学位論文要旨



No 118269
著者(漢字) 金,芸鋒
著者(英字) Jin,Yi Feng
著者(カナ) キン,ゲイホウ
標題(和) レトロウイルスのプロウイルスDNA組込み部位の宿主染色体DNA構造に関する研究
標題(洋) Studies on the host chromosomal DNA structure at retroviral proviral DNA integration sites
報告番号 118269
報告番号 甲18269
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2076号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

 レトロウイルスの宿主染色体への組込み過程においては、染色体の高次構造が最も重要であると考えられるが、宿主DNAの一次構造もプロウイルスの組込み標的の選択に関与する可能性が考えられる。

 最近、当研究室で樹立されたSolo LTR Inverse PCR法で、モロニーマウス白血病ウイルスのモノクローンのプロウイルス組込み部位の解析が報告された。Solo LTR Inverse PCR法のプロウイルスと宿主DNA junctionの上流、下流の塩基配列を同時に解析できる特徴を用いて、多クローンのプロウイルスを持つウイルス感染細胞集団の解析に着目し、組込み部位における細胞側DNA配列の特徴を検討した。

 両末端のLTRのR領域にloxP配列を挿入し、HSV-1のtk遺伝子を選択マーカーとするモロニーマウス白血病ウイルスベースのベクターpLTL(lox)を作製し、齧菌類の繊維芽細胞Rat2に感染させた。その後、アデノウイルスベクターを用いてCre蛋白を発現し、Cre-loxP組換え機構によりプロウイルスを切り出した。プロウイルスの切り出されたtk-細胞をBVdUで選択し、そこからDNAを抽出してInverse PCR法で解析を行った。

 5つの独立した感染実験から、総数151個の組込みイベントが得られ、その中から38カ所の異なる組込み部位が同定できた。これらの標的配列のGC含有量は42.6%で、宿主細胞染色体DNAとほぼ同じであった。38カ所の組込み部位の約半数の標的配列は種々の反復配列によく類似していることがBLAST検索から明らかとなった(表1)。

 特に3カ所の組込み部位からは、(G1-2T1-2)n、(CATA)n、(CCTT)nという単純反復配列に極めて似ていることが明らかとなった。これらの反復モチーフはintegraseの標的選択に関与している可能性が示唆された(表1)。

 同定できた38カ所の組込み部位の各塩基ごとのAT含有量(%)を算出した結果、プロウイルスの上流-2位と下流+2位はA/Tリッチ、下流+27位はG/Cリッチである傾向が見出された。さらにBox Plox分析を行い、下流+2位と+27位は中央値(Median)の1.5倍以上外れた値(Outlier)になり、上流-2位は残りの98塩基位のAT含有量の中の一番高い数字であることがわかった(図1)。このような組込み部位の近傍塩基配列の特徴はintegraseの宿主DNAの選択に関与している可能性が示唆された。

 モロニーマウス白血病ウイルスは、プロウイルスの両側に宿主DNA由来の4塩基の重複配列を生じることが知られている。本研究で同定された38カ所の組込み部位のうちの30カ所はそれに相当し、4塩基の重複配列の真ん中の2塩基がAA、TT、ATからなる傾向があった。残りの7カ所は5あるいは3塩基からなる重複配列を有していた。これらのプロウイルスと宿主DNA junction構造を解析した結果、ウイルスintegraseが組込み過程を触媒する際、特にDNAプロセシング過程と宿主DNAの認識、切断の過程においてのエラーによって生じた可能性が示唆された。また、1カ所の組込み部位から2組の上下異なる重複配列を持つ姉妹クローンが得られた。その1つは上流が5'-CTAG-3'、下流が5'-TTAG-3'で、もう1つは上流が5'-CTAA-3'、下流が5'-CTAG-3'であった。このクローンにおいては、修復過程でウイルス塩基の除去が阻害され、それが修復されないまま、宿主細胞の分裂を伴うDNA複製が起こった可能性が示唆された。

 また、本研究の解析法は導入された遺伝子の発現効率に依存するため、選択試薬がプロウイルス組込み部位の解析に与える影響を検討した。その結果、長期的に感染細胞をHAT存在下で継代すると、異なるプロウイルス組込み部位を持つ細胞クローンの多様性が減少する傾向が認められた。これは、HATは異なるレベルで各細胞クローンの増殖に影響を与えていると考えられる。同様な傾向はBVdUによるネガティブ選択過程では認められなかった。

 本研究により、Solo LTR Inverse PCR法がレトロウイルスの組込み部位の特異性の解析に有効であることが明らかとなった。しかし、感染細胞集団のプロウイルス組込み部位の解析を自然感染に近い状況下で行うためには、Solo LTR Inverse PCR法のさらなる改良が必要である。自己増殖可能な組換えモロニーマウス白血病ウイルスを用いて感染実験を行い、プロウイルスの発現効率に非依存的な解析を行う必要がある。

表1:組込み塩基配列の分類

図1:プロウイルス組込み部位塩基配列の位置ごとのAT含有量

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はレトロウイルスの生活環において子孫ウイルスの増殖と感染に重要な役割を演じる宿主染色体への組込み過程に着目し、宿主細胞の機能に多様な影響を与えると考えているプロウイルスの組込み部位の特異性を明らかにするため、ラット繊維芽細胞Rat2を用い、新たに開発したSolo LTR Inverse PCR法で感染細胞集団におけるプロウイルス組込みの標的となる宿主DNAの解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1、Solo LTR Inverse PCR法にCre-loxP組換え機構とNested Inverse PCR法を導入することにより、プロウイルス組込み部位の上流と下流の宿主DNAを同時にクローニングでき、感染細胞集団における組込み部位のライブラリーの作製に有用であることが認められた。また、ライブラリーから得られたプラスミドには、ほぼ一つのインサートを含めていることが認められた。

2、LTL(lox)ウイルスをRat2に感染する5つの独立した感染実験から、合計151力所の組込みイベントが得られ、異なる宿主DNA配列を持つ組込み部位38カ所が同定できた。この38カ所の組込み部位の各塩基位置ごとのA/T含有量を解析した結果、上流-2位と下流+2位はA/Tリッチ、下流+27位はG/Cリッチな傾向が認められた。前者の上流-2位と下流+2位のA/Tリッチな傾向は、ウイルスintegraseの標的DNAの選択に関与する可能性が示唆された。

3、単離された38カ所の組込み部位を用いて既知の配列との相同性を検索した結果、40%弱の部位は多種類の反復配列の中あるいは近傍領域によく似ていることが明らかとなった。3カ所には、プロウイルスが(G1-2T1-2)n、(CATA)n、(CCTT)nなどの単純反復モチーフの中に組込まれ、integraseの標的DNA選択とノン-ランダムなcross-overに関与していると示唆された。

4、8カ所の組込み部位のプロウイルス-宿主DNAジャンクションに典型的な重複配列が見つけられ、その中の6カ所には5塩基、1カ所には3塩基、1カ所には二組の上下異なる4塩基の重複配列を持つ同じ組込みクローンが得られた。これらの非典型的な重複配列は、ウイルスintegraseがウイルスDNAの3'-プロセシングと標的DNAの切断におけるエラーによって、生じたと考えられた。

5、プール#5において、HATとBVdUなどの試薬が組込み部位の解析に与える影響を検討した結果、長期のHAT選択はHAT耐性細胞集団における組込み部位の多様性を現象させる傾向があり、それはプロウイルスの組込みにより感染細胞が異なる増殖能を獲得し、HATは異なるレベルで細胞の分裂増殖に影響を与えていると考えられた。同様な結果はBVdUの選択からは認められなかった。

 以上、本論文はモロニーマウス白血病ウイルスの感染細胞集団において、プロウイルス組込みの標的となる宿主DNAの一次構造の解析から、Solo LTR Inverse PCR法はプロウイルス組込み部位周辺の宿主DNAの特異性の解析に有用であることが明らかにした。本研究は、これまで知られていなかったプロウイルスの上流-2位と下流+2位のATリッチな傾向は標的DNAの選択、ウイルスintegraseのエラーによる非典型的な重複配列の形成メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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