学位論文要旨



No 118268
著者(漢字) 鵜木,元香
著者(英字)
著者(カナ) ウノキ,モトコ
標題(和) 癌抑制遺伝子PTENの下流遺伝子EGR2のアポトーシスシグナル伝達経路の解析
標題(洋) Analysis of PTEN-EGR2 apoptotic signaling pathway
報告番号 118268
報告番号 甲18268
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2075号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 助教授 渡邊,すみ子
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

 PTENは多くの癌で欠失が認められた染色体10q23から1997年に単離された癌抑制遺伝子である。これまでにPTEN遺伝子のmutationや欠損は子宮体癌、前立腺癌、神経黄膠芽細胞腫などの多くの癌で報告されている。PTENは他の多くの転写を直接制御している癌抑制遺伝子とは異なり、フォスファターゼとして機能している。PTENの主な機能は細胞増殖シグナルを伝達するP13K pathwayの阻害であるが、PTENの基質がすべて明らかにされたわけではなく、まだPTENが関わる未知のpathwayは数多く存在していると考えられる。PTENの過剰発現は細胞周期停止、場合によってはアポトーシスを誘導するが、PTENシグナルが核へ伝達された以降のpathwayについてはほとんど解明されていない。本研究ではPTENのシグナルが核へ伝達された以降の細胞増殖抑制並びにアポトーシス誘導に至るシグナル伝達分子を網羅的に同定し機能解析を行う事を主目的とし、最初にcDNAマイクロアレイを用いてPTEN遺伝子の導入により発現が誘導される遺伝子91種類と抑制される遺伝子67種類を同定した。発現が誘導される遺伝子のうち、卵巣癌検体を用いたマイクロアレイの結果との比較により卵巣癌症例において発現が低下していた6種類の遺伝子(EGR21KroX 20,BPOZ,HCLS1/HS1,DUSP1/MKP1,NFIL3/E4BP4,PlNK1)を候補遺伝子として選び機能解析を行った。これらの遺伝子を発現プラスミドベクターに組み込み細胞に導入して、これらの遺伝子の発現が細胞増殖に与える影響を検討した結果、BPOZとEGR2が顕著な細胞増殖抑制能を持つ事が明らかとなった。アンチセンスオリゴ導入によりBPOZ並びにEGR2の発現を抑制すると細胞の増殖が速くなることより、この2遺伝子が癌抑制機能を持つ事が示唆された。

 BPOZは新規遺伝子として全長単離後、機能解析中に報告(Dai et al., 2000)されたアンキリンリピートと蛋白-蛋白相互作用に関与するBTB/POZ domainを有する機能未知遺伝子である。Egr2/Krox-20は血清刺激に反応する転写因子として1988年にChavrier等により報告された遺伝子で、ホモノックアウトマウスでは後脳の発生異常を来し、生後2週間以内に死亡することが報告されている(Schneider-Maunoury et al., 1993)。人ではcongenital hypomyelinating neuropathyやtype1 Charcot-Marie-Tooth syndromeの原因遺伝子の1つとして報告されている(Warnwr et al.,1998)。これらBPOZもしくはEGR2とPTENとの関連についてはこれまでに報告がないが、謀らずしてPtenのノックアウトマウスの解析にEgr2/Krox-20を後脳のマーカーとして用いた報告が1報ある(Suzuki et a1., 1998)。このPtenホモノックアウトマウスでは胎生8.5日目で頭部の過増殖が認められ、正常では後脳に発現しているEgr2が前脳に発現していた。このことは、生理的条件下でEgr2の発現パターンがPTENの制御を受けている事を示唆している。

 アデノウイルスベクターAdCAEGR2を作製し、大腸癌、子宮体癌、神経膠芽細胞腫など6臓器由来の計39癌細胞株にin vitroで感染させたところ、33細胞株において顕著にアポトーシスが誘導され、広範囲な癌種に対する遺伝子治療への応用が期待された。EGR2によりアポトーシスが誘導される癌種はp53と比較しても遜色なく、むしろ広範囲に及ぶものである。EGR2の発現は利用した癌細胞株の大半において低下しており、この発現調節にEGR2遺伝子のイントロン1のCpG領域のメチル化が関与している可能性が示唆された。また、EGR2によるアポトーシス誘導機構をcDNAマイクロアレイにて検討した。その結果、pro-apoptotic Bc1-2ファミリーのメンバーであるBNlP3LとBAKがEGR2により直接転写誘導を受け、それらによってミトコンドリアの膜透過性が変化し、チトクロームcが細胞質へ放出され、それに伴いカスパーゼ9、3が活性化されることを明らかにした。Death ligand/receptorを介するアポトーシス誘導経路についても検討したが、TNFαがEGR2により誘導されるもののその時期はBNlP3LやBAKの発現が誘導される時間よりも遅く、EGR2によるアポトーシスはミトコンドリアを介する経路を主経路としていると考えられた。

 本研究ではPTENの下流遺伝子として細胞増殖抑制並びにアポトーシス誘導に関与する2つの遺伝子BPOZとEGR2を同定した。AdCAEGR2の広範囲の癌種へのアポトーシス誘導能は臨床応用可能であると考えられ、そのアポトーシスシグナル伝達経路の一部を明らかにする事ができた。今後はマウスモデルを用いてin vivoでの効果を検討する必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は癌抑制遺伝子PTENのシグナルが核へ伝達された以降の細胞増殖抑制並びにアポトーシス誘導に至るシグナル伝達分子をcDNAマイクロアレイ法にて網羅的に同定し機能解析を行う事を主目的とし、シグナル伝達因子の1つとして同定したEGR2のアポトーシス誘導機構をアデノウイルス発現系にて解析し、下記の結果を得ている。

1.cDNAマイクロアレイを用いてPTEN遺伝子の導入により発現が誘導される遺伝子91種類と抑制される遺伝子67種類を同定した。発現が誘導される遺伝子のうち、卵巣癌検体を用いたマイクロアレイの結果との比較により卵巣癌症例において発現が低下していた6種類の遺伝子(EGR2/Krox-20,BPOZ,HCLS1/HS1,DUSP1/MKP1,NFIL3/E4BP4,PINK1)をPTENの下流で癌抑制機能を持つ遺伝子の候補として選んだ。

2.候補遺伝子を発現プラスミドベクターに組み込み細胞に導入して、これらの遺伝子の発現が細胞増殖に与える影響を検討した結果、BPOZとEGR2が顕著な細胞増殖抑制能を持つ事が明らかとなった。アンチセンスオリゴ導入によりBPOZ並びにEGR2の発現を抑制すると細胞の増殖が速くなることより、この2遺伝子が癌抑制機能を持つ事が示唆された。

3.アデノウイルスベクターAdCAEGR2を作製し、大腸癌、子宮体癌、神経膠芽細胞腫など6臓器由来の計39癌細胞株にin vitroで感染させたところ、33細胞株において顕著にアポトーシスが誘導された。EGR2の発現は用いた癌細胞株の大半において低下しており、この発現調節にEGR2遺伝子のイントロン1のCpG領域のメチル化が関与している可能性が示唆された。また、EGR2によるアポトーシス誘導機構をcDNAマイクロアレイ及びレポータージーンアッセイ、ゲルシフトアッセイにて検討した。その結果、pro-apoptotic Bcl-2ファミリーのメンバーであるBNIP3LとBAKがEGR2により直接転写誘導を受けることが明らかとなった。誘導されたBNIP3L、BAKによってミトコンドリアの膜透過性が変化し、チトクロームcが細胞質へ放出され、それに伴いカスパーゼ9、3が活性化されることを明らかにした。Death ligand/receptorを介するアポトーシス誘導経路についても検討したが、TNFαがEGR2により誘導されるもののその時期はBNIP3LやBAKの発現が誘導される時間よりも遅く、EGR2によるアポトーシスはミトコンドリアを介する経路を主経路としていると考えられた。

 以上、本論文はPTENの下流遺伝子の解析からEGR2をその候補遺伝子として同定し、EGR2のアポトーシス誘導機構の一端を明らかにした。本研究はこれまであまり研究が進んでいないPTENのシグナルが核へ伝達された以降のシグナル伝達因子を同定した点において、PTENのシグナル伝達機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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