学位論文要旨



No 118255
著者(漢字) 田中,卓
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タク
標題(和) PriAタンパク質による停止した複製フォークの認識と複製再開始の分子機構
標題(洋) Molecular mechanisms of arrested replication fork recognition and replication restart by PriA protein
報告番号 118255
報告番号 甲18255
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2062号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 油谷,浩幸
内容要旨 要旨を表示する

 DNA複製フォークは染色体DNA複製中に様々な理由で停止すると考えられている。複製フォークの停止は生体の生命維持に重大な危機をもたらすため、この現象が起こると、直ちにチェックポイント機構が活性化されることが真核生物では知られている。この機構は、フォークが停止するとまず細胞周期の進行を一旦停止し、複製フォーク進行阻害の原因であるDNA上に生じた傷などの除去、修復が行われ、複製装置の再構築の後、フォークが再び進行を開始するという一連の反応である。この反応には多くの因子が関わることが明らかにされてきた。しかしながら、この機構の極めて初期の段階で重要な役割を果たすと考えられる停止したフォークを認識するタンパク質の実体は明らかになっていない。

 大腸菌のPriAタンパク質は最初に一本鎖DNAファージ、ΦX174のin vitroでの一本鎖から二本鎖複製型への変換に必須の因子として同定された。このタンパク質はDEXH型のATPase/DNA helicaseであり、ΦX174ゲノム上に存在する特異的なヘアピン構造をとるn'-pas(primosome assembly site)を認識して結合し、そこでPriB、PriC、DnaT、DnaBヘリカーゼ、DnaC、およびDnaGプライマーゼの会合を促進して複製装置(primosome)を構築する。二本鎖への複製は、このprimosomeとDNAポリメラーゼIIIホロ酵素により開始される。ColE1型の二本鎖プラスミドのラギング鎖側の鋳型にも同様のn'-Pasが存在し、PriAはこれらのplasmidのラギング鎖の複製開始においてもやはり必須の因子であることが明らかとなっている。n'-pasは大腸菌染色体上には存在せず、従ってPriAは大腸菌のoriC-DnaA依存性の染色体DNA複製の開始には必須ではないが、このタンパク質をコードする遺伝子の欠損変異株は以下のような様々な形質を示すことが知られている。1)増殖速度の著しい低下、2)高栄養培地に対する感受性、3)相同的組み換え頻度の低下 4)一部の細胞集団に見られる形態異常(filamentous morphology)、5)各種のDNA傷害性因子に対する感受性の増大、そして、6)大腸菌に特徴的に見られる、DnaA、oriC-非依存性のもう一つの染色体複製機構である、安定的DNA複製反応(stable DNA replication, SDR)の欠失などである。これらの表現型から、PriAは大腸菌において、組み換え・修復反応に関わることが示唆されてきた。

 安定的DNA複製は組み換え依存性(RecA-dependent)であり、チミン飢餓などにより誘導されるinducible stable DNA replication(iSDR)と、RNA-DNA複合体を認識してRNAを切断するRnaseHIの欠損株で恒常的に見られるconstitutive stable DNA replication(cSDR)の2種類が知られている。これらはそれぞれ組み換え中間体であるD-loopあるいは、転写の副産物であるR-loopから複製が開始されると考えられている。PriAは双方のSDRに必須である。iSDRは一般に複製フォークの停止により引き起こされること、さらに、PriAはin vitroで、停止した複製フォーク構造をmimicした合成DNAに特異的に結合することから、私はこのタンパク質は、複製フォークが停止したときに最初にこれを認識して結合し、そこから複製を再開始させる、いわゆるセンサータンパク質の強力な候補であると想定した。

 そこで、私は本研究において、PriAタンパク質が停止フォークを最初に認識するタンパク質であるという仮定の下、その認識と複製再開始における分子機構の解明を目的として、まずこのタンパク質の構造と機能の関係を決定し、各ドメインがその生物学的、生化学的機能に果たす役割を特定することを試みた。続いて、停止したフォークを認識結合する分子機構を明らかにするために、停止フォークのどのような構造的特性がPriAのDNA結合ドメインのどのような構造により特異的に認識されるかについて詳細な解析を行った。

1.ATPase/helicase活性の組み換え依存性複製に対する役割。

 このモチーフはATPase、DNA/RNA helicaseに広く保存されており、7ないし8個の保存領域からなる。いくつかのATPase/helicaseにおける変異体解析の研究から、この領域に点変異を導入すると、ほとんどの場合、ATPase/helicase活性に影響が出ることが分かっている。PriAはDNA依存性のATPase/helicase活性を持つが、組み換え依存性複製におけるATPase活性の役割はよく分かっていなかった。これを解明するため、ATPase/helicaseモチーフに点変異を導入した変異タンパク質を作製し生化学的活性を確認した上で、このモチーフの変異体をpriA欠損株に発現させ、各種細胞内機能に対する効果を観察したところ、ATPase活性は、増殖、紫外線抵抗性などには必須でないが、組み換え依存性複製であるSDRには必要であることが明らかとなった。

2.DNA結合ドメインの同定。

 PriAは一本鎖DNA、二本鎖DNA、またRNAとも結合するが、特にD-loopなど構造をとったDNAにより強い特異性を示す。しかし、これらのDNAと結合するための特異的ドメインは明らかにされていなかった。停止フォークへの結合機序の解明のため、この結合ドメインを同定することを目的として、このドメインが存在すると予想されるN末端側のペプチド断片を作製し、結合叶ォを調べた。その結果、PriAはN末端約180アミノ酸のみでD-loopに結合できることが明らかとなった。しかしながら、この結合は全長タンパク質の持つD-loop特異性を示さず、invading strandのないbubble構造にも同様に結合したため、C末端側に未知のD-loop結合必須ドメインの存在が予想された。このドメインの検索の結果、helicaseドメインの中に存在する336番のヒスチジン及び337番のアラニンを含む領域と、512番から529番の領域の2ヵ所に新規のD-loop結合必須ドメインを同定した。各領域に変異を導入すると、N末端の結合ドメインが存在するにもかかわらず、D-loopへの結合が阻害された。これらの結果から、PriAタンパク質はN末端の約180アミノ酸領域だけでもDNAに結合できるが、D-loop特異的で強力な結合にはC末端側のヘリカーゼドメインも必要であり、その有効な結合のためにはN未側とC末側が協調して作用する必要があると結論した。

3.PriAによる停止フォーク認識機構の解明:"3'末端結合ポケット"の提唱。

 PriAは停止した複製フォークのどのような構造を認識して結合するのであろうか? PriAのN端ポリペプチドはBIAcore assayにより1本鎖DNAに結合することが確認された。我々はこの結合がDNA3'末端がfreeである時にのみ観察されることを見出した。すなわち、DNAの3'末端をリン酸化によりブロックすると結合が完全に阻害された。この事実は、PriAは、停止した複製フォークに存在すると想定される、DNA鎖が伸長されないために露出する新生鎖の3'末端を特異的に認識するという可能性を示唆した。そこで、停止したリーディング鎖の3'末端がfreeのものとリン酸化によりblockされたものの二種類の停止複製フォーク構造を合成し、PriAの結合能をゲルシフトアッセイにより比較した。その結果、PriAは予想通り、前者のみに特異的に結合し、後者には結合しなかった。共同研究者の神田大輔博士のグループは、N末端105アミノ酸ポリペプチドのみでDNA鎖の3'末端に結合できることを示し、さらにNMRの解析から、その中に3'末端と特異的に相互作用するアミノ酸残基を同定した。これらの残基に変異を導入すると3'末端の認識が消失した。興味深いことに、これらの残基は真性細菌のPriAファミリーのタンパク質によく保存されていた。これらの結果は、これらの保存された残基が"3'末端結合ポケット"を構成している可能性を示唆する。さらに、この保存残基にアミノ酸置換を有するPriA変異タンパク質は、in vitroで停止複製フォーク結合能の低下を示すとともに、SDR、増殖能などのin vivoでの機能を喪失していた。

 本研究により、PriAが停止複製フォークのリーディング鎖末端に存在する3'末端を特異的に認識して結合することが明らかにされ、その結合に必須のアミノ酸残基がN末端に存在し、それらが"3'末端結合ポケット"を構成する可能性が示唆された。そして、停止複製フォークに特異的かつ安定な結合をするためにはN末端に存在するフォーク認識・結合ドメインとC末端へリカーゼドメインが協調的に機能することが必要であることも明らかとなった。さらにこの結合の後、そこからの複製再開始にはATPase/helicase活性が必要であることが示唆された。これらの結果はPriAの停止した複製フォーク認識の構造的基盤を明らかにし、その高次構造決定への重要な知見を提供するものである。また、未だ明らかになっていない、真核細胞の停止複製フォーク認識タンパク質の同定にも大きく貢献するであろう。また、このような"3'末端結合ポケット"は、他の複製、組み換え、修復など核酸代謝に関わるタンパク質においても存在することが予想される。今後、本研究で見出した、"3'末端結合ポケット"の高次構造を明らかにするとともに、同様な構造を有するタンパク質群を、種々の方法で同定し、その生物学的機能を明らかにしていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は染色体複製時における複製フォーク停止をモーターするタンパク質として重要な役割を果たしていると予想される大腸菌PriAタンパクによる停止したフォークの認識機構を明らかにするため、PriAタンパクの各ドメインの役割を決定し、停止フォーク認識に関わる分子基盤の確立を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.PriAのATPase/helicase活性は効率のよい組み換え依存性複製に必要とされる。

 PriAの持つDNA依存性ATPase/helicase活性の、組み換え依存性複製における役割を解明するため、ATPase/helicaseモチーフに点変異を導入した変異タンパク質を作製し、priA欠損株に発現させ、各種細胞内機能に対する効果を観察したところ、この活性は、増殖、紫外線抵抗性などには必須でないが、組み換え依存性複製であるSDRには必要であることが示された。

2.DNA結合ドメインの同定。

 停止フォークへの結合機序の解明のため、この結合ドメインを同定することを目的として、このドメインが存在すると予想されるN末端側のペプチド断片を作製し、ゲルシフトアッセイにより結合活性を調べたところ、PriAはN末端約180アミノ酸のみでD-loopに結合できることが明らかにされた。しかしながら、この領域が全長タンパク質の持つD-loop特異性を示さなかったため、C末端側に未知のD-loop結合必須ドメインの存在が予想された。このドメインの検索の結果、helicaseドメイン内に2カ所の新規のD-loop結合必須ドメインが同定された。これらの結果から、PriAタンパク質はN末端の約180アミノ酸領域だけでDNAに結合できること、D-loop特異的で強力な結合にはC未側の領域が協調して作用する必要があることが示された。

3.PriAによる停止フォーク認識機構の解明:"3'末端結合ポケット"の提唱。

 PriAは1本鎖DNAに対して弱い結合能を示すが、BIAcoreアッセイにより、その結合はDNA3'末端がfreeである時にのみ観察されることが見出された。この事実により、PriAは、停止した複製フォークに存在すると想定される、新生鎖の3'末端を特異的に認識するという可能性が示唆された。そこで、停止したリーディング鎖の3'末端がfreeのものとリン酸化によりblockされたものの二種類の停止複製フォーク構造を合成し、PriAの結合能をゲルシフトアッセイにより比較したところ、PriAは前者のみに特異的に結合し、後者には結合しないことが示された。さらにN末端断片のNMR解析により、3'末端と特異的に相互作用するアミノ酸残基が同定された。これらの残基は真性細菌のPriAファミリーのタンパク質によく保存されており、この保存残基にアミノ酸置換を有するPriA変異タンパク質は、in vitroで停止した複製フォークに結合できないこと、SDR、増殖能などのin vivoでの機能を喪失することが示された。

 本研究により、PriAが停止複製フォークのリーディング鎖に存在する3'末端を特異的に認識して結合することが明らかにされ、その結合に必須のアミノ酸残基がN末端に存在し、それらが"3'末端結合ポケット"を構成する可能性が示唆された。そして、停止複製フォークに特異的かつ安定な結合をするためにはN末端に存在するフォーク認識・結合ドメインとC末端へリカーゼドメインズが協調的に機能することが必要であることも明らかとなった。さらにこの結合の後、そこからの複製再開始にはATPase/helicase活性が必要であることが示された。

 以上、本論文はPriAによる停止した複製フォーク認識とそこからの複製再開始の構造機能的基盤を解明し、その高次構造決定への重要な知見を提供するものである。また、未だ明らかになっていない、真核細胞の停止複製フォーク認識タンパク質の同定にも大きく貢献することが期待される。さらに、このような"3'末端結合ポケット"は、他の複製、組み換え、修復など核酸代謝に関わるタンパク質においても存在することが予想されることから、今後、同様な構造を有するタンパク質群が同定され、その生物学的機能が明らかにされることが期待される。本研究は停止した複製フォーク認識の分子機構の解明と、真核生物のチェックポイント機構におけるセンサータンパク質の実体とその認識機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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