学位論文要旨



No 118260
著者(漢字) 杉山,大介
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,ダイスケ
標題(和) 全胚胎仔培養を用いた血管内皮由来赤血球系造血の解析
標題(洋)
報告番号 118260
報告番号 甲18260
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2067号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳類胎生期において、血管内皮細胞と血液細胞の関係が密接であることはわかっているが、実際にin vivoで、血管内皮細胞から血液細胞が発生し、血流へ放出されているのかどうかは証明されていない。この関係を解明するため、胎齢10.0日目マウス胎仔の心臓へ注射する方法を開発した。マウス胎仔へAc-LDL DiI(Acetylated low-density lipoproteins conjugated DiIの略。血管内皮細胞とマクロファージに特異的に取り込まれる)を注射し、血管内より生理的に血管内皮細胞を標識した。注射した胎仔を1時間ないし12時間全胚胎仔培養し、解析した。培養1時間後、組織学的所見ではDiIの蛍光は血管内皮層に沿って取り込まれ、フローサイトメトリー解析では組織のDiI性細胞はCD3陽1性、CD34陽性、CD45陰性だった。以上の結果より、Ac LDL-DiIで標識した細胞は、血管内皮細胞由来であることがわかった。次に、培養12時間後胎仔の血液サンプルより、DiI陽性細胞をソーティングで採取し検鏡したところ、様々な成熟段階の赤血球系細胞が認められた。注射の時期が29体節期を過ぎると、赤血球系細胞は減少した。この時期には、胎仔肝臓で造血細胞が出現しはじめる。このDiI性細胞は、フローサイトメトリー解析ではTer119(赤血球系のマーカー)を発現しており、RT-PCR解析では成体型グロビン遺伝子のみを発現していた。このDiI陽性細胞でメチルセルロースカルチャーを行ったところ、成体型グロビン遺伝子のみを発現している赤血球系前駆細胞が検出された。以上の結果より、マウス胎仔ではin vivoにおいて、血管内皮細胞から成体型赤血球系細胞ならびに前駆細胞が産生され、血流中へ放出されることが明らかになった。また、これらの細胞は、肝臓へ移動・定着し、最初の成熟成体型赤血球を産生する事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳類胎生期において、血管内皮細胞と血液細胞の関係を明らかにするために、全胚胎仔培養を用いて、赤血球系造血に注目し解析を試みたもので下記の結果を得ている。

1.血管内皮細胞とマクロファージに特異的に取り込まれるAc-LDL-DiIを10.0日目マウス胎仔へ注射し、全胚胎仔培養装置で培養した。子宮内手術を行って、同じ母胎より注射後培養した胎仔と、注射しないで培養もしないものを比較した。注射し培養した胎仔の体節数は31.5±0.6(n=4)、注射せず子宮内で発生した胎仔の体節数は31.8土1.5(n=4)であり、顕著な違いは認められなかった。よって、注射した胎仔が正常発生に準ずることが示唆された。

2.注射した胎仔のうち約50%が正常発生に準ずるものと判断し、解析を行った。培養1時間後、DiIの蛍光は、卵黄嚢を含んだ胎仔全身の血管の走行に沿って観察された。これらの胎仔を薄切し、検鏡したところ、DiIの蛍光は一層の血管内皮に沿って観察された。これは、全身の血管内皮で認められた。マクロファージもAc-LDL-DiIを取り込むことがわかっているため、さらに、フローサイトメトリー解析を行った。卵黄嚢、AGM領域、残りの体部をバラバラにし、それぞれ解析したところ、TOPRO-1を取り込む死細胞とMac-1陽性細胞を除いた後、DiI陽性細胞はCD31陽性、CD34陽性、CD45陰性だった。よって、大部分のDiI陽性細胞は血管内皮由来と考えられた。

3.Ac-LDL-DiIを取り込む血管内皮細胞から血流中へ細胞が放出されるかどうかを検討するため、注射した胎仔を12時間全胚胎仔培養後、血液サンプルを採取し、フローサイトメトリー解析を行った。血液細胞中、1.4土0.4%(n=5)がDiI陽性細胞だった。このDiI陽性細胞は、全胚胎仔培養6時間後から検出され、その後徐々に増加し、12時間後にピークを迎えた。この血流中に存在するDiI陽性細胞がどのような細胞か検討するため、DiI陽性細胞をセルソーターで採取し、検鏡した。22から24体節期に注射した胎仔より採取したDiI陽性細胞は、その43%が赤血球系細胞であり、その成熟段階は様々だった。また、マクロファージや骨髄球系細胞も同時に検出された。29体節期を過ぎると、DiI陽性赤血球系細胞の比率は減少し始め、34から36体節期では赤血球系細胞の比率は、22から24体節期の三分の一であった。更に、22から24体節期に注射した胎仔より採取した血液細胞で、Ter119(赤血球系細胞のマーカー)の発現をフローサイトメトリー解析したところ、形態学的所見に一致して、おおよそ半分が(51土7%,n=4)陽性だった。

4.この赤血球系造血が成体型ないし胎仔型か同定するため、採取したDiI陽性細胞を用いて、RT-PCR解析を行った。解析には胎仔型βH1グロビン遺伝子に対するプライマーと成体型β-majorグロビン遺伝子に対するものを使用した。DiI陽性細胞では、βH1グロビンmRNAの発現は認められず、β-majorグロビンmRNAの発現のみ認められた。よって、DiI陽性赤血球系細胞が成体型造血に含まれることが示唆された。

5.このDiI陽性細胞中に赤血球系前駆細胞が含まれているかどうかを検討するため、DiI陽性細胞を用いて、半固形培地(メチルセルロース)で培養を行った。1x 104個のDiI陽性細胞を、SCF,IL-3,Epo存在下で培養したところ、5.7±4.0個(n=3)のCFU-Eと47.7±8.5個(n=3)のBFU-Eが検出された。この赤血球系前駆細胞が成体型造血に由来することを確認するため、各々の10個のBFU-Eを採取して、同様にRT-PCR解析を行ったところ、すべてのコロニーで、βH1グロビンmRNAの発現は認められず、β-majorグロビンmRNAだけが認められた。以上の結果より、Ac-LDL-DiIを取り込む血管内皮細胞より血流中へ放出された細胞は、成体型赤血球系前駆細胞を含むことが示唆された。

 以上、本論文はマウス胎仔において、全胚胎仔培養を用いて、血管内皮細胞に由来する赤血球造血を明らかにした。本研究は哺乳類造血発生のin vivo解析において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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