学位論文要旨



No 118257
著者(漢字) 小笠原,英明
著者(英字)
著者(カナ) オガサワラ,ヒデアキ
標題(和) マウスシステイニルロイコトリエン受容体のクローニング、発現、機能
標題(洋) Characterization of Mouse Cysteinyl Leukotriene Receptors
報告番号 118257
報告番号 甲18257
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2064号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 ロイコトリエン(LT)はアラキドン酸の5-リポキシゲナーゼ(5-LO)系代謝産物の総称であり、ロイコトリエンB4(LTB4)とペプチドの結合したシステイニルロイコトリエン(LTC4, LTD4, LTE4)の二つに大別される。LTB4は白血球の極めて強力な活性化因子であり、白血球の炎症部位への遊走、好中球からのリソソーム酵素分泌、活性酸素産生を促す作用がある。一方システイニルロイコトリエンは以前slow reacting substance of anaphylaxis(SRS-A)として知られていた物質で、気管支平滑筋収縮、好酸球・多形核白血球・リンパ球・マクロファージなどの炎症細胞の遊走及び活性化、血管透過性の亢進、気道粘液分泌などに関与しており、気管支喘息の病態形成に大きな役割を果たしている。近年システイニルロイコトリエン受容体であるヒトCysLT1, CysLT2が相次いでクローニングされた。マウスは気管支喘息モデルなどシステイニルロイコトリエンの生体における作用の解析に広く用いられている実験動物であるが、マウスにおけるシステイニルロイコトリエン受容体の一時構造、発現、機能は不明であった。動物の病態モデルに対する理解を進める目的で、ヒトCysLT1, CysLT2のオルソログをマウスでクローニングし(mCysLT1, mCysLT2)、その機能と生体内での臓器分布を解析した。

2.mCysLT1, mCysLT2のクローニング

 以下の3つのクローンからmCysLT1の配列を決定した。

◇ヒトCysLT1の翻訳領域(open reading frame, ORF)内581塩基対を鋳型に[α-32P]dCTPでラベルしたDNAをプローブとして用い129マウス由来のマウスゲノムライブラリーをスクリーニングして単一クローンを得た。

◇C57BL/6マウスゲノムからmCysLT1特異的プライマーを用いpolymerase chain reaction(PCR)により増幅した産物をTAクローニングした。

◇NCBIのデータベースを検索中ヒトCysLT1と88.4%の相同性があるマウスcDNAクローン(1661 bp)を発見し、これを入手した。

 129とC57BL/6の2系統のマウスから以下のとおりmCysLT2をクローニングし配列を決定した。

◇ヒトCysLT2全長ORFを鋳型に合成したDNAプローブで129マウスのゲノムライブラリーをスクリーニングし単一クローンを得た。

◇C57BL/6ゲノムをmCysLT2特異的プライマーでPCRした産物をTAクローングした。

 mCysLT1は339アミノ酸残基、mCysLT2は309アミノ酸残基からなり、それぞれヒトホモログとの同一性が87%、73%だった。mCysLT1, mCysLT2間の同一性は39%だった。系統間の比較ではmCysLT1は129とC57BL/6で完全に一致していたが、mCysLT2は203番目のアミノ酸が129でイソロイシン、C57BL/6でバリンだった。mCysLT1, mCysLT2のORFを発現ベクターにサブクローニングし、以下の実験に用いた。

3.受容体としての反応

1.カルシウムアッセイ

 mCysLT1を安定発現させたHEK-293細胞にカルシウム感受性蛍光色素Fura-2を取り込ませ、リガンドを投与したときの細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。mCysLT1はLTD4に対して濃度依存性のカルシウム上昇を示した。LTC4に対してもLTD4に比べて小さいが濃度依存性の反応がみられた。LTB4, LTE4に対しては反応がみられなかった。LTD4に対する反応はCysLT1の特異的アンタゴニストであるプランルカストおよびMK-571で阻害された。

 mCysLT2を安定発現させたCHO細胞のカルシウム応答を同様に測定した。mCysLT1とは逆に、LTC4のほうがLTD4より大きい濃度依存性の反応を惹起した。プランルカストはヒトCysLT2を阻害しないCysLT1特異的アンタゴニストとして知られているが、意外なことにmCysLT2のLTC4に対する反応はプランルカストにより濃度依存的に阻害された。一方、同じくCysLT1特異的アンタゴニストとして知られるMK-571はmCysLT2のLTC4に対する反応を阻害しなかった。以上のように拮抗薬の作用が種間で異なることが明らかとなった。

2.レポーター遺伝子アッセイ

 神経細胞成長因子の刺激により転写が促進される遺伝子nerve growth factor-induced gene(NGFI-A)のプロモーター領域zif268を上流に配したルシフェラーゼ遺伝子をレポーターに用い、リガンドに対する受容体の反応をルシフェラーゼ活性として測定した。NGFIのプロモーター領域はcyclic AMP response elementやserum responsive elementを含むので、この実験系では受容体の細胞内情報伝達経路を特定することなくあるリガンドによる細胞膜受容体の活性化を検出することできる。

 mCysLT1とzif268/ルシフェラーゼをトランスフェクションしたB103細胞はLTD4に対して濃度依存的にルシフェラーゼ活性の上昇を示し、この反応はプランルカストとMK-571により阻害された。mCysLT2とzif268/ルシフェラーゼをトランスフェクションしたPC12細胞はLTC4に対して濃度依存的にルシフェラーゼ活性上昇を示した。細胞内カルシウム定量の結果同様、LTC4に対する反応がプランルカストにより阻害されたが、MK-571には阻害されなかった。

4.生体内での発現

1.ノザンブロッティング

 C57BL/6と129の2系統のマウスを用いノザンブロッテイングを行ったところ、mCysLT1, mCysLT2いずれも各臓器において129よりC57BL/6で強く発現しており、マウス系統間で違いがあることが分かった。mCysLT1は肺、小腸、皮膚に、CysLT2は肺、脾臓、腎、小腸、皮膚その他の臓器に広く発現がみられた。ヒト脾臓はCysLT1の発現が最も多い臓器のひとつであるが、マウス脾臓におけるCysLT1の発現は少量だった。また、ヒト心筋にはCysLT2が高発現だが、マウスではほとんどみられない。このようにシステイニルロイコトリエン受容体の発現にヒトとマウスで種差があることが示された。更にマウスの系統間で発現に差があることは、遺伝子欠損マウスの作成を含め、動物実験を進める上で留意すべき点と考えられた。

2.Quantitative real time reverse transcriptase(RT) PCR

 報告によるとヒトマクロファージ、副腎はCysLT1の発現が多い臓器である。定量的RT-PCRを用いマウスマクロファージ、副腎でのCysLTの発現を調べた。マクロファージにはmCysLT1の高い発現を認めたが、副腎には少なくとも脾臓以下の発現しかみられなかった。mCysLT2はマクロファージ、副腎いずれでも発現が乏しかった。

3.In situ hybridization

 システイニルロイコトリエンはアトピー性皮膚炎の発症に関与していることが知られており、ノザンブロットによっても皮膚に多く発現していた。受容体を発現している皮膚細胞の種類を同定することは病態を理解する上で非常に有意義である。そこでマウス皮膚のin situ hybridizationを行った結果、皮下組織の繊維芽細胞にCysLT1, CysLT2とも発現していることが明らかとなった。システイニルロイコトリエンの刺激で繊維芽細胞がコラーゲンの代謝を亢進させることが報告されている。今回初めて繊維芽細胞にシステイニルロイコトリエン受容体が存在することが示された。

5.まとめ

 ヒトCysLT1, CysLT2のオルソログをマウスでクローニングした。いずれもヒト受容体とのホモロジーが高くシステイニルロイコトリエン受容体としての性質を備えていた。CysLT2については、ヒトとマウスで薬理学的性質が異なることを示した。mCysLT1は肺、小腸、皮膚、マクロファージに、mCysLT2は肺、脾臓、腎、小腸、皮膚に高い発現がみられたが、発現にはヒトとの種差のみならずマウスの系統間の違いもあることが分かった。また、皮下組織の繊維芽細胞にmCysLT1, mCysLT2が発現していることが明らかになった。以上の知見は疾患の動物モデルにおいてシステイニルロイコトリエン受容体の性質を理解、解釈する上で重要であり、遺伝子欠損マウスの作製など将来の研究に対して有益な情報を提供すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は気管支喘息などアレルギー性疾患の発症において重要な役割を演じていると考えられるシステイニルロイコトリエンの受容体(CysLT1, CysLT2)について機能解析を行うため、マウスCysLT1, CysLT2をクローニングし、その性質を明らかにしたものである。以下の結果を得ている。

1.以下の3つのクローンからmCysLT1の配列を決定した。mCysLT1は339アミノ酸残基からなり、ヒトオルソログとの同一性が87%だった。129とC57BL/6とBALB/cでアミノ酸配列が完全に一致していた。

1.ヒトCysLT1の翻訳領域(open reading frame, ORF)内581塩基対を鋳型に[α-32P]dCTPでラベルしたDNAをプローブとして用い129マウス由来のマウスゲノムライブラリーをスクリーニングして単一クローンを得た。

2.C57BL/6マウスゲノムからmCysLT1特異的プライマーを用いpolymerase chain reaction(PCR)により増幅した産物をTAクローニングした。

3.NCBIのデータベースを検索中ヒトCysLT1と88.4%の相同性があるマウスcDNAクローン(1661 bp)を発見し、これを入手した(BALB/c)。

2.129とC57BL/6の2系統のマウスから以下の2通りの方法でmCysLT2をクローニングし配列を決定した。mCysLT2は309アミノ酸残基からなり、ヒトオルソログとの同一性が73%だった。系統間の違いとしては203番目のアミノ酸が129でイソロイシン、c57BL/6でバリンだった。

1.ヒトCysLT2全長ORFを鋳型に合成したDNAプローブで129マウスのゲノムライブラリーをスクリーニングし単一クローンを得た。

2.C57BL/6ゲノムをmCysLT2特異的プライマーでPCRした産物をTAクローングした。

3.mCysLT1を安定発現させたHEK-293細胞にカルシウム感受性蛍光色素Fura-2を取り込ませ、リガンドを投与したときの細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。mCysLT1はLTD4に対して濃度依存性のカルシウム上昇を示した。LTC4に対してもLTD4に比べて小さいが濃度依存性の反応がみられた。LTB4, LTE4に対しては反応がみられなかった。LTD4に対する反応はCysLT1の特異的アンタゴニストであるプランルカストおよびMK-571で阻害された。mCysLT2を安定発現させたCHO細胞のカルシウム応答を同様に測定した。mCysLT1とは逆に、LTC4のほうがLTD4より大きい濃度依存性の反応を惹起した。プランルカストはヒトCysLT2を阻害しないCysLT1特異的アンタゴニストとして知られているが、意外なことにmCysLT2のLTC4に対する反応はプランルカストにより濃度依存的に阻害された。一方、同じくCysLT1特異的アンタゴニストとして知られるMK-571はmCysLT2のLTC4に対する反応を阻害しなかった。以上のようにCysLT2に対する拮抗薬の作用がヒトとマウスの種間で異なることが明らかとなった。

 試験は平成15年1月20日に東京大学医学部教育研究棟2階セミナー室(2)において行われた。審査委員は、論文提出者に対し、学位請求論文の内容および関連事項について質問と討議を行い、本人の学識と提出論文を審査した。その結果、全員一致で最終試験に合格と判定した。

4.神経細胞成長因子の刺激により転写が促進される遺伝子nerve growth factor-induced gene(NGFI-A)のプロモーター領域zif268を上流に配したルシフェラーゼ遺伝子をレポーターに用い、リガンドに対する受容体の反応をルシフェラーゼ活性として測定した。mCysLT1とzif268/ルシフェラーゼをトランスフェクションしたB103細胞はLTD4に対して濃度依存的にルシフェラーゼ活性の上昇を示し、この反応はプランルカストとMK-571により阻害された。mCysLT2とzif268/ルシフェラーゼをトランスフェクションしたPC12細胞はLTC4に対して濃度依存的にルシフェラーゼ活性上昇を示した。細胞内カルシウム定量の結果同様、LTC4に対する反応がプランルカストにより阻害されたが、MK-571には阻害されなかった。

5.C57BL/6と129の2系統のマウスを用いノザンブロッティングを行ったところ、mCysLT1, mCysLT2いずれも各臓器において129よりC57BL/6で強く発現しており、マウス系統間で違いがあることが分かった。mCysLT1は肺、小腸、皮膚に、CysLT2は肺、脾臓、腎、小腸、皮膚その他の臓器に広く発現がみられた。ヒト脾臓はCysLT1の発現が最も多い臓器のひとつであるが、マウス脾臓におけるCysLT1の発現は少量だった。また、ヒト心筋にはCysLT2が高発現だが、マウスではほとんどみられなかった。

6.定量的RT-PCRを用いマウスマクロファージ、副腎でのCysLTの発現を調べた。マクロファージにはmCysLT1の高い発現を認めたが、副腎には少なくとも脾臓以下の発現しかみられなかった。mCysLT2はマクロファージ、副腎いずれでも発現が乏しかった。

7.繊維芽細胞はシステイニルロイコトリエンに反応してコラーゲンの産生を亢進させることが知られているが、細胞に受容体が発現していることを示した報告はこれまでなかった。マウス皮膚のin situ hybridizationを行った結果、皮下組織の繊維芽細胞にCysLT1, CysLT2とも発現していることが明らかとなった。

 以上、本論文はマウスのシステイニルロイコトリエン受容体mCysLT1, mCysLT2について、その配列、受容体としての性質、臓器発現を明らかにした。本研究はアレルギー性疾患の発症に大きな役割を果たしているシステイニルロイコトリエン受容体について、遺伝子欠損マウスを使った機能解析など将来の研究の基礎をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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