学位論文要旨



No 118263
著者(漢字) 植村,健
著者(英字)
著者(カナ) ウエムラ,タケシ
標題(和) グルタミン酸受容体GluRδ2会合分子の解析
標題(洋) Molecular analysis of GluRδ2 interacting proteins
報告番号 118263
報告番号 甲18263
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2070号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

 グルタミン酸受容体(GluR)チャネルは、中枢神経系における速い興奮性シナプス伝達を担うとともに、神経ネットワーク形成及び記憶・学習の基礎と考えられるシナプス可塑性に深く関与している。GluRδサブユニットファミリーは、遺伝子クローニングにより初めて存在が明らかにされ、アミノ酸配列の相同性からNMDA型と非NMDA型GluRサブユニットファミリーの中間に位置づけられる。GluRδ2は小脳プルキンエ細胞特異的に発現し、プルキンエ細胞の平行線維シナプスに局在する分子である。GluRδ2は小脳平行線維-プルキンエ細胞間のシナプス可塑性である長期抑圧(LTD)と運動学習に必須であり、またシナプス形成に重要な役割を担うことがGluRδ2欠損マウスの解析から明らかになっている。しかしながら。GluRδ2の分子機能および生理的役割を担う分子機構は今までのところ全く不明である。従って、我々はGluRδ2の小脳機能における役割を分子的に解明する目的でGluRδ2と細胞質内で結合する分子をyeast two-hybrid screeningにより探索した。その結果,新たなGluRδ2結合蛋白としてShankを同定した。GluRδ2とShankとの結合はyeast細胞内のみならず遺伝子導入した哺乳類細胞においても確認され、また小脳のシナプトゾームからもGluRδ2-Shank複合体を免疫共沈降することが可能であった。さらに培養プルキンエ細胞の樹状突起においてGluRδ2とShankが共存することが明らかとなった。次に、遺伝子導入したyeast細胞中、哺乳類細胞中および精製蛋白を用いたin vitroの系でGluRδ2-Shahkの会合部位の探索を行いGluRδ2細胞質内領域の中間に位置する部位がShankのPDZ領域と結合することを見いだした。。現在までにGluRδ2細胞内領域には第四膜貫通領域の近傍に細胞膜への輸送に重要な部位、C末端にPDZ蛋白質結合部位が同定されているが、我々が新たにGluRδ2で同定した部位はこれらとは異なる機能的に重要な領域である可能性が考えられる。Shankは様々なタンパク質結合ドメインを有する後シナプス肥厚部の足場蛋白質でありProlinerich領域でHomerと結合している事が知られておりまたSH3ドメインを介してPDZ蛋白GRIPと結合することが報告されている。一方、GRIPはPDZ領域でAMPA型GluR(AMPAR)の細胞内C末端部位に結合することが知られている。HomerはN末端側の領域でgroup1代謝型GluR(mGluRs)、イノシトール3リン酸(IP3)受容体と結合し、またC末端側領域を介して二量体を形成することからShankとgroup 1mGluRs,IP3受容体とを間接的に結合させると考えられる。これらの報告からShankはHomerを介してmGluR1,IP3受容体と、GRIPを介してAMPARと間接的に結合し後シナプス部位における足場蛋白の中心的役割を果たしていると考えられている。これらmGluR1,IP3受容体、AMPARはいずれも小脳LTDに重要な分子である。従ってGluRδ2とShankの会合の発見はLTDに重要な蛋白群の新たな複合体の存在を示唆するものであり、ShankはGluRδ2とAMPAR、IP3受容体、mGluR1とを分子的に結びつける要に位置すると考えられる。またShankは発達段階におけるシナプスの成熟に重要な機能を果たすことが報告されており、GluRδ2がシナプス形成に重要であるとの知見から、GluRδ2とShankの会合はシナプス形成におけるGluRδ2の分子機能を解明するうえでも重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、小脳平行線維-プルキンエ細胞間のシナプス可塑性である長期抑圧(LTD)、シナプス形成および運動学習に重要な役割を担っているグルタミン酸受容体GluRδ2の機能を分子的に解明する目的で、GluRδ2と細胞質内で結合する分子の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.GluRδ2細胞質内C末端領域をbaitとし細胞質内領域に結合する分子をyeast two-hybrid screening法により探索した。小脳cDNAライブラリーをスクリーニングした結果、GluRδ2結合分子としてShankを同定した。

2.スクリーニングで得られたShank1およびShank2遺伝子断片のN末端にEGFPを付加した蛋白をGluRδ2とCOS7細胞に共発現させるとShank1、Shank2はGluRδ2と共に膜付近へ集積する事が観察された。また、共発現COS7細胞を用い免疫沈降法によりGluRδ2とShank1、Shank2がyeast細胞内のみならず遺伝子導入した哺乳類細胞においても結合している事が示された。

3.Shank1,Shank2のプルキンエ細胞での発現及び局在を培養プルキンエ細胞を用い免疫組織化学法により調べた結果、プルキンエ細胞の樹状突起においてGluRδ2とShank1、Shank2が共存する事が示された。さらに抗GluRδ2抗体を用いて小脳シナプトゾームから免疫沈降を行った結果、GluRδ2-Shank複合体が共沈された。この結果から小脳内においてGluRδ2とShankが結合している事が示された。

4.スクリーニングで得られたShank遺伝子断片がコードするアミノ酸配列を解析した結果、得られたShankは全てPDZ領域を有しており、さらにPDZ領域でのみ重なり合うクローンが有った。これらの結果からShankのPDZ領域がGluRδ2と結合する事が示された。

5.GluRδ2C末端領域内のShankとの結合部位をyeast two-hybrid法により解析した。その結果、GluRδ2のC末端細胞質内の中間に位置する29残基 (アミノ酸893〜921番)がShankとの結合に必須である事が示された。また遺伝子導入した哺乳類細胞においても同じ領域が結合に必要であることが免疫沈降法により示された。さらに点変異導入により結合に重要なアミノ酸を調べた結果、GluRδ2のSer-905、Thr-915、Phe-917がShankとの結合に重要である事が示された。

6.大腸菌で発現させた精製蛋白を用いてGST pull-down assayを行ったところ、GluRδ2の細胞質内領域を含む精製蛋白とShank1、Shank2との結合が確認された。さらにShankとの結合に重要なGluRδ2の29残基(GluRδ2のアミノ酸893〜921番)からなる合成ペプチドは濃度依存的にGluRδ2とShank2の結合を阻害する事が示された。

7.GluRδ2遺伝子ノックアウトマウス小脳においてGluRδ2と直接的または間接的に結合すると考えられる後シナプス肥厚部に存在する蛋白の発現量を調べた。その結果、Shank2、Homer、mGluRla、GluRα2/3、PSD-93、PSD-95が小脳ホモジネートで有意に増加している一方、DelphilinがPSD画分において激減している事が示された。

 以上、本論文はGluRδ2と結合する新たな蛋白としてShankを同定し、結合部位の解析からGluRδ2C末端細胞質内領域の中間に位置する部位がShankのPDZ領域と結合することを見いだした。今回見出したGluRδ2とShankの結合の結果と、これまでに報告されているShank結合蛋白の知見を合わせると、GluRδ2はShankを介して小脳LTDに重要な分子であるAMPA型GluR、mGluR1、IP3Rと間接的に結合しうることを示しており、本論文におけるGluRδ2とShankの結合の発見はLTDに重要な蛋白群の新たな複合体の存在を示唆するものである。本研究はこれまでに未知に等しかった、GluRδ2の分子機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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