学位論文要旨



No 118266
著者(漢字) 阿部,芳憲
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヨシノリ
標題(和) 新規癌抑制遺伝子産物LATS2キナーゼの機能解析
標題(洋)
報告番号 118266
報告番号 甲18266
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2073号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 古川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

 lats遺伝子はショウジョウバエにおいて、変異により腫瘍形成の原因となる遺伝子としてクローニングされた。ヒトにおいてもlats1およびlats2遺伝子がクローニングされた。ヒト染色体上においてlats1遺伝子は6qに位置し、lats2遺伝子は13qに位置することが明らかとなっており、この領域では様々な癌においてヘテロ接合性の欠失(LOH)が見られるこという点、そしてlats1遺伝子のノックアウトマウスは腫瘍を形成するという点から、LATSファミリー遺伝子はヒトにおいても癌抑制遺伝子となり得ることが示唆される。その遺伝子産物はC末端にセリン・スレオニンキナーゼ領域を持つ蛋白質であり、LATS1キナーゼはM期において特異的にリン酸化され、LATS2キナーゼはM期においてキナーゼ活性の上昇が見られることから、M期で機能することで細胞増殖制御に関わっている蛋白質であることが考えられる。近年LATS1キナーゼはM期においてLIM蛋白質Zyxinと結合し、紡錘体や収縮環に局在することや、LATS1キナーゼの過剰発現がG2-M期の進行を妨げ、いくつかの癌細胞由来細胞株にアポトーシスを誘導することが報告され、LATS1キナーゼに関しては、その生理的役割が徐々に明らかになってきた。一方LATS2キナーゼについては、その生理機能はほとんど明らかになっていない。LATSキナーゼは他のどのセリン・スレオニンキナーゼファミリーにも属さないことからLATSキナーゼの機能解析は、未だ不明な点の多いM期進行に関わるシグナル伝達経路およびその異常が引き起こす癌発症のメカニズムの理解に新しい視点を加えられることが期待される。そこで、当研究室で独立にクローニングされたlats2遺伝子の遺伝子産物である、LATS2キナーゼの生理機能および癌発症との関わりについて明らかにすることを目的として、本研究を行った。

 LATS2キナーゼの生理機能解明の第一歩として、LATS2キナーゼの活性調節因子や基質分子を特定する目的で、LATS2キナーゼの中央部分(アミノ酸376-624番目:baitA)およびキナーゼドメインを含むC末端領域(アミノ酸621-1082番目:baitB)をベイト、HeLa細胞のcDNAライブラリをプレイとしてYeast Two-HybridスクリーニングによるLATS2キナーゼ結合蛋白質の探索を行った。そしてLATS2キナーゼ結合蛋白質として、baitAを用いたスクリーニングでLIM白質Juba、ZRP1を同定し、baitBを用いたスクリーニングで中心体構成蛋白質であるPericentrin Bを同定した。酵母内ではLATS2キナーゼのbaitとAjuba、ZRP-1は本スクリーニングでそれぞれのLIM domain領域、Pericentrin Bはカルモジュリン結合部位を含むC末端領域の部分蛋白質と結合していた。それぞれの部分蛋白質とLATS2キナーゼをHEK293T細胞に発現させ、細胞内でのLATS2キナーゼとの結合能を免疫沈降法により検討した結果、Yeast Two-Hybridスクリーニングで得られたこれらの部分蛋白質はLATS2キナーゼと細胞内でも会合した。いくつかのLATS2キナーゼ結合蛋白質のうち、Ajubaについては、Pro-I(G2期)で同調させたアフリカツメガエル卵へのAjuba蛋白質のインジェクションによりERKが活性化され、第一減数分裂への進入を早く完了させるという報告がなされている。このことからAjubaが体細胞においてもG2-M期進行などへ関与する可能性が考えられた。したがってYeast Two-Hybrid Screeningによって得られたLATS2キナーゼ結合蛋白質のうち、まずLATS2キナーゼとAjubaのM期における機能解析を行った。

 最初にLATS2キナーゼとAjubaの結合部位を検討した。LATS2キナーゼおよびAjubaの様々な変異体を用意し、それをHEK293T細胞に発現させて、免疫沈降法により結合部位を検討した結果、LATS2キナーゼは376-392番および629-644番の2箇所のアミノ酸配列とAjubaのLIMドメインで会合することが明らかになった。次にLATS2キナーゼ、Ajubaに対する特異抗体を用いた免疫染色によってHeLa細胞におけるそれぞれの蛋白質の細胞内局在を調べた。その結果LATS2キナーゼは間期からM期のtelophaseまで中心体への局在が観察され、AjubaはG1期からS期前半までは細胞質にのみ局在し、S期後半からM期のanaphaseまで中心体への局在が観察された。cytokinesisの段階ではLATS2キナーゼ、Ajubaともに中心体へ局在せず、midbodyへの局在が観察された。この結果から、LArS2キナーゼとAjubaは中心体で会合し、染色体分配などの中心体の機能、およびcytokinesisの完了への関与が考えられた。

 LATS2キナーゼは、今までの報告からM期で活性化されることが明らかになっているため、Ajubaについても細胞周期依存的なリン酸化の有無を検討した。その結果、Taxo1によりM期で停止させたHeLa細胞では内在性Ajubaのリン酸化が顕著であったことから、Ajubaもまた、M期において何らかの生理的役割を持つことが考えられた。そこで、LATS2キナーゼとAjubaを発現させたHEK293T細胞をTaxol処理することにより、細胞周期をM期で停止させた時のLATS2キナーゼとAjubaの会合の変化を検討した結果、LATS2キナーゼとAjubaの会合はM期に停止させたことにより亢進した。このことから、LATS2キナーゼはM期で会合するものと考えられた。

 さらにLATS2キナーゼおよびAjubaのM期における生理的役割を明らかにする目的で、HeLa細胞を用いたRNAiを行った。LATS2キナーゼおよびAjubaの発現抑制によるM期への影響を観察するために次の操作を行った。チミジンによる最初のS期同調完了後にsiRNAをトランスフェクションし、その後ヒドロキシウレアによる2回目のS期同調を行った。この操作により、S期同調後に訪れる最初のM期でLATS2キナーゼないしAjubaの発現が抑制されることになる。LATS2キナーゼ、もしくはAjubaの発現が抑制されたM期の細胞はγ-チューブリンおよびα-チューブリンに対する特異抗体を用いた免疫染色法により観察した。その結果LATS2キナーゼ、Ajubaの発現抑制は、共に紡錘体形成異常が原因と思われる細胞分裂の異常を引き起こすことが明らかとなった。一方、LATS2キナーゼおよびAjubaをHeLa細胞に過剰発現させ、中心体の様子およびM期の様子を免疫染色法により観察した結果、間期においては中心体の構造異常が観察された。このことから、LATS2キナーゼおよびAjubaはM期進行において、metaphase以降の染色体分配時に機能していることが示唆された。

 LATS2キナーゼとAjubaが会合するという実験結果から、LATS2キナーゼとAjubaの会合の意義のひとつとして、LATS2キナーゼによるAjubaのリン酸化という可能性が考えられた。そこで、FLAGタグを付加したLATS2キナーゼとAjubaを発現させたHEK293T細胞のlysateから抗FLAG抗体によりLATS2キナーゼ-Ajuba複合体を免疫沈降し、in vitroキナーゼアッセイを行った。その結果、TaxolでM期に止めたときに、Ajubaのリン酸化バンドが検出された。このバンドはキナーゼ活性能のないLATS2変異体とAjubaの組み合わせでは見られなかった。このことからM期において、LATS2キナーゼはAjubaのリン酸化に関与する可能性が考えられた。これらの結果から、M期でLATS2キナーゼはAjubaと複合体を作ることによって、Ajubaのリン酸化を介して中心体の持つ機能、M期における染色体分配に関わっていることが考えられた。

 本研究では、LATS2キナーゼ結合蛋白質の生理機能、およびLATS2キナーゼとの関係の解析を通して、LATS2キナーゼのM期における機能解析を行った。現在まで、LATS2キナーゼの生理機能は明らかになっていないうえ、LATS2結合蛋白質として同定したLIM蛋白質AjubaのM期での局在および機能も明らかにされていなかった。本研究でLATS2キナーゼおよびAjubaの中心体への局在、染色体分配への関与、そしてLATS2キナーゼによるAjubaのリン酸化が示された。このことはM期進行制御に新しいモデルを提唱できるという点で、M期進行の分子メカニズムおよび中心体におけるシグナル伝達経路の解明において重要な位置を占めると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、新規癌抑制遺伝子産物でありM期で機能すると考えられている、LATS2キナーゼの基質または活性調節因子を明らかにし、LATS2キナーゼのM期における生理機能を明らかにする目的で行ったものであり、以下のことが明らかになっている。

(1) Yeast two-hybridスクリーニングを行い、LATS2キナーゼ結合蛋白質の探索を試みた結果、LATS2キナーゼ結合性蛋白質としてLIM蛋白質Ajuba、ZRP-1、中心体構成蛋白質Pericentrin-Bを同定した。

(2) LATS2キナーゼとAjubaの結合にはLATS2キナーゼ内の2箇所の領域(アミノ酸376-392番目と629-644番目)と、AjubaのLIMドメインが必要であることを示した。さらにLATS2キナーゼとAjubaの結合はM期で亢進することが示された。

(3) In vivoキナーゼアッセイの結果からLATS2キナーゼはM期においてAjubaのリン酸化に寄与することが示された。

(4) LATS2キナーゼは細胞周期を通して細胞質と中心体へ局在し、細胞質分裂時には中央体へ局在することを示した。一方Ajubaは細胞周期を通して細胞質に局在するが、G2期からM期後期までは中心体にも局在し、細胞質分裂時には中央体へ局在することを示した。

(5) RNAiによる実験からLATS2キナーゼ、Ajubaはともに、γ-チューブリンを中心体に局在させ、M期における中心体からの微小管の再構成において機能することが示唆された。このことから、LATS2キナーゼとAjubaはM期進行において微小管の再構成に関わる、同じシグナル伝達経路上に位置することが考えられた。

 以上、本論文はLATS2キナーゼとAjubaがともに中心体にも局在し、M期で結合することを明らかにした。さらにLATS2キナーゼとAjubaがM期における微小管の再構成に関わる、同じシグナル伝達経路上に位置する可能性を示した。M期において多様な機能を持つと推定される中心体の機能をシグナル伝達の観点から解析することは、中心体の持つ生物学的意義の解明に極めて有効であると考えられる。本研究はLATS2キナーゼとAjubaの生理的役割を明らかすると共に、LATS2キナーゼを介した新しいシグナル伝達経路が提案されている。このことから未だ不明な点の多い中心体における、M期進行に関わるシグナル伝達経路の解明という点において、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク