuper shift assayをおこなったところ、非刺激時の核内のNFAT活性や活性化時の増大したNFAT活性は、ほとんどNFATxタンパク質によることが明らかとなり、cnNFATxが末梢T細胞で強く発現していることが確認された。NFATとAP-1の活性化がT細胞増殖活性を持つサイトカインIL-2の産生に必要と考えられている。そこで、cnNFATx-tgマウスの末梢CD4陽性T細胞を分離し、活性化による細胞の増殖とサイトカインの産生を解析した。野生型由来のCD4陽性T細胞はMAPキナーゼカスケードを介してAP-1を活性化するフォルボールエステル(PMA)と細胞質内Caを増大させるCaイオノフォアの両薬剤の処理により、はじめてIL-2の産生と細胞増殖の誘導が見られたのに対して、cnNFATx-tg由来のT細胞では、PMA処理だけで、IL-2産生および細胞増殖が誘導された。またCsA処理に対して抵抗性を示した。この増殖はIL-2受容体に対する抗体で阻害されたことから、産生されたIL-2がオートクリンあるいはパラクリンに作用するためであることが示された。この解析結果より、NFATxはCD4陽性T細胞で、抗原刺激によるIL-2の産生を誘導できることが示唆された。

 CD4陽性T細胞の活性化マーカーの発現を解析したところ、PMA単独の刺激でCD25とCD69は、野生型より強い誘導が見られた。また活性化により発現が減少するCD62Lは、cnNFATx-tg由来T細胞では、より強い減少が見られた。すなわちNFATxは、これらの活性化マーカーの誘導あるいは減弱に正の制御因子として機能していることが示された。活性化にともない増大し、T-B間相互作用においてB細胞の活性化に必須であるCD40Lは、サイトカイン遺伝子同様、NFATにより誘導されると考えられているが、cnNFATxの発現で抑制され、NFATxはむしろ負の制御因子である可能性が示唆された。

 遺伝子欠損マウスの解析から、NFAT1とNFATxがアポトーシス誘導因子FasL(CD95)と早期増殖因子Egr-2、Egr-3の誘導に重要であることが報告されているが、cnNFTx-tg由来T細胞では、これらの遺伝子発現に変化は見られなかった。これは、NFATサブクラス間での機能重複ではなく、複数のNFATサブクラスが共同で発現制御している遺伝子が存在する可能性を示唆する。

 Th1およびTh2サイトカインに対するcnNFATxの作用を解析するため、in vitroでCD4陽性ナイーブT細胞をTh1およびTh2に分化させ解析した。cnNFATx-tg mouseとニワトリ卵白アルブミン特異的TCRトランスジェニックマウス(OVA-tg)を交配し、cnNFATx +/- TCR+/- mouseを用いた。CD4+CD44lowのナイーブT細胞をin vitroでTh1あるいはTh2に分化させ、産生するサイトカインの量を解析した。cnNFATx-tg由来Th1においてはIFN-γおよびTNF-αが強く誘導された。PMA単独の刺激でも誘導された。Th2サイトカインIL-4, IL-5, IL-10およびIL-13は、野生型に比べ逆に減少した。NFATxがTh1への分化誘導を促進する活性を持つという可能性が考えられるが、Th1、Th2それぞれの分化においてマスターレギュレーターとして機能すると考えられるT-betおよびGATA-3の発現を野生型とcnNFATx-tgで比較したところ、差が認められなかった。これはNFATxが個々のサイトカイン遺伝子に対して直接作用し、Th1サイトカイン遺伝子には正の、Th2サイトカイン遺伝子には負の制御因子として機能することを示唆する。これらのサイトカインに対する作用が胸線でのセレクションにより特殊な細胞が選択された可能性もレトロウイルスの実験から否定された。

 NFATは、活性化により誘導されるサイトカイン遺伝子群やその他の免疫制御遺伝子に対して、正の制御因子として機能すると考えられてきたが、NFATxは、標的遺伝子によっては負の制御因子として機能することが明らかとなった。レポーターアッセーなどによる転写活性の解析では、転写抑制活性は認められておらず、その分子機序の解明が重要である。また他のサブタイプでも同様の解析をおこない、遺伝子欠損による解析と合わせて、免疫細胞活性化における各NFATサブタイプの特異的機能やNFATサブタイプが形成するネットワークとしての機能の全貌を明らかにする必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、免疫応答に重要な役割を果たすと考えられている、転写因子NFATxの末梢T細胞での細胞増殖や遺伝子発現に対する作用を、詳細に解明するため、活性化型NFATx変異体を用いたトランスジェニックマウスを作成し、解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.RT-PCRとgel shift法による解析で、トランスジェニックマウス由来の末梢T細胞において、活性化型NFATxは恒常的に核内に存在し、PMA単独刺激により、AP-1/NFATx複合体を形成することを確認し、トランスジェニックマウスでは、第一に活性化型のNFATxが発現していること、第二にNFATxが過剰に存在していることを示した。

2.CD4陽性ナイーブT細胞における、活性化刺激による細胞増殖やサイトカイン産生に対するNFATxの機能を解析した結果、活性化型NFATxはT細胞に対する増殖促進効果があり、これは活性型NFATxがAP-1と共同してT細胞増殖活性を持つサイトカインIL-2の誘導と、IL-2受容体α鎖の誘導をおこなうためであることを示した。

3.NFATxのT細胞表面分子の誘導対する作用を、FACSで解析した結果、活性型NFATxはCD69を増大させ、CD62L、CD40Lを抑制し、CTLA4(CD152)とFasL(CD95L)、には影響を与えないことを示した。NFAT1/NFATxダブルノックアウトマウスの解析から、FasLの誘導は、NFAT1またはNFATxが、転写因子Egr2およびEgr3の誘導を介して引き起こすと考えられるが、NFATxトランスジーンによるEgr2/3の誘導が見られなかったことから、FasLの発現の制御は、NFAT1またはNFATxと他の分子が共同して誘導する可能性が示唆された。

4.活性型NFATxが、ヘルパーT細胞サブセットの分化およびヘルパーT細胞特異的サイトカインの産生に対して、どのような作用を持つか解析するため、in vitroでヘルパーT細胞サブセットを分化させる実験系を用いて解析した。Th1サイトカインであるIFN-γおよびTNF-αが強く誘導され、活性型NFATxがこれらのサイトカイン遺伝子の転写に正の制御因子として機能することを示した。Th2サイトカインIL-4、IL-5、IL-10およびIL-13は抑制され、NFATxがTh2サイトカインに対して負の制御因子として働くことが示唆された。しかし、ヘルパーT細胞サブセット分化のマスターレギュレーターとして機能する転写因子、GATA3およびT-betの発現には影響しなかったことから、NFATxはヘルパーT細胞サブセットの分化過程に作用するのではなく、それぞれのサイトカイン遺伝子の発現に直接作用する可能性が示唆された。

5.胸腺でのCD4、CD8発現パターンの解析から、活性型NFATxが胸腺でのpositive selectionに促進的な影響を与える可能性を示した。レトロウイルスベクターを用いて、CD4陽性ナイーブT細胞に活性化型NFATxを導入し、ヘルパーT細胞サブセット分化を誘導したところ、Th1/Th2サイトカイン産生に対する影響は、トランスジェニックマウス由来のT細胞の結果と一致し、トランスジェニックマウスの末梢T細胞の表現型は、胸腺でのselectionに対する影響の結果ではないことが確認された。

 以上、本研究は、活性型NFATxのT細胞が発現するサイトカインとT細胞表面分子の発現に対する特異的な機能を明らかにした。NFATファミリーの各サブタイプは、特異的機能と重複した機能があると考えられ、詳細な解析が難しい。すでに報告された各NFATサブタイプノックアウトマウスの表現型の解析と合わせて考えると、NFATxの作用が、NFAT1と重複する部分と、NFATファミリーにおいて特異的な部分とに区別されることが示され、このようなgain of functionのアプローチによる解析の有効性が示された。本研究は、転写因子NFATxの、T細胞の活性化と分化に対する詳細な機能を明らかにし、NFATファミリーに属する各サブタイプが形成するネットワークの解明に重要な貢献をしたと考えられ、学位の授与に値する。

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