学位論文要旨



No 118264
著者(漢字) 吉田,知之
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,トモユキ
標題(和) タンパク質リン酸化によるゼブラフィッシュ嗅神経回路網形成の制御
標題(洋) Regulation of neural circuit formation in zebrafish olfactory system by protein phosphorylation
報告番号 118264
報告番号 甲18264
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2071号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 井上,貴文
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

 タンパク質リン酸化によるゼブラフィッシュ嗅神経回路網形成の制御機構について、嗅神経細胞の軸索誘導過程と軸索終末の分化過程に分けて2部構成とした。

1.Regulation by Protein Kinasc A Switching of Axonal Pathfinding of Zebrafish Olfactory Sensory Neurons through the Olfactory Placode-Olfactory Bulb Boundary

 誘引、反発分子による軸索誘導は神経回路網形成において重要な役割を担っている。しかし、誘引、反発分子に対する感受性を制御する成長円錐内の情報伝達機構についてはほとんど解明されていない。そこで、嗅神経の刺索誘導におけるAキナーゼ(PKA)の役割を透明なゼブラフィッシュ胚を用いて解析した。嗅神経細胞特異的なOMPプロモーターにtauGFPを繋いだレポーターカセットとOMPプロモーターに優性変異型PKAを繋いだエフェクターカセットを同一DNA断片上に繋ぎ合わせてゼブラフィッシュ胚に微量注入することによって、PKAシグナルの変化が嗅神経細胞の軸索誘導に与える影響を可視化することができた。恒常活性型PKAによる機能亢進は嗅上皮嗅球境界近傍の嗅球内で局所的に軸索の湾曲を促進させたのに対して、恒常不活性型PKAによる機能抑制は嗅上皮内で湾曲を促進させた。更に、恒常不活性型PKAを発現する嗅神経細胞の一部は軸索を嗅上皮嗅球境界を越えて嗅球側へ伸ばすことができなかった。これらの結果より、軸索誘導時に嗅神経細胞内でPKAシグナルのスイッチが起こることが示唆された。PKAシグナルのスイッチは軸索が嗅上皮嗅球境界を通過できるように、誘導分子に対する感受性を調節すると考えられた。

2.Dual Signaling for the Axon Terminal Differentiation of the Zebrafish Olfactory Sensory Neurons

 成長円錐はガイダンスによって標的まで到達し、神経伝達物質放出を担う前シナプスヘと分化する。この軸索終末の分化にはシナプス小胞の集積、アクティブゾーンの形成、細胞骨格、膜構造の再構成など特徴的な変化を伴うことが知られている。軸索終末の成熟、分化の調節機構を明らかにするために、ゼブラフィッシュ嗅神経細胞軸索終末の成熟過程におけるカルシニューリンとAキナーゼシグナルの役割について解析した。これらの分子の遺伝子導入を行わない嗅神経軸索の軸索終末をGrowth-associated protein(GAP)43-EGFP融合タンパク質で可視化すると、軸索が伸長している受精後36時間と嗅球内の標的近傍で伸長をとめた直後の60時間には多くの突起を出した複雑な形態を示した。ところが嗅球上に糸球体構造が明確に形成される受精後84時間になると軸索終末の形態は突起が少ない簡単な構造へと変化した。また、嗅神経軸索終末におけるシナプス小胞の集積をマーカー分子であるVcsiclc-associated mcmbranc protein(VAMP)2-EGFP融合タンパク質でモニターすると、受精後36、60、84時間と徐々に数とその大きさが増加することが分かった。これらの経時的な変化は軸索終末の分化のよい指標になると考えられた。

 恒常活性型カルシニューリンを嗅神経細胞に発現させると軸索終末の形態は受精後60時間ですでに突起の少ない簡単な構造へと変化することが分かった。またカルシニューリン阻害薬であるサイクロスポリンAが受精後60時間から84時間にかけて起こる軸索終末の構造変化を妨げることが分かった。一方、恒常活性化型Aキナーゼを発現させた軸索終末は受精後36時間と60時間においてより複雑な構造をとるが、84時間には単純な構造へと変化した。

 恒常活性型Aキナーゼは受精後36時間において嗅神経軸索終末へのVAMP2-EGFPシグナルの集積を増加させた。また恒常不活性型Aキナーゼは受精後60時間、84時間においてVAMP2-EGFPの集積を阻害した。しかしながら恒常活性型カルシニューリンはVAMP2-EGFPシグナルの集積には影響を与えなかった。これらのことから成長円錐の形態の成熟と終末におけるシナプス小胞の成熟はカルシニューリンシグナルとAキナーゼシグナルによって別々に制御されることが示された。従って神経終末の分化成熟にはカルシニューリンシグナルとAキナーゼシグナルの協調的な活性化が重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はin vivoにおける神経回路網形成の分子機構を明らかにするために、ゼブラフィッシュ嗅神経細胞の軸索誘導と終末分化の過程を可視化し、同時にこれらの過程における種々のエフェクター分子の影響を見たものであり、以下の結果を得ている。

1.ゼブラフィッシュ嗅神経細胞特異的なompプロモーター制御下にtauEGFP を発現するトランスジェニックフィッシュを作成し、嗅神経細胞の投射過 程を可視化し、軸索誘導のタイムコースを示した。

2.可視化した嗅神経細胞で優性変異型PKAを同時に発現させることにより、PKAシグナルの変化が嗅神経細胞の軸索誘導に与える影響を観察した。その結果PKAの機能促進は嗅球内で、機能抑制は嗅上皮内で軸索の湾曲を引き起こすことを見い出した。このことから軸索誘導同時に嗅神経細胞内でPKAシグナルのスイッチが起こり、誘導分子に対する感受性を調節するとことが推察された。

3.嗅神経細胞特異的にVAMP2-ECFPを発現するトランスジェニックラインとげっ歯類で僧帽細胞選択的に発現することが知られているTBR1遺伝子のゼブラフィッシュホモログのプロモーター制御下にEYFPを発現するトランスジェニックラインを交配することによって、嗅神経細胞とその標的細砲の間の接触を可視化した。またプレシナプスのアクティブゾーンマーカーと小胞マーカー分子を嗅神経細胞で発現させることによってプレシナプスの形成過程を可視化した。これらの方法によって受精50時間後より嗅神経細胞-僧帽細胞間のシナプスが形成されることが示唆された。

4.シナプス小胞のマーカーであるVAMP2-EGFPのシグナルを定量すると経時的に軸索終末への集積が見られた。またGAP43-EGFPによって可視化される軸索終末の膜の形態はシナプス形成時期に仮足を伸ばした複雑な構造から仮足を欠いた単純な構造へと変化することを見い出した。

5.シナプス形成時期に起こる上述4の変化を指標に、軸索終末の分化に与えPKA、Ca/calmodulin依存性脱リン酸化酵素(カルシニューリン)の影響を観察した。その結果、PKAの機能亢進はシナプス小胞の終末への集積を促進し、機能抑制はそれを抑制した。一方カルシニューリンの機能亢進はGAP43-GFPで可視化される軸索終末の構造変化を促進し、機能抑制はそれを抑制した。これらのことから軸索終末分化に伴うシナプス小胞の集積はPKAシグナルが、一方軸索終末の膜形態の変化はカルシニューリンシグナルが別々に調節することが示された。

 以上、本研究はゼブラフィッシュ嗅神経細胞特異的遺伝子発現系を用いてin vivoにおいて軸索誘導、軸索終末の分化を可視化すると同時に、可視化した神経細胞において種々のタンパク質リン酸化酵素の影響を解析したものである。これまで脊椎動物中枢シナプス形成に伴うプレシナプス分化の調節機構に関する知見は断片的で、培養神経細胞を用いた研究が主流であった。本研究はin vivoでプレシナプス分化に伴う構造変化を詳細に観察し、少なくとも2つの異なるタンパク質リン酸化シグナル経路によって終末の分化、成熟が調節されることを見い出した。ことはこの領域の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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