No | 118267 | |
著者(漢字) | 中村,能久 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,タカヒサ | |
標題(和) | tob・caf1遺伝子欠損マウスを用いた癌化抑制機構及び精子形成機構の解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of Tob and Caf1 by gene targeting in mice | |
報告番号 | 118267 | |
報告番号 | 甲18267 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2074号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 細胞増殖・分化時には、増殖・分化シグナル伝達系、細胞周期調節機構、転写調節系、DNA監視・修復機構など、各経路に関わる蛋白質群の機能が厳密に制御されることが必要である。 Tobは受容体型チロシンキナーゼの下流に位置するシグナル伝達分子として見出され、BTG1、BTG2/PC3/TIS21、BTG3/ANA、PC3B、Tob2からなる細胞増殖抑制蛋白質ファミリー(TOB/BTGファミリー)の構成分子である。TOB/BTGファミリー蛋白質はそれぞれ独立に同定され、構造的及び機能的側面において以下に示す3つの類似点を示す。(1)アミノ末端側約120アミノ酸で互いに相同性があり、その中でも20アミノ酸からなる2つの領域で特に相同性が高い。(2)これらの遺伝子産物を細胞に過剰発現させると増殖を抑制する。(3)HoxB9やSmad等の転写調節因子との相互作用がみられ、またアミノ末端側の相同領域において転写調節複合体因子caf1(CCR4 associated factor 1)と会合する。 近年、当研究室において、(A)tob遺伝子欠損マウスでは、加齢に伴い、肺、肝臓、リンパ腫等で高頻度に腫瘍形成が見られる、(B)増殖因子刺激後、MAPKファミリーのErk1、2によりTobがリン酸化され、そのリン酸化状態のTobは増殖抑制能を失う、等を明らかにしてきた。しかしながら、Tobが関与する癌抑制機構や細胞増殖抑制機構、及び生理機能の解明には至っていない。そこで本研究では、それらの解明を目的として、以下の二点について研究を進めた。 (I) tob遺伝子欠損マウスを用い、Tobの機能について個体・分子レベルで解析する。 (II) TOB/BTGファミリー蛋白質共通の会合分子あるCaf1に注目し、caf1欠損マウスを作製し、解析する。 (I) Tobによる癌抑制及細胞増殖抑制機構 Tob欠損による癌発症機構を明らかにする為、tob遺伝子欠損胚線維芽細胞の解析を行った。マウス胚線維芽細胞は3T3法に従って細胞継代を続けることにより、一定の細胞非増殖期間を経て不死化(細胞株樹立)する。Tob欠損マウス由来胚線維芽細胞では、野生型と比べ、少ない継代数で不死化することがわかり、また不死化後は増殖速度が有意に速く、細胞分裂の接触阻止に低感受性であることが明らかになった。野生型マウスとTob欠損マウスでの胚線維芽細胞の不死化に要する時間の相違が、染色体の構造変化(二次的な影響)に起因することを想定し、継代数の少ない時期(継代数4)における染色体の構造観察を行った。その結果、染色分体切断や染色分体交換、四放射状配置等の染色体異常を有する細胞の数がTob欠損マウスで有意に増加していることが確認された。野生型とTob欠損マウス胚線維芽細胞の間に見られる異常細胞数の差は、変異原物質であるdiethylnitrosamine(DEN)の存在化の培養条件において更に増える。これらの結果は、Tobが染色体の安定化にも寄与していることを示唆する。 Tobの細胞増殖抑制の機構を探る為に、Tobによって発現が調節される遺伝子をTob欠損マウス由来胚線維芽細胞を用いた(loss of function)系、及びアデノウィルスによりTobをEBC1細胞に強制発現させた(gain of function)系を用い、DNA-microarray法によって解析した。その結果、細胞周期関連遺伝子(cyclin D1、p21waf/cip1)やDNA修復遺伝子(Rad52)等がTobの制御下にあることが示唆された。Tob欠損マウスの肝臓においても、cyclin D1の顕著な発現上昇が認められたことから、Tobは生体内においてcyclin D1の調節因子であることが示唆された。一方で、Tobはp21waf/cip1の発現をp300と協調的に誘導することを明らかにした。p21waf/cip1は細胞周期のG1-S期進行時には、p53非依存的な経路によって遺伝子誘導されることが報告されているが、その発現調節にTobが関与していることを見出した。 次いで、人癌発症とTobとの関わりを明らかにすることを試みた。その為に、tob遺伝子の変異の探索を50例の人癌組織を用いて行ったが、変異を見出すことはできなかった。その一方で、人肺癌組織おけるtob遺伝子の発現をRT-PCR法を用い、同患者の正常腕組織との比較を行った結果、18例中13において、tob遺伝子の発現が4.7-87.3%(平均30.1%)に減少していることが明らかになっている。また、人肺癌由来細胞株においても、tob遺伝子の発現低下が高頻度に観察されることがわかった。そこで、tob遺伝子の発現低下が見られる人肺癌由来細胞株(A549、EBC1)を5-aza-2'-deoxycytidine処理をした結果、tob遺伝子の発現上昇が見られ、tob遺伝子の発現低下にDNAのメチル化が関係していることが明らかになった。 以上の結果から、細胞増殖抑制能を有するTobは、細胞増殖制御遺伝子の発現調節や染色体の安定化に関わることが明らかとなった。 (II) caf1遺伝子欠損マウスを用いた精子形成機構の解析 転写調節複合体因子であるCaf1は、TOB/BTGファミリーメンバーとアミノ末端側の相同領域を介して結合する。しかしながら、その相互作用の生理的意義は明らかではない。Caf1の機能解析を行うことにより、TOB/BTGファミリー蛋白質の機能を異なる側面から考察することを目的とし、caf1遺伝子欠損マウス(Caf1欠損マウス)を作製し、解析した。 Caf1欠損マウスは、caf1遺伝子座にLacZを置換することにより作製した。Caf1欠損マウスは、メンデルの法則に従い生まれ、見かけ上、正常に生育する。更に、雌Caf1欠損マウスは、受精・出産能を有する。しかしながら、雄Caf1欠損マウスは、受精能力を有さないことが明らかになった。精子解析の結果、雄Caf1欠損マウス由来の精子は、その数が極端に減少し、また観察される精子も運動能の低下、及び形態異常を示すことがわかった。この異常は形態学的な観察から、(1)精子形成過程と(2)Sertoli細胞の形態異常に依存することが分かった。 遺伝子欠損マウスにおいて、不妊になる表現型を示すものが幾つか報告されている。中でも、エストロゲン・レセプター、レチノイン酸・レセプター等の核内レセプターの欠損により、精子形成に支障をきたすものが報告されている。一方で、(1)酵母Caf1は転写調節因子CCR4と会合し、巨大な転写複合体を形成していることが知られ、(2)哺乳類においては、エストロゲン・レセプターと相互作用し、転写調節に関与するという報告がなされている。核内レセプターのコファクーターとして働く分子はしばしば、核内レセプターに共通して作用することが知られている。そこで、Caf1と他の核内レセプターとの相互作用を想定し、物理的な結合能について調べた。興味深いことに、Caf1はRXRα、RXRβ、RXRγ、RXRα、VDRのうち、RXRβのみと特異的に結合することが明らかになった。RXRファミリーはDNA結合領域(C/D領域)では〜92-95%、リガンド結合領域(AF-2領域)では〜86-87%の相同性を持つ一方、アミノ末端側に位置する恒常的転写活性化領域(AF-1領域)の相同性は極めて低く、ファミリー分子間の個性を担っていると考えられている。Caf1とRXRβの結合領域を調べたところ、Caf1はRXRβのAF-1領域特異的に結合するが明らかになった。 次に、Caf1がRXRβのコファクターとして転写調節に関わっているかを、RXRのresponse elementを用いて解析したところ、NIH3T3を用いた場合、Caf1単独の強制発現ではRXRβの転写調節に影響を与えないが、Tob,Tob2との共存在下において転写活性を正に制御することが明らかになった。Caf1とTobとの転写活性能の相乗効果については、GAL4のDNA結合領域とCaflとの融合蛋白質(GAL4-Caf1)を用いた、GAL4-Caf1によるGAL4-DNA結合配列に対する転写活性化能を測定することにより更に評価した。その結果、Tobの存在下でGAL4-Caf1が転写活性化能を有することが明らかになった。このことはCaf1とTobは協調的に働き、転写を正に制御する活性を有することを意味し、RXRβへの転写促進能においても同様の機構が存在し得ることを示唆する。 RXRβは精巣内Sertoli細胞及びLeydig細胞に発現が高く、rxrβ遺伝子欠損マウスはSertoli細胞に不飽和脂肪酸の蓄積等の異常が認められ、精子運動能の低下、及び精子形態異常を示すことが報告されている。一方で、Caf1の精巣内における発現部位を抗β-gal抗体を用いた免疫染色法により解析したところ、Sertoli細胞、Leydig細胞そして一部のSpermatogoniaに強く発現することが明らかとなった。これらからCaf1とRXRβが精巣内の体細胞(Sertoli細胞及びLeydig細胞)で機能し、精子形成に関わると考えられる。 以上の結果から、Caf1はRXRβに対する特異的なコファクターとしてTobファミリー分子と共に働き、また、精細胞分化・精子形成に重要な役割を担うと結論した。 本研究では、TobとCaf1が協調して細胞の増殖・分化を制御する機構について、個体・分子レベルでの解析を通して、新たな知見を得るに至った。 | |
審査要旨 | 本研究は、新規癌抑制遺伝子産物Tobが関与する癌抑制機構や細胞増殖抑制機構、及び生理機能を解明することを目的として、tob遺伝子欠損マウスを用いた解析、及びTobの会合分子Caf1の欠損マウスを作製、解析し、以下のことが明らかになった。 (1) Tobの欠損により、MEF(mouse embryonic fibroblast)細胞の異常な増殖 が観察され、染色体構造異常を有する細胞が増加することを明らかとした。 (2) Tobはhistone acetylaseであるCBP/p300と物理的・機能的に相互作用し、p53非依存的な経路において、増殖因子刺激後のp21waf1/cip1の遺伝子発現に関与することを示した。 (3) tob遺伝子欠損マウスの肝臓において、cyclin D1の発現が亢進していることを明らかにした。 (4) Tobは人癌組織において、エピジェネティックな修飾により、発現が抑制されている可能性を示した。 (5) Caf1欠損マウスの精子において、数の減少、運動能の低下、構造異常が観察され、雄が不妊になることを明らかにした。 (6) Caf1は精子形成過程に必要な環境を整えるのに必須の因子であることを示した。 (7) Caf1欠損マウスの精巣において、核内レセプター・RXRβの機能が低下していることを示した。 (8) Caf1は、Tobと共に、RXRβのと物理的に・機能的相互作用し、遺伝子発現に関与していることを明らかとした。 以上、本論文は、細胞増殖抑制能を有するTobの機能について転写調節因子としての側面に注目し、p21waf1/cip1やcyclin D1といった細胞周期調節因子の転写制御を通して、Tobが細胞内ホメオスタシスに寄与する可能性を新たに見出した。また、caf1欠損マウスの解析を通し、Caf1が体細胞側において精子成熟のための環境を整えるのに必須の因子であることを示した。また、RXRβ欠損マウスがCaf1欠損マウスに見られるような精子無力症様の表現型(精子構造異常、精子数減少、運動能低下)を示すことから、Caf1とRXRβの機能関連を想定し、実際Caf1がTobと共にRXRβの機能に関与することを示した。 以上のことから、新規癌抑制遺伝子産物Tob及びその会合分子Caf1の解析を通し、癌化抑制機構や精子形成機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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