学位論文要旨



No 118272
著者(漢字) 山崎,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ダイスケ
標題(和) WAVE2の生理的機能の解析
標題(洋) Analysis of the physiological function of WAVE2
報告番号 118272
報告番号 甲18272
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2079号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 高崎,誠一
内容要旨 要旨を表示する

 細胞が運動する際には糸状仮足や葉状仮足が細胞先端に生じ、細胞が推進する力を与える。これらの膜構造の変化にはアクチン細胞骨格の再構成が必要である。WASPファミリータンパク質はRacやCdc42の下流でアクチンの重合を制御しており、外からの刺激に応答したアクチン細胞骨格の再構成において必須の分子である。なかでもWAVEファミリータンパク質は、Racによって誘導される波打ち膜形成において不可欠である。細胞運動は形態形成に必須の過程であるが、それがどのような機構により制御されているのかは未だよく分かっていない。

 我々は形態形成における細胞運動の役割を調べるために、WAVEファミリータンパク質のひとつであるWAVE2の遺伝子欠損マウスを作製した。WAVE2欠損マウスは、胎生8.5日目より発生に顕著な遅れが認められ、胎生10日前後で頭部での浮腫の形成や心臓に出血が認められ致死であった。このことからWAVE2はマウスの発生に必須の役割を果たしていることが示された。

 抗WAVE2抗体をもちいた免疫組織化学的な検討から、胎生10日前後においてWAVE2は血管内皮細胞および心臓の内皮細胞に強く発現していた。一方この時期において他のWAVEファミリータンパク質であるWAVE1は多くの組織で発現しており、なかでも神経管でとくに強い発現が認められた。しかしながらWAVE3はこの時期ではほとんど発現は認められなかった。このようにWAVE2は胎生初期において血管内皮細胞において主に発現しているWAVEファミリータンパク質であること、またWAVE2欠損マウスでは出血が認められることから、WAVE2は血管の発生に関与している可能性が考えられた。

 そこで発生初期の血管を血管内皮細胞のマーカーで免疫組織染色したところ、20体節期までに起こる血管発生の過程において、WAVE2欠損マウスにおいて血管形成はほぼ正常に起こっていた。しかしながらつづいて起こる血管新生の過程において、WAVE2欠損マウスでは卵黄嚢や頭部の毛細血管などにおいて新たな血管の発芽や既に形成されていた血管のリモデリングが著しく抑制されていた。このことからWAVE2は胚発生期の血管新生において重要な役割を担っていると考えられる。

 WAVE2欠損マウスで心臓の発生が異常であったが、上に述べた血管発生の欠陥が心臓の機能の欠陥による二次的な影響ではないことを確かめるために、胎生9.5日胚を用いた器官培養を行った。14日間培養したのち血管内皮細胞のマーカーで染色したところ、WAVE2の欠損はこのような試験管内の系においても、血管内皮細胞による血管発生にはほとんど影響を与えず血管新生の段階を著しく阻害した。これまでの結果と併せて考えると、WAVE2欠損マウスで認められる血管新生の抑制は、心臓の欠陥による二次的な現象ではなく、血管内皮細胞になんらかの欠陥がある可能性を示している。

 一方、胎生期の血管新生が抑制されるいくつかの遺伝子破壊マウスでは、血管内皮細胞とその管腔を覆う周皮細胞との接着に異常が認められるものもあるが、WAVE2欠損マウスでは周皮細胞の発生に欠陥は認められなかった。

 WAVE2欠損マウスの血管の異常をさらに詳細に検討するため、電子顕微鏡による形態の観察を行った。WAVE2欠損マウスでは管腔を形成する血管内皮細胞自体の細胞数が少なく、その形態は野生型のそれと比較してより平板であり、また野生型の場合に認められる細胞外への細胞膜の突起様の構造が認められないなど異常な形態を示した。加えてWAVE2欠損マウスの血管内皮細胞は、内皮細胞同士の細胞間接着は正常に形成されるものの、細胞の途中に穴が開いておりその間隙から血球細胞が漏出してくる様子が観察された。これらの観察からWAVE2欠損マウスでは血管内皮細胞に異常が認められることが示された。

 WAVE2の血管内皮細胞における機能を調べるため、WAVE2の優性抑制変異体を血管内皮細胞に異所発現させたときの影響を検討した。WAVE2は細胞運動時に細胞先端に形成される葉状仮足に局在することから、WAVE2の機能を阻害することにより細胞の運動能が低下することが予想される。そこで血管形成時に血管内皮細胞の運動を制御している血管内皮増殖因子に対する血管内皮細胞の走化性を検討したところ、WAVE2の優性抑制変異体の発現によりそれは抑制された。このことからWAVE2は血管内皮細胞の運動を制御しうることが示唆された。

 WAVE2の細胞運動における機能をさらに詳しく解析するために、WAVE2欠損マウスより胚性繊維芽細胞を単離した。WAVE2を欠損した繊維芽細胞では、運動する細胞先端での葉状仮足形成が著しく抑制され、また実際に運動能の低下が認められた。

 以上の結果から、WAVE2が葉状仮足形成を介して細胞運動を制御することが示され、またWAVE2に制御される血管内皮細胞の運動が血管新生に重要な役割を担っていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は高等動物の形態形成において重要な役割を担っていると考えられる細胞運動を制御する分子機構を解析することを目的とし、マウス遺伝子ターゲティングの系にて、細胞運動に不可欠であるアクチン細胞骨格の再編成を制御する分子WAVE2の生理的機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.WAVE2の遺伝子欠損マウスを作製するため、マウスゲノムシーケンス上でのWAVE2遺伝子の構造を決定し、翻訳開始コドンを含むエキソン配列をネオマイシン耐性遺伝子と置き換えるためのベクターを作製した。このベクターをマウス胚性幹細胞に導入し複数のネオマイシン耐性クローンを得た。それらのクローンのゲノムDNAをサザン解析したところ、部位特異的組み換えを起こしたと考えられるクローンの存在が確認された。それら組み替えクローンをマウス胚盤胞に導入、キメラマウスを作製し、野生型マウスとの交配によりWAVE2ヘテロ欠損マウスを得た。WAVE2ヘテロ欠損マウスは繁殖力を有し正常であった。WAVE2ヘテロ欠損マウス同士の交配によりWAVE2ホモ欠損マウスの作製を試みたが、WAVE2ホモ欠損マウスは胎生10日前後で頭部および心臓で浮腫や出血が認められ胎生致死であった。このことからWAVE2はマウスの初期発生に必須であることが示された。

2.WAVE2のマウス初期発生期における局在を抗WAVE2抗体を用いて検討したところ、WAVE2は胎生9.5日胚において血管や心臓の内皮細胞に強く発現していることが確認された。そこでWAVE2ホモ欠損マウスの血管を血管内皮細胞のマーカーで染色したところ、18体節期ではほぼ正常に血管の構築か起こっていたが、22体節期ではその血管構築が著しく阻害されていた。このことからWAVE2ホモ欠損マウスでは18体節期までに起こる血管発生は正常に起こるが、それ以降に起こる血管新生の段階に異常があることが示された。

3.血管および心臓の電子顕微鏡観察を行ったところ、WAVE2ホモ欠損マウスの血管内皮細胞では野生型のそれにくらべて細胞がうすく、野生型ではほどんど認められない間隙が認められた。このような間隙からは血球系の細胞が漏出する様子がしばしば認められ、WAVE2ホモ欠損マウスで認められる浮腫や出血の原因となっていることが示された。

4.WAVE2ホモ欠損マウスより血管内皮細胞を単離しVEGFで細胞を刺激したときの細胞の形態変化を調べたところ、WAVE2を欠損した血管内皮細胞では野生型で認められるアクチンの集積で確認される膜ラップリングの形成が著しく抑制されていた。このことからWAVE2は血管内皮細胞におけるアクチン細胞骨格の再編成に必須であることが示された。

5.WAVE2を欠損した血管内皮細胞を用いて、マトリゲル上での血管内皮細胞の形態形成を検討したところ、野生型と比較してWAVE2を欠損した血管内皮細胞はその形態形成が著しく抑制されていた。そのときの細胞の形態を調べたところ、WAVE2を欠損した血管内皮細胞では野生型の細胞で認められる運動する方向に形成される葉状仮足がほとんど認められなかった。このことからWAVE2は運動先端でのアクチン細胞骨格の再編成を介して血管内皮細胞の運動を制御していることが示された。

 以上、本論文はアクチン細胞骨格の再編成を制御する分子WAVE2の遺伝子欠損マウスの解析から、細胞運動がマウス初期発生期における形態形成において必須の役割を担っていることを明らかにした。本研究はこれまで知られていなかった、形態形成において細胞運動が果たす役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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